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若者たちと達人

遮蔽物にしていたダイスケくんから、ヒロさんが離れた。つまりヒロさんの姿は、若者たちから丸見えということになる。


当然のようにトヨム小隊が、鬼神館柔道の面々が、プロ選手の六人が襲いかかる。ところがヒロさんは涼しい顔、スタスタと歩いてすれ違った。そしてその通り過ぎた跡には、若い連中がコロコロと転がるか尻もちをついていたのだ。



例えば自衛隊、行進のときにはおおむね一秒間に二歩すすむ。つまり左足なら左足は一秒間に一回踏み出すペースだ。ほとんどそのリズムのまま、人がコケるのである。



「いいな、あれ」



士郎さんが言う。



「私もやってみようと思ってるよ」



私は答えた。



「チッ、リュウさんが先にやるのかよ。だったら俺は別な芸を見せないとな」



いや士郎さん、ここは演芸会場じゃないから。まずここでひと蘊蓄、ヒロさんは正確に相手の足のカカトを刈っている。その刈り方もカカトをつま先方向へ刈っていた。実際のところ、それをすれば人がコケるという単純なものではない。


ヒロさんはプレッシャーを若者たちにかけていた。だから士郎さんが言うところの『腰が浮いた状態』になってしまっているのである。そこに足払いを掛けるのだ、鬼組草薙道場の猛者であろうとトヨム小隊であろうと、力士だろうと柔道家であろうと、みんな簡単にひっくり返ってしまった。



それでも立ち上がり、鬼組の若い衆が襲いかかる。そして難なく転がされてしまった。ニ周目になるとヒロさんも面倒くさくなったのか、足払いを木刀で仕掛けている。


これも面白いくらいにみんなコカされていた。都合四周コケては立ち上がりを繰り返したところで、士郎さんが「止め」の号令をかけた。



「どうだみんな、久しぶりのフジオカ先生のワザは? 斬れてるだろ?」



自分の早く稽古したいのか、士郎さんはまとめに入っていた。



「次はリュウ先生の番だからな、たっぷりともてなしてもらえ」

「私も一周目はフジオカ先生の技を使ってみようと思う。だけど二周目からは無双流の手を使うからな」



というわけで、一周目はヒロさんを真似てスコーンと刈る足払い。うん、我ながら悪くない。グイと下から攻め上げる気迫をもって相手の腰を浮かし、カカトからつま先へ向かって足を払ってやる。これがまた面白いように決まる。


ヒロさんには悪いが、これは私の技に加えさせてもらうとしよう。そして、待ってましたの二周目。剣を持つ者は鍔迫り合いに持ち込み、その関節を決めてから投げを打つ。無双流の柔術だ。


一見ヒロさんの技よりも手間がかかっているように思えるだろうが、投げを打った先程には若い連中がいる。



同時に二人ないし三人の戦闘力を削ぐことができた。キル目的ではないから、強い当て身は使わない。その代わりに間合いとなったらすかさず目を突いた。目を突かれたもののは決まって面を伏せる。


あの重たい重たい頭を下げてくれるのだ。そのまま尻を押すなり蹴飛ばすだけで、グルリ取り巻く人垣へ一直線。攻撃を妨げてくれた。鬼神館柔道の者は、私が接近すると襟なり袖なりを取りに来てくれるというサービスぶり。私も惜しみなく袖や襟を与えた。


与えたときには関節を極めていて、ほぼ同時に潰している。


おぉ、いかんいかん。潰してしまっては、武器として使えないじゃないか。ということで、潰した相手をまた逆を取ってピョンと立ち上がらせ、人垣へと放ってやる。若者たちは決まって自分から飛んだ。


そうしなければ折れてしまうからだ。もちろん『王国の刃』に痛みや実際の骨折は無い。しかし関節を極められてしまうと、『折れても逆らう』がなかなかできないものなのだ。



む、カエデさんが相手か。あの構えは必殺雲龍剣だな?そういうことならば……。カエデさんの片手剣に、木刀を乗せる。



「?」



カエデさんは何がどうした?という顔を私に向けた。しかし、すぐに色を失って必死に木刀の重さに抵抗し始めた。


最初は歯を食いしばって。そのうちに、両手で重さに抵抗する。しかしそのまま『木刀の重さ』でヘチ潰してやる。私からのプレゼントだ、ありがたく受け取ってくれ。


この木刀の重さというのは、もちろん数字的な重さではない。手の内を決めた私が、カエデさんの片手剣を『斬り下ろしてあげた』のが、その正体である。


そこには『より重たく感じる工夫』もあれば、『逃げられない工夫』もある。そしてこの技ができるからこそ、『相手の得物に木刀を絡めて投げ技でしとめる』ことができるのだ。


