一般プレイヤーヒナ雄くん、体験する
さて、一般プレイヤーにすぎない大学生、ゲームはちょっと得意だったよ(過去形)。だけど王国の刃にはイワサレてる、ヒナ雄です。前回僕は『嗚呼!!花のトヨム小隊』が不正をしていないと断言していたけど、何を根拠に断言したのか?
ズバリ言ってしまうと、彼ら彼女らの技術のひとつ『クリティカルを狙って奪える』を努力や工夫でできるようになったのだから、トヨム小隊のクリティカル率の高さや成績が嘘ではないと断言できるのだ。
そしてひとつ他人より抜きん出た技術を身につければ、もう不正などしようとは思わない。次の困難、あるいは課題も努力や工夫で乗り切れるからだ。しかし、次の課題で躓くこともある。それが今の僕たち、チーム『情熱の嵐』です。
せっかくクリティカルを狙って取れる技術をメンバー全員が身につけた、と思ってよろこんでいたのに、よりにもよってそんな時に対戦したのが、シャルローネさんを含むチーム『嗚呼!!花のトヨム小隊』。手も足も出せずにコテンパン。そこで誰が言い出したか、「使い慣れない武器よりも使いやすい武器を」、「鉄の鎧よりも軽くて視界の良い革防具」という意見。
さて、この辺りの情報をどのように処理してゆくか……。
「領主、やはり悪くは無いな。このナタというのは……」
「俺もケッコーいい成績だったぜ」
メンバーの二人、蒼魔と爆炎が練習場から上がってきた。カカシを相手の訓練ではクリティカル率一〇〇パーセントを、二人とも叩き出している。
「お疲れさん、それじゃあダインとキラ。ナタでカカシに攻撃してみて」
新人くんのダイン、そして新人ちゃんの女の子キラに練習場へ入ってもらう。
「手応えはどうだった、二人とも?」
「ふむ、物打ちで打つという稽古をしてあったせいか、クリティカルのコツを掴みやすかったな」
「おう、それそれ! 腕伸ばして思いっ切りいけばクリティカルなんだからよ、愉快痛快だよな!」
「この握りというか、柄の形状が刃筋の方向まで教えてくれる」
「難を言えば、間合いが取れないってことかな? どうしても短兵武器にしかならねぇ」
「逆にいえば、だからこそ取り回しがいい。そうですな、初心者に物打ちで打つ、刃筋を立てる、を教育するには適した武器かと」
「するとこのナタの実装で、クリティカルを狙えるプレイヤーが続出する、と?」
「考えられませんな、掲示板ではナタはクソミソ。使えない武器のトップに挙げられています」
だけど、蒼魔が言っていた柄の形状という話。そこに僕は興味を持った。
「それじゃあこういう柄の形をした薙刀があれば、間合いのとれる刃物が完成するってことでいいかな?」
「得物のカスタムですか……みんな鎧や兜に意匠を凝らしてるから、可能かもしれませんね」
「リーダー、それだと薙刀ならぬ長ナタになるな♪」
「長ナタか……面白そうだね。早速申請してみよう!」
ダインとキラが新人とは思えないようなクリティカル率を叩き出す中、僕たちは武器屋にアクセス。あれこれ注文をつけた長ナタを作ってもらった。
「頼めば出来るもんなんだなぁ……」
「リーダー、この場合『なんでもあり』って言った方がいいかもよ?」
「領主、さっそく試し斬りを……」
うん、そうだね。なによりもまずはそれだ。キラとダインの稽古が終わってから、僕はカカシの前に立つ。きっちりと間合いを計って、それからナタを振り下ろした。遠心力が効いて、先端のナタが風を切った。刃が鉄の鎧に食い込む。
火花を散らすような演出とともに、Criticalの文字が浮かんだ。次は横面、刃の進路に光の筋を幻視して、そのコースを正確になぞる。刃筋をしっかり立てて、風を切るように振り下ろす。これもクリティカル。
うん、イイ。これは使える。僕は長ナタという新しい武器に手応えを感じた。やはり柄というガイドラインがあると、刃筋が立てやすい。刃筋が立てやすいから思い切って振れる。
