一般プレイヤーヒナ雄くん、深みにハマる
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どうも、ヴァーチャルリアリティド突き合いゲーム『王国の刃』における凡百プレイヤーのヒナ雄です。かつて僕はゲームにはちょっと自信がありました。ですがこの脳筋ゲームは僕の自信を根こそぎ掻っ攫ってくださいました。ですがある日、出会ってしまったんです。クリティカルヒットをポンポン入れているプレイヤー、シャルローネさんを。
もしかしたらクリティカルヒットというのは、狙って打てるものじゃないのだろうか?
そう考えて以降、僕の工夫と苦労は続いております。前回までのお話は、シャルローネさんの所属する『嗚呼!!花のトヨム小隊』のメンバー全員が、古流武術の立ち方歩き方をしていたことが判明。
同じ土俵では勝ち目が無いので、僕たちチーム『情熱の嵐』は武器を使いやすくカスタマイズ。そして連携プレイを重視することで、対策とし練習を開始。
それなのにそれなのに、新人の女の子キラさんが、「私たちにもあの立ち方歩き方ができるかも!」と女子新体操の動画を提供。演技場の妖精たちの歩きを真似ることで何か掴めるのではないか!?
蒼魔とキラさんはすでに手応えを感じていて、練習場に僕が誘われたところ。
僕たちにとっての『坂の上の雲』であるチーム『嗚呼!!花のトヨム小隊』。ここのメンバーは全員地下足袋を着用していた。そこで女子新体操の歩き方を真似る僕たちも地下足袋を装着。もちろん新体操チャレンジの僕も、地下足袋着用だ。
まずは普通に歩いてみる。カカトから着地する歩き方だ。……うん、ゴスゴスドシンドシンという歩き方だ。脳にも振動が行きそうなくらい、健康にも良くなさそう。
そこでまずは立ち方。クイッとお尻を突き出して、ちょっと気取った立ち方だ。もしも僕が女の子だったら、「さあ、ご覧なさい!」と言い出しそうな立ち方だ。だけど……違う!
足元がフワフワしているような、雲の上を歩いているというか、体重が半分になったかのような。そんな錯覚に陥りそうなくらい、常識が覆る。
全身をバネにして……誰が言ったんだっけ? その言葉、その表現はとても正しい。なんでもできそうな万能感を感じさせてくれる立ち方だ。
「それじゃあ隊長、歩いてみてください。歩幅はいつもの半分以下でお願いします」
ダインくんの言葉通り、足を踏み出す。シャルローネさんがしていたように、つま先や中足部分から着地する歩き方。そしてカカトは着けない。ヒョイヒョイヒョイ、というような歩き方。
「なんだかダチョウになった気分だよ」
「フラミンゴとはいきませんか、領主」
「足の長い鳥ですから、同じでしょう」
「それも大事だけど、蒼魔。僕のアタマや肩は揺れてないかな?」
「どれ?」
蒼魔はプロゴルファーのように片手剣を目の前に立てた。刃越しに僕を見る。どうやらあの片手剣が定規の代わりのようだ。
「領主、まったくブレていない、と言って差し支え無いでしょう」
「ボクはどうですかね、キラさん」
いつの間にかダインくんも地下足袋装備で練習場に立っていた。
「うん、ダインくん。立ち姿が真っ直ぐ背筋が伸びていて、とてもイイ感じだよ?」
「じゃあボクも歩いてみます」
「いいね、いいよ、ダインくん! ボスにも負けてない安定だよ」
それからは蒼魔とキラさんの歩き方も拝見。……この僕があんな風に真っ直ぐブレずに歩いているだなんて、まるで信じられない。それくらい二人の歩き方はモデルのように美しかった。
「じゃあボス、こんなのはどう?」
キラさんが構える両手剣。構えは八相。そのままブレも揺れも無く歩いてくる。歩くと走るの違いはあるけど、シャルローネさんの再現そのままだ。
「隊長、感心してるばかりじゃ話になりません。この姿勢を維持しながら演習……実戦をためしてみては?」
ダインくんの提案で、この構えこの動きを実践してみよう! だけど、爆炎? キミも試してみない? 女子新体操の構えを。
「……仕っ方ねーなー。笑うんじゃねーぞ!」
女の子の真似にはまだ抵抗がありそうだけど、爆炎も参加してくれる。
「ぅおうっ! イイ感じじゃねーか! 女子新体操! 見直したぜ!」
理屈よりも感覚の男、爆炎も太鼓判。チーム『情熱の嵐』ではこの構えが標準装備として採用されることになった。
「じゃあせっかく立つ歩くができたんだから、攻撃も頭を揺らしたくないよね」
「だけど思い切りド突けないんじゃ王国の刃じゃねーぜ」
「いや、せっかくここまで完成度が上がったんだ。あと少し丁寧に行こうよ」
ということでカカシ先生に教えを乞う。まずは甲冑を着せて、カカシの向こうに爆炎を立たせる。そしてカカシへの攻撃役は僕。
「じゃあこれからカカシに斬り込むから、僕の攻撃が見えたら手を挙げてよ」
カカシの向こうの検分役、爆炎に声をかける。
では、カカシに向かって長ナタを八相にかまえて、フラミンゴの足で近づいて……一足一刀の間合いで一旦停止。爆炎は僕の動きを見逃さないように、しっかりと睨みつけてくる。
そこへ、何気ない一刀。カカシの兜が砕け散った。爆炎の手は挙がっていない。
「どうだった?」
「斬りの初動が見えなかった」
「ただ今までの練習を思い出して振っただけだよ。それでもクリティカルは取れるんだ。むしろやっつけようとか斬ってやろうとかいう考え方は邪魔かもしれないね」
