鬼に立ち向かうは、鬼
対戦相手の槍が血の筋を曳き、斬馬刀が振り下ろされる。両者十分な間合いでの交差劇であった。間違いなくどちらかが死んでいる。
アンコウくんの手槍は、血の雫を落としていた。そしてライの斬馬刀も、物打ちから切っ先へと敵の血を垂らしている。
ライの左目は傷つき、出血していた。そしてアンコウくんは……。首筋から噴水のように血液を撒き散らして、撤退。
勝負あり、ライの勝ちである。観客席にどっとため息が満ちる。負傷箇所にポーションも使わず、手負いのままライは試合場をおりてきた。
「姉ちゃん、大丈夫かよ!!」
トヨムが駆け寄ってきた。
「大丈夫さ、アバターなんだから」
普段は無い出血演出、それを脇構えからの一刀に持ってくるとは、なかなかに憎い運営である。もっとも、あとであちこちからお叱りを受けても、私は知らないがな。
かくして悪羅漢の三人は無事にプロテストを終え、その場でプロライセンスBクラスの発行となった。あとはプロとしてどのようなファイトをするか? どこを目指すのかを練ることだ。
その辺りは私ひとりの考えるところではない。他の災害先生方、総裁鬼将軍を交えて意見交換するべきである。
ヤッホ♪ お久しぶりの私視点、町店立海よ♪ え? 誰やお前? ひっどーい! 私のこと忘れたの!?
仲間たちに支えられながら、果敢に陸奥屋まほろば連合と鬼将軍へ挑む撫子の花。白樺女子高生徒会長の町店・シャランラ・立海じゃない! そんなこと宇宙の法則と世界の基本よ、憶えといてね♪
さてさて私たち白樺女子軍は人数がググッと増えて、いまや三〇〇人にメンバーが増えたんだけど。戦法の基本は二人一組、敵に二面作戦を強いるというところまでは決定。だけど本当にこれで勝てるものかどうか?
迷いはあるものの、すでに後退のギアボックスは破壊済み、ついでにブレーキも取っ払っておいた白樺軍。もう前に進むしか無いのが現状。
とりあえず今は白樺軍だけで紅白に分かれて、模擬戦をメインに据えた稽古を続けてる最中。ところがこの演習、上手くいかないこといかないこと/笑。
「第五中隊、敵の右翼に回り込め!」
「ねぇ、右翼ってどっち? 私たちから見て右側? それとも敵から見て右側?」
「う〜〜ん、とりあえず私たちから見て、右にも左にも敵がいるから、私たちは中央なんじゃない?」
「それより私たちって、何中隊なの?」
「確か十六小隊……までは覚えてるんだけど……」
「十六小隊、右へ! 十七小隊に続くぞ、遅れるな!」
「え!? 私たちのことだったんだ!」
「いっそげーーっ!!」
「コラーーッ! 君たちは第三中隊だ! 勝手に持ち場を離れるなーーっ!」
とまあ、こんなカンジ。もちろん私たちは訓練されたお巡りさんじゃないし、兵隊さんでもない。組織戦というものを理解していないのはわかるけど、こりゃ前途多難ですわい/笑。
「会長、アイデアがあります」
わざわざ陣幕を張って雰囲気を出した私たちの拠点。白樺女子軍生徒会拠点に、第二副会長のニイちゃんが入ってくる。
「現在のところ紅白戦で五個中隊ずつに分かれて模擬戦をしてますが、中隊ごとに色違いの羽織を着せてはいかがでしょう?」
「あら、それは名案ね。小隊はどう区別するかしら?」
「それはハチマキに数字をふっておけばよろしいかと」
「いいわね、それじゃあイッちゃんはどうする?」
イッちゃんとは第一副会長のこと。イッちゃんは明日の演習にむけて、卓に広げた図面とにらめっこしてた。
「私たちもそうします。ですが色がかぶるのはよろしくないので、私たちは白地に縞模様の羽織を着せようかと」
「オッケ、これで統制が取れるかもね」
三〇名一個中隊、赤青黄色緑黒の五色で区別。
紛らわしくないように、両軍とも色の並びは右から順番に。これでかなり効率よく戦えるはず。
「それだけでは勝てません、会長」
あら、まだ何かあるの?
「各員の役割の自覚です。ここ最近の陸奥屋まほろば連合の戦闘を調べたところ、キルの数が圧倒的に少なくなっています」
「何故かしら?」
語りたそうにしてるじゃない、イッちゃん。じゃあ存分に語ってもらおうかしら?
