カエデさんの旅
どうでも良い連中は去った。
もう二度とこの道場に現れることはあるまい。
かなめさんと二人、受付兼門番の位置へ戻ると、ウィンドウを開いたカエデさんが寄ってきた。
「今の連中は『禁愚駄武』というジムに所属している、『無礼王』というチームのようですね。チャレンジマッチで新兵格から熟練格に昇級したのは事実のようですが、どうやら試合報酬のことでジムとは揉めているようです」
「あら、お仕事が早いのねカエデさん」
御剣かなめ、デキる者には菩薩の微笑みを向ける。
「いえ、プロチーム概略と彼らの配信を少し見ただけですから」
「……試合報酬が安いのには理由があるわね。無敗のチームではあるけど、公式動画の再生数が伸びてないわ」
つまり、人気が無いということだ。
「それでウチに目をつけたってことでしょうか?」
「そうね、プロゲーム選手になれば、年収はうなぎ上りとでも考えたと思うわ。なにしろウチには人気選手が三人もいるから」
「あぁ、ヒカルたちのファイトマネーが、自分たちにもあてがわれるって、勘違いしたんですね?」
美女と少女は、揃ってため息をつく。
「それにしてもかなめさん、下の私がこんなことを言うのも失礼ですが、よく乱暴されませんでしたね」
「あちらの方々、リュウ先生の迫力に気圧されてたのかしらね?」
よく言うぜ、自分で『奴らを間合いに入れないようにしてた』クセに。
「ですがリュウ先生も、『かなめさんなら大丈夫』って感じで、全然殺気立ってませんでしたよ?」
「そんなことしたら大変よ! リュウ先生のひと睨みは、あの手の輩を百人からなぎ倒しちゃうんだから」
私ぁ何者ですか、かなめさん? と、ここでカエデさんは吹き出してしまう。
「あーーもうっ、今日こそかなめさんの秘密に迫ろうと思ってたのにーーっ!」
「あら、私の恋の遍歴は探らないでちょうだいね♡」
「いえ、そうじゃなくって。かなめさんって実際に闘ったらどれだけ強いのかな? とか。どんな闘い方するのかな? とか」
「ん〜〜……」
そう言って、かなめさんはアゴ先に人差し指。なにか探るように視線を宙に泳がせている。普段は美人な彼女だが、仕草はいちいち可愛らしい。
「まともに闘えば、四先生方には敵わないわ。そうじゃない闘い方なら、いいところまで行けるかも。丁度カエデさんに似てるかもしれないわね♪」
「それってシャルローネやウチの小隊長にも、同じこと言うんじゃないんですか?」
「いいわね、ソレいただき♪」
智将とされるカエデさんを、すっかり子供扱いしておいてちゃっかり自分もはしゃいでいる。
「そんなかなめさんが、どうして総裁に仕えているのか? そこも謎なんですよね」
カエデさん、食い下がる。まだまだかなめさんを離す積りは無いらしい。
「ふふっ、貴女がもう少しだけ大人になったら、わかるかもね♪」
そう言って、美女は少女の追撃を振り切った。カエデさんは下ぶくれのふくれっ面だ。しっかりと遊ばれてしまった。そして私のような外野からの視点には、『案外茶目っ気のある女だな』という印象付けをしての逃亡である。
もちろんそれに引っかかるような私ではないが。
「う〜〜ん、本題じゃないんだけど、やっぱり気になりだすといつまでも気になっちゃうなぁ……」
凝り性なのだろう、カエデさんは『何故才女が変人に仕えているのか?』という疑問にとらわれているようだ。
「せっかくの機会だから、一度徹底的に調べてみてはどうだい? かなめさんの秘密とやらを」
「良いんでしょうか? 仲間の、それも目上の人をあれこれ探るだなんて」
「もちろん本来ならば失礼にあたるよ。でもかなめさんのことだ、絶対に知られたくないことは絶対に調べられないようにしているさ。ね、かなめさん?」
そう、去っていったかのように思えただろうが、かなめさんの配置はここ。受付の席なのである。そしてお茶目忍者は気配を消して、カエデさんの背後に立っていたのだ。
そしてカエデさんは「おひょ〜〜っ!?」という、普段は見せてくれない愉快なリアクションをしてくれたのだ。
「あ、どうも。カエデです。本日はかなめさんの謎に迫るため、助手のリュウ先生を伴ってそこここに取材を敢行したいと思います」
カエデさん、私も稽古したいのだけど。どうしても助手をしなくちゃいけないかな?
