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護手鈎

昭和。


その空気を浴びせられ、私の稽古にも熱が入った。



「まずは、トヨム。頼めるかな?」



最初に一対一の試合形式。これをこなせなければ、複数対一の戦闘などできはしない。普段は陽気なトヨムも、口元を固くして開始線に立った。ルールは通常通り、特にイベントとか複数戦などということは設定していない。


愛用の木刀を中段に、それだけでトヨムのすべてを封じる気になれる。



「じゃ、いくよ……ダンナ」



ダンナのナの字が言い終わるか否か、トヨムは目の前から消えた。が、その気配は読めている。半足さがって、左の霞に構えを変えた。切っ先の向きも時計回り、一時の方向につけている。その切っ先の方向には、トヨムの目間めけんがあった。


まずはトヨムの初手を封じる。私の反応にトヨム自身驚いたのか、一度距離を取って仕切り直す。ふ〜ん、そうかい。とでも言いたげな顔だ。それまでアゴの前にグローブを構えていたトヨムだが、今度は極端な半身に変化する。


左肩の三角筋でチン(アゴの尖端)を守り、左腕をダラリと提げた構え。そして右の拳はこめかみにピタリと付けられている。ヒットマン・スタイル、他にはデトロイト・スタイルとかキューバ・スタイルの異名を持つ、ボクシング特有の構えである。


近頃のトヨムはインファイト専門、ピーカーブー・スタイルを取ることが多かったが、その長い手脚を活かしたヒットマン・スタイルのアウトボクシングこそが真骨頂なのだ。剣術対現代拳闘術。一見すると剣術の圧倒的有利に思われるかもしれないが、剣術家の初手次第とさせていただこう。



剣術には長い間合いがあるにはあるが、初手に失敗すればあっという間に拳闘の間合いにされ、何もできぬうちに滅多打ちに遭うからだ。そしてトヨムには、それを可能にするだけのスピードと経験が備わっている。


そうでなければこの『王国の刃』という世界で、これだけの成績は残せない。そのトヨムは、私が突き出している切っ先を嫌っていた。木刀の先端が邪魔で、自由気ままに飛び込めないでいる。こちらとしても、再度トヨムに姿を消されるのは調子が悪い。ということで、ここは誘いだ。


下段に……。


さあ、真っ直ぐに飛び込んで来いという誘い。しかしトヨムはまたもや姿を消した。頭を振って横への移動だ。しかし今度は、木刀という遮蔽物が無い。トヨムの動き、すべてを視界におさめることができた。


左をトヨムに出させる。それを見切り、眉毛に触れさせるだけで危険回避。この見切りはトヨム相手に何度も見せているので、慣れたものなのだろう。すぐに右へと繋いできた。その小手を、下から斬り上げる。


これもトヨムにとっては先刻承知、右を打ち抜かず左へと繋いできた。それを木刀の棟で邪魔してやった。手首の辺りを一瞬だけ抑えてやるのだ。


トヨムの動きはまばたきほどの間、停止する。その隙を逃す私ではない。鈎を描くトヨムの左腕、それをレールに使って物打ちを走らせ首筋をしたたか打ち据える。


……トヨム、撤退。


……いかん……これではダメなのだ。



敵を葬るのは上策ではない。キル判定を取ってしまっては、敵は遠い復活ポイントからフルヘルスで駆けてくる。そうなると今度は、どこに現れるかわからなくなってしまう。欠損部位を発生させての戦闘不能、そうでなくてはならないのだ。



「トヨム、もう一丁頼む」

「あいよ、ダンナ。だけど珍しいね、ダンナが間違ってキルに繋げるだなんて」



緑柳師範から聞いた昭和話が、私にそうさせたのかもしれない。あのような体験談は、剣士にとって血湧き肉躍るエピソードでしかない。ということで、今度は大人の剣を振ることを心がける。


最初から下段、大人として振る舞うことを心掛ければ、トヨムの足を斬り離すことができた。その調子でメイスのセキトリ、死神鎌のシャルローネさん片手剣に丸楯のカエデさんと、次々相手になってもらう。


