悪玉トリオの実力2
モヒカン、近衛咲夜に迫る。剣を抜いた近衛咲夜は剣術勝負、構えを中段に。
またもやモヒカンはテレフォンにトマホークを振りかぶる。近衛咲夜はその命中エリアからスススと逃れた。しかしモヒカンはトマホークを振りかぶったまま追いかける。
轟、と唸りを上げてモヒカンはトマホークを振り下ろした。
「ん?」
士郎さんが唸った。その理由は私にもわかる。素人の斬りではない。いわゆる物打ちが走った斬りである。刃筋も合っていた。そしてなにより、手の内が素人ではない。しかも、近衛咲夜が放った『脇構えから刀身を隠し、大車輪の一刀』を丸楯で防いだのである。
「はは、こりゃ素人じゃねぇな」
「私たちにナイショで経験者を見つけ出すとは、ヤルもんですなぁウチの総裁も」
ただではないのだな、モヒカンくん。ならば君をそういう目で見させてもらうぞ?しかしそうなったらなったで、モヒカンくんはド素人同然の足取りで近衛咲夜に迫る。近衛咲夜、撃って出た。モヒカンくんは丸楯で受けるが、押し潰されるようにヒザを着く。
「コラ、モヒカン! しっかりせんか!!」
思わず年配組が声にする。
「デカい図体で女の子に押されてるぞ!」
近衛咲夜、さらに追撃。モヒカンは防戦一方丸楯で受けてはいるものの、グイグイと押されていた。が、一瞬の隙を突くようにして反撃の一打。
これを近衛咲夜は刀の棟でうける……のだが、大きく弾き飛ばされてしまった。場内、どよめきが起こる。純粋にパワーだけで比較すれば、セキトリやダイスケくんといった巨漢プレイヤーと遜色ない。
オウッ! オウッ! オウッ!
モヒカンは獣のように吠える。その咆哮は観客の血をたぎらせ、自らを鼓舞しているようにも見えた。そして猛獣の突撃、近衛咲夜は足で躱す。
しかし意外なフットワークの軽さで、モヒカンは方向転換。すぐさまトマホークを振り回した。ワイルドショットだ、近衛咲夜はその大振りの隙を突いて攻撃の一刀。しかし丸楯に阻まれる、二刀目も遮られた。三の太刀も駄目。
しかも三の太刀は受け止めた丸楯で、近衛咲夜はモヒカンに吹き飛ばされた。そこで士郎さんは「止め」の号令をかける。丁々発止見応えのあるファイトだった。しかし士郎さんは私にだけコッソリと告げる。
「見ろよ、リュウさん。王国の刃ガチ勢なウチのメンバーが、ガキみたいに目を輝かせてるぜ」
「どういうことかな?」
「次の選手を見ればわかるさ」
ということで、士郎さんは力士隊メンバーを指名。悪玉トリオからは巨漢のモンゴリアン、キング・カーンがのっそりと現れる。どちらも得物は槍、そして言い忘れていたが、悪玉トリオは全員陸奥屋まほろば連合推奨の履物、地下足袋を着用していた。
両者堂々の中段に構え、試合開始を待っていた。
「始め!」太鼓の音で戦闘開幕、まずは静かに正中線争い。そこから主導権を奪った力士が、まずはひと突き。
しかしカーン、これを巻き上げて体当たり。共に槍を立てて身を守る、受けの形でのぶつかり合いである。それだけで観客はおおっと湧いた。
グイグイと押し合う肉弾戦、その均衡を破ったのは、カーンの頭突きであった。よろめく力士、その額に、頭突きをもう一発。力士は後退、その大腿部に、振り回した槍を打ちつける。
無防備な力士なのだから、突いてしまえば良いものをあえてカーンは打ちにいった。が、力士も負けてはいない。反撃とばかり槍を振り回した。これがカーンの頭部にヒット、しかし二刀目はカーンも打ち返した。槍を槍で打つ防御。いや、これはもう巨人同士の打ち合いだった。
「ほれ見ろ、力士が巻き込まれたぜ」
士郎さんは言う。なるほど、力士くんも槍は突くモノという概念を忘れて、力まかせの打ち合いを始めてしまっている。
単純明快な力比べ。もしも相手が力自慢の力士などではなく、近衛咲夜のような小兵であったならこのような展開は無かったかもしれない。そこまで読んでの展開ならこのモンゴリアン、なかなかクレバーな試合巧者ぶりと言えよう。……力比べで勝利できるものならば、という条件はつくが。
「おや士郎さん、力士くんが押し始めたよ?」「ん〜〜? 形勢逆転の要素は無かったけどなぁ……」
「モンゴリアンが自分から退いてるとか?」
「いやぁ、力自慢同士の打ち合いだぜ? 打ち勝つ方が良策だろ……いや、それだけじゃないか?」
士郎さんが何かに気づいた。その拍子に私も気づく。違和感がある、この打ち合い。なんだ、この違和感は……?