「かなめさんを知るためには、近々の者に取材するより先に外様から堀を埋めていこうという方針ですので、リポートを閲覧中のみなさまは、どうぞご了承ください」
いや、私はひとつも了承していないのだが……。
「さて、まずは外様も外様。かなめさんからもっとも距離があると思われる、一般メンバーからお話をうかがいましょう」
「お、カエデさんだ。どうしました、今日は?」
「死に番へ配置換えですか?」
「俺たち雑兵、屍の山ならなんぼでも拵えまっせ!」
カエデさん、君は彼らからどう見られているんだい?
「いや待てみんな、リュウ先生も一緒だぞ。こりゃこの場で玉砕命令だぜ!」
本当に君、女の子が出しちゃいけない指示を出してるだろ!? なんだこの反応はっ!!
「いえいえみなさん、そうじゃありません。今日はスーパー・レディかなめさんについて取材を」
「スーツ姿がタマらん!」
「ストッキングがタマらん!」
「タイトスカートでご飯三杯はイケる! ……なんせホレ、あのビューなオイドがこう……格好良くだなぁ……ハアハア……」
やめんかバカモノ、ひとりで息を荒げるな。
「なるほど、あの容姿だけでお腹いっぱい、と」
済まない、カエデさん。男の醜い部分を見せてしまって……。
「では、何故かなめさんが総裁に仕えているか? その秘密をご存知の方は?」
レベルの若い者たちは、一様にきょとんとした。
「……カエデさん、わからないの?」
「え、マジ?」
「陸奥屋まほろば連合にいて、それはナイわ〜〜」
えらい言われようだ。さすがのカエデさんも、この反応には「ちょ、ちょっと。わからないとダメなんですか?」と狼狽をみせる。
「いやいやみんな、カエデさんはまだ高校生の女の子なんだ。少し手心を加えやってくれないかい?」
私は助け舟を出す。すると男衆はアゴをひと撫で、フムと考え込む。
「高校生の可愛らしい女の子に、どう説明すんべえか」
田舎言葉丸出しである。するとその中のひとりが、「こういうのはどうでぇ」と来た。
「大将は男で、かなめさんは女だからよ」
「?」
いかん、あまりに理解ができなさすぎて、カエデさんが怪訝な顔をしている。
「リュウ先生、リュウ先生も男性なのですから、今の言葉の意味がわかりますよね?
通訳してください」そらみろ、私に流れ弾が飛んできた。とはいえ、ションベン臭いお姉ちゃんにはわからねぇさ、とは言えない。
「そうだね、男のロマンというものがある。これは女性には理解できないだろう」
「はい、まったくコレっぽっちも。そんなものよりも、新型の掃除機や洗濯機の方が重要ですから」
ニベもないことはわかっていた。しかしこれほどまでにカエデさんが現実主義者だとは……。
「そう、男のロマンなど、女性には理解できないものだ。しかし男の子のロマンならどうだろう? あ、ますますもってわかりませんという言葉はNGね」
はぁ……とカエデさんは納得いかぬ様子。畳みかけるなら今だ。
「女性、中でも大人に女性になってくると、そんなバカげた男の子のロマンというものが、たまらなく愛しくなるようだ。それが鬼将軍に仕える理由になるかもしれないね」
「そういうものでしょうか? 非合理的で矛盾や理不尽の塊な気がしますが……」
「合理主義、理論理屈に飽きたとき、人は人らしい矛盾や非合理に帰るのかもしれないよ?」
「人らしい、ですか……。次、行ってみましょう」
カエデさんの旅はまだ終わらないようだ。
女の子たちに囲まれたハーレムパーティー、迷走戦隊マヨウンジャー。こちらでも話を聞いてみよう。男女双方の意見が聞けるかもしれない。
「総裁かい?」
まずは鬼将軍と年齢が近そうな、中年初心者のマミヤ氏。
「あんな風に思うまま気の向くまま、生きていくのも面白いかもね」
カエデさんの反応は「まさかカタブツのマミヤさんが!」というような顔である。
「ただ、あれだけの企業主ともなれば、苦労も多いだろうさ」
「あまりそのようには見えませんが……」
「トップがそれを見せる訳にはいかないからね」
マミヤさんは笑って続ける。
「l have a dream……夢があれば、苦労も苦労じゃないかもしれないし……」
「つまり、総裁の夢やロマンに、かなめさんも惹きつけられたと?」
「あんな穴だらけの大風呂に騙されるような、かなめさんじゃないさ」
マミヤさんは笑う。じゃあ何に惹きつけられたのか? その質問をしようとしたところで、小柄なお姫さまのコリンちゃんが口を挟んだ。
「イヤだわ、マミヤが鬼将軍みたいになるだなんて。似合わないわよ」
「そうだよ、だから私は公務員を続けているんだ」
分別ある大人。マミヤ氏はいつものマミヤ氏に戻ったようだ。