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威風堂々の太刀

ヒカルです。

士郎先生から授かった草薙神党流、いつの間にか我流ゴテゴテの野良犬剣術になっていたようです……ションボリ。


ですがそこへリュウ先生登場、私の剣を修整してくれるそうで。

ウン、確かに私の細い肩には、お父さんの借金という重荷が乗っかっています。だけどこれから先、まだまだ稼ぐとなれば野良犬剣術では勝ち上がれません。


ということで、まずは借金という言葉を頭から振り払って……。



「ガツガツ打ち合うのはヒカルさんの魅力だが、今日は打ち込まずに気迫だけで相手を押し込んでみなさい」



剣豪として立て、威風堂々を見せつけなさい。リュウ先生からのお言葉。でも、打ち込みたくなっちゃう……。

女の子だもん。



「ほうほう、それでしたら簡単には打ち込めないようにして差し上げよう」



あ、リュウ先生が『意地悪な大人』の顔になってる。私に愛用の両手剣を士郎先生へ差し出せとおっしゃる。代わりに受け取ったのが、リュウ先生の差料。無骨一辺倒の戦刀いくさがたな、胴田貫。


そして揃いの脇差し。脇差しといっても、私の両手剣くらいの重さ長さはある。



「そうだね、長刀は左の腰に落として。小太刀は右に差そうか」



お? あまり聞いたことの無い差し方ですね……。



「ヒカルさんにはこれから二刀を扱ってもらう」



抜き方はリュウ先生が口頭で、士郎先生が実演で教えてくださる。



「初手から二刀なんだ、思い切って両手で鯉口を切っちゃおうか」



刀を抜く前の予備動作。キツイ鯉口から刀を押し出す。



「そうしたら右手は太刀の柄を取って、左手は鞘を。鞘から刀を抜き刀から鞘を抜く」



まずはここで片手太刀。



「小太刀は少し長いけど、鞘引きしなくても抜けるはずだ」



左手にも、刃。



「真似てごらん」



リュウ先生は二刀を構えた士郎先生を指す。構えといっても、二刀を提げたまま、切っ先は足元を向いた形。太刀も脇差しも手の内を決めて、できるだけ重さを軽減する。だからといって、重たい胴田貫がどうにかなるモノでもない。重たいモノはやっぱり重たいのです。



「これで簡単には打ち込めなくなった。じゃあ、誰に頼もうかな?」



と、みなさんを見渡して。



「チーム『まほろば』、咲夜さんにお願いしようか」



平均的な女子高校生体型。平均的じゃないのは、お人形さんのような顔立ち。ちょっとだけクセのあるブロンドに青い瞳の、近衛咲夜さんが相手をしてくれます。



「ヒカルさんに隙があったら、咲夜さんは打ち込んでいいよ。だけどこれは気練りの稽古だってことを忘れないで」



ということで、私は真剣実刀を抜いたまま。咲夜さんは木刀ひと振り。開始線で向かい合う。

真剣実刀、それも剃刀のような切れ味の刀ではなく、敵の骨まで断ち斬るような胴田貫。手にしただけで気魂充実、いまにも飛び出したくなってしまいます。


が、それを止めるのも真剣の魔性。


これは人の命を断つものぞ。まるでリュウ先生に申し付けをされているような、そんな迫力を持った刀。思わず誇りが胸の内に。私は戦士だ、世界史上にもまれな誇り高き戦士。日本のサムライなるぞ。よっておいそれと人を殺めたりはせぬ、さがれ娘よ。


机について何ヶ月もクドクドと繰り返される授業なんかよりも、ただ真剣のひと振り。その方が教わることが多いです……。


私よりも年上で経験も豊富な咲夜さん相手に、大上段で出られました。それは真剣と木刀なんていう安っぽい差ではありません。私からキルを取るつもりなら、軽くて頑丈な木刀の方が、ある意味有利だからです。


真剣が私の背中を押してくれてるのでしょうか? 一歩を踏み出すことが簡単でした。決して振ることのできない真剣なのに。


対して咲夜さんはジリッと後退。剣技や真剣実刀の経験は、きっと咲夜さんの方が上でしょうに……。俄然有利なはずの咲夜さんが、後ろへ。また後ろへと逃れてゆきます。



「やめ、元の位置へ」



リュウ先生のお声。気がつけば、咲夜さんは試合場の外に。



「どうだった、咲夜さん?」

「ええ気迫じゃね、剣士の気迫じゃったよ。もう野良犬は卒業じゃね」

「そうしたいけど、まだまださ」



リュウ先生は剣を返してくれました。私の愛用の剣です。



「咲夜さん、これでヒカルさんと立ち合ってもらえるかな?」



ヒカルさんも、と言われて一本勝負。ヨッシャー! 頑張るぞー! といったところで頭にペチリ。



「だからヒカルさん、野良犬の構えはやめなさい」



いざ勝負、となるとやっぱり構えが前屈みになっちゃいます。う〜む、悪いクセですねぇ。反省点。頑張ろう、やっつけてやろうとすると、野良犬剣術になってしまう点。


じゃああんまり頑張りすぎない? いやいや、それならそうと先生方がおっしゃるはず。


ムムム……だとすれば?



