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男 鬼将軍

お詫びと訂正 第405話部分をアップし忘れていました。『カエデさんの旅』というエピソードを挿入させていただきました。よろしければどうぞそちらも閲覧いただければ幸いです。

「ん〜〜……」



カエデさんの旅、いよいよ最終章というところで、私は疑問を口にした。



「カエデさん、もしかしたら鬼将軍という総大将。私たちレベルでは推し量ることができない大物なのかもしれないよ?」

「そんなに凄い人物なんでしょうか、アレが?」



カエデさんは高級参謀という役職を脱ぎ捨てた、ごく普通の女の子に戻っている。そしてごく普通の女の子という視点で、鬼将軍という怪人を評価し続けていた。

なるほど、それならば鬼将軍が変態怪人奇人変人に見えてもおかしくはない。



「事実から鬼将軍という人間を推し量ってみよう。まず鬼将軍は、有能な美人秘書の御剣かなめさんを抱え込んでいる」

「そこは謎なんですけどね」

「そしてもうひとつ、鬼将軍の元にはリアルとゲーム世界とを問わず、大勢の人間が集まっている」「……………………」



カエデさんでさえ、この事実にはグウの音も出ないようだ。



「そうなるとカエデさん、鬼将軍という人間。私たちの物差しでは計りきれないのではないのだろうか?」

「そこを見極めるための、最後の取材です!」



最後の取材、それは鬼将軍との直接対決を意味していた。



「高級参謀……いや、同志カエデからの取材だね。お受けしよう、なんでも訊いてくれたまえ、わが同志よ」



無駄に丈の高い背もたれ、そして無駄なくらい豪奢な装飾の施された椅子に腰掛け、ヤツはくつろいでいた。ピカピカに磨かれた、黒い革長靴の脚を高々と組んで。



「……………………」



カエデさんは口をきかない。



「……………………」



私は、鬼将軍の私室ともいうべきこの部屋に、彼の人となりを見出していた。セピア色、アンティークの色調。デジタルや無機質の存在しない、木材と紙の詰め込まれた部屋である。


まるで海賊船の船長室、あるいは人間の棲む場所。事務机でありながら、同時に安らぎや温もりすらかんじられる巨大な木製のデスク。そこに積み上げられた書籍。セピア色の地球儀。そしてどこへ航海しようというのか、古びた海図が広げられている。



数字と利益だけを追いかける男ではない、コイツ。経営者でありながら……。人間の味というものを心得ている。私の目には鬼将軍からの初手がそのように映った。ヤツは巨大な椅子を私たちに向けて、応接用のソファをすすめてくれた。



「それにしても同志カエデ、今さら私に取材とは。私たちはすでに、互いに理解を深め合っていたものだと思っていたのだが……」

「いえ、閣下。私にとって閣下は未だ多くの謎に包まれています」

「私にとっても少女の心というものは、永遠のミステリーさ」



ピシャリ、先制打は鬼将軍の方からか。



「おうかがいします、閣下。貴方のような超人に、何故かなめさんのような方が仕えているのでしょう?」



斬り込むように、カエデさんは質問をぶつけた。



「同志カエデ、それはかなめ君に訊く方が早いだろう」

「なるほど、先走りすぎました。ではかなめさんとの馴れ初めをお聞かせ願えますか?」



ふむ、鬼将軍の過去か。それは良い切り口だと思う。



「私は東北の元請ゼネコンけ企業の経営者一族の家庭に生を受けた。そしてその会社を受け継ぐことは、生まれた時から決められていたのさ」



いわば地元の御曹司、しかし不思議と嫌味には聞こえない。



「ならばそうそうに、私を支えてくれるスタッフを集めておかなくてはならない。そのためには、『魅力的な自分』というのにもずいぶん磨きをかけたものさ」

「魅力的なトップにしか、優秀な人材は集まらない、と?」

「そう、君たちの小隊長のようにね」



ここでウインクをひとつ飛ばす辺り、ヤルものだ鬼将軍。もっとも、カエデさんを恋の虜にすることには失敗しているが。



「閣下にとって人間の魅力とは、どのようなものでしょう?」

「夢、希望、明るい未来さ。それが約束されていれば、人は炎の中からでも無傷で帰って来られる。もっとも、学生時代に夢や将来の展望を説きすぎたおかげで、『ホラ吹き鬼将軍』とか『ペテンの鬼将軍』などと散々に言われてしまったよ」



苦笑いさえも魅力にかえてしまう。鬼将軍という株に投資する者からすれば、この笑顔のために死ねるというところか。そして現状維持をヨシとする者から見れば、この世を破壊するために生まれてきた邪神の笑みに見えるかもしれない。


『財界の鬼将軍』そのニックネームが、ヤツのプレイヤーネームそのままになっている。つまり、既得権益が決定している財界に、ヤツは斬り込みをかけて椅子を確保してしまったのだ。鬼将軍が椅子に座るということは、誰かが席を立ったということだ。蹴落とされた企業に勤めていた方々は、今どうしているものやら……。



