信念
リュウ視点。
運ばれてゆく、運ばれてゆく。まともに戦闘をしないのなら、やはり人数だ。負傷者は次々と運び出され、回復措置を受けて救助隊の手に加わる。せっかく積み上げた人山は、見る見る小さくなっていった。そして残った人山も崩れていった。
這ってでもズッてでも、白樺軍陣営を目指す者たちもいたからだ。卵の殻を破って出てきた海亀の赤ちゃんのように、なんとかしてなんとかして自陣を目指してもがいている。
「凄いね、ダンナ。あれが戦士の姿かい?」
「あぁ、そうだトヨム。みんなもよく見ておくんだ。命があったならなんとしても戦さの場へ戻る。それこそが戦士の姿なんだ」
異様、あるいはこんな描写などするな、という声もあろう。しかしこれが戦場の現実なのだ。そしてこうした執念を持つ敵というのは、恐ろしいものである。
「陸奥屋まほろば軍、這いずる負傷者の足を止めてください! 合流を許すと面倒です!」
非情の指示、カエデさんからだ。現実世界ではない、しかしそうは言っても生きんと欲して足掻く者を、さらに打てと。
いや、それで良い。参謀、ことさら高級参謀という身はその指示を下せなくてはならないのだ。
「行けそうか、トヨム?」
「嫌だよ、もちろん……でも、行かなくちゃ……」
「無理はするなよ」
そう言い残して、私は駆け出した。士郎さんもヒロさんも、師範も駆け出している。しかし若者たちは、一歩二歩三歩とおくれていた。
「来たぞ! 負傷兵をさらに打ち据える、鬼が出てきたぞ! みんな、突撃だーーっ!!」
白樺軍も打って出てきた。
なにを言ってるんだ、お前たち。というのが私の心境だ。何人出てきたところで、お前たちなど災害先生からすれば、朝露よりも儚い存在でしかないのだぞ。必ず死ぬ、絶対に負ける。だが人には、死ぬとわかっていても、負けると知っていても、戦わなければならないときがあるのだ。
「結局負けるんじゃん」
「無駄に死ぬだけじゃん」
そう思っている方には、ここは強く言おう。それは利口な考え方だ。しかしそれだけでは大望は果たせない。だが読者諸兄にも、いずれそのときが来る。勝つも負けるも生きるも死ぬも、なにもかも度外視にしてやらねばならぬときが。
そのときの参考にも、いましばらく私たちの愚かしい物語におつきあいいただきたい。そして非情と残酷、無惨とも言える現実に、もう少々お立ち合いを。
腕を押さえて歩く者は、ヒザを砕いた。這いつくばる者はヒジを打ち据える。そうして負傷兵たちを、前進できないようにした。
「一番槍っ、祭屋夏樹! リュウ先生、お覚悟をっ!」
白樺の者が来た、初手を打つ。立てないように、ヒザを。彼女が墜落する前に、這いずる負傷兵のヒジを一本砕いておいた。
しかし彼女はすぐに回収される。まだまだくる、次々と。私の木刀が届く範囲で、小手やヒザを破壊して回った。
だがそれは囮でしかない。敵は這いつくばっていた負傷兵を我々から取り戻し、囮として負傷した者も回収している。
骨を斬らせて肉を断つ、肉を斬らせて皮を斬る。
愚かしい戦術ではあるが、それでも少女たちは合理性もなんのその。数にモノを言わせて負傷者を回収していった。そうか、それならば……。
「カエデさん、コイツらはキルにしないと数が減らない! ……ヤッてもいいか!!」
もう、小手やスネなどヌルくてヌルくて。面や袈裟を斬ってトラウマのひとつも植えつけなければ、止まるものではないと判断した。
「わかりました、どうぞ斬ってください」
すまないカエデさん、参謀方で立てた方針とは違えたものになるだろうが、こうでもしないとコイツらは止まらないのだ。
「カエデから許可が出たぞ! みんな、ヤッてやれ!!」
トヨムの号令は全体に響いた。来る者来る者、追い詰めて斬った。目に見えるように、恐怖を心に植えつけるため、鬼となって斬ってまわる。
こうなると回収も回復も衛生兵も無い。私たちのプランも崩れたが、あちらとしても予定していた展開は崩れているはずだ。そして白樺軍のことごとくを、まずは一周死人部屋送りにする。
「カエデ、敵の増援はどうしている!!」
そうだ、白樺軍にはまだ後方に控えた四〇〇人がいる。それはどうしているのか?
「敵軍の後方部隊に動きなし!」
では、本隊三〇〇人は?