「あの、隊長。ちょっとよろしいですか?」
ダインが言いにくそうに言う。
「どうしたの?」
「良い武器で効率よくクリティカルが奪えそうなのはいいんですが、それだけでは『トヨム小隊』には勝てません」
「なにか根拠がありそうだね?」
「こちらをご覧ください」
ダインはウィンドウを開いた。
「大学の知り合いに頼んで、『トヨム小隊』の動きを分析してもらったんですよ」
「ほうほう?」
「まずはこちらが僕たちの立ち方」
画面は爆炎のCG。ごく普通に気をつけで立っている。
「で、こちらがトヨム小隊を代表して坂本龍馬の立ち方。このふたつを重ねてみます」
「明らかに違うね」
「俺が棒みてぇに突っ立ってるのに、坂本龍馬はデコボコしてやがる」
「大学の知り合い曰く、このデコボコがミソだそうで。僕たちがギクシャクとゼンマイ仕掛けで動く人形なら、坂本龍馬は全身をバネにして柔らかく動く立ち方だそうです。ちなみにこれはトヨム小隊の全員が、巧拙あれども共通する立ち方をしているそうで」
「これはもしかして?」
「はい、古流武術の立ち方です」
モデルとなった爆炎は、ちょっと不服そう。
「で、この古流武術の立ち方がなんだってんだよ?」
「実際に動いたとき、この立ち方がどう活きるか? それもCG動画にしてもらいました」
CG爆炎が走り出した。普通に走っている。つまり両足が宙に浮いているし、カカトで着地。つま先で飛び上がっている。
「で、こちらが古流武術の走り方」
シャルローネさんが現れた。スパイクのついた長柄のメイスを八相に構えている。これが、走り出した。
「を!?」
と、最初に声を出したのは爆炎。気づいたみたいだね。
「これは……」
蒼魔も絶句している。ただキラだけは、冷たく画面を見つめていた。
メンバーたちが何を見たのか、解説しよう。長得物であるメイスだけど、その先端がまったくブレることなくシャルローネさんが走っているのだ。メイスだけじゃない。
頭も、肩も全身も、どこも揺れるブレることなく走っている。まあ、CGだからそんなことが可能といえば可能だろう。出来の悪いCG動画にはよくある話だ。しかしこれは実際にシャルローネさんが走っている動きをコピーしているらしい。
「このように、トヨム小隊の動きというのは、根本からして僕たちとは違うんです。どれだけクリティカル率を上げても、彼らに追いつくことは至難の業、というのが御理解いただけましたでしょうか?」
「だけどよ、ダイン。なんでこんな走り方ができんだよ?」
「ここから先はオマケ動画ですが」
シャルローネさんの足元がアップになった。
「あれ? コイツが履いてんの、布ブーツじゃないな。カカトが無いぞ?」
本当だ。僕も布ブーツだとばかり思ってたけど、これは……。
「赤い地下足袋だね、それもロング丈だ」
ようやくキラが口を開いた。
「そうです、地下足袋です。だけど今回注目していただきたいのは、こちら」
つま先が地面を蹴っていない。つま先はほぼ水平に、地面のほど近い高さを移動して中足部分で柔らかく着地している。というか、カカトを着地させていない。
「こんな動き方、走り方をボクたちが今から訓練して、彼女らに追いつけるでしょうか? 無理でしょう。逆にボクたちは、彼女らのやっていない部分で勝負をかけるしかないと思うんです」
「ダイン、策はあるのか?」
蒼魔の目が光る。
「新しい武器、使いやすい道具、武器や防具とのシンクロ率を徹底的に上げる。その上でトヨム小隊の連携プレイを真似るんです」
「そうだよな、身体能力じゃ全然敵わなそうだもんなー」
「革防具すら脱ぎ捨てる。そのくらいの思い切りが必要じゃないかとボクは思います」
