仲間、誕生
試合を終えて帰って来たのは控え室。「いやぁ、勝った勝った♪」と喜ぶトヨム。しかし私の視界の隅で、緑色の丸がチカチカ光っている。
「なにか光ってるが、なんだこれは?」
「あぁ、戦果の表示だね。タップしてみるといいよ」
トヨムに言われるまま、緑色の丸に触る。するとウィンドウが開いた。
『プレイヤー リュウ』で始まる私の様々な情報が映し出される。そこにはクリティカルの数とそれに見合ったポイント、そしてポイントから換金されたゲーム内通貨の金額が表示されている。
そこにも緑色の丸が光っていたので触れてみた。ガシャガシャガシャチーンという音とともに、私の所持金メーターがグルグルと回った。私の戦果は防具を破壊したものがほとんど、というかすべて。しかしキルの数はゼロ。
トヨムのウィンドウをのぞかせてもらう。
トヨムの戦果は、私とは逆に防具破壊はゼロでキルのポイントがすべてだ。そしてクリティカルの数は私の方が多い。
私のウィンドウを覗いたトヨムは、感嘆の声をもらした。
「リュウの旦那、なんだよこのステータス。ほとんどあり得ないぞ?」
「そうかい?」
私のステータス、体力が『高』、腕力も『高』。スピードは『最高』で技術も『最高』なのに、経験が『新兵』なのだ。
しかしそういうトヨムも体力が『高』、腕力も『高』。スピードなどは『超高速』で技術も『高』なのだ。そして私と同じく、経験は『新兵』とされている。
しかし『新兵』なのにこのステータスの高さは、一体どういうことなのか?
「このゲームは『自分の出来ることは全部出来る!』が売りだからさ、きっと現実の身体能力が換算されてんだろうね」
「スピードが『最高』だなんて、私はそれほど足は速くないぞ?」
「剣を振る速度とかをいろんなスピードと足して割って平均値を出したらそうなったんじゃないの?」
「なんだか人間離れしてるな、私……」
それはそれとして、トヨムは上目遣いでおねだりの表情で迫ってきた。
「ね、リュウの旦那? アタイとフレンド登録……いやさ、クラン組まない?」
トヨムが申し出てきた。クランを組む、つまりひとつチームを立ち上げようというのだ。同じクランに入っていると、同じ試合場に入ることも容易いし、さきほどのようなコンビネーションプレイもやりやすくなる。
私としてはこのゲーム世界におけるランキングやそれに付随するオマケ……つまり報酬などには興味など無いのだが、変な連中とチームを組まされるよりは素直に指示に従ってくれたトヨムと一緒の方がいいだろう。
私はトヨムの申し出を受け入れた。その代わりリーダーは言い出しっぺのトヨムに押し付ける。
そこはトヨムも承諾してくれて、メンバーは少数で運営していこう、と提案してきた。
それは私も納得。あまり大所帯になると派閥が生まれたりトラブルが発生したりするからだ。
ではチーム名をどうするか? これも柔軟な発想を期待してトヨムにまかせる。
「サムライ・スッポンってどうだい?」
「いいのか? それで……」
「じゃあサムライ人生劇場☆男の星座」
「トヨムは女の子だろ?」
どうやらこの娘、発想が柔軟すぎるというか、エッジが効きすぎのようだ。
そこで私が提案することにした。
「獅子の住処……ライオンズ・デンというのはどうだ?」
「お、いいね! それだぜ旦那!」
「だがなトヨム、こういう勇ましい名前を掲げると、成績が下がったときが悲惨だぞ?」
「じゃあ響龍組ってのはどうだ? アタイの響と旦那の龍の字を組み合わせてさ」
「……いや、それならいっそ『トヨム組』でそうだ?」
「いいのかい、旦那? アタイの名前で……」
「かまわんさ、これはトヨムの組だ」
ということで話は決まり、二人で控え室を出る。
そしてロビーにいたリンダを捕まえ、クランの申請をする。
手続きはあっという間に終わった。しかし……。
「クラン結成となると、拠点が必要ね。空き部屋を探してあげるわ」
なんとクラン結成には部屋が必要なのだとか。その家賃はリーダーの戦果、つまりゲーム内通貨で支払われるそうだ。
「この物件なんてどうかしら?」
リンダが提示してきた部屋は、驚くほど家賃が安い。そのクセ応接間と訓練場が備わっている。
「いいねぇ旦那、ここにしようよ♪」
私に異存は無い。契約を済ませたところで、声がかかった。
「お〜〜い! リュウさんにトヨムさん!」
図体のデカイ男が手を振っている。だが、ゲームにインした初日で、声をかけてくる知り合いなどいない。……と思っていたら、先程の対戦相手の一人。NPCに攻撃していた男だった。兜を脱いでいるので顔が露出している。
巌のような顔と身体、しかし目尻を下げて人が好さそうである。
「ようやく見つけたわい、そちらの闘いっぷりが気に入ったんでのぉ、フレンド申請しようと思ったんじゃ……おや?」
私たちの情報を閲覧しているのだろうか。虚空をじっと見つめている。
「もうクランを設立したのか、お見受けしたところお二人は小兵に中背。どうじゃい、壁役は必要ないかい?」
「どうする、旦那?」
「私は構わないが、しかしメンバー募集はこれで最後にしよう。あまり大所帯になっても管理が面倒だ」
「じゃあいいよ、アンちゃん名前はなんてんだい?」
