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帰ってきたリュウ先生

またまたブックマーク登録と総合評価がプラスされ感謝感激。作者ますますの励みとさせていただきます。

 個々人の戦闘能力をまず上げる。これを私、リュウは『嗚呼!!花のトヨム小隊』の第一義とした。何よりも基本、すなわち個人の力である。陸奥屋鬼組への出稽古で、それを強く思い知らされた。トヨムたちの技量は決して低くは無い。それどころかこのゲームで出来ることはほとんど可能なのではないかと思うくらいだ。


 しかし陸奥屋傘下の者たちには苦戦した。結果は信じられぬほどの成長速度を見せたトヨムたちの勝利であった。しかし稽古は勝利したところで終了。つまりそれはその後に控えている槍組、吶喊組抜刀組といった面々には勝つことはできないという士郎先生の判断だったのだ。

 故にまずは個人の力量の増大である。今は下手に試合に出るときではない。じっくりと地力を養い、万全の力をつけるべきときなのだ。


「さあ来い、シャルローネ!」

「勝負はこれからですよ、トヨムさん!」


 練習場ではトヨムがクラウチングスタイルのピーカーブー。がっちりとガードを固めて、頭を左右に振っている。シャルローネさんは八相。愛用のスパイクメイス、『極楽浄土』を構えて必勝必殺の構え。


 ジリ……トヨムが圧をかける。行くぞ、行くぞと間合いを詰めてくる。シャルローネさんは打てない。トヨムが相討ち覚悟なのだ。腕一本くらいはくれてやる、その代わりシャルローネ……命はもらうぜ。そんな気迫で迫ってくるのだ。


 ジリ……シャルローネさんがさがる。真っ直ぐ後ろに、トヨムの圧に押されるように。いかん、真っ直ぐさがればトヨムはどんどん前に出てくる。褐色の台風の思うツボでしかない。それでもシャルローネさんは間合いを取ろうと後退。トヨム、さらに前へ。


 そして遂に真実の瞬間! トヨムが出た! シャルローネさんは手の内からメイスを滑らせ落とす。そして長い石突きを毒蛇の鎌首のごとく跳ね上げ、トヨムのアゴを打ち上げた。クラウチングスタイル最大の弱点、下から突き上げるアッパー。トヨムの足がフラつく。それだけではない、シャルローネさんはメイスを上下逆さま、スパイク部分を下にして、もう一度アッパーカット!


これはトヨムがかわした。目を見開くシャルローネさん。インファイター相手にはひとつのミスが致命傷となる。事実、トヨムはスパイクのついた右を振り回してきた。




相討ち!



 シャルローネさんもまた、メイスを振り下ろしていたのだ。練習場から姿を消してゆく二人。拠点の応接間に、二人は現れた。


「ちぇ〜〜っ、イケると思ったのにな〜〜……」

「そう簡単にはいきませんよ、小隊長。私だって毎回やられてばっかりじゃないんですから」


 そんな言葉を爽やかに交わしていたところ、「あれ〜〜?」応接間でウィンドウを開いていたカエデさんがおかしな声を上げた。


「どうした、カエデさん?」

「先日私たちが倒したクランが、パーフェクト勝利したみたいなんです」

「そいつはどこのクランなんだい?」

「はい、チーム情熱の嵐なんですけど、やっつけましたよね? 先日……」


 申し訳ないが、少し記憶を探らせていただく。確かに、先年亡くなられた超大物歌手の代表曲と同じ名前のクラン。対戦した記憶はあるが、しかし試合内容までは覚えていない。ただ、一般的なチームの割にはクリーンファイトであった。くらいの記憶であろうか。


「カエデさん、私たちと対戦した動画を再生してもらえるかな?」

「私たちと情熱の嵐ですね? 少々お待ちを……」




 カエデさんのウィンドウには、チーム情熱の嵐が敵チームの棄権により勝利!

この勝利は無失点のパーフェクト勝利でした。と運営からのニュース情報としてテロップが入っている。このテロップは私や陸奥屋一党にとってはさほど珍しいものではないのだが、新たにパーフェクトを得たチームというのは珍しい。


 そして、動画再生。……うむ、確かに私たちは二人一組の連携で圧勝している。しかし、気にかかることがあった。片手剣を持った黒騎士である。彼の刃が明確に狙っているのである。

 剣術というのは、構えを取る。そして構えたときの刃の向きで、どこを狙っているかがわかってしまう。この黒騎士の若者がそうであった。彼は剣を知っている……。


 まだ技術は拙いかもしれないが、終始刃で狙いをつけているのだ。他の得物を所持した者は……諸手剣の赤騎士。彼も荒いが、しかし刃で狙いをつけている。では初心者の簡易武器、スパイク付きのメイスはどうか?


