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チャレンジ・マッチ、開幕

いつもの講習会に比べると、まだ人数は集まっていない。それはそう、今日は私もヒカルさんの仕上がりが気になって、夕食もろくに取らずインしてきたのだ。時間が早すぎるのが原因である。


だが、すでにインしていた受講者たちの間には、少なからぬ緊張感が漂っていた。



師と弟子。ヒカルさんに付きっきりなのだろう。士郎さんが居合を見てやっている。



「リュウ先生、お早いですな」



フジオカ先生だ。



「いえ、ヒカルさんは出来が気になりましてね」

「若いところは私が見ておきますので、どうぞ存分に」

「すみません、おねがいします」



士郎さんが見ているのだ、間違いは無い。しかし勝てる試合であっても選手の仕上がりを見るのは、心躍るものである。木刀を右手に提げ、士郎さんの傍らへ。


ヒカルさんの稽古は正座からヒザ立ち、その際足の中足で身体を支える、という部分までの繰り返し。何度も正座に戻って、何度も初動をなぞっていた。



「右」



士郎さんがボソリと言う。ヒカルさんは右足を出した。左のヒザを中心に向きを変えて、ユキさんから譲られた刀を抜いて斬る。


そこから血振り、納刀。再びヒザ立ちへ、今度は左と声をかけられた。ヒカルさんは右ヒザ中心、左へ向きながら抜刀、即斬。無駄な動きが削ぎ落とされている。上の出来と言って良い。



「おう、リュウさん」



集中していたのだろう、士郎さんは今気がついたようだ。



「どうだい、ヒカルの出来は?」

「上々のようだね。守りは教えているのかい?」



自信ありげに、剣豪は木刀を抜いた。士郎さん、ヒカルさんの前に立って中段。切っ先を揺らすことなく前進してきて、一足一刀で立ち止まる。


ジュクッと湿り気を帯びた殺気が、ヒカルさんにのしかかる。ズ……士郎さんが出ているのか? 殺気をのしかけているだけか?


しかしヒカルさんは刀に手をかけている。ブンと空気を鳴らして木刀が飛んだ、ヒカルさんは抜刀開始。乾いた音は刀の鳴る音か、木刀か? とにかく士郎さんの木刀は、ヒカルさんの脳天を割れなかった。


斜め上に抜き出された刀の棟が、木刀を受け流したのだ。右足を大きく踏み出すヒカルさん、身体がそれについて行き落ちてくる刃筋からの脱出に成功。同時に鞘から飛び出した切っ先が、士郎さんの小手に届く。


小手に届いた刀を、ヒカルさんはすぐに返した。刃を上に向けて、追撃の突きを狙っているのだ。



「いいね」



私は評価した。刀に隠れた防御、ヒカルさんはキチンとこなしている。



「今日の夜からだったっけ?」



半分トボケて訊く。



「あぁ、夜七時からだ」



チーム『GO WEST』メンバーによる、チャレンジ・マッチである。戦績次第では、熟練格への昇進も見込め企画だ。そしてさくらさんとヨーコさんも早目のインを果たしてくる。



「ヒカルちゃん早いね〜〜♪」

「準備万端ってところですね」



こちらの二人は私が見ることにする。軽い素振りで準備運動を済ませている辺り、この二人もイン前にアップは済ませてきたようだ。


ここでまた蘊蓄をひとつ。某有名格闘技マンガにおいて、準備運動に余念のない空手家を指して合気道の達人が「準備運動とは、スポーツマンですなぁ」と断じた場面がある。準備運動が悪いというのではない。武道家武術家を名乗る者は、準備運動など家を出る前に済ませておくのが心得、という意味なのだ。


それでこそ不測の事態に対応する武術家というもの、というところか。


私も修行時代には、師から「これから準備運動かい?」と言われたことがあった。道場に入れば『即、戦』でなくてはならない。というか道場に入ってから準備運動では、稽古の時間が減る、という都合もあったかもしれない。その点、大学生二人は出来ていた。心得がある、というものだ。


午後六時を過ぎたところから、受講者が続々とインしてきた。今日の稽古はおさらい程度。全員でプロ試合の観戦、いわゆる見取り稽古に赴くためだ。



鬼組、鬼神館柔道、トヨム小隊はじめ、本店のメンバーも続々と集結。午後六時三〇分、総裁鬼将軍と『まほろば』首領天宮緋影の参上をもって、道場稽古の終了となった。


鬼将軍が軽く挨拶。天宮緋影も言葉を下さり、プロ選手たちへのはなむけとされる。鬼将軍の美人秘書御剣かなめに私と士郎さんでプロ選手たちの引率。一般プレイヤーたちは本店メンバーと緑柳師範、フジオカ先生の引率で出発。


