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草薙神党流の根

さて、おさらいと行こう。



草薙士郎を宗家とする草薙神党流。聞くところによると三大剣術流儀においては香取鹿島の流れをくむ神道流系統に属するそうだ。


この系統で特徴的な流派をあげるならば、『気組み』を重視し、幕末の京都で大暴れした新選組局長近藤勇の修めていた『天然理心流』。あるいは西南の地にあって、二百数十年ただひたすらに稽古で練り上げられて、これまた幕末の動乱に躍り出た一撃必殺『薩摩示現流』。


つまり士郎さんの流派というのは、気合気迫、そして徹底的に練り上げたフィジカルを重視するというところ。その物差しで計ってみれば、ヒカルさんというのはまさにキラ星。優等生の中の優等生というところにちがいない。



しかし、しかしだ!

剣士としての物差しで計ってみたらどうだろう?……キビシイ点数をつけざるを得ない。いや、点数をつけてくれるだけ、マシかもだ。詳しく描写はしていなかったが、ヒカルさんの剣は……ヒドい。


よくぞ草薙士郎、ここまで放ったらかしにしていたものだ、と感心したくなる。構え無視、防御度外視のケンカ殺法。そんな表現ならばヌルい方だ。なじるような表現をするならば、野良犬剣術である。


まずは読者諸兄に、剣術剣道において構えが存在するのは何故か?

を問いたい。そうだね、『構え』だけでは漠然としすぎている。『中段の構え』とさせていただこう。


なに、そんなに難しく考えなくとも良い。答えは簡単、攻防一体の構えだからだ。守るも攻めるも都合がよろしい、だから剣士は中段の構えをよく取るのだ。



攻防一体、ヒカルさんにはこの理念が無い。本人は中段に構えているつもりなのかもしれないが、顔が前に出ている。というレベルではない。攻撃一辺倒のクラウチングスタイル。とにかく先に当ててやれ、という考えが先行しすぎた野良犬の構えになっているのだ。


頭から突っ込んで闘いに臨む、キミはいつから清水次郎長や国定忠治になったのかね? というありさま。


さてさて、剣士として伸ばすなら、まずはこのあふれ出てはみ出し気味な闘志をどうにかしなくては。そこで呼びつけるのは、やはりカエデさんだ。



「どうされました、リュウ先生?」

「いやなに、ね。カエデさんにあのエル・トリトをいなして欲しいんだ」



エル・トリト、ポルトガル語で、『小さな猛牛』という意味である。



「そのためにもカエデさんには、闘牛士マタドールのように振る舞って欲しい」

「わかりました」



陸奥屋まほろば連合の中においては、個人剣技ではあまり高い評価を受けていないカエデさん。対するはプロ選手、攻撃力の評価抜群。デビュー以来黒星はひとつだけというヒカルさんの練習試合。


まずはカエデさんの入場。これまでの流れで、カエデさんという娘は知恵持ちで作戦を立てたり戦果を挙げるためなら感情を圧し殺すようなイメージがあるだろうが、彼女も年頃のお茶目な女の子。入場には背筋をピンと伸ばして、気取りまくりな足取りで開始線まで歩いてきた。


おそらくあれが、カエデさんのイメージする闘牛士なのだろう。一方ヒカルさんは、はみ出しまくりな戦意で今にも頭の血管が切れそうな状態である。まさしく真昼の決闘、猛牛とマタドールだ。



