2トップの語り
「さて、いかがなものでしょう?」
天宮緋影が訊いた。壇上である、いつもの講習会である、そしてとなりに座しているのは、鬼将軍であった。
「うむ、ずいぶんと脅威……とまではゆかぬが、立派な兵となっているようだね」
一軍の将は答えた。白樺女子軍のことである。この二人は武、軍については素人でしかない。しかしそんな素人の目から見ても、少女たちの力量はめざましく上がっていた。
「君たちまほろばは、今回ほぼほぼ不参加なのだろ?」
「戦場には在ります、軍として戦さに参加しないだけです」
「それでよい」
鬼将軍は薄く笑った。
「君は討たれて良い存在ではないからな」
すると天宮緋影は小さく頬をふくらませた。
「それは職業差別というものですよ、鬼将軍? いくら私が宮様をお支えする身にあっても、ここはゲーム世界です。貴方まで鏡花や輝夜のようなことを言うんですね」
仕方ないさ、と鬼将軍は言う。
「天宮討たるるは皇室の討たるるに斉しい。例えゲーム世界であっても、天宮が『庶民』に『外国人』に討たれる訳にはゆかぬ。まして政情定かならぬ昨今、ともなればな……」
「私も戦さ場に立ってみたいです、鬼将軍」
その言葉に、「お前ぇ戦力にならねーじゃねーか」とか「お前妖術使って雷落とすべや」といった無粋は言わない。
ただ、西洋甲冑や和甲冑を着込み、その重さで一歩も動けなくなる天宮緋影を想像して、口元だけで笑っていた。
「……鬼将軍、なにか失礼な想像をしてませんか?」
「いや、何も……」
そうとだけ言って、口元を引き締め直した。
「そもそも鬼将軍、あなたも男子なのでしょう? 戦さ場に立って快刀乱麻を断つような活躍をしてみたいとは思わないのですか?」
今日の天宮緋影は、うるさい。が、男は付き合うことにした。
「ふむ、私もそうした自分を夢見ないではない。しかし私は昔から、荒事というのはからっきしでね。中学生くらいですっかり諦めているのだよ」
だから強者たちを支える側に回ることにした、とも告白する。
「私なども夢想しますよ、芙蓉や瑠璃のような薙刀を抱え、馬上指揮を執り戦場を支配することを」
だから馬は反則だってのよ。その言葉も、男は飲み込んだ。
「敵兵数多の報告に、『鉄砲隊、前へ。弓兵を整えよ!』という指揮……」
「それ全部反則だべや」
耐えかねた男は、とうとうツッコんだ。黒髪艶めく頭頂部に、畳んだ扇子でペチリである。高貴な身にある乙女は「あだっ!」という、極めて庶民的な声をもらした。
「っつーか王国の刃に弓も鉄砲も無いからな!?」
やんごとなき身の娘、ボケ放題である。
平静復帰、飾り雛のように居住まいを正す。
「それにしても鬼将軍、白樺の乙女たちはずいぶんと強くなりましたね」
「うむ、冬イベントの輩とは比べ物にならぬくらいにな」
「あれは酷いものでした……」
憂いの色々に、面を伏せる。一軍の将は「忘れよう」と、励ました。
「四五〇人もいて、初撃で勝敗を決してしまいましたからねぇ。あれではまるで、私たちが悪役です」
「そうはならなかったのは、やはりプレイヤーたちの中にも見る目がある者がいたため、なのだ。私たちも活動もまんざら無駄ではない」
そう、プレイヤーたちが唾棄を集める場所、掲示板においてイベント前から評価は決まっていた。もちろん『陸奥屋まほろば連合』が善玉、という評価だった。
「今回のイベントは、いかがでしょう?」
「気がかりは、ひとつある」
貴方にそのような繊細とも言える部分があるとはついぞ存じませんでした、とは言わない。だが乙女は明らかに、胡散臭いものを見る目で隣の中年を見ている。
「ウチの忍者……いずみ君が掴んだ情報なのだがな、白樺女子軍は兵を伏しているというのだ」
「わお♡ えきさいてぃんぐ♪」
乙女は英語が苦手なようだった。
「それで鬼将軍、伏兵の数はどれほどでしょう?」
「詳しくは掴んでいない」
「ほほう?」
乙女は瞳を輝かせた。
「ひ〜ちゃん、まさかとは思うが伏兵により私が危機に陥って、ここぞとばかりにカッコよく救援に駆けつけようとか、そんなことは無いよね?」
「勘の良い者は嫌われますよ、鬼将軍」
そのセリフの前に、やんごとなき身分の乙女は「チッ!」と舌打ちしていた。
「しかしだね、ひ〜ちゃん」
「鬼将軍、以前から思っていたのですが、いかにゲーム世界とはいえ私はやんごとなき身分。貴方は名士とはいえ庶民。その呼び方はいかがなものでしょう?」
