いざ、戦場へ
カエデ視点。
お待たせしましたみなさま。いよいよ2023年度、夏イベント開幕です。今回も総裁鬼将軍、さらには頭目天宮緋影さんからありがたい励ましのお言葉をいただき、一軍総出で市街地を練り歩き、闘技場を目指しております。
陸奥屋まほろば連合、全体での士気は旺盛。準備も万端。懸念していた四先生方の意気も軒昂。そして私たちが愛するトヨム小隊長も、すっかり戦士の顔で行軍しています。
軍旗を掲げ先頭を征くのは鬼組の巨漢ダイスケさん。軍旗といっても日章旗ではありません。ド腐れ総裁のセンス満載なドクロの旗です。続くは鬼組、士郎先生抜き。士郎先生が抜けているのは当然。鬼将軍の四方を、四先生で守っているから。
続くは我がトヨム小隊四名に、鬼神館柔道の猛者連中五名、フジオカ先生抜き。それに本店メンバーが続き、いよいよ馬上の鬼将軍(イベント会場には持ち込み禁止)。そしてサブのチーム、新兵熟練格のチームが続き、最後尾には今回控えに回るチームまほろば。
私は本陣付きですから、鬼将軍の後ろに控えていますが、自軍ながらも威風堂々の行進です。もちろんイベントに参加するプレイヤー、しないプレイヤー。街頭のみなさんから称賛の声嫉妬の声を浴びながらです。
「む?」
人の頭越し、向こうから行進してくる制服集団は……。白樺女子軍団ですか。
遠目でその表情を確認する限り、あちらもまた気合十分。一人ひとりが唇を固く引き締め、眼差しは真っ直ぐ前を見据えています。
「よかろう、ならば戦争だ……」
私の隣を征く、ヤハラ参謀長の呟き。参謀長もまた、白樺軍団を強敵と認めたようです。
「どう攻めます?」
私が訊くと、ヤハラ参謀長。
「計画通りですよ、何も変更はありません」
もう何ヶ月も前から練っていた計画通り。「何も問題はありません」との断言に、自信が深まります。
「先生頑方も士気を取り戻しましたし、不安視される護衛のネームドプレイヤーたちも、今日この日のために調整してくださいました。ここから先は、私たちの仕事です」
機をみて敏に、効果的な指示を。それが私たちの仕事。
陸奥屋まほろば連合、辻を折れて左へ。白樺軍団も同じ方向、イベント会場へと進路を取る。
私と参謀長以外は、誰もが無言。おそらくこちらも固く唇を引き締めているのでしょう。まほろば軍が後方に控える都合上、私たちはいわば飛車落ち。とはいえ負ける訳にいかず、負ける選択肢も無し。
ただひたすらに、ただ一途に勝利を目指すだけ。あちらの都合など、知ったことではありません。ここまで鬼将軍や先生方が温情をかけたのですから、それなりの戦いをしてもらわないと、こちらとしても不都合。指導能力が問われてしまいます。
ナンブ・リュウゾウ視点。
おう、来やがったな。女の子ども。どいつもこいつも泣きべそかくんじゃねぇぞ。
オイラ難しいことはわかんねぇけどよ、敵味方に分かれたんなら、もう容赦はできねぇからな。
オイラたちぁ鬼神館柔道、その旗のもとに集まってんだ。これを下げる訳にぁいかねえ。こいつぁ柔道母国ニッポンを示してんだ。おいそれと降参することはできねぇんだ。それを分かってんのか、お嬢さんたち?
分かってねぇなら、これから分からせてやるぜ。男の意地ってモンをよ。鬼と呼ばれても悪魔と言われても、後悔しないことを条件に集まった鬼神館柔道なんだ。それを証拠に、いままでどれだけのJUDO−MANをシメて来たことか。
スポーツJUDOで勝った負けたをしてる奴らにゃよ、武道武術って概念を叩き込んでやるだけさ。だからな、お嬢さん方にも戦いの厳しさって奴をぞんぶんに舐めてもらうぜ。
お前たちはもう、素人じゃねぇんだ。災害先生たちの指導をしっかり叩き込まれて、おう、それらしい目付きしてんじゃねぇか。だから遠慮なんかしねぇぞ。ニッポンって国は武の国、そして道の国。それをたっぷりと体験してもらうぜ。
トヨム視点。
へぇ……、迷いの無い顔してんじゃん。だったら遠慮は失礼だよね? 情けも無い、容赦も無い。アタイはお前たちを散々に懲らしめてやるよ。
殺しはしないさ、復活されたら面倒だからな。だから、戦闘不能にするだけだ。
いいか、とっても重要なことをお前たちは賭けてきた。だけどそれは間違いだって教えてやる。マサイの戦士は、大切なモノを賭けの対象にはしないんだ。賭けで負けたら、大切なモノを失うからさ。だけどお前たちは賭けてきたよな?
