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「さて会長」
と声をかけてきたのはイッちゃん、生徒会第一副会長。
「そうね、血湧き肉躍る面白い試合だったわ」
と答えるのは私、白樺女子高生徒会長、長店立海よ。『頂点立つ身』なんて読まないでちょうだい。
「血湧き肉躍るという点は忘れてください」
ありゃ、そこじゃないの?
「そこじゃありません、違います。今の一戦は実力的にW&Aが圧倒しているはずなのに、相手が善戦できました」
「そうね、破壊力のある悪羅漢チームを本隊から引き離して、細かいポイントも稼いでいたわね」
「それができた理由は?」
「二人一組戦法が効果を発揮していたからよね?」
そのとおり、とイッちゃんは笑みを見せる。
「そしてどうでも良いことではありますが、webうえの『王国の刃』掲示板ではそのことに気づいている人間が皆無です」
本当にどうでも良いことね。そのことに気づけない者はツーマンセル戦法を語れないし、気づいている者は内緒にしておく。
「それだけツーマンセル戦法は有効、ってことになるわね」
「いかに悪羅漢メンバーとて、状況をひっくり返すのは容易くありませんでした」
「だけど私たちの相手は陸奥屋、そしてまほろば……」
「当然、ツーマンセル戦法を破る方法は知っている」
なにも難しいことではありません、とイッちゃんは言ってくれる。
「私たちが二人一組で相手に向かったならば、向こうは四人二組で来るでしょう」
そういう場合、なんて呼べば良いのかしら?
「フォーメン・ジョブでよろしいかと」
なによ、ずいぶんアッサリしてるわね。
「だけど人数では私たち白樺女子が有利なのよ? わざわざ少ない人数で、フォーメン・ジョブを仕掛けてくるかしら?」
「一見すると愚策です。少ない人数を嵩増しするんですから。ですが向こうはやらなければなりません」
そっか、こっちの人数を確実に減らしにかかるのね?
「そうです、白樺女子高軍のクオリティはあちらに及びません。ですが数は厄介になるはずです、あちらとしては早々に漸減邀撃を果たしておきたいでしょう。それに……」
それに?
「数こそこちらが上でも、やはり達人先生方が厄介です」
そうなのよねー、そこが問題だらけの大問題なのよねー。しかししかし、その達人先生方をどうにかしようというのが、衛生兵の囮作戦。そして白樺女子高軍の人海戦術。とにかく囲め囲め、先生方が嫌気差すまでまとわりつくんだ戦法。
「戦法というものは、状況を有利にするか相手に勝利できるものを言います。正直申し上げて、人海戦術というのは確実性に乏しい部分がありますので、戦法とは呼びにくいですね」
「ダメよ、気弱になっちゃ。まとわりつき戦法は、イケイケドンドンの精神で強気の姿勢を見せつけなきゃ。成功するものも成功しなくなるわ」
そう、四先生を討ち取って鬼将軍も倒すっていうのが、私たちの勝利条件。そんな無茶を達成するには、弱気の虫は絶対にダメ!
「そのとおりです、会長。私も少し弱気になってました」
仕方ないわよ、夏至のイベントまでもう二ヶ月。この二ヶ月でひとりはどれだけ強くなれるものか?
そんなことは強さを追い求めたことのない我が身で、知る由も無しなんだから。実際、その辺りはどうなのかしら?
久しぶりにナッちゃん……剣道部主将に訊いてみようかしら?
「滅茶苦茶強くなってるよ、最初に比べたら。……もしかしてみっちゃん、強くなれてるかどうか不安だった?」
う、いきなり私の心を見透かさないの。でも、そんなに強くなってるかしら?
「個人の戦力なんて、初期の頃とは比べものにならないくらい。それと、二人一組戦法だっけ?
