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2MB(陸奥屋まほろば部屋)の活躍

ヨーコさんの攻めは、まず構えから。中段に取っている。これがクセモノだ。


相手の槍使いは青眼、つまり地面と水平に構え穂先はヨーコさんの胴を狙っている。ヨーコさんの薙刀は切っ先の延長線が相手の目についていた。切っ先がやや上がっているのだ。つまり振りかぶり振り下ろしの円運動をせずとも、刃がノーモーションの一直線で相手の小手を狙えるのである。



もちろん槍は最短距離を走ってくるし、薙刀の刃は斜め打ち下ろし。二人の軌道を比較すれば、若干の不利がヨーコさんにはある。しかし力量の差が、それを補って余りあると私も槍使いも踏んでいる。だから追撃ができなかったのだ。


槍使い、後退。薙刀女子は派手さのないすり足。姿勢を崩さない武の歩法。だからヨーコさんが前に出ていることは、一般人の印象にはほとんど残っていないはずだ。


明確な勝確の一戦、これをどのように仕上げるか?

ボクシングにおけるKOアーチストは、フィニッシャーつまり仕上げ屋と呼称されたりする。つまり仕込みを重ねた試合を、上等に仕上げることがノックアウト勝利に繋がるのである。


丁寧な仕上げ、丁寧な仕事、丁寧な試合運び。そう、一本勝ちとかKO勝利は丁寧な試合運びから生じるのである。


では、勝利にいたるまでのヨーコさんによる仕込みを拝見しようではないか。



薙刀の刃が、それと知れぬほどかすかに上下していた。その上下運動のたびに、ヨーコさんは殺気の強弱をつけていた。つまり、「首にいくぞ」「小手を奪うぞ」とプレッシャーをかけているのだ。


狙われた部位が首と小手。対戦相手にとってどちらが致命傷か? 小手は防具を着けている、一撃で部位欠損にはつながらない。しかし首筋はむき出しだ。


ならば、小手を打たせて槍を突く。ヨーコさんも革鎧だから、一撃必殺とはいかない。しかし振り下ろした重たい薙刀をいま一度振り上げて同じ小手を打つより、胴をもう一度突く方が早い。


そのように判断するのは間違いではない。だが、明らかに間違いである。そう、対戦相手の作戦立案には、力量の差という因子が考慮されていないのだ。



ヨーコさん、相手の小手に圧をかける。小手ひとつ、防具を失う程度なり!

その決断や、良し。そして飛び込む思い切りの良さも評価しよう。しかしその果敢さは、ヨーコさんの仕込みでしかなかった。


ここで飛び込ませるという、ヨーコさんの段取り通りなのだ。待ってましたとヨーコさん、槍のひと突きを薙刀の柄で逸らした。


槍使い、死に体。


そこへ振り上げられた薙刀の刃。下段から飛び上がるやツバメのように切り返し、槍使いの首筋へと吸い込まれた。


撤退による決着、豪快な一本勝ちであった。



「ヨーコさんが勝ちましたか?」



歓声の湧き上がる中、ヒカルさんが訊いてきた。


そっぽを向いて、試合には目もくれていない様子。集中、ただ自分の世界に沈み込むだけ。それが試合前の準備なのだろう。


白いハチマキ、ショートの赤毛。稽古着は白く赤いタスキをかけている。革鎧は白地に紅、剣道の防具に似てはいるが、肩口を守る跳ねがある。紅い垂れの下は藍色の綿袴、裾からのぞく地下足袋とスネ当て、小手の長手袋はいずれも鉄を飲んでいて、赤く染められている。


呼び出しの声に応じ、ヒカルさんはようやく試合場に目をやった。



「行ってきます」



私たちセコンド、それとさくらさん。控えに戻ってきたヨーコさんに礼をして、ヒカルさんは背中を向ける。



「落ち着いてるねぇ」

「あぁ、本格的に草薙流剣士となったことが自信になっているのだろう」


「先月に比べると雲泥の差だ」

「……少女は女になるのだろう」

「あんたナニ言ってんのさ?」



アホタレ親父は放っといて、いまはあの小さな背中を信じるしかない。






対戦相手視点。


中学まではね、通ってたのさ、町道場ってヤツにね。そ、伝統派空手ってのをさ。高校のときにも、まだ通ってたな。


部活でも空手部選んでたってのにさ。ま、そこそこ強かったんだぜ。個人戦で県大会とか行っちゃってね。


ところで訊くけど、伝統派空手……寸止めルールってやつ、見たことある?

