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悪羅漢《ARAHAN》

そしていざ、悪玉トリオを預かってみると当たり前のことかもしれないが、大変に練習熱心であった。


自分の得物を手に素振りの基本、移動しながらの攻撃技防御技の反復。そして居合同様、正座から片ヒザ立ちの初手。これで稽古場の端から端まで往復する。



右が終われば左、左も終われば二の技。決まった数の技を終えると、今度は着いた片ヒザを中心に回転。足を入れ替えての一手という感じで、なかなか稽古が終わらない。


そしてその三人の中に自然とシャルローネさんが混ざり、カエデさんが参加して、わざわざ刀を差したトヨムまで見様見真似ながら練習している。



「リュウ先生、ワシも参加した方が良ぇじゃろうかのう?」



豪傑のセキトリが訊いてくる。



「いや、あれは技の練磨もそうだけど足腰をイジメるための稽古だからね。セキトリには四股やすり足があるからそっちを伸ばした方が良い」



そこにメイスの素振りを混ぜ込むのが良いさ、とアドバイスを入れる。カエデさんはカエデさんで、独自の西洋剣術の足さばきを練っていた。


マミさんはトンファーを手にして、カエデ組を形成した稽古である。若者たちはそれぞれに、自分でテーマを持って稽古を始めていた。こうなるともう、オジサンはひとりぼっちである。


ひとりぼっちとはいえ、私は達人。自分の稽古をしなくてはならない。



居合の技の中から一手だけ、抜き付けを選んで何度も抜いてみる。師より授かった技、その確認である。その抜き付け、その技の持つ意味を考え、師より授かった教えから外れていないかを確認しながら。何度抜いても姿勢は崩れずブレず、刃の軌道はミリもズレることなく。



「同じなのさ、何度抜いても。そのコースを通ることに意味があるんだからな」



師の言葉を思い出す。そして何故そのコースを刃が通るのか? 何故この姿勢でなければならないのかを考え、迷った日々。


そして自分なりに見つけた解答を披露すると、「日曜日に稽古に来いや」と言われた。道場は師匠の自宅敷地内にあったのだ。


日曜日、同門の誰にも見取られることなく免許皆伝の巻物を授かった。そして私の名札は、師範代の位置に移されたのである。過去にも免許皆伝はいて、名札だけは残っている先輩が数名いた。しかしその当時、稽古に来ていたのは私だけだった。



師匠、入院。かなり危険な状態だったらしい。そんなことも知らずに見舞いにおもむいたところ、意識の残っていた師匠から「抜け」とだけ言われた。病室には師匠の差料と帯が置かれていた。


お借りして、病室でありながら抜かせていただく。


周りの患者さんの迷惑にならぬよう。すると初心者の頃に受けた叱責を久しぶりにいただく。気を引き締めて、抜いた。ほめられるわけでもなく、次の技に移される。


免許技を抜いて、あるいは構えから防御の斬撃。ワイシャツを汗でびっしょりにして、審査が終わる。師匠は奥さんに紙と筆を求めた。



上等な和紙であった。そこに宗家を譲ると記し、捺印してくれた。そこに現れたのが、見舞いの後輩師範代。彼が後見人となって、私は宗家として任じられたのだ。



「あの、リュウ先生?」



カエデさんだ。



「そろそろ稽古をつけていただきたいのですが……」



一人稽古に没頭していたようだ。なかなかに良い時間となっている。



「じゃあ、三人掛けで」



私は稽古場中央、開始線に立つ。構えは下段。まずはウチの稽古要領を知る小隊メンバーたちが、一斉に得物を私に向けて立つ。


三人掛け、普通は三人が順繰りにかかってくる稽古なのだが、実力差がありすぎて稽古にならない。そこで三人掛かりの稽古にしたのだ。まずはセキトリ、マミさん、シャルローネさんの三人。


ドン! と重たい突きを放ってくるセキトリを足だけで躱してすれ違う。


シャルローネさんは死神の鎌を縦に振り下ろしてきた。それも足だけで死地を脱する。


正面にはマミさん。前腕にトンファーをあてがった、防御の形だ。その鎖骨の下に拳を添えて、トンと押す。一瞬バランスを崩した隙に、足を掛けてやった。さらに大きくバランスを崩してよろめいた。背後からセキトリの打ち込み、同時にシャルローネさんは大鎌で私の足を刈りにくる。