アレはすごく良いね。個人が二人になってバディ。バディが三つ集まれば小隊、小隊が集まれば中隊。百人集まれば大隊、三〇〇人で軍。ちゃんとつながってる。今は白樺女子高軍として、しっかり強くなってるよ。そしてあと二ヶ月……獅子の仔に牙が生えるには、十分な時間がある……」
獅子……私たちが……?だけどナッちゃんははっきりとそう言った。カカシに向かって狂ったように、突撃を繰り返す基本稽古。それは今でも続けている。そこが最後にすがる技だからと、達人先生たちも手抜きを許してくれない。
そして自分たちで繰り返す、二人一組の連携練習。もしもここまでを完璧にこなせたとしたら、いや、完璧にこなせたとしても陸奥屋に勝るのだろうか?良くて肩を並べる程度。悪ければ『先生方』のいる、いないの差で不利。
「さすがに陸奥屋に勝ちたいって願うのは、望みが大き過ぎるかしら?」
「それはとんでもなく大きいよ。だけど明日はわからない、来週は勝てるかもしれない。来月になったら可能性はもっともっと、二ヶ月後にはもしかしたら……」
そうね、歩みを止めない諦めない。それこそが乙女の信条じゃない。今、この実力では達人先生には敵わない、それはわかる。だけど先のことなんか誰にも分かりはしない、決まってなんかいない。だから私たちは努力する、未来や将来を決めるのは、私たち自身なんだから。
「では会長、稽古方針はこれまで通り、情熱的に集中してということで……」
「えぇ、それで押し通しましょう。元々私たちには、それしかないんだから」
これで達人先生を倒せるという保証なんて無い。だけど達人先生が倒れないという保証も無い。それを確実にするのは、私たちの努力だけ……。
「死に番三人、突撃ーーっ!!」
「残りニ名は横に回り込んで!」
「二番隊死に番、準備ヨシ!!」
「一番隊死に番が抜けるごとに、順次繰り上げ突撃!」
稽古は突撃に次ぐ突撃。これは先生方が授けてくれた技。その極意は、命を惜しまぬこと。我が身可愛やなどと言っていては、絶対に達人は葬れない。
次から次、そしてまた次と先生役の娘に突きかかってゆく。しかし、まずは妨害。ネームドプレイヤー役の生徒が死に番の前に立ちふさがる。これをまずは三人掛かりで囲むのだ。そして二人が横からネームドに襲いかかる。
もしも達人先生がネームドプレイヤーの救出にむかえば、二番隊が達人先生を討ち取りにおもむく。もしもそこで二番隊死に番が返り討ちに逢っても、まだ控えの二人がいる。そして隠し玉、衛生兵もいるのだ。これが達人先生に抱きつくなり脚を傷つけるなりすれば、いかに達人先生とて動きは鈍るはず。そうすれば……。
ただし、と第二副会長のニイちゃんが釘を刺してくれる。
「なにしろ相手は達人先生です。この戦法を二度三度繰り返したところで、斃れてくれる訳ではありません」
「でも、私からすればこんなしつこい嫌がらせ戦法、食らったならウンザリよ?」
私が意見すると、今度はイッちゃん。
「会長、ストーカーはしつこいから嫌がられるんです。そしてその対策はただひとつ」
「警察に通報する?」
「根負けしないことです。そして恐怖しないこと。逆に言えば、達人先生に根負けしないこと。そして恐怖すら感じるほどの狂気を打ち出すことです」
「逆に、嫌というほど恐怖を植えつけられそうだわ……」
「そこでみっちゃんでしょ?」
そう呼んでくれるのは、剣道部主将で幼なじみのナッちゃん。誰よりも早く対陸奥屋戦に駆けつけてくれた、私の騎士さま。
「私たちがくじけそうなときに、心折れてしまったときに、どうにもできないなんともならない状況でも、逆転を信じて旗を掲げてくれる。どんなに恐ろしい達人先生相手でも、絶対に逃げないことをみんなに示してくれる。……だから私たちは、絶対に勝つんだ!」
そして、誰よりも私たちの勝利を信じて疑わない娘。するとニイちゃんがクスクスと笑う。
「責任重大ですね、会長。母校の存亡はまさしくその双肩にあり、ですよ?」
「そこまでの重責は私に担えないわよ」
「いえ、白樺女子高軍でそれができるのは、会長ただお一人です」
「という会話が交わされていたそうです」
私の目の前で、ヤハラ高級参謀が微笑む。ここは茶房『葵』。いつものように奥の座敷で、各小隊の参謀格が顔を突き合わせている。
たびたび視点が変わって申し訳ありません、カエデです。絶対に負けるはずが無い。そもそも負ける要素が見つからない、とされる次回のイベント。対白樺女子高軍との戦い。それなのに私たちは、過去に無いくらい会合を重ねている。
負けるはずが無いのに、なにかこう漠然とした不安があるのだ。
「ということでフィー参謀、忍者さんに動きはありますか?」
「いずみは糸の切れた凧だから」
鬼組参謀フィー先生は困り顔。
「いつもあっちフラフラ、こっちフラフラ」
「ホロホロ参謀は何か感じますか?」
「ウチの小隊は微妙な立ち位置ですから、当日本番で状況を把握。的確な行動をと思ってます」
「……つまり、今は何も掴めていないと?」
「イレギュラーが多すぎる気がします。通常ならば陸奥屋まほろば連合、今や随一の実力派集団に刃を向ける団体は考えられません。それがズブズブの素人集団が立ち向かってくるんです。本当に何をしてくるか、わかりません」
「それなりに情報は入っていますよ?」
「今日まではそう、でも明日はどんな変化を見せているか? それはわかりません」
「それだけのキャパシティがあるとは思えませんが」
ホロホロさんは逆に訊く。
「お友達のナンブ・リュウゾウさんはどうされてますか?」
「ちっとも遊んでくれません。道場で柔道三昧です」
今度は私に向き直って。
「トヨム小隊長の様子はどうですか?」
実を言うと、小隊長も落ち着きが無い。ヤハラ高級参謀がもたらした情報、実はウチの小隊長が仕入れて私に教えてくれて、それを上申したお話。つまり、小隊長は白樺女子高軍を気にしているんです。
そしてウチの小隊長はというと。
「落ち着きがありません」