治乱興亡
生徒会長視点。
「陸奥屋一党鬼組前の負傷者から、ニ名救出完了。ただし、五名が負傷しました!」
「緑柳師範小隊の山からは、救出できませんでした! 負傷者は三名追加!」
「トヨム小隊の山からは五名救出、八名負傷、ニ名死亡!」
「鬼神館柔道前では一名救出、五名死亡!」
書紀ちゃんたちの悲痛な報告があがってくる。
「戦況、必ずしも好転せず…か」
「ここは前進です、会長。積み上げられた負傷者たちを、私たちで包み込むんです!」
「いえ、ここは死に帰りの到着を待つべきです! 人数を揃えてから、いま一度!」
奇跡的に難を逃れた生徒会本部。副会長ふたりは、作戦について激しい議論を交わしていた。そして、どちらの作戦を選択するかは、私が決めなくてはならない。
「死に帰りを待っていたら、向こうから攻め込んで来るわ! ここは攻撃精神よ! なんとしてでも前線を押し上げて、負傷者を救出します!」
そうだ、戦争素人の私たちが教わったのは、この一手。気合い、根性、精神力よ!
「隊形立て直せ! 三度目の突撃をするぞ!」
第一副会長、イッちゃんの指示が全軍に飛ぶ。私は第二副会長に、こっそりと訊いてみた。
「白樺軍はどれだけ残ってるかしら」
「二度の突撃で、一二〇名が負傷。死人部屋送りと死に帰りが三〇名ほど」
一五〇名の突撃か……絶対に成功しないわね……。でも、それしか手が無い。
リュウ視点。
「敵の死に帰りが迂回してます! 側面か背後を突いてくるので、『情熱の嵐』は迎撃態勢を取ってください! キルを稼ぐことも許可します!」
カエデさんからの指示だ。
「敵も死にものぐるいだ、色んな手を使ってくるね」
トヨムは楽しそうだ。そう、かつて私たちが好んだフレーズ。『命がけだから面白ぇ』を地で行っている状況なのだろう。血湧き肉躍るのも当然だ。
「そうはいってもトヨム、敵の数も半分ほどに減ってる。できる作戦など知れてるぞ?」
「そこは安心と信頼の突撃で来るさ。あいつらの目は、それしか考えてない……」
いやトヨム、それは愚策だ。いや、それ以上に狂っている。白樺軍は三〇〇の数が揃ってこそ、だというのに我々と同じ人数で突撃など。狂っているとしか言いようが無い!
「なんでそんなキ〇ガイに育ったんだ!」
「そんな教育した、悪い大人がいたんだろうねー」
「おのれ、そんな輩は叩っ殺してやる!」
「ダンナ、ここに鏡は無いよ?」
そんなことを言ってる間に。
「白樺軍っ、もう一度突撃ーーっ!!」
愚行としか言えない突撃命令がくだってしまった。仲間を取り返すため、仲間を救い出すため。大義名分御題目、それ自体は正しいものだ。しかしその『正しいはずの御題目』が、少女たちを死地へと駆り立てている。
白樺軍生徒会長視点。
「ダメです、勝てません!」
「それどころか、出ては打たれ出ては打たれの繰り返しです!」
早くも各小隊から、嘆きの声が届いていた。いま現在、この状況で突撃の指示を出したところで、犬死にしかならない。
「どうしますか、会長!?」
「指示をおねがいします!」
そんな負の波長は、副会長たちにまで伝わり、心をかき乱していた。私は全体通信をオンにする。
「聞いて、みんな」
私の声に生徒会だけでなく、一般生徒たちも振り向いた。
「……あそこで山積みにされているのは、私たちの仲間。友だち、ウウン知らない誰かかもしれない。だけどね、学園存続のために立ち上がった仲間なの」
無茶を言う、その覚悟はもう少し。あと何分か時間が欲しいわ。でも、みんなの視線が私に集まっている。期待の眼差しが、むけられていた。
何分なんていう時間なんて、私には許されてない。今すぐにでも、無茶を言わなければいけないんだ。
なんで生徒会長になんてなっちゃったんだろ?
いや、待って。生徒会長じゃない私なら、この娘たちみたいに何か言葉を欲して、やっぱり同じ眼差しを代表者に向けているんだと思う。
そう、今は躊躇うときじゃないわ。この娘たちの背中を押す一言。それこそが必要なとき。無茶を言う覚悟も無しに、その背中を押さなくっちゃ。
「みんな、助けに行こう。私たちの仲間を、一緒に立ち上がった友だちを」
そう、無理っていうなら、最初から無理な話! だけど私たちは誓ったじゃない! やるんだ! 行くんだ! 戦うんだ!
「白樺軍、もう一度突撃ーーっ!! 仲間を救い出してっーー!」
リュウ視点。
来た! イカレた作戦の無謀としか考えられない、バンザイ突撃。しかし、かつてのバンザイ突撃もこうだったのかというほどに、今回の突撃は鬼気迫るものがあった。
「いままでとはちょっと違うぞ! みんな気を引き締めていけーーっ!!」
トヨムの号令に、小隊の全体が緊張感を増した。そう、トヨムも感じ取っているのだ。一回一回の突撃、無謀とも思える攻撃は数を重ねるごとに凶暴さを増していることを。なにが彼女たちをそうさせている?