それなりの覚悟があるのもわかる。
だけどさ、本当に死にものぐるい、なんとしてもどうしてもってんなら、どうして参謀長やカエデに相談しなかったんだ? アタイたちに勝てるとでも思ってたのか?
そりゃあ敵軍の参謀に相談するなんて、発想がクレイジーを越えてるさ。
でも心の底から学園存続を願っているなら、お前たちはそうするべきだっただろう。つまりさ、何が言いたいかってぇと、お前たちの願いは不純なんだよ。やるべきことをやらずにお願いだけする、甘ちゃんでしかないんだ!
……だからアタイは、お前たちをぶっ飛ばす。泣いて懇願するお前たちを踏みにじる。願いも理想も、全部叩き折ってやるんだ。アタイは、そのために行進している。
白樺女子軍剣道部主将ナッちゃん視点。
うわ、凄い気迫だ。陸奥屋まほろば連合。それもそうだよね、この軍団って、『王国の刃』が正常に運営されるためと、ただそれだけのために不正者と戦ってきたんだから。
とくに先鋒の集団、陸奥屋一党鬼組。士郎先生が率いる小隊。その中から旗手を務めるダイスケさん、その巨体から発せられる気迫がまた凄い。
それに続く小隊メンバーたちも鬼気迫るという意気込み。うわ、その次に続くトヨム小隊もだ。鬼と呼ばれる人がどんなものなのか、ひしひしと伝わってくる。
凄い、でもだからといって何だっていうんだ。あちらが鬼なら、こちらは鬼退治だ。気持ちで負けるもんか。
必死に睨みつけてやるけど、あちらは誰ひとりとして目を合わせてくれない。相手にしてくれない、というのが本当かも。まるで私なんかが睨んだところで、『顔じゃない』って扱いみたい。
だけど私の意気込みは、無駄じゃなかったみたい。背中にビッシビシとみんなの闘志が浴びせられた。陸奥屋まほろば連合、敵の気迫を浴びてなお燃え上がる、私たちの戦気。よしよし、いーぞいーぞ。戦いはまず気持ちから。絶対に負けない、いや勝ってやるんだ!
リュウ視点。
闘技場で受け付けを済ませる。これまで何度も経験した受け付け作業、陸奥屋まほろば連合からすれば、もう手慣れたものだ。
一五〇名にものぼる人数だが、スムーズに手続きが進んだ。そして鬼将軍の美人秘書御剣かなめが、白樺女子軍との対決を申請した。対決システム、これもまた何度も申請している。陸奥屋まほろば連合と白樺女子軍で、イチ陣地を貸し切るシステムだ。
目をやれば、白樺女子たちも受け付けを進めていた。生徒会スタッフが中心となって手続きをしている。……ん? ずいぶんと数が多いようだが。
それに見覚えのない顔ぶれも見受けられる。援軍か、それとも隠し玉か。総数……ざっと見積もって二倍に数が膨れ上がっているかな?
誰もが制服姿、その上に革鎧を装備している。
「おう、士郎さんや」
「あぁ、ずいぶんと数が揃ってやがるな」
「あの人数が我々の誰かひとりに殺到したら、少々骨ですな」
ヒロさんも混ざってきた。なぁに、と士郎さんがうるさそうな笑みを見せた。
「どれだけ数を増やしたところで、一度にかかって来られるのは二人ないし三人。同じことさ」
「ただ、数がある」
私が告げる。
「そう、数は数。一人に一秒なんてのんびりとしたことは、許されなさそうですな」
ヒロさんも、私と同じ考えのようだ。もちろん士郎さんも。
カエデ視点、アゲイン。
んを!? なんですかあの人数は!?
いや、確かに。白樺女子には援軍か隠し玉が存在するって聞いていた。忍者から情報は入っている。だけどその数までは知らされていなかった。
「これは予想外でした」
ウィンドウを開いたヤハラ参謀長が、ニコニコとしている。って、笑ってる場合じゃありませんって!
「そうは申されますが高級参謀、見てください敵の総数。これはもう笑っちゃうしかありませんよ」
拝見します、参謀長……って七〇〇人!? 倍以上の人数!?
「……おそらく学園の生徒が総出なんでしょうね。これはもうお手上げとしか言いようがありません」
「いーえ、参謀長! 諦めるのはまだ早いです!! きっと絶対、もしかして多分、穴はあるはずです!
っていうか、数は増えていますが講習会に参加した形跡がありません! ただの烏合の衆に過ぎません!!」
「そうは思っていないから、高級参謀は脂汗を流してるんですよね? そう、だからこそ兵の運用が鍵になるんです」
あ、良かった。参謀長はやる気を失くした訳じゃないんだ。
「して、その策はいかに?」
「根本的に作戦変更の必用はありません。私たちには災害先生が四人もいるのですから」
「それを策とは呼びません!」