男と女の間に横たわる、あまりにも深くて大きな流れ
エピソード『カエデさんの旅』アップし忘れていました。挿入しておきましたので、よろしければどうぞお楽しみください。なお、27日の更新でも前書きで同じことを記載させていただいております。
カエデさんの旅、続編とこれまでのあらすじ。
かなめさんほどの女性が、なぜ怪人鬼将軍に仕えているか?
その謎に迫るべく取材を開始したのだが、意外に男性人気の高い鬼将軍。『少女』カエデさんとしては予想外の事態に戸惑うばかりなのだが。
「ですがリュウ先生」
「はい、なんでしょう?」
「コリンが重要なヒントをくれました。女の子視点では、やはり鬼将軍は変人なんです!」
いや、その変人にかなめさんほどの才女が仕えているから、疑問に思ってるんだよね? そこの裏を取ってどうするのさ?
「鬼将軍は変態、まずはここをしっかり押さえておかないと、推察が進みません!」
……こういうのを鬼将軍沼とでも呼ぶのだろうか? もしもそんな沼が実在するなら、絶対に近づきたくはない。
いわゆるYouTuberという素人芸人たちが取材に押しかけるかもしれないが、全員変態になって帰って来ることだろう。よかったな、YouTuber諸君。君たちは垢バン確定だ。場合によっては危険思想家として、公安警察にしょっ引かれるだろう。
善良なイチ市民に過ぎない私には、まったく関わりのないことではあるが。
「そこでです、リュウ先生!」
あ、話が戻ってきた。
「今度は花の女子高生集団、白樺女子軍に突撃取材です!」
良いのかねカエデさん、キミはあの連中とは距離を取っていただろう。
「ということで、さっそく来ていただきました! 白樺女子高校生徒会長さんです!」
「……あ、ここのバミってるトコに立てば良いんですか?」
段取りが良いんだか悪いんだか……。
「いきなりではありますが生徒会長、本題に入らせていただきます。貴女から見て陸奥屋一党の総裁、鬼将軍はどのような存在ですか?」
「はい、学園の再興にチャンスをくださった、神さまのような存在です♡」
「あ゛!?」
いかん、秒を越える瞬でカエデさんの顔色が変わったぞ。しかしそんなこと意に介せずの生徒会長、ノロケのように言葉を続ける。
「ですが神さまと崇めてしまっては、会話もできないじゃないですか? だから白樺女子の乙女たちは総意として『白馬の王子さま』とすることに決定しています♪
キャッ♡」
「……リュウ先生、救急車の手配を」
「ん?」
「どうしてこんなになるまで放っておいたんですかっ!!」
いや、それは私の責任ではないのだけれど。それに思想良心の自由は、日本国憲法で国民はすべて保証されている。口を挟んではいけないことだ。するとカエデさんは、まだ冷静さを取り戻そうと状況の分析を始める。
「……うん、確かに彼女からすれば鬼将軍はそういう存在なのよね。これは公正を欠いた取材だったわ」
一見すると捲土重来を期する軍師のような言葉だが、そもそも自己否定の要素が皆無なので私にはカエデさんが、ただの負け軍師にしか見えなかった。
「ただいまの取材は参考として不適格と判断。別な意見を求めましょう」
そうそう、そうやって大日本帝国は敗戦へと突き進んだんだよ、カエデさん。そしてカエデ調査団の活動はまだ続くのだけれど……。
「ハッハッハッハーーッ! 俺の名はキャプテン・ハチロック! 自由の海を駆けめぐる大海賊だーーっ!!」
なんでこんな面倒くさい男をチョイスするんだーーっ! いいかいカエデさん、これは頭の中身がヤツにもっとも近い男、見ろあのマント! 嘘くさいアイパッチ!
顔面のわざとらしいサンマ傷! どう見ても海賊版鬼将軍だろうがっ!!
「ご心配なく、リュウ先生。ここは私の策ですから」
「ほう、してその策とは?」
「あの賊を論破すれば、それすなわち鬼将軍に勝ったものと同義……」
カエデさん、この調査活動はいつから戦いになったんだい?そしてキミは誰と戦っているのかな?私の疑問をよそに、取材は始まってしまった。
「そもさん!」
「切羽!」
カエデさんから仕掛けた。
「奇人鬼将軍に、才女御剣かなめが仕えているとはこれいかに!?」
随分とまた直球ですな、カエデさん。
「それすなわち、ビールに枝豆のごとし! ……良い男には良い女が付き物なのだよ、お嬢さん」
「その理屈は通りませんね、キャプテン・ハチロック。何故ならこの私が鬼将軍になびいていないからです」
「リュウ先生、言いますねぇこのお姉ちゃん」
「まあね、仮にも私の弟子だから……」
「とはいえ……」
海賊はどこかの誰かそっくりに、マントをひるがえした。
「高級参謀、キミは知恵こそ回るがしかし、まだまだ女の子に過ぎん。総裁の良さが解るには、もう少し修行が必要だと俺は思うが」
「そこは重々承知しています。ですが総裁の言動は、あまりに一般的思考から離れすぎてます」
まあ、あの悪趣味な服装からして、相当だからねぇ。とはいえ『男の子のロマン』と言われたら、どうする積りかなカエデさん?