「ふむ、君はこの国の中枢に位置すると言っても差し支えない身分だったね。それでは呼び名を変えようか。……ここしばらく御三時に提供されるプリンが惜しくなければ、の話だが」
「鬼将軍、いつの間に!?」
男は悪魔の微笑みを浮かべる。
「なに、造作もないことさ。天宮がこの国の中枢にあるならば、私は世界の中枢に在るのだからな」
「田舎の企業主ではなかったのですか、鬼将軍!」
「田舎の企業主だとも、ひ〜ちゃん。だが私の組織ミチノックは、中央である東京をすっ飛ばし世界にその手を伸ばしているのさ。故に君のオヤツにプリンを提供するなど、造作もないというところさ」
「え〜と、貴方確か発展途上国にばかり進出してましたわね?」
フッ、所詮は大国を相手にできぬシミッタレ。そう言いたそうに、天宮緋影は大きく出た。大きく出てはいるが天宮家、その実態は出雲財閥の支援で細々と暮らしているに過ぎない。そんな三個百円のプリンに喜ぶ貧乏舌に、鬼将軍は薄く微笑んだ。
「おかげでG7加盟国には感謝されてるよ。君のおかげで世界の平和が保たれている、とね」
何デカいこと吹かしてんじゃい、オッサン。それが天宮緋影の心の声であろう。しっかり顔に出ている。
「大国に牙を剥くのは、いつでも小国さ。その小国の民たちに、私は職とときめき……そう、心ときめく日本文化をプレゼントしているのさ。だから小国の民は、大国に向けた怒りを抑えている」「心ときめく日本文化、ですか……」
この男が心ときめくとかホザイているのだ、どうせロクでもないプレゼントだろう。天宮緋影はそのように捕らえていた。
「そうだよ、ひ〜ちゃん。いやしくも男子として生まれたからには、心奪われずにはいられぬ可憐な少女たちのイラスト! アニメーション作品! 動画!
そうしたときめきの数々をプレゼントしたればこそ、貧しくとも男は不満をもらさず今日も働き抜くのだ!」
「そんなおめでたい頭をしているのは、貴方だけですよ鬼将軍」
「話を戻しましょう、鬼将軍。これからも変わることなく、私のオヤツにあの甘美なプリンを提供してくれるというのでしたら、『ひ〜ちゃん』呼びを許すこともやぶさかではありません」
「寛容なる御心、この鬼将軍感謝しかありませぬ」
「ところでお話は伏兵について、だと思いましたが?」
そうそう、と鬼将軍も元の話に戻ってきた。伏兵の和が未だに掴めていない、というところだ。
「どれほどの兵を伏していようと、①その兵は講習会に直接参加していない。②四先生方にとっては食後のデザートにすらならぬ。といったところが実情さ」
「①について訊きます。講習会に直接参加していないことが、どのように影響するのでしょう?」
「空砲と実弾訓練のような違いさ」
この男の脳は、結論から始まるようにできていた。
「おそらく伏兵に対して、白樺女子本隊から指導員が出ているはずだ。本隊と伏兵は同じ稽古をしているということになるが、模造品はどこまで行っても模造品さ。必死必殺の練度は、本隊には及ばない」
「では②について訊きます。いかに達人先生といえど、四人しかいらっしゃいません。どうしてそれが言えましょうか?」
「①の答えに準ずるのだが、伏兵たちは本物の四先生を知らぬ。その恐怖、その威圧感。どちらも初体験であろう。そうなると算を乱して我先にと、逃げ出すやもしれぬ。それくらい、体験というものは重要なのさ」
「語りますね、鬼将軍」
「私も男子のはしくれだからね。……馬上に在りて槍を手に、指揮を執ってみたいものだ」
「馬は王国の刃には存在しませんよ、鬼将軍?」
「伏兵数多の報告に、『鉄砲隊、前のへ! 弓兵は準備を整えよ!』との大号令」
「ですからそれは私のネタ!」
「しかし私は甲冑の重みに一歩も動けず!」
「『天丼』ですか!? これが『天丼』というものですね、鬼将軍!?」
「四六サンチ砲、撃てーーっ!!」
「大砲反則やーーっ!!」
ピシーーッと鋭く、萌え袖の小さな甲が鬼将軍を打つ。
「ひ〜ちゃん、これはどちらかといえば、『天丼』の派生。もしくは亜種だろうね」
「正しさよりも、芸人は勢いですよ鬼将軍」
「……ひ〜ちゃん、君はいつから芸人になったのかね?」
「あら、予想外の裏切りですね。この卑怯者♡」
「いやいやこの鬼将軍、卑怯などひと欠片も持ち合わせてはおらぬぞ、ひ〜ちゃん!」
乙女は真顔で訊く。
「絵になる俳優が減ってしまった昨今、貴方なら誰を被写体に選びます?」
「松田優作」
「その発想が卑怯者の証です」
このオチが二十代はおろか、三十代四十代でも置いてけぼりだという辺りで、二人とも卑怯者確定であった。