木刀で相手の得物を絡めてというと、手槍などを螺旋状に絡めることが思い浮かぶだろう。しかしそれだけではない。……お、丁度よくナンブ・リュウゾウが来てくれた。まずはその手槍による決死の突きを、軽く足で捌いて、と。


怒濤か津波かの勢いで木刀を振りかぶる。一般人ならそれだけで即死しそうな、殺気を込めて。リュウゾウ、手槍で頭上をカバー。私は手槍の柄に木刀を置いた。以前説明した技があるが、今回も同じ説明を入れよう。状況は私の力が上から下へ、リュウゾウの力はそれに反応して下から上へ。


つまり上下逆さまではあるが、ナンブ・リュウゾウは、私の木刀を下から上へ踏んでいるのと同じ状態。その『踏んでいるモノ』に滑車やコロが付いていたら?



「あ? あ? あ? ありゃりゃ?」



ガッツポーズの形で木刀を受け止めていたリュウゾウは、まず仰け反り。それから両腕も伸ばしきって、絶対に堪えられない体勢で。



「あっ、アッ、あっ、アァァア〜〜ッ!!」



情けない姿で私を中心に周回軌道を描いていた。



「おう、どうしたみんな。私に隙があったら掛かってきても良いんだぞ?」



人工衛星よろしく、私の周りを回り続けるナンブ・リュウゾウ。その姿に恐れを為したか、トヨムもモヒカンもモンゴリアンも近づいて来ない。



「だらしないね、お前たち! だったらアタシが行ってやるよ!」



悪羅漢の女親分、トヨムの実姉であるライが斬馬刀を大上段。私に向かって突っかかってきた。



「ほいよ」



ポイス、という気軽さでリュウゾウを放る。小兵とはいえ目方は十六貫目。トヨム同様痩せっぽちのライでは受け止めきれない。二人仲良く目を回してのバタンQ。



「ああっ、もう! ライ姉さん! 隊伍が崩れちゃったじゃないですかっ!!」



仕方なさそうに、チームメイトのさくらさんとヒカルさんが出てくる。もちろんヨーコさんもだ。さらにはモヒカンとモンゴリアンも。



「姉さんの敵討ちじゃーーっ!!」と勢いよく突っ込んでくる。



「その意気だ、かかって来いっ!」



プロ選手ばかりに突っ込ませては恥、とばかり鬼組とトヨム小隊のメンバーも突っ込んできた。私からすれば満漢全席、千客万来。つまり狩り放題である。


まずは上の使い手である、フィー先生とユキさん。それにキョウちゃん♡を瞬潰、地べたに這わせてやった。武器として使うには面倒くさいレベルだからだ。別な言い方をすれば、武器として有用な者は他にもいる。


モヒカンのトマホーク、その握り手を木刀で引っ掛けた。そのまま極めて振り回す。ナンブ・リュウゾウのときと同じ、バンザイの姿勢で軌道周回。鬼神館柔道やプロ女子三人娘を巻き込んで、仰け反りバンザイバック走行である。



「さあ、どうしたどうした。もっと元気を出さんか!」



読者諸兄の視点では、モヒカンが周回軌道を描いているなら目の前を通り過ぎた瞬間、飛び込んでしまえば良いのに、となるだろう。しかし私は、モヒカンの『コントロールを完全に掌握』しているのである。


というか、突っ込んでくる気配が見えた途端、瞬間だけモヒカンを開放して木刀の切っ先を向けてやっている。簡単には飛び込ませるつもりはない。


しかし若者たちも考える。イチニのサンで一斉に飛びかかってくる算段をつけていた。果たして、そう上手くいくかな?

モヒカンを放棄した、丁度よい角度で迫ってきた三人娘に向かって。


つまり私は、この場所に留まっている理由はなくなった。



ということで、人垣へと突入。新たな得物、ダイスケくんを確保した。その巨体も振り回す。とにかく巨漢を狙っては捕らえ、振り回し陣形を崩して回った。


巨漢が尽きれば小兵のプレイヤーを弾いては飛ばし、弾いては飛ばし。まあ、当然とは当然の結果で若手連中を全滅させた。



「おう、ずいぶんと派手にやったじゃねぇか……」



ズシャリ、地面を踏み鳴らして草薙士郎……見参!



「そら、立て立て若いとこ! まだ稽古はこれからだぞ!」



陸奥屋最後の剣、士郎さんはやはり稽古の鬼だ。これまで私とヒロさんの二人に、触れることさえできないような結果。若者たちはうなだれていた。そこへ檄を飛ばしているのだ。


もちろん、厳しいといえば厳しい。しかし白樺女子軍はいま、城の存亡を賭けて戦を挑んできているのだ。その想いで稽古に励んでいる。厳しいかもしれないが、ここは立ち上がらせなければならない。


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