なにが彼女たちを駆り立てている? 私の目は、生徒会長を捕らえた。
奴だ、奴が少女たちの背中を押しているんだ。ピンと来ない読者もいよう。
しかし人間とはそういうものなのだ。いつも不安を抱え、知能を持つが故に迷ってばかりいる。そんなときに、「こうすべきである!」「こうでなくてはならない!」と強く訴える者がいたら、ついついそれに従ってしまうのだ。
その口調が強ければ強いほど、声が大きければ大きいほど、無理解無責任に言葉に従ってしまうのだ。そんなことは間違っている、読者諸兄はそう訴えるだろうか?だが考えていただきたい。web上で誰か一人をみんなで叩き始める、その最初の言葉というのは、決まって口調が強く刺激的なものだったはずだ。
迫って来る、少女の姿をした狂気が津波のように押し迫って来る。
「気迫で負けるな、トヨム小隊っ! 突撃ーーっ!!」
小隊長が飛び出した。こちらも『狂』の一文字だ。狂わなければ人は斬れない。狂わなければ戦えない。人は、臆病な生き物だからである。
私たちは積み上げた敵軍負傷兵よりも後退していた。人の山から離れなければ、白樺軍も負傷兵回収しにくいからだ。これはカエデさんの指示である。
負傷兵を回収させる、と言った方が良いか。つまり相手の行動を制限しているのだ。白樺軍はカエデ・マジックにかかっていた。
「取り戻せ! 取り戻せ!」
「仲間の救出するんだ!」
友だちのため仲間のため。大変にわかりやすく、キレイな御題目だ。だから質が悪い。私たちは間違っていない、私たちは正しいんだ。
そんな盲目的正義を抱えて、圧倒的戦力差の私たちに突っ込んでくる。
先頭で人山に到着したのはトヨム、次にシャルローネさん。これは白樺軍より先にポジションできた。もちろんキョウちゃん♡や忍者といった若いところも、どんどん人山陣地を占拠していた。
私たちも追いつく、しかしその時にはもう、戦闘が始まっていた。トヨムが突っかかってゆく、しかし白樺軍は目もくれず人山へすがりつく。私とマミさん、それにセキトリは、それを一人一人得物で引っ剥がしては放り投げる。
だが、人数だ。トヨムとシャルローネさんが壁役を務めているが、なにぶん相手にしてもらえていない。負傷者の生産量が、伸び悩んでいるのだ。
そのうち隙を突かれて、一人持っていかれる二人持っていかれるが発生した。
「リュウ先生〜〜、これはいただけませんねー」
「そうじゃそうじゃ、リュウ先生も壁役にいってくれませんかのう!」
よし、わかった!振り向きざまに一人スネを折り、一歩進んで小手を打ち、私はトヨムたちとともに壁役へと回った。
「さあ来い、小娘ども! お前たちの望む首、ここにさらしてやるぞ!」
宣言した、しかし誰もかかって来ない。とにかく負傷者を回収するんだと、私を避けて人山へと群がる。
「ダメだよダンナ、こいつら負傷しても何しても、回収のことしか考えてないんだ!」
「そーそー、前に出て打ってください!」
トヨムとシャルローネさんだ。しかし二人の打った敵は、数の減った衛生兵に回復させられて、今度こそと人山へ駆け出している。この盤面は、私たちのジリ貧だった。負傷者が回収されている。そして回復、後退していた。数を揃えるためだ。
「どう見る、カエデさん?」
高級参謀の意見が聞きたい。
「こちらの兵力が損なわれていなければオッケーです、白樺軍は兵を得て時間を失ってますから」
そうだ、イベントは三日間。全工程六時間の限定がある。その間に『災害先生』を討ち取り、鬼将軍の首をおとさなくてはならない。敵の勝利条件は、そこにある。ならばそれを使わせていただこう。
生徒会長視点。
友だちのために、仲間のために。綺麗事を吐いて掛け替えのない仲間たちを死地に送り込む。こんな指揮に酔ってはいけない。だけど戦果は予想外に上がっていた。
ネームドプレイヤーも災害先生も無視して、ただひたすらに仲間を救い出す。今回の合戦、初めて私たちの思う通りに事が運んでいる。生徒会陣営にも、明るい報告が投げ込まれていた。
「緑柳師範陣地から、ニ名救出!」
「鬼神館柔道からは三名です!」「
鬼組陣地からもまた一名!」
「ネームドプレイヤー、達人先生との闘いで負傷者は出てますが、現時点ですべて回収できてます!」
「会長! 死に帰りで合流を阻まれていた衛生兵が、陣営最後尾まで到着しました!」
やった、ようやく数を揃えることができそうね! 歓喜の声をあげたくなるけど、そこは大将である我が身。すみやかに指示を出さないと!
「合流した衛生兵を前線へ、大変だろうけどここが正念場よ!」
「小隊単位で衛生兵を護衛! 取り残された負傷兵の回復、合流を目指せ!」
言い難い指示だけど、そこは副会長たちが請け負ってくれた。そして部隊はさらに活気づく。しばし分かれていた友だちが、戦線に復帰できているんだ。お互いに肩を叩いて喜び合っているのが見える。
「会長、ここは檄を飛ばす場面です」
第一副会長のイッちゃんが言う。私はうなずいて全体指令をとばした。
「ここが天王山! 懸念の衛生兵も合流できたわ! いいかみんな、やってやろうぜ!」