そうはいきませんよ、と。セキトリの小手に手刀で触れて、立ち位置を変えた。セキトリはシャルローネさんの大鎌に足を取られて、これまたよろめきドラマ。


その巨大なお尻を押して、土がつく寸前まで追い込んだ。そうなると……。



「さ、シャルローネさん。遊ぼうか……」

「うひゃ〜〜っタイマン勝負ですかーー♪」



そんなこと言いながら、嬉しそうに鎌を縦回転、ヒュンヒュンと。しかし、こんなタイマン勝負状態を待ち望んでいる奴が、一人いる。


背後から伸びてきた刃を躱し、小手を取って体重をかける。カエデさんがコロンと転がった。そのまま地面に縫いつけるように、固めて押さえる。そんな私を見逃すほど、ウチのメンバーはぬるくない。三人が一度に襲いかかってきた。


カエデさんを踏みつけにして、両手の自由を取り戻す。そこから抜刀、抜き付け。



三人の拳にひとつずつ手傷を負わせた。セキトリ、シャルローネさん、長得物のため戦闘不能。小兵器(間合いの短い武器)のマミさんだけが生き残っている。


左のトンファーを楯にして、マミさんが急速接近。



「あ」



私が目を逸らすと、「ほ?」マミさんの速度が緩んだ。


目を逸らしたまま刀を逆手持ちに切り替え、近間に迫ったマミさんの首筋へひと太刀。返す刀で這いつくばるカエデさんを、背中からひと突き。


血振り、納刀。



「さ、次は悪玉トリオの番だ」



真っ直ぐ、湯気のように立ち上がって誘う。



「悪玉トリオじゃありません! アラハンです!」



ライ姉さんが答えた。



「アラハン? それが君たちのチーム名なのかい?」

「はい! 悪羅漢と書いてアラハンです!」



どんな田舎の珍走団か、と思ったが彼女たちは悪役《HEEL》なのだ。それくらいの名前が丁度良いのかもしれない。そして、すでにかかって来ていた。躊躇のない攻撃性、うん。大変によろしい。


まずは鞘ぐるみ、腰から刀を引き出しモンゴリアン・カーンの槍をどけた。次に飛んできたのはライの斬馬刀。これは鍔の裏側でガッチリうけとめる。


もちろん左手ひとつだけ。クリッと刀を捻ると、ライはカーン共々もつれ合うようにして転倒した。最後はモヒカンの片手トマホークだ。


これが私の脳天に振り下ろされる。柄の短いトマホークで私の脳天を狙うということは?

彼の小手は私の間合いにある。小手を取って捻り降ろす。モヒカン、勢いよく転倒。


受け身が上手かったため、キルにはいたらず。いや、私と稽古するならそのくらいでなくては困る。稽古にならないからだ。



「なんの、もう一丁っ!!」



ライは威勢がよい。勢いよく立ち上がると重たい斬馬刀を脇構えにとった。



「おう、元気が良いな。それじゃあまずは私に刀を抜かせてみろ」

「やらいでか!」



良い、身体ごと突っ込んでくるその精神が良い。戦う者としての気構えが十分にできている。そして私の脇腹目掛けて振り上げてくるひと太刀。これもまた鋭い。


さすが師範が仕込んだだけのことはある。そしてこのメンバーを選抜した鬼将軍、なかなかの慧眼だ。しかし斬馬刀とはいえ、届かなければ意味はない。今回私はカエデさんを踏みつけてはいない。両足が自由だ。


必殺の太刀もケロリと躱す。しかし、それでもめげないのがトヨムの縁者か。二の太刀、三の太刀と飛ばしてくる。


そしてモンゴリアン・カーンも、怪鳥音を発しながら槍で突いてきた。その気迫、素人ならば裸足で逃げ出すであろう鋭さだ。


そして無言で打ちかかってくるモヒカンくん。それにしても個性豊かだ。巨漢二人にチビッ娘一人。巨漢の片割れはシェイプアップの効いたスーパーマッチョ。もう一方はアンコ型。短兵のトマホークに長兵の槍、中間距離の斬馬刀。


チームのバランスとしては、唸るに余りある天晴といえた。



「そのプロ精神に免じ、あえて抜いて進ぜよう」



悪いが腰のモノは、居合を稽古していたので真剣実刀であるがな。ヌラリと抜いた胴田貫が、コロシの輝きを放つ。



「さて、緑柳師範には及ばぬがそれでも柳心無双流総伝。ひとつ、味見をしていきなさい」



左手は鞘の鯉口、右の片手中段に構える。この三人の中で……。



「天誅ーーっ!!」



そう、死番はライ。斬り込み隊長は他にいないだろう。ということで、久しぶりに私もひと太刀。


右手の太刀をチョンチョンと、狙うは斬馬刀にかかったライの親指。右も左もいただいた。無双流の一手、三日月落し。落ちた親指が三日月のように折れ曲がっているところからついた名前だ。


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