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無礼王の接触

「ほう、ここが2MBのジムかい……立派なもんだな……」



道場に入ってきたのは、腐った目をした六人だった。



「講習会受講の方ですか?」



受付の御剣かなめが訊く。すると顔にまで絵を描いた若造が、いきなり顔を近づけた。



「おー、いるにはいるんだな、ハクいのもよ。もっとも、もう少し化粧を変えねぇと店には出せねぇがな」



……御剣かなめを飲み屋の姉ちゃんと一緒に考えている辺りが可愛らしい。



「ここに『W&A』というチームが所属しているはずだが……?」

「どいてろ、カツヤ」



年の頃は私と変わらない、大物ぶった男が代わった。こいつも当然のように腐臭を発している。



「所属しておりますが、ご要件は?」

「なぁに、ここの金払いが良い大将に、弱っちいお嬢ちゃんたちなんぞと契約するより、もっと強いプロチームを紹介しようと思ってな」



アジア系外国人と思われる、スンクという男が代わった。その言葉に、御剣かなめは「どこにいるのでしょう、その強いチームは?」とキョロキョロする。まあお約束の展開だ。



「見てわからねぇかい?」



チーム一番の巨漢が身を乗り出す。



「俺たち、チーム『無礼王ブレイキング』だよ! あんまり舐めた口きくんじゃねぇぞ!」

「あらあら、そんなに凄むと怖いですよ?」



などと言って、御剣かなめはコロコロと笑う。その笑いの意味はどうせ、『その程度の力量で凄んでいると後が怖いですよ?』というものだろう。



「それではチーム『W&A』に、ではなくウチのジムオーナーに御用ということで、よろしいのですね?」

「おう、早いとこ繋いでくれや!」



顔面地図の入れ墨若造は、御剣かなめのいなくなった事務机に尻を乗せた。それはどういうことか?

この若造、いやチーム『無礼王』のメンバーのすべてが、御剣かなめの間合エリアいに入れなかったということだ。


かなめ女史は心得ている、受付は城の門番だと。その門番に御剣かなめという逸材を惜しみなく配置できる、『陸奥屋まほろば連合』の力を、彼らは計ることができていないのだ。そして御剣かなめが繋ぎをつけている最中、腐物たちの興味は私に移ったようだ。



「ヒョ〜〜ッ、紋付き袴かい。オッサン強そうじゃねぇか。イカしてる〜〜♪」



明らかに愚弄している、この若造は。だが若造よ、忘れてはいけない。ここは法律に守られた現実社会ではないのだぞ。



「なんだよ、シカトすんじゃねーよ……」



精神的に不安定になったような声色だった。



「俺ぁお前のことホメてやったんじゃねーか、ゴルァ!」



残る五人は、『また始まったよ、悪いクセだ』と言いたげにニヤニヤと笑っていた。



「おう、カッコマン。姿形だけスカしといて、シャバい真似すんなよな、オウ!」



視線をくれてやることさえもったいない。しかし何を勘違いしたのか、次席セカンド・ポジションと思われるスンクが割って入った。



「そのへんにしとけ、カツヤ。素人衆に凄むんじゃねぇ。……どうも兄さん、ウチの若い者が脅かしちまって」

「別に、脅されてなどいないよ」



私は答えた。



「ヒトの職場に現れて、いきなり刃物を振り回したり火を着けたりしないだけマシさ」



スンクという男の娘は、筋者の大物を気取りたかったのだろう。しかし私の返答でそれが空振りと知れたようだ。平手打ちされたような顔色になる。


私は公務員、すなわち公的な金銭を取り扱っている。別な言い方をすれば、納税者たちの不平不満をぶつけられる存在とも言えた。


年金の支払額が高い健康保険料が高い、そのくせ受け取りは微々たるもの。しかしそれらのことを決めるのは、市町村長であり都道府県知事であり、引っくるめて『お上』が決めることである。私たち職員に不平不満をぶつけてもどうにもならないのだ。


故に最大の愚策は、窓口業務へ来て暴れることである。市町村や都道府県、あるいは国からの補助が得られるとしても、『待てないすぐに払え』などと不満を言ったところで、ハイそうですかとはならないのだ。



そして近年、そうした直接的な行動に出られる方々が多いと、新聞ニュースなどでよく耳にする。そうした方々への対応というのも、想定しながら私たち公務員は日々勤めているのだ。夜の街にしか生きられないような、見るからにその筋の方々など別に問題は無い。