「セキトリさ。ワシの初撃はちょっとしたもんだぞ」
「腕に覚えありってかい?」
私に訊いたことを、トヨムはセキトリにも訊いた。
セキトリは「まあな」、とだけ答えた。
「じゃあセキトリ、アタイたちの組に登録しなよ」
ということで、セキトリも加盟。メンバー募集はこれで終了とした。
「で、これからどうすんじゃい?」
「新しい拠点も気になるが、私たちはまだデビュー戦を終えたばかりでね。正直に言うともう一戦ニ戦暴れてみたいところだ」
「アタイもだね。セキトリのアンちゃんはどうする?」
「実はワシもさっきのがデビュー戦でのぉ、一丁勝利というモンを味わってみたいところじゃ」
それじゃあ、ということで早速ニ戦目を申請。リンダの案内でまたも控え室へ。そこでは先程と同じように、大柄な西洋甲冑に長得物の武者が三人。すでに控えていた。そして同じように、誰もが無口だった。ただ先程と違うのは、三人の甲冑武者が誰も逃亡しなかった点である。
「あの三人は野良だね」
トヨムが呟く。
「ということは?」
私が訊くと「三人が連携をとって戦うことは無いってことさ」と答えた。
「だったらこっちはこっちで勝手にやらせてもらうかのぉ?」
「そうなるね」
ということで、主砲はセキトリ、私が甲冑の剥ぎ取り役。トヨムは遊撃手ということにする。
そして試合場へイン。三人の味方は終始無言であった。敵は大柄な武者が三人、中型二人に小柄が一人。火力というか、馬力ではこちらが上回っていた。
開幕の銅鑼。敵は軽量な小柄武者が先に出てきた。私はやはりトヨムを背後にかくして駆ける。小柄な武者は短刀のような武器を使うようだ、手には何ももっていない。
しかし、その右手が腰に伸びた。私はその右上腕を抜き打ちで打った。そして体当たり、上体を起こす。そこへスパイクグローブのトヨムが左右の連打。早速1キルを奪う。
続いては中型の甲冑武者二人。果敢にも私に刃を振り降ろしてきた。柄頭を上に向けるようにして受け流し、それから大車輪のように木刀を旋回させて左袈裟に打ち込む。無双流初伝技『水車の太刀』である。これで鎧を吹き飛ばし、もう一度水車の太刀を浴びせる。
袈裟、胴、面は急所なのだろう。一撃クリティカルで敵は撤退した。しかしもう一人の中型武者は大柄な三人を背景に一気に突っ込んでくる。勇敢だがしかし、守りが甘い。スパイク付きの棍棒を二本装備しているが、喉元がガラ空きだ。
一度木刀で双棍を押さえ込む。それを敵は振り払った。中型武者はバンザイの形、私は敵の力を利用して上段の構え。もう結果はおわかりだろう。この中型武者は私に兜を割られ、セキトリの長得物のスパイクメイスを食らって退場することとなった。
敵の小柄な武者はトヨムと相対していた。間合いを出入りするトヨム、フェイントに引っかかるまいとして、それでも剣が反応してしまう敵。そして迫りくる大柄な敵三人を相手に、私は小手を吹き飛ばして回った。間合いと同時に剣が飛ぶ。相手は長得物を振りかぶろうとしただけで、私に小手を奪われる形になっていた。そして自軍のセキトリたちのために、私は場所を譲った。
なにを思ったか敵は私に方向転換しようとする。その脇っ腹にセキトリたちが体当たり。もう鎧ごと武器ごとだ。他の三人の味方はそこから武器を乱打する。中には任意で発動しオートで技を決めてくれる『必殺技』を振るう者もいた。しかし敵もこれを必死で防ぐ。必殺技の発動者は、キルを取りそこねた。
しかしここで鋭い気合い一閃。片手で敵の拵えてを掴んだセキトリが、豪快に投げを打ったのだ。敵は脳天から真っ逆さま。突き刺さるかのように地面へと激突した。そのめり込んだ頭部から、Criticalの文字が二度連続。兜を破壊し、頭部に致命傷を与えたという判定なのだろう。敵は退場していった。
セキトリは長得物を横に構える。これは敵の胴を狙うつもりだ。先んじて私は、敵の鎧を一撃で吹き飛ばす。その直後に、セキトリの強烈な一撃が敵の腹にめり込んだ。
これもまた退場。セキトリ二つ目のキルである。そして味方は一人の敵を袋叩きにしているのだが、なかなかクリティカルが取れない。鎧も兜もベコベコに変形しているのだが、どうにも防具を剥げないでいた。
「あれは放っておくかの、リュウさん?」
「それがいいな」
私たちはトヨムに目を向けた。トヨムの相手は小兵なのだが、剣を携えている分だけリーチが長い。それでもトヨムの足取りは軽やかで、特に困っている様子は無さそうであった。その証拠に、
「あ、旦那たち。もう済んだのかい?」
などとこちらに笑いかけてくる。そのトヨムに、小兵の武者は斬りかかった。
下から、トヨムは滑り込むように懐に入る。すでに小手は取っていた。そのまま敵の腹へ腰を押しつけ、長い脚をピンと伸ばして敵を担ぎ上げた。いや、下から跳ね上げる。
変形の一本背負い、柔道技である。そしてその切れ味は、昨日今日練習した付け焼き刃ではない。間違いなく黒帯の切れだった。
しかも柔道の殺し技まで心得ている。相手を真っ逆さまのまま、脳天から地面に突き刺すという、セキトリのような荒業を披露してくれたのだ。
こいつ、拳闘家じゃなかったのか?
だとしたら、柔道の組手争いから打撃のコツを見つけ出したのだろう。恐るべき応用力だ。