というか、移動はタップひとつで完了。試合場ロビーはすでに観客でごった返していた。その間をかき分けて、私たちは受付でチャレンジマッチの手続きを済ませる。みんなの元へ帰ってくると、『第二秘書』のネームを提げた女性が観戦メンバーたちをまとめていた。


「選手の手続きは終わったわ、冴。みなさんを観客席へ案内して」


さえと呼ばれた第二秘書は、その名にそぐわぬゆるふわな雰囲気であった。しかしその雰囲気は雰囲気だけ。やはり秘書らしく、テキパキとメンバーたちを観客席へと送り出している。そして私たちは、かなめ秘書に従って控室ドレッシングルームへ。



「それは良いのだが……」



私は疑問を口コミにした。



「何故お前がこちらに合流している、リュウゾウ?」



そう、何故かナンブ・リュウゾウがセコンド要員としてこちらに混ざっていたのだ。



「よくわかんねぇけどよ、サカモト先生。第二秘書さんが、お前はコッチって振り分けられちまったんだ」



まあ、リュウゾウは現実世界でもさくらさんの用心棒だ。さくらさんさえ良ければ問題は無かろう。



「はい、特に問題はありません」



いつも穏やかなさくらさんだが、今回は特に穏やかな笑顔に見えた。控室は細かく分かれていて、私たちは『2MB』専用控室に入る。控室には掲示板が掲げられていて、2MB所属選手の対戦カードも張り出されていた。



「新兵格の選手は、熟練格選手と複数回対戦できるようです。具体的には十戦をこなさなくてはなりません」



人数が増えたものだ、プロ選手も。かく言う新兵格選手も、発足当時は十人いるかいないかという数が倍以上になっている。すべては配信動画の拡散と、収入の増大。


平たく言えばプロ選手たちの人気が、規模の拡大に貢献したのだと思う。イベントを開催しなければならない訳だ。しかし今夜限りの興行、つまり一晩で格上選手を十人相手にしなくてはならない。なかなかのハードマッチである。



「いえいえ、熟練格の選手たちは格上格下どちらも相手にしないとならないので、さらにタフな一夜になると思います」



かなめさんが教えてくれた。なるほど、昇格狙いなら格上とも闘う熟練格の方がタフである。



「しかも熟練格、豪傑格の選手は、成績次第で降格もあり得ますから。格下相手でも油断はできません」



……サバイバルマッチ、あるいはサバイバルナイトとでも言おうか。


所属選手たちの実力から、ちょろいイベントと考えていたが、ジムによってはかなり厳しい夜になりそうだ。


しかしサルブタカッパの三選手、そのすべてを中継するのはさすがに読者諸兄としてもダルであろう。見どころある試合をピックアップして、みなさまにお届けしたいと思う。



2MB所属選手から、先陣を切るのはヨーコさんの個人戦から。競技として薙刀修行を積んでいるヨーコさん、こうした試合には慣れたものである。しかし油断なく、『GO WEST』メンバーも含み全員でセコンドにつく。


新人戦三位の肩書は伊達ではない。大きな歓声で私たちは迎えられた。選手であるヨーコさんも、ノリには強い。いや、会場の歓声をバネとする能力がある。リズムよく、軽い足取りで試合場へ登壇。


白い稽古着に藍色の稽古袴。革鎧は白地に黄色と、なかなかに派手である。そして長地下足袋、鉄を飲んだ長手袋の小手、さらにはハチマキとスネ当ても黄色で占めている。


対戦相手はこれに逆行。貫頭衣に鎖帷子、兜もヘルメットスタイルでスネ当てや小手も無骨なものだ。



ルールはどちらかが撤退することでしか決着しないという特別ルール。見ている側にとっては、実にわかりやすく人気が出そうである。


両者、開始線に立って得物を合わせる。敵は素槍、ヨーコさんは本身の薙刀。軽装の鎖帷子は、防御面では鉄鎧には負けるがしかし、動きやすいのが利点である。さらに言うならば円運動の薙刀よりも、槍の方が攻撃が素早い。


そういう意味ではこの対戦相手、なかなか手慣れているといえよう。そんな状況で、いよいよ戦闘開始の銅鑼が鳴り響いた。


初手やいかに? 動きの大きな側から実況させていただくなら、ヨーコさんが一歩ひいた。小さな突きが伸びてきたからだ。なるほど熟練格でプロ試合を重ねているだけはある。先手必勝を心得ているな。


そう見ていたが、追撃はできないようだった。ヨーコさんが「行くぞ行くぞ」と圧をかけているのだ。奇襲攻撃をかわせるだけの実力差がある、と私には見えていた。ならばヨーコさん、本命の一手はどこにしかけてゆく?

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