その筋の方々が嫌がられるのは何故か?こちらの弱味を突いてくるからだ。今回のケース、私には弱味も後ろめたいことも、NGワードも無い。むしろ私たちにすり寄ろうとしている、この『無礼王』とかいう連中にこそ、弱味やNGワードが多い。


平たく言おう、腕っぷし自慢のようではあるが彼ら、『ビジネス』においてはアマチュアに過ぎない。そして金儲けが下手なればこそ、邪悪な黒気は純粋に邪悪なのだ。


そして平手打ちを食ったような顔のスンクという男、こともあろうか私に凄んできた。



「野郎……ずいぶんとご機嫌な態度じゃねぇか……」



動画サイトのタイトルでよく見かける『ガチギレ』とか『ブチギレ』とかいう状態なのであろう。読者諸兄はご存知だろうが、こうした手合いは何をするかわからない。


……ふむ、人を殺害でもするのだろうか?

だが同じ『人を死に至らしめる』という結果を得たいのならば、私の方が『より素早く』、『より効率的に』かつ『誰にも知られぬように』結果を出すことが可能なのだ。



この展開で読者諸兄に見留めていただきたいのは、『怖く見せているだけの者』と『本当に怖い人間』の違いである。賢明な読者諸兄がより腑に落ちやすいように言葉を足すならば、「人を殺めて刑務所に入る者」などさして怖くはない。「こちらを生かしておいて死ぬまで金を絞り取る輩」の方がよほど怖いのである。


と、一方的に一触即発な場面となったところで、かなめ女史が戻ってきた。



「ジムオーナーがお会いするそうです、どうぞこちらへ」



うながされて、年嵩の男が「スンク、行くぞ」と言った。無礼王の面々は御剣かなめの後に従う。私もその後についていったのだが、結局彼らもまた『私の間合エリアい』には入って来られなかった。




壇上には、天宮緋影と鬼将軍。その前に座するのだが、偉そうな彼らに座は受け入れられないようだ。だが、「これからオーナーやスポンサーになってくれる方ですから、正座しなければ目も合わせてもらえませんよ?」という御剣かなめの言葉に、渋々従った。



「用件は?」



天宮緋影が問う。



「お嬢ちゃんじゃねぇよ、そっちの金持ちのダンナさ」

「そうですか」



そう言ったきり、天宮緋影はメンバーたちの稽古に目を移した。代わりに鬼将軍が口を開く。



「何用か」

「あんたがオーナーかい」

「違う」



野良犬たちは、キツネにつままれたような顔をした。



「私はスポンサーであって、ジムオーナーではない。ジムオーナーは……」



天宮緋影に目をやる。その天宮緋影は、汚物でも押しつけられたように眉をひそめ、扇子で口元を隠している。



「なんでぇ、お嬢ちゃんがジムオーナーだったのかよ。単刀直入に言うぜ、アンタたちが抱えてるプロチーム。あんな弱い連中より、俺たちと契約しねぇか?」

「断ります」



なに? とでも言いたげな顔。そして現場にヒリつくような空気。



「なんだって……?」



殺気立ってはいるが、天宮緋影は相手にしない。メンバーたちの稽古に目を戻している。



「おう、もう一度行ってください言ってみろや!」



立ち上がって顔面タトゥーのカツヤとジンが凄む。よさねぇか、と年嵩の男とスンクが止める。ブタのように小さな目をした年嵩の男が、『これから本当の凄味を見せてやるからな』と溜めを作るように、下手に出てきた。



「もしよろしければ、お嬢さん。理由を聞かせちゃもらえませんか? 俺らもここまで来て、ケンモホロロじゃ帰るに帰れませんからね」



その返答とばかり、天宮緋影は見下したような視線を向ける。



「その方ら、弱いからに他ならない」



さがれ、下郎め。口にはしていないが、心の声はダダ漏れだ。



「ンだとごるぁ! 誰が弱いってんだよ、おうっ!! こちとら格上相手に無敗で飛び級してんだぞ!」

「草薙、フジオカ。客人はお帰りのようです」



壇と野良犬たちとの間に、士郎さんとヒロさんが入った。それだけで野良犬たちは一歩さがっている。つまり、彼らの間合エリアいからも、野良犬たちは退いたのだ。



「お客さま、お帰りはこちらです」



御剣かなめがうながした。帰り道も来たときと同じ。表記はしていなかったが、稽古の邪魔にならぬよう、道場の端を通ってきたのである。


故に彼らは帰り道も道場の端を通らされた。当然私はかなめさんの護衛として並んで歩く。背後からは罵詈雑言が聞こえてきたが、所詮負け犬の遠吠えに過ぎない。


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