そしてマミさんの番となったとき。



「おや? いつものトンファーじゃないのかい?」



マミさんは変わり武器を手にしていた。



「はい♪ 次のイベントのために〜、カエデさんが見繕ってくれちゃいましたー♪」



木刀ほどの鉄槍を二本。木刀で言うところの物打ち辺りに、曲がった鈎がついている。そして拳を守る鉄枠、ナックルガードが施されていた。



「えっへっへー、護手鈎ごしゅこうっていう武器なんですよーー♪」



ふむ、夏至イベントは手槍の多い敵だ。こうした絡め取る武器というのは、案外役に立つかもしれない。というかカエデさん、新兵器の実験場よろしくマミさんに武器を選び続けているね。まあカエデさんのことだ、マミさんを実験動物扱いしているのではなく、戦闘状況に合わせた戦い方を提供しているのだろう。


とはいえ、新武器のマミさんに本気の稽古をするのは酷というもの。鬼気をかなり割り引きして立ち合うものとしよう。そのことは口頭で伝えておく。



「はい、よろしくおねがいしま〜す♪」



挨拶は間延びしているが、構えてみればなかなかどうして。堂に入った構えを見せてくれる。右を突き出し、左は上段へ。二天一流のような堂々とした構えだ。


新武器を相手に、全力稽古はよろしくない。私はスルリと突き技を出した。マミさんは前に出した得物のカギを使い、木刀をからめてくる。そう、からめて止めた。そして左上段の得物を振り下ろしてくる。


そのときにはすでに、私も手の内柔らかく木刀を変化させ、カギによる捕獲を脱出していた。私も木刀の棟でマミさんの打ち込みを止める。



しかし今度はその木刀にカギのからませてきた。もちろん水月への突きも迫ってくる。やるもんだねぇ、マミさん。しかしその突きは足で躱す。


そうなると突いた得物を横薙ぎに……払ってきた。そのときには自由になっている木刀で防御するだけ。それも一瞬、すぐさまお留守になっている右小手をピシャリ。いわゆる二刀流の弱点を突いた。



「いまの小手は浅い、もう一丁!」



浅いと判定したのはわざとだ。初得物のマミさんに、もっと稽古させたい。ということで、今度は下段に構えを取り、マミさんを待つ。


彼女は二本の得物を突き出し、十字に構えた。これも二天一流にあった構えだ。大きなハサミを開いて、こちらへ突き出している構えになる。これは……。



読者諸兄は意外に思うかもしれないが、ひとつ流派の門を叩いたならば、案外他流派の情報には手を出さないものである。何故なら自分の流派を稽古するので手一杯になるからだ。


具体的に言うならば、よその剣術流派の動画など見なくなるということだ。先程から私も二天一流の名を出してはいるが、その具体的なワザはほとんど知らない。


自分の流派である、柳心無双流における二刀の技。これを磨くので目一杯だからだ。ということで、二天一流が十字に構えた技……これを自流の技から見て次の動きを予測する。


私、下段。マミさん、いわゆる中段で十字。ならば二刀で抑えにくるか?

スッとマミさんの得物が消えて、木刀が抑えられた。逆に私は木刀で、マミさんの得物を抑える。抑えるというのはおかしな表現かもしれない。正しくは抵抗したと言うべきだろう。


しかし思わぬ抵抗に遭い、マミさんの動きが止まる。結果としてマミさんを抑えることに成功した。ここからは電光石火、まず木刀を捻り刃をマミさんに向ける。半足後退、同時に柄頭の方向へ垂直に木刀を引き抜く。足場を失ったかのように、よろめくマミさん。その可愛らしいアゴ先へ、木刀の刃を跳ね上げた。寸止めだ。



まあ、ここまでの流れはマミさんの稽古につき合ったというようなもの。本気で立ち合えばまだまだ負けるものではない。ということで、二人掛かり三人掛かりと人数を増やして実戦の勘を研ぎ澄ませてゆく。


カエデさんからの情報では、白樺女子軍は五人攻撃を基本としているようだ。それも、五人一隊。それが二隊三隊と群がってくるという。戦法や作戦に名をつけるなら、群狼作戦とでも言えるだろうか。それに対抗するには、横からの攻撃や背後からの攻撃にも備えなくてはならない。


そして対抗措置としてもっとも有効なのは、投げ技転がし技。そして小手やスネを奪う部位の欠損。とにかく数を減らす、これに尽きると私は考える。


そしてもうひとつ、注目のカエデ情報は白樺女子軍の得物は、その大半が手槍で揃えられているというところだ。得物を統一する、これは白樺女子軍の都合だろう。とにかく多人数を軍としてしつけるには、武器の統一は不可欠である。


それは同時に、攻めも守りも一本調子のワンパターン。変化に乏しくなるというリスクを背負うことにもなる。それでも彼女たちは、ほぼ手槍に統一してきた。私としては対応がワンパターンで良いことになる。


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