「ぬうっ!!」
そう言っている間にも、モンゴリアンの巨漢は尻もちをつかされた。が、ここで槍を突き出す。それで力士くんは前進を止められた。しかし驚くのはここではない、悪漢は槍を突きつけたまま立ち上がったのだ。湯気の真っ直ぐに立ちのぼるがごとく。
「ふん、コイツも赤ん坊じゃねぇみたいだな」
「ウチの総裁もよくやるよ。人材は会社組織の中にいるとして、技を仕込める達人をよく見つけ出したモンだ」
「いわゆる達人なんて、もう何人も生きちゃいねぇだろうよ。好きも高じれば通じるモンなんだろうな」
と、睨み合いからの激しい打ち合いが再会される寸前で、士郎さんは「止め」を命じた。さて、モンゴリアン・カーンの違和感とは一体なんだったのか?
その答えはトヨムの姉である雷のライが教えてくれた。地下足袋にフェイクファーのスネ当て、そしてビキニアーマー。前腕に袈裟に防具を装備。
しかしそれ以上に……。
左目を囲う赤い星のペイント、大髻のポニーテールにはキラキラな粉。そんな姿で斬馬刀を担ぎ、大股でズンタッタタと入場してきた。
「どこのプロレスラーだよ、アレ」
士郎さんが呆れたところで、私は「それ!」と言った。
「それが王国の刃ガチ勢にとっての、あいつらの違和感なのさ!」
「というと?」
「ガチ勝負の王国の刃において、ウチの大将はプロレスラーを集めてきたのさ」
「なんでまた、わざわざ……」
「言ってたじゃないか、このままじゃ『GO WEST』のメンバーは頭打ちになるって。なるほど、確かにこのまま三人娘が強いだけなら、だれもついて来られなくなる。優勝が当たり前になって、『王国の刃』人気は落ちるだろう。だから誰にでもわかるような強さ、プロレスラーが必要なのさ」
「真剣勝負のボクシングは今でも人気だぜ?」
「次から次へと才能が生まれてくるからね。だが、ゲームプロではどうだろう? 三人娘を凌駕する才能は現れるかな?」
「……………………」「早くも王国の刃プロは行き詰まったのさ。だから娯楽性が必要なんだ」
士郎さんは憮然としていた。
「今、王国の刃プロに必要なのは、スーパープレイヤーじゃない。お客さんを楽しませるエンターテイナーなんだ」
そこまで語ったところで、ライ姉さんは焦れたように吠える。
「なんだなんだ! 私の相手はいないのか!! 男はいないのか!!」
「ってことで、ちょっと行ってくる」
「いや……」
士郎さんは私の帯を掴んだ。
「俺が行こう」
剣豪草薙士郎、腰に大小を落として立ち上がる。容赦する気あんのかい、士郎さん?私は心の中で問いかけた。
士郎さんが立ち上がったことで、トヨムが実姉に注意を呼びかける。
「気をつけろ姉ちゃん! 士郎センセは達人だぞ!」
まあ心配するな、トヨム。達人がアマチュア相手に本気は出さん。その証拠に、士郎さんの殺気は甘い、ぬるい。むしろ疑似トヨムとも言えるライとの対戦、楽しむ節すらある。
「草薙神党流宗家、草薙士郎……お相手つかまつる……」
「床山神八流初伝、フジヒラミライ……参る!」
おう、今なんつった、ねーちゃん? 床山神八流? そりゃジジイとシャルローネさんの流派じゃねぇか。士郎さんは呪いを込めた眼差しで私を見た。
いや、その視線は正確に言うと上座に向けられていた。士郎さんの視線をたどって振り向くと、そっぽを向いて無責任に口笛を吹いている年寄りの姿があった。よ、士郎さん。悪いけど今回はイモ引いてもらうぜ。私はアレの弟子を相手にするなんざ真っ平御免だからな。
そして士郎さんの視線は、いつの間にか私に向けられている。かなり恨みがましい目となって。
「おう、かなり骨のありそうな相手だけど、オッチャンだろ? 無理すんなよ?」
「ホザけくそ餓鬼、お前なんぞ」
士郎さんはヌラリと抜いた。
「小太刀で十分だ」