「キルを取ると本陣で復活して来るので、ヒットマン職……災害先生するの仕事に終わりが無くなるからです」
「なるほど、キルからの復活は先生方の足止めになるのか……」
ですが、とイッちゃんは続ける。
「それ以上に有効な手段があります」
先生方やネームドプレイヤーたちはわざとキル取りを避けて、欠損部位を拵えることで『戦闘不能者』を増やす傾向にあるらしい。もちろん回復ポーションを使用すれば戦線に復帰できるのだけど、それにも限度がある。
「ということで、小隊にひとり戦闘に参加しない『ポーション要員』……つまり衛生兵を配置しようと思います」
「三〇〇名のうち、五〇名が非戦闘要員か。効率よく回るかしら?」
「こちらをご覧ください」
イッちゃんが開くウィンドウ、そこには赤丸印が一五〇、青丸印が三〇〇。青丸が一生懸命赤丸を囲もうとしてるけど、層が厚すぎる。
つまり何もしないで移動しているか、まったく戦闘に参加できていない者がいるということ。
「まずはこの余剰人員の一部を、衛生兵に変えます」
青丸のうち六分の一が、白抜き青丸になる。
「それを後方、できるだけそれぞれの小隊の近くに配置すると……」
うん、かなりスッキリしたわね。
「そこに、これまでのイベントで負傷者が発生した平均速度をかけ合わせてみましょう」
ここがミソ、実は高級プレイヤーに当たるのは小隊単位。つまり赤小隊が全員負傷したら青小隊が入れ換わりに前線に出る。その間に赤小隊は負傷者の回復を行う。
「防具の修理はさすがに撤退しないとできませんが、元から裸同然の装備ですので」
いや、それよりも……。
「こんな速度で負傷者を出されたら、回復ポーションも尽きるんじゃない?」
「それが意外にも、あまりこれを試みるプレイヤーがいなかったのですが、イベントの戦闘最中にも回復ポーションは補充できるんです」
それもそうか、長時間の戦闘でポーションが尽きてたら、イベントにならないものね。
「赤小隊の戦闘中もしくは治療中に、赤小隊衛生兵は回復ポーションを購入しておくと良いでしょう」
この戦法で、人員を維持することはできるわね。でもそうなったら先生方やネームドプレイヤーたちは、キル取りに路線変更するんじゃないかしら?
「その時は兵をまとめましょう。先方に対する圧は一時的に薄くなりますが、再突撃に三〇〇人なり何人なりがまとめてとなれば、嫌がらせには十分かと」
「それで勝機が見えてくる、と」
「そうあってくれれば、なにも苦労は無いのですが……」
そこで歯切れを悪くする?だけど歯切れの悪い原因は、イッちゃんのウィンドウの中にあった。
「パソコン部に頼んで、シュミレーションをしてもらったんです」
ウィンドウの中にいるのは、災害先生の一人、フジオカ先生。柔道着に暴れん坊な頭髪が猛々しいわね。
「私たちの戦闘能力とフジオカ先生の柔道を比較した模擬戦闘です」
Readyの文字が浮かび、STARTに切り替わった途端。
「あら、フジオカ先生どこに行ったの?」
画角からすでに姿を消している。ポコンと変わる数字の『1』。
「早くも腕を折られたようです」
へ? ナニソレ。
見ているとどこで闘っているのかわからないフジオカ先生。数字の1が2になり3になり。
速いよ、早すぎるってばよ! ほとんど一秒間に一人のペースで負傷者が発生してるじゃない!
「ほら会長、フジオカ先生が現れましたよ?」
画面の左手から、白い柔道着のフジオカ先生登場。すでにウチの生徒の袖を取っている。と、これは間違い。腕を折っているというのが正しい。袖を取ったら躊躇なく折る、それがフジオカ先生の集団戦闘のようだ。
そして折られてるのは腕だけじゃない、すれ違っただけで崩れ落ちる生徒もいた。
「これはヒザを蹴り折られてますね」
「あら、この娘は急にいなくなったわよ? お手洗いかしら?」
「投げ技、というか転がされたようです。立ち上がるまでの数秒は戦闘不能ですね」
三〇〇人のうち、五〇人が回復要員として戦闘員は二五〇人。先生方は四人だから、一人でウチの生徒を六〇人以上相手にすることになる。なる……。なるのだけれど……。
「一分以内に全滅したわ、ウチの生徒たち……」
「つまり一秒間に一人を回復させても、こちらがジリ貧になるというシュミレーションでした」
「でした、じゃないわよ! どうするのよ、これ!?」
「そもそもが、フジオカ先生を十重二十重と戦闘員が囲んでますので、回復要員が負傷者に近づくことも簡単ではありません」
良い考えだと思ったのにな〜〜……。
「根本的な考えを変えてみてはどうでしょうか?」
そうは言ってもねぇ〜〜……ん? 回復要員が後方にいるっていう発想が、ゲームとマッチしてないんじゃない?
そうね……回復要員を前面に押し出して、するとフジオカ先生は回復要員を倒しに来るかしら? そうなると、『フジオカ先生は、必ず最前線を相手にする』という構図が出来上がるわね。
「なにか閃きましたか、会長?」
「あまり気の進まない作戦だけど」
「実行するのは私たちです」
ホンット、気が進まないわ、こんなこと言うの。
「回復要員を最前線へ。これを餌にしてフジオカ先生を釣り出す。でも、回復要員をむざむざと見殺しにしちゃダメ」
いくらゲームでも、ゲームの中の世界でも、プレイヤーは人間なのよ。言っちゃうの、私?
「小隊メンバーのうち、三人は回復要員の楯になって。最低でも三秒間は時間を稼ぐこと。小隊メンバー残りの二人は、その三秒間の間に、フジオカ先生へひと太刀浴びせること」
鬼を討ち取るのは、鬼にしかできない。まさか花の乙女が鬼になろうとは……。