それは、僕も少し考えてたこと。もしかしたら僕たちは、『王国の刃』というゲームに全員が騙されているんじゃないかって。硬い鎧、攻撃力のある武器。いずれも現実世界では使ったことのない、邪魔な道具。もしかしたらこのゲーム、着の身着のままで棒っ切れを持って闘う方が、よっぽど強いんじゃないかって。
「ダイン、そうなると我々は、これから先一発も敵の攻撃をもらえなくなるぞ?」
「周りを見渡してみてください、蒼魔さん。どこのクランもおしくらまんじゅう大好きで、男衆がくんずほぐれつ。こんな連中から攻撃をいただくんですか?」
「言うなぁ……新人くん……」
蒼魔がほくそ笑んだ。うるさい笑みにしか見えない。やる気満々なんだろうなぁ、蒼魔。
「そんじゃあ誰か一人が集中攻撃受けてること前提で、囲みに来てる敵をシバく練習でもしようか!」
「やる気だね、爆炎。それじゃあ君が囲まれて集中攻撃受けてる役だ」
「なんだよリーダー。フツーはやる気のある奴が救援部隊だろ!?」
「だって爆炎、いつも突っ込み過ぎるし……」
「よく囲まれているな……」
「ボクも何回救援に回ったことか……」
「満場一致ですね、爆炎センパイ♡」
「し、仕方ねーだろ!? 突撃一番槍は男の誇りなんだからよ!」
「自覚していてくれてなにより、じゃあ練習しよっか」
ということでその日は、練習場の四方に広がり、そこから爆炎のもとに駆けつけるという地味な練習に終始した。
で、翌日。
「ボス、先日のダインの意見では、私たちではトヨム小隊の立ち方すら真似ることができないという話でしたが」
「どうしたの、キラ? 何かあった?」
「はい、じつは立ち方歩き方の参考になるような動画を、私のコレクションからサルベージしました」
サルベージ……つまり埋もれていたコレクションの中から発掘したということか?
「まずはこれをご覧ください」
キラが操作するウィンドウ。動画再生を選択して、資料映像が動き出す。爆炎に蒼魔、ダインも集まってきた。みんな話をきいていたのか、興味深そうに動画を見つめる。
まずはタイトル。「舞い踊る妖精たち」とテロップが。次に映し出されたのは、どこかの体育館。満員の観衆と、これから競技に挑むレオタードの少女たち。どうやら新体操の大会映像のようだ。
「で? 艶やかなおねいちゃんたちを眺めてどうしようってんだよ?」
正解を求めるに急ぎすぎる爆炎が、苛立たしそうに口を開いた。まずはどこかの国のチームが入場。そして浴衣競技に入る。
演技場の隅に上がり、これから演技に入るというポーズ。そこでキラは動画を止めた。
「どうです、この姿勢。先日見た古流の立ち姿に共通する部分はありませんか?」
「……言われてみれば……」
「出てるところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるな……」
「そしてここから始まるのは、全身がバネとも言える競技です」
むう……僕は唸るしかない。ダインもまた、むう……と唸る。
「ダインくん、真似てみる価値はありませんか? 新体操女子」
「男が女の子たちの真似すんのかよ!?」
あからさまに拒否反応を示したのは爆炎だった。
「しかもレオタードのおねいちゃんの真似!? ちょっと男の中の男としては、まっぴら御免こうむりたいね!」
だから蒼魔が練習場に立った。地下足袋に履き替えて。
「ダイン、立ち姿はこんなもんか?」
「あ、蒼魔さん。悪くないですね」
「そして歩き方は……つま先を地面からあまり離さず……つま先から着地……」
「蒼魔さん、あまり足を前に出さないで。普段の歩幅の半分以下で」
「ふむ……フラミンゴにでもなった気分だな」
「私は優雅な鶴になった気分ですね」
いつの間にかキラが横を歩いていた。もちろん地下足袋に履き替えてだ。
「しかも足取りが軽いぞ」
「体重が半分になった感じがしますよ、ボス」
ってことは、僕も誘われてるってこと? じゃあ、チョットだけよ?