オリンピック競技にもなったんだぜ。俺の道場系統は、完全に横半身になって、相手の攻撃が有効になる面積を減らして挑むスタイル。


でもって、間合いになったらパッと飛び込んでサッと突きを出して。攻撃が終わったら、敵の正面からは姿を消している。


で、本題はここからだ。大学には空手部が無くってね、自分で創設しようかとも思ったんだけどバイトなんかも入ってなかなか時間が取れなくてさ。



帰宅してメシ済ませて、ダラリとゲーム始めようと思ったら、募集してたんだよね。『王国の刃』プロ志望選手ってのを。


俺、決まった時間にインするとかなかなかできないから、野良でプレイしてたんだけどさ、空手のおかげかそこそこ強かったんだぜ。程よい長さの手槍持ってさ、パッと突いてサッと逃げる。


攻防のコツなんかもあるんだ、攻めるときは攻める。守るときは守る。案外それをわかってない連中ばっかりだったからさ。


だからバイトを詰め込むだけ詰め込んで、金の余裕を作って全部のバイト辞めてさ。それで受けたんだよ、ジムの入門テストとプロテスト。



どちらもあっさり合格、拍子抜けするくらいにスンナリと。


そしてデビュー戦、俺は団体戦よりも個人戦の方が好きだったね。空手ってキホン個人競技だしさ。手槍って得物も好きだった。


相手の間合いに飛び込んで、命からがら放つ正拳突きなんかより、よっぽど余裕を持ってキメることができたんだ。


デビューから四〇戦、三六勝三敗一分け。ジムじゃトップの成績。年末の王者決定戦にも出場した。


惜しくも四位に甘んじたけど、成績としては上々だった。

どうしてもゲーム慣れしてるヤツ、槍慣れしてるヤツには苦杯をなめさせられたけど、そういうのはいわゆる『ゲーム廃人』とか言われる連中。そんなのにはまだ勝てないけど、俺の実力はなんとなくわかってもらえるだろ?


俺のポジションはそのくらいの場所。で、チャレンジ・マッチにも参加しろって、運営とジムから。そこそこの実力と動画再生数を持ってたから、さらなるビジネスチャンスと思ったね。



そしたらどうだい?格下から挑んでくる相手が、プロ選手の一番人気『ヒカル』だって言うじゃないか。


いわゆる、ちいかわ人気。そして派手な撃ち合いが話題を呼んで、新兵格の人気者だ。


これを倒したら、絶対に話題になる。注目が集まる、動画再生数が伸びるし、ビッグチャンスにもありつけるはずだ。


もしかしたら、シーズンタイトルを持ってるチャンピオンとの対戦も、話題になるかもしれない。



事情があるのは知ってるぜ、ヒカルちゃん。だけど、相手が悪かったな。試合場に登り、開始線で向かい合うと本当に小さい。俺も身長はは一七〇センチを越えている。だけどヒカルちゃん、小学生?

ってくらいに小さい。


ま、それでも手加減はしてやらないんだけどな。子供用みたいな革鎧。白と赤で染めてるから、本当にオモチャっぽく見えちまう。


さあ、試合開始だ。俺は槍を構えるけど、ヒカルちゃんは腰の刀を抜きもしない。


ん?

コイツ、撃ち合いが信条じゃなかったっけ?俺の知っている闘い方じゃない。過去試合の動画では、ガンガン突っ込んできて、剣をブンブン振り回すスタイルだったのに。そうだ、服装も得物も違っている。以前は西洋剣で洋服を着ていたはずだ。


それが……。


考えてても仕方ないか、徹底的に集まってをかけて、遠間遠間からチクチク突いていく。相手が我慢できなくなって、飛び込んで来ようとしたらカウンター。いつものお仕事だ。なにも問題は無い。


それにしても……。俺を見ているのかいないのか、ほとんど生きている気配が無い。


まばたきすらしていない。……大丈夫なの、ヒカルちゃん?

試しに牽制の突きをふたつ。顔に向かって突けば反応もあるだろう。シュッシュッ……届かない突きだったけど、反応が無い。


じゃあ悪いけど、致命傷を負ってもらうよ。しっかりと、後頭部まで貫くくらい突き込んだ。これで一撃撤退、勝利は俺のもの。ところが……。



「え……?」



いない。目の前から、ヒカルちゃんが消えた……。



「もう少し、色々試させてください」



すぐ側で、女の子の声。幽霊にでも声をかけられたか? 心臓が縮み上がる思いで目をやると、ヒカルちゃんの顔がそこにあった。


慌てて飛び退く、ヒカルちゃんの右腕が刀を抜くように持ち上がっていたからだ。


ゾクリ……思い出すと、このとき俺は総毛立っていた。空手の試合は大会では、味わったことのない感覚。つまりこれが、殺気。



ヤバイ、マジヤバイ。良いものやクセになりそうなものを評価するときの『ヤバイ』ではない。俺が想定した強さをはるかに越えた存在、という評価。具体的に言うなら、ヒカルちゃんはホンキで俺を殺しにくる、という気配だ。


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