「おっと、かなめ君の話だったね。私が業績を伸ばし、支社長を勤めていたときさ。新堂一族の噂を耳にしたのは」

「新堂一族、ですか?」



忍者の実家だよ、とカエデさんに耳打ちする。古流社会でも、新堂一族は名を成していたのだ。すなわち、『世界に通ずる忍者の一族』と。

その門下生は邦人のみならず。世界各国から特殊部隊が門を叩き、諜報員が教えを請い、特別武装警察隊が汗を流す。いわば名門中の名門なのである。



「あの忍者が、名門のお嬢さま?」



カエデさんはそんなところに感心している。



「そう、いずみ君は優秀な忍者であり、本家の御令嬢なんだよ」



いずみ君とは、忍者のことだ。そして本家というものがあるのなら……。



「新堂一族の分家、御剣の家に才女ありと知ったのさ」



それが、まだあどけなさの残るかなめさんだったという。



「……日参するかのごとく、御剣の家に通ったよ。だがかなめ君も、なかなか首を縦に振ってくれなくてね」

「いい大人が、女の子に逢うために家に通ったんですか?」



カエデさん、スケベ親父を見るような軽蔑の眼差し。



「そうだね、同志カエデ。キミの家ならば通う頻度は少し落ちるかな?」

「閣下、女性同士をくらべるのは、いささか」

「そうだねリュウ先生、これは失敬した」


「それでかなめさんを、下世話な言葉ですがどのように口説いたのでしょう?」

「それがわかれば、私も少しは女性にモテるのだけどねぇ」



……楽しんでいるのか、鬼将軍。他愛もないといえば他愛もない、女の子との会話を心の底から。楽しんでいるんだな、鬼将軍? 今、このひと時、この瞬間を。

それはこの男が、金持ちだからというのではない。この男なら、例えパンツ一丁の四畳半暮らしであっても、喜々として日々を送るだろう。


初めのうちは、才女を手中にという目的だった御剣家通い。それがいつの間にか『かなめさんに逢うために』通うようになったのか?

これは女の子としてはタマラないだろう。



「たしかに、頑なに閉ざされた少女の心を開くきっかけにはなっただろう。しかし、決定打ではなかったんだ。彼女が心の底から笑ってくれたのは、ジイの助けがあればこそ。私の力ではない」

「えっと、本店チームには執事さんがいらっしゃいましたよね。あの方ですか?」

「当時の肩書きは、株式会社陸奥屋北海道支社副社長さ」



その副社がどのような活躍を見せたのか?



「ようやくの思いでかなめ君を食事に誘ってね、するとウェイターがメモを寄越してきたんだ」

「なんと書かれていたんですか?」

「支社長、男を見せてくれ」


「は?」

「そのウェイターは私のスタッフが変装したものだったのさ……いや、そのホールの従業員すべてが、ジイにいたるまでみんな変装していてね。次から次へとメモを寄越してくる」


曰く『若、明日の出勤は遅くてもかまいませんぞ』『ここでキメてくれ、大将』『あれ? 支社長もしかして、初デート?』『大学の頃からモテなかったんだからよ、今回だけでもしっかりしろよ!』とまあ、支社長相手に言うも言うたり。言われるも言われるがまま。



「ついにはメモの内容がかなめ君にバレてしまってね、彼女も大笑いさ。『貴方の仲間って、素敵な方ばかりなんですね』と」



ここだ、まだ小娘に過ぎないかなめさんから笑われて、カエデさんは鬼将軍をどのように評価するのか?



「ジイの用意したステージ、参加してくれた聡明なスタッフ。そのおかげで、彼女は心を開いてくれたのさ」



『もじゃもじゃもじゃもじゃ』うん、マンガならばカエデさんのフキダシには、ぐしゃぐしゃのもじゃもじゃした線がからみ合っているに違いない。

なにがどう、どのようにして良かったのか? 鬼将軍の話は聞けば聞くほど理解ができない。というところだろう。


年若い女の子に笑われるなど、男子にとっては屈辱だろう。カエデさんもそう思ったに違いない。しかし鬼将軍という男、たったひとりの女の子が笑顔になってくれるなら、道化だろうとなんだろうと演じてみせるに違いない。


世界を敵に回しても、一歩も退かないだろう。そしてこの場面は、胸を出して部下たちに目一杯打たせる度量を見せたのだ。女の子の眼の前でね。



「本日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。おかげで素晴らしい取材ができました」



辞去するに、カエデさんはお辞儀。だが、私にはわかる。カエデさんの横顔には『取れ高無し』と書いてある。



「いつでもまた取材に来たまえ、時間を作っておくよ」



対する鬼将軍はホクホクとしている。年頃が女の子に、武勇伝を聞かせた者の表情だ。








鬼将軍・ザ・マン。その存在は孤高なのであろう。通訳するならば、ヤツを理解するにはヤツにならなければならぬ。そしてヤツになれる者など、世界中のどこにもいないのだ。


そして男と少女の間には、今日も深くて広い流れが、二人を隔てるように横たわっていた。


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