「……油断ならないな」

「そうなの、旦那?」

「あぁ、彼らはみな剣の味を知っている。刃で狙いをつけているぞ」

「そうなんですか? リュウ先生」


 ということで、『情熱の嵐』諸君のパーフェクト動画も再生。思わず「む!」と唸ってしまった。


「どしたんじゃい、先生。またワシらに見えんもん見ちょるんかい?」

「構えている」


 いわゆる居合腰だ。先の動画では普通の立ち方だった彼らが、急に居合腰を使って立っているではないか。


「それよりこの武器、何なんですか? ヘンテコな武器持ってますねぇ?」

「こんな目の付け方をしたのか、彼らは……」




 ナタの柄を長く伸ばした長ナタなる武器。正規の武器ではない、改造武器のようだ。柄を刃の向きに細く削って、刃筋を使い手に知らせている。


「カエデさん、この武器は笑えないぞ。おそらくこの試合、クリティカル連発のワンサイドゲームになる」

「リュウ先生は難しい予言までこなしますねー♪」


 ということで、試合開始。私の見立ては悪い意味で当たった。チーム情熱の嵐メンバーは、頭を動かさず八相に構えた得物をブラさず、直立したまま駆け出したのだ。


「あれ? これどこかで見たような……」

「小隊長、これは小隊長の走り方ですよ?」

「うんにゃ、こりゃシャルローネの走り方だ。ってゆーか、アタイたちの走り方そっくりだぞ!」

「トヨムの言うとおり、彼らはこの短期間で古流の動きを身につけている」


「できるんですか、リュウ先生! そんなことが……」

「君たちだってやっている。それに立って歩いて走るだけだ。それを昔の人間は当たり前にやっていた。できないものではない」

「なんの、古流は打ち合ってナンボじゃい! お手並み拝見といかせてもらうわい!」


 威勢はいいのだが、セキトリの表情は硬い。すでに『情熱の嵐』を強敵と認めている証拠だ。

 そして私の読みはキレイに当たった。クリティカルの連発。そして二人一組の連携。一方的に敵の鎧を剥ぎ取り、キルの数を積み重ねてゆく。

 生唾を飲み込む音。トヨムである。


「なんだよこれ、まんまアタイたちの動きじゃないか……」

「研究したんだろうな、私たちの戦いを。そしてどこからかはわからないが、古流も仕入れている」

「リュウ先生、彼らは強いですか?」

「私や士郎先生にかかれば一対六でもお釣りがくる。しかし私抜きでトヨム小隊が闘えば……」

「闘えば?」




 カエデさんはすがるような表情で私を見つめた。


「オリジナルの必殺技があるだけ、君たちの火力が上だ。しかし決して弱い相手じゃないからね」

「心得ました」

「ただ、かなりやり難いチームではあるけれど、そんなに緊張しないで。一日の長は君らにある。君たちの普通の一撃は、彼らにとっては必殺技よりタチが悪い。それくらいの開きがある」

「ほいじゃあワシは……」


 セキトリが立ち上がる。


「小技をちぃと練習すっかのう」

「アタイが相手になるぞ、セキトリ!」

「私は力技対策をしよっかなぁ……マミちゃん、お願いできる?」


「はいはいシャルローネさん♪ 私も電車道の稽古をしますね?」

「カエデさんはどうする?」

「私は……詰め将棋の稽古がしたいです」


 詰め将棋というのは、攻防の中で相手をコントロールしたり、あるいは有利なポジションをどのようにして取っていくか? という稽古である。

 それにしてもチーム『情熱の嵐』。一体などのような稽古をしたものやら。

 そして後日談になるが、紳士の社交場『晒し掲示板』に、新しい仲間が加わった。もちろん『情熱の嵐』である。このゲームに集う若者たちは、本当に他人を罵るのが好きな者たちばかりであった。





 セキトリのメイスは、先端にもスパイクがひとつ付いている。これで敵に突き技を出せるのだ。それは単純に、遠間でエイッ! と突くばかりではない。柄尻と柄一杯に腕を広げて持つことにより、短槍のように用いることも出来るのだ。これでセキトリはショートレンジでも存分に働くことができる。事実、トヨムでさえこのセキトリの懐には中々入れないでいた。小さな突きがチョンチョンと五月蝿いのだ。


 シャルローネさんはマミさんとがっぷり四つ。お互いの得物で鍔迫り合いという態勢。そこから姿勢を崩さず、受け止めながらも受け流し、受け流しながら受け止めて、反時計回り反時計回りに回っている。これは自分不利のアピールで、相手を前に前にと誘っているのだ。同じパターンが続くと、敵の動きはワンパターンになる。あるいは何か仕掛けようと動きを見せる。大きく受け流して崩すのは、そのときである。


 で、カエデさん。楯に隠れて私と切っ先を合わせる。まずは切っ先で正中線の奪い合いである。これはポジション取りの基本中の基本。しかしカエデさんは片手、私は諸手。簡単に正中線は与えない。


 カエデさんの切っ先は木刀の下をくぐり、反対側へとポジションを変えた。時計回りに動くつもりか?