「復活ポイントで集結、今度は一気に三〇〇人が押し寄せて来ます。気をつけてください!」
ふむ、三〇〇人と四〇〇人で一気に押しつぶしてくるか。カエデさんの指示で、陣地防衛の隊形を整える。二面作戦を強いられるため、隊同士の間隔は自然と離れてしまう。
「ここからが本番だ! みんな気合い入れていくぞ!!」
トヨムが檄を飛ばす。そうだ、トヨムの言うとおりだ。ここまでは攻めの陸奥屋、守りの白樺軍。しかし今度は立場が逆である。さあ、かかって来いだ。
「白樺二軍四〇〇名、動きました! 本隊も突っ込んできます!」
カエデさんが敵の動きを知らせてくれた。
「懐かしいな、リュウさんよ」
士郎さんまで通信で話しかけてくる。
「ホイ、何がですかな士郎さんや?」
「初陣の夏イベントよ。キサマ俺でずいぶんと斬って回ったじゃないか」
「ほう、それそれ。久しぶりに『災害』先生の実力、見せつけてやりますかいのぅ」
「二人きりで張り切られては困りますなぁ、両先生方」
ヒロさんが笑う。
「そうじゃいそうじゃい、小娘どもとはいえ、気合いの入った若い者を相手にするお楽しみは、ワシらにも回さんかい」翁まで。
生徒会長視点。
「復活した者は小隊単位で集合! 隊列を整えて、突撃に備えよ!」
東軍本拠地前、つまり復活ポイント。第一副会長のイッちゃんたちが、兵をまとめてくれている。生徒たちは次々と復活して、テキパキと戦闘隊形を整える。
「会長、早々ではありますが予備の四〇〇名も投入します」
「そうね、あんな怪物を相手に三日間もつき合っていられないわ。先生方には悪いけど、この一撃で勝負をつけさせてもらいましょう」
やられたわ……小手だスネだとこだわらず、ただ斬って斬って斬りまくられたら、あの怪物どもがどれだけ強いか。一秒間にひとりなんてものじゃなかったわね。本当に『災害』そのものだった。
……七〇〇いても勝てるかしら? ふと不安がよぎる。
そりゃあこれまで私たちは、必死の稽古を積み上げてきた。だけど先生方は、それ以上に研鑽を積んできている。それこそ私たちの七〇〇倍、千倍も。本当に勝てるの?
本当に倒せるの、あの怪物を。
いや、私が迷ってどうする。ここまでみんなをつきあわせてしまったんだ。例え私ひとりになっても、齧りついてでもすがりついてでも、先生方と鬼将軍を斃してやるんだ。
「会長、全軍出撃準備万端、完了しました!」
「わかったわ……それじゃあ白樺軍、鬼将軍討伐に出撃します! 出発っ!!」
リュウ視点。
初めのうちは一般人だ、誰も彼も。
だが『その他大勢』を抜け出そうと武の門を叩き、『我こそは!』を目指して稽古に励む。
迫りくる少女たちも、恋やオシャレ、ダイエットに夢中な女の子だった。
それが……危機が迫りどうにかしなくては、『自分たちが』どうにかしなくては、という状況に陥りついに立ち上がった。
しかし乗り越えるべき壁は絶望的に高く、今すぐにでも挫けそうになる。事実、挫けた。だが、挫けてなお立ち上がり私たちに襲いかかる。こうした手合いは、強い。負けてもなお戦う者は、強い。
だから私は心に誓う。今いまし昔いまし、敗れてなお戦う者。その鋼鉄の意志を砕くため、私は剣を執る。敵軍が泣いて許しを請おうとも、足を舐めて命乞いしようとも、私の敵は私が打ち砕く。
それは私が剣士であり、剣士の信念というものは、そういうものだからだ。地を鳴らす足音が迫る。死してなお貫く意志の鼓動が、地響きのように襲いかかってくる。
……良い、決死必死、必殺の信念をもって戦う者は美しい。それが私の首級を狙う者なれば、なお愛しい。
ゆくぞ乙女たちよ。汝らの欲する首はここにあり!
いかに卑怯卑劣な手立てを用いようとも、私はきっとお前たちを挫かせるだろう。いま一度、私は木刀の手の内を確かめた。
剣は俊敏に、迷いなく。そして柳の枝に似て柔らかく。
それが無双流の教えである。そうでなくては多人数を相手にはできない。
まずは突いた。空間をこしらえ、それから小手を打ち据える。俊敏に、迷いなく。間が詰まってきたら柔を使う。人を得物にして壁を崩した。
敵の群れ、それをいちいち目で追っていては追いつかない。だから目で感じる。目で見るのではない。感じるのだ。
そしてそれが間合いであれば、打つ、突く、なぎ払う。考えてなどいない。これまで積み重ねてきた技と力と勘にまかせるのだ。
良い、やはりキルを取るだけでなく、手負いとして戦闘不能に追い込むのは有効である。手負いが後方にさがるだけでロスタイムが生じる。脚を壊してやれば、それだけで一人二人の手をわずらわせる。
七〇〇という数も面倒と思われたが、ヒザへの関節蹴りひとつでずいぶんと楽ができた。セキトリもメイスを上手く使い、敵のヒザを砕いている。
いや、それ以上にシャルローネさんだ。死神の大鎌で大活躍していた。トヨムは槍をかいくぐり、キルを奪ってヒザを砕いてだ。そのトヨムを守るのが護手鉤のマミさんである。とにかくみな、よく立ち回っている。