「フフ……領主、それは爆炎には難しいのでは?」
「馬っ鹿にすんねぇ! 難しいどころか全然わかんねーよ!」
「さすが爆炎センパイ」
「そうでなくっちゃ爆炎センパイじゃないよね」
「ダインにキラ、お前ら俺のこと馬鹿にしてんだろ?」
「いえいえ、さすが燃える男と」
「そうそう、我がチームの熱血小僧。熱い男と」
「ま、わかってりゃいーんだけどよ……」
「度量も大きいですねぇ」
「それでこそ、まさに爆炎」
ということで、ノーモーションの一撃を僕たちは考える。脱力して、脱力して、そこから生まれる『ただの一撃』。必殺技でもなんでもない、つまらないひとつの打ち。熱くもなければ寒くもない。ただ、長ナタを振り下ろすだけ。で、こうした練習で蹴躓いてくれるのが、期待通りの爆炎先生。
「よっしゃー! 俺さまが一発キッツイのお見舞いしてやるぜーーっ!」
すぐに手を挙げる、カカシの向こうの検分役、蒼魔。
「こら爆炎、いままでみんなの練習の何を見ていた」
そう、みんながノーモーションで決めていたクリティカルの練習が台無しなのだ。まったく、いま僕たちが何を練習しているのか、まったく理解していないようだ。だが、それでこそ『愛されるべき男』爆炎なのだ。
「蒼魔、お前判定がキビシーぞ? 俺まだ構えてもいないだろ?」
「それ以前の問題だ。みんな暴れたい欲求や名誉欲を消しているというのに、お前は欲望丸出しだろ?」
「うん、そうだね。もしも爆炎が欲望を消しにくいんだったら、そうだなぁ……兜のうえのハエを叩くつもりでやってみたら?」
「お、ハエ叩きか。そういうのなら……あらよっと!」
クリティカル! しかも検分役の蒼魔は目を丸くしている。
「不覚……この熱血バカの初動が見えなかったとは……」
うん、蒼魔の言うとおり。何気なく出した一撃はまったくのノーモーション。傍で見ていた僕にも、初動は捕らえられなかった。だから蒼魔、ガックリ膝を着かないで。
『何気ない打ち』を手に入れた僕たちは、いよいよ撃ち合いの練習に入る。
まずは個人の技量を上げるために一対一の個人戦練習。装備は革防具に革兜。得物は長ナタ。サイドアームは自由。一番手は僕と爆炎の対戦。
僕は八相、爆炎は中段。より攻撃的な八相や上段に取ってくるかと思いきや、爆炎は慎重だ。だけど中段とはいえ、爆炎のプレッシャーは重たい。「さあ行くぞさあ行くぞ」という気迫で、僕を後ろにさげようとする。
僕は僕で、さあ行くぞ、とは考えない。ただ間合いになったら長ナタを振り下ろすだけ。闘おうとかやっつけてやろうとか、そういうことは考えない。焦れたように、爆炎が出てくる。僕もフラミンゴの足で身体を揺らさないようにスッと前に出た。もう間合いだ。フッと力を抜くように、長ナタが振り下ろされた。刃筋を立てて、一直線に。
クリティカル。
爆炎の革兜が消滅した。審判のダインが、僕に旗を上げる。
「面あり、一本!」
二本目は爆炎から仕掛けてきた。火が着いたように、猛然と打ちかかってくる。やはり爆炎はこうだ。攻めて、攻めて、攻め抜いて。だけど急にプレッシャーが消える。闘志が消えて無くなった。
「?」
さすがにボクも戸惑う……と、面が鳴った。これは爆炎に一本。ほう、伸び伸びと闘っているふりをして、急に気配を消しますか。いつの間にそんな味なことを思いついたやら。
ならばと三本目は下段に構えた。爆炎は大きく八相に構える。攻めの形を取った爆炎は、やはり大きい。だけど気配が無い。これはノーモーションで来るね?
ならば木刀は餌を撒こう。下段のまま前へ。
間合い、来る。
先読みしてフラミンゴの足で後退。僕の鼻先を刃が通過。僕はそのまま垂直に落下しながら胡座座り。頭上に長ナタをかざす。下からすくい上げる小手打ち、二本先取で僕の勝ち。どうにか爆炎を下すことに成功した。
今度は僕が審判。キラとダインの一戦を裁く。この二人の対戦も面白い。おそらく理論派のダイン。そしてトリックスターのキラ。そもそもキラのコレクション動画から、僕たちの古武道体験は始まった訳なんだけど、あの娘なんで女子新体操の動画をコレクションしてたんだろう?
動画タイトルも妖精がうんたらかんたら言ってたような気がするし。まあ、あまり深くは追求しないでおこう……。その方が不幸にならずに済みそうだ。
さあ、ダインとキラの一戦に集中だ。互いに中段。そしてどちらも動かない。いや、動けないようだ。両者ともに、相手の『技の起こり』を待っているみたいだ。切っ先は握り拳ひとつ分、すでに交差している。つまり間合いだというのに動かない。……いや、動いている!
互いの刃が敵の正中線を捕らえるように、せめぎ合っていたのだ。
ダインがキラの正中線を奪えば、キラもそれを奪い返す。火花散る攻防は、すでに展開されていたのである。どちらが先に制するのか?
ダインが前に出ようとする。それに合わせてキラが得物を引いた。キラの長ナタは縦に大車輪。大きく旋回してダインの小手を打った。
一本だ。それもため息が出るような。これはキラの誘いにダインがうっかり乗ってしまったのだろう。しかし残る二本は動ずることなく、ダインが連取して終わった。
うん、僕たちは強くなっている。間違いない。大きな大きな手応えを、僕は感じていた。
そう、これが武道武術の底なし沼とも知らずに……。