そうなるとカエデさんの右側は楯で隠せない。……可愛らしい罠だ。私がカエデさんの右肩を狙ってくるのを待っているのだろう。



そのお誘い、乗った!



 右肩へ打ち込む、カエデさんはスルリと足を使って、同時に私の未来位置へ切っ先を伸ばしてくる。それは承知済み。私はカエデさんに正対しながら尻を落とした。頭上へカエデさんの剣を受け流す。木刀の上を滑ってゆくカエデさんの剣。しかし私は物打ち部分でカエデさんの剣を止めた。


 粘つくような力で、下から押さえたのだ。宮本武蔵はこのような太刀使いを漆喰と呼んだだろうか? とにかく粘ついて相手の剣から離れぬ技だ。これがまた、詰め将棋の稽古には良い。


 胡座座り、ではなく胡座立ちの姿勢から立ち上がり、私は再びカエデさんと対した。粘つくような時間を、カエデさんは感じているだろう。しかし、詰め将棋の稽古というものはこういうものだ。一瞬の隙も見せず、常に相手をコントロールすることを考え、相手が何を考えているかを読み取る。


社会人になればそのようなことは息を吸うがごとくできなければならないのだが、悲しいかな、この娘たちは学生。どうしても『こう動いて欲しいなぁ』、『こう動いてくれないかなぁ』が香ってきてしまう。

 だから大人の責任として言ってやらねばならない。


「正中線が欲しいかい、カエデさん?」

 ギョッとした顔。

「い、いりません! そんなもの!」


 強がりがまた可愛らしい。だがいらないというものを頂かないのは、紳士ジェントルマンとしては不合格であろう。遠慮なく正中線をいただく。そしてズッ……と前に出た。バランスを崩しそうになるカエデさん。これでは稽古にならない。正中線をお返ししよう。


 今度はカエデさんが前に出てきた。仕返しのつもりだろうか? ムキになっているところが、まだまだ子供だ。私は木刀を斬り落とした。粘ついたまま。つまりカエデさんの剣はグッと下へ押し下げられる。


 そのまま前へ出て、詰め将棋は私の勝ち。カエデさんの剣は死に体。私は脇構えの形で、カエデさんの剣を押さえている。つまり、私の木刀が離れた瞬間、カエデさんはキルとなる。


「えぇのう、カエデさんは。いつもリュウ先生に稽古つけてもろうて」

「だよな、セキトリ! アタイも久しぶりに旦那と稽古したいぞ!」

「あらあら、リュウ先生。私以外の若い方からもモテモテですねー♪」

「マミちゃん、そんな言い方すると私が稽古つけてもらいにくくなるんだけど……」


 いや、私は不公平な真似はした覚えは無いのだが。だがしかし、不満というなら若い連中。みんなに稽古つけてやるぞ。


「まずはセキトリからだな? 小技の稽古だ、さあ来い!」




 グイと前へ出る。ジャブのように先端のスパイクを突き出してくるが、ことごとく打ち払う。わずかずつ、わずかずつ前へ前へ。


「もっと早く、小さく嫌がらせのように!」


 まだまだ突きの密度が足りない。そして嘘ん子の中の本気が足りていない。つまり、フェイントがフェイントになっていないのだ。


「敵をおびやかせ、怖いと思わせろ! 殺気の無いフェイントなど、意味が無いぞ!」


 ジリジリ前進、セキトリはジリジリと後退。ドン、と壁に背中をつけたところで、喉元に切っ先をつける。


「嘘の中に本気を、本気と嘘を入れ替えるんだ」




次はトヨム。五月蝿い相手にどう飛び込むか?

それがテーマらしい。小柄なトヨムは拳をアゴの前で合わせたピーカーブースタイル。私に狙いをつけさせないように、グルグルと頭を回している。


 この動きは、私にとって五月蝿い。ならば止めるだけだ。

 胴……。そこに狙いを絞り込む。そこが一番動きが少ないからだ。一撃でお前を仕留めてやる。そういった殺気をトヨムに浴びせた。ビクッ、トヨムの動きが止まった。よく覚えておけ、トヨム。これが五月蝿い相手の止め方だ。セキトリもこれは参考にして欲しい。たったひとつの本気があれば、小技はかならず活きてくる。


 前に出る。トヨムはさがる。シャルローネさんがトヨムと稽古していたときそのままに、トヨムもまた真っ直ぐ後退した。インファイターは後退すると途端に弱くなる。


 もう、狙い放題なのだ。殺気を面に落とす。それを嫌ってトヨムは後退。脇腹へ殺気を。ヒジで脇腹をかばいながら、トヨムは逃げてゆく。そして、壁際。私は圧力を強めた。


「参った! 参ったするから、打たないで旦那!」


 トヨムは壁板をタップ。私も切っ先を下げる。しかし、残心。いつ飛びかかって来られても対応できるように。威圧しながら後退。


「さて、次はマミさんかな? シャルローネさんかな?」





 古武道は生きている。




 今はその時代でなくとも、出番など無いと知りながら、それでも古武道は生きているのだ。


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