「もう一本、お願いします!」



咲夜さんに申し込み。



「ええけど、野良犬剣術はアカンよ?」



咲夜さんも気持ちよく引き受けてくれます。互いに開始線へ。中段の構えで切っ先を交え、「始め!」の号令。だけど私は前には出ない。グッと気合いをため込んで、いつでも応じられる構え。……そこから、静かに……切っ先を下げてゆく……。



構えは下段。さあ、斬ってきなさいと大きな気持ちで。剣は刃の向きを見れば、自ずと斬ってくる場所がわかる。士郎先生がかなり早い段階で教えてくれたこと。槍や薙刀みたいな長い得物を相手にしすぎたせいか、いつの間にか突っ込み癖がついていたんですね。


改めて剣対剣で向き合うと、基本的なことを思い出せます。そして咲夜さんも気合い十分、グッと切っ先に重さが出てきました。


来る? それとも誘い? いや、これで出てきたとしてもまだ技は軽いはず。気合いは十分であっても、十二分じゃない。


堂々と、大きく咲夜さんにのしかかる。今度は来ますね、私の気配で咲夜さんはすでに打つ手無しですから。うん、それも面打ち。真っ向勝負に打って出るつもりでしょう、さすが正直者の剣な咲夜さんです。


それならば……果たして、咲夜さんは打って来ました。その木刀を剣の棟……刃と裏の刃の途中、剣のお腹が膨らんだ部分で下からすり上げるように受け流し、逆に面へ。キルは奪わず、ピタリと止める寸止めで勝負を決めました。



「止め、面あり。一本」



これでこそ威風堂々の剣、剣豪の太刀。いかがでしょうか、先生方。……あれ? 両先生方、どちらも不満そうなお顔。







さて、リュウです。自分で『これが良い』とヒカルさんに『猛者の太刀』を教えて、それが十分な出来となっておきながら、いざこの時点になると不満が出てしまった。


これだけでは足りぬ。不十分である、と欲が出てしまったのだ。それは士郎さんも同じようで、満足いかない顔をしている。



「どうだね、士郎さんや?」

「良いさ、良いんだがもうひとつ、こう……な」

わかる。

イマドキな言い方をすれば、『わかり味がありすぎる』というやつか。



「野良犬剣術は直りそうだよな?」

「あぁ、これで良い方向に行くだろう」


「いきなり飛びかかるクセもぬけるはずだ」

「その通り、悪いクセはぬけるだろう」


「だが満足ではない」

「そう、これはあくまで一対一の在り方。集団戦には向いていない」



確かに、読者諸兄も思っておいでだろう。まずヒカルさんが目指すのはチャレンジマッチ。そこに予想外の難敵が現れても、十分通用するように野良犬剣術を修整しているのだ。


いま見るべきはチャレンジマッチであって、縁の薄い三人制試合や六人制試合ではないのだ。ましてアマチュアプレイヤーが目標とする、イベントのような合戦ではない。そこまで欲張ることはないのだ。


実際、『王国の刃』の戦いをゲームと割り切るカエデさんならば、ここで稽古を打ち切ってしまうだろう。目標は達成されたのだから。だが私と士郎さんは『剣士』なのだ。


それも指導のできる剣士なのだ。教えた者がひとつできるようになると、次の段階へ進ませたくなる人種なのである。


そして古流というのは、第一弾と第二弾がつながっているものなのである。これはもう、教育の虫が騒ぎ出すのも仕方がない。



「では士郎さん、集団戦でも通じる『剣豪の太刀』は準備できてますかな?」

「もちろんだとも。今のヒカルさんにとっては特効薬であり、大好物にもなるものだ」



そんな技が都合よくあるものか、そのように疑う方もおられよう。だが私と士郎さんは、共通の技を思い描いているはずだ。イチニのサンで、発表しようじゃないか。



「せ〜の、居合」

「座技」



ズレたズレた。が、同じと言えば同じだ。居合の中には立ち技もあるが、居合は居合。向かい合って座った状態の闘い方なのである。これが何故、ヒカルさんにとって特効薬であり、大好物となり得るのか?


座技であるから野良犬のような突撃はできない。座っているので堂々と受けて返す風格に満ちているからだ。


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