「高級参謀、男というものはそういうものなのだ。人から後ろ指さされようとも、嘲りや誹りをうけようともわが道を行く。そういうものなのだよ、男というやつは」
「嘲りや誹りを受けないほどの実力を持ってから、わが道を行くという思考は無いんですか?」
「潔し、とはならんな。力を持ってから態度を改めるなど、男子の思想ではない」
ん? 土俵中央でがっぷり四つのはずが、カエデさんが押されているような……?
「男のわがまま、男の理論というものはわかりました。ではかなめさんほどの才女が、子供じみた『男のロマン』に付き合っているのは何故でしょう?」
「高級参謀、その答えを今ここで欲しいかな?」
「夜も眠れなくなりそうなので」
その答えを聞いたら、カエデさんが迷宮へと迷い込むのに、一票。しかし海賊は、海の男はマントをひるがえして答えた。
「デカいからだよ、我らが大将鬼将軍という男は」
「は?」
「Oni-Showgun The
Giant。財界政界、黒社会を問わず、いや洋の東西さえも問わず。世界中で『Big』とされるものは、口を揃えて閣下をそう呼ぶらしい。巨人・鬼将軍とね。そんな男なら、かなめさんとて入れ込むだろうさ」
まあ、世界が認める男というのなら、かなめさんも入れ込んでおかしくはない。とはいってもカエデさんとしてはここで「ハイ、そうですか」と納得することもできない。
キャプテン・ハチロックへの取材はドローという結果だろう。
「次に行く前にね、カエデさん」
「なんでしょうか、リュウ先生?」
「戦争からの復興期、高度経済成長を迎える前の日本の空手道場にね、先生がいたんだよ」
「はー?」
「その先生が毎日のように言ってたんだ。『キミねぇ、親指と人差し指で逆立ちして、道場を一周してみなさい。ウシくらいはねぇ、イッパツだよ!』ってね」
「はー……」
「そんなこと言ってたらその道場、単独流派で世界一大きな組織になったんだよ」
「リュウ先生も男の子なんでしょうか? 言ってる意味がよくわかりません……」
まあね、これはあくまでもスパイスのようなものだから。鬼将軍というクセのつよい食材を料理するための、ね。
そして次なる取材相手は、腕をくんで考え込んでいた。アゴにウメボシを拵え、う〜〜んと唸っている。
陸奥屋一党鬼組の忍者だ。性別は女性である、御剣かなめとは親戚筋だ。そしてプライベートでも鬼将軍と知り合いなのだそうで。
「かなめ姉ぇが大将に仕えてる理由か?」
「忍者は何かわからない?」
「わかってるか? ってんなら奥底までわかっている、だけどどこまで話していいやら。それに……」
「それに?」
「どう言えばカエデに理解できるか、だ」
なるほど、私には鬼将軍とかなめさんの関係というミステリーに、自分なりの答えが出たつもりである。しかしここまで頑なに鬼将軍を理解しようとしないカエデさんに、どう伝えるか?
それは確かに大きな大問題だ。
「まずはあの大将が、世界に聞こえたビッグマンだってのは……」
「聞いているわ」
「男のロマンってのは?」
「それも聞いてきた。でもそれだけで、かなめさんほどの方が奇人に仕えている理由にはならないでしょ?」
忍者の瞳が私を捕らえた。
「リュウ先生、このガンコ娘にどんな教育施してんだよ。そこまで聞いてきたんなら、ちょっとは理解を示したって良かろうが」
「忍者、これがカエデさんの持ち味だ。私はツノの形が気に入らないからと言って、ウシを死なせる真似はしない」
忍者は考え込んでいた。そして意を決した表情をカエデさんに向ける。
「カエデ、今から話すことは絶対に他言するな」
「わかってる、取材内容はビッグシークレット。機密扱いよ」
……私はそんな約束はしてないがな。カエデさんに額を寄せて、忍者は声をひそめた。
「……実はな、カエデ。ウチのかなめ姉ぇ、大将と遊ぶときは年頃の女の子みたいにニッコニコなんだぜ」
「……失礼だけど忍者、かなめさんはもうじき三十路よね?」
「あぁ、しかもすこぶる付きのグンバツ美人だ。それが女の子みたいに喜んでんだぜ」
「かなめさんが、キャーキャー言ってはしゃいでいるの? イメージ湧かないなぁ」
つまり、かなめさんの方が鬼将軍の手の平の上で遊んでいる、ということか。ふむ、デカい男らしいエピソードだ。
しかしこの頑固娘は、その程度では納得しないぞ。
「う〜〜ん、奇人変人の側にいれば刺激には事欠かない……そしてかなめさんがはしゃいじゃうほど魅力的……。そうよ、その魅力がわからないのよ!」
ついに核心へと触れるだろうか、カエデさん。
「かなめ姉ぇが大将にも辛辣だってのは、カエデも知ってるよな?」
「アホタレに厳しく、デキる者には菩薩の如し。知ってるわ」
「あの尻叩きのような辛辣さ、あれを大将の方が仕向けてるとしたら?」
「なんでわざわざお尻叩かれるような真似するのよ?」
「『大男は女の子にブタれるくらいじゃビクともしない』。それを示してるんだろ?
そして大将は、どれほど過酷な課題からも、ニヤリと笑って帰って来る」
「だからなんでそんな課題を受けようとするのよ?」
「かなめ姉ぇや大将くらいになれば、人生が暇でしょうがないんだろ?」
私にはその説明で十分なのだが、カエデさんに理解をさせる、忍者の試みは失敗したようだ。カエデさんはさらなる深みへ沈み込んでしまった。