あまり引き伸ばしても申し訳がない。さっそく開幕の銅鑼ゴングといこう。


両者まずは相手の出方を伺うために、パッと後ろへ飛び退すさる。しかしカエデさんはあくまで距離を置くのが目的なのに対し、ヒカルさんは本当に形式としてさがっただけ。


右に左に様子を伺う振りだけしているが、グッと腰を低くしてクラウチングスタイルを取った。


対するカエデさんは、シュッとした姿勢で立っている。右手には剣を提げ、左手の丸楯は闘牛士のマント『ムレタ』のように身体を覆っていた。


『エル・トリト』ヒカルさんとしては、まず突破口を作りたいと考えたのだろう。切っ先をカエデさんに向けたまま、まずは突撃。


それ自体は間違いではない。持ち味である突撃力を存分に活かした闘い方、そして膠着状態から『好き放題』をされる事態を避ける。



まったくもって正解のチョイスである。ただひとつ問題があるとすれば、相手がカエデさんだという点だ。


そしてそのカエデさんは、『ヒカルさんにわからせる』という趣旨を十分に理解している、という点。それが大問題なのである。


カン! という乾いた音を立てて、カエデさんの丸楯がヒカルさんの切っ先を弾いた。そのままカエデさんは一歩移動。ヒカルさんのサイドに回り込む。


勢い余ったヒカルさんは、直線的にカエデさんとすれ違った。闘牛ならばハンカチを振って「オーレ!」と、マタドールを讃えたくなる場面だ。



しかし闘魂派のヒカルさんはすぐに態勢を立て直す。立て直すといっても、クラウチングスタイルに変化は無い。一方のカエデさんはというと、丸楯を突き出してはいるが、剣の右手は甲を腰にあてがいノリノリで闘牛士を演じている。


いや、丸楯を揺らして「ハッ! トーロー!」などとヒカルさんを挑発するのはやり過ぎだろう。


そしてその挑発に乗ってしまうのが、『女版ナンブ・リュウゾウ』とも評され、愛されるべき人物。火の玉娘ヒカルさんなのだ。さらなる闘志を全身から吹き出しながら、猛然とカエデさんに突っかかってゆく。


迷い無く、情熱的に。丸楯向こうにいるであろうカエデさんを攻略するために、強く強く当たり続けた。


カエデさんはこの突進を見切りでいなし、ヒカルさんの肩や背中、頭などを丸楯で撫でてサバく。その都度観客となった受講者たちは、白いハンカチを振って「オーレ!」「オーレ!」と美しい演技を讃え続けた。



ヒカルさんの刃は、もうカエデさんをかすめるくらいに接近しているのだ。そしてヒカルさんは、なかなか命中しない自分の攻撃に一手加えるつもりか、ここでカエデさんの様子を見た。


カエデさんはカエデさんで、丸楯のヶ月から片手剣を構え、ヒカルさんの急所に狙いをつける。



いよいよ『真実の瞬間』だ。



ヒカルさん、八相。完全に防御は捨てている。しかも顔から突っ込む気満々の、大変にブサイクな構えであった。


呼吸をひとつ、ふたつ取って、両者急接近。接触コンタクトと同時に、勝敗は決した。片手剣と丸楯が吹き飛んだのである。


カエデさん、撤退。


闘牛という文化の生と死。何もそんなところまで再現しなくても良いのに……。ただ、カエデさんの失敗をあげるのなら、最後の最後で詰めを誤ったことではない、と私は断言する。


最後の撤退は、カエデさんにとっては演出の内と私は踏んでいる。ならば、カエデさんの失敗はどこにあったのだろうか?

それは、いつもの学校制服に革鎧で登場したことだ。


何故カエデさんは、あのド派手な闘牛服を着込んでこなかったのか? カエデさんのことだ、どうせ闘牛服の一着くらいは所持しているであろうに……。



とりあえず、ヘミングウェイの名短編『敗れざる者』ごっこは終わった。まずはカエデさんをねぎらい、どうして闘牛服を着込んで来なかったかを指摘した。カエデさんは自分の失態を、床板叩いて悔しがった。



「あぁっ!! 弁髪を結っていれば、もっと面白かったのにっ!!」



いい加減にしなさい。



「リュウ先生、代わりにシャルローネの髪を編んで、断髪式をっ!!」



ぶつよ、カエデさん?では、ヒカルさんにも声をかけよう。



「いなされまくったね?」

「技が読まれてるみたいでした……」



かなり効いているみたいだ。



「そう、今のヒカルさんの構えは、技が読みやすくて攻撃も与えやすい。慣れた者にとっては、美味しい御馳走でしかない」



まずはヒカルさんにそのことを理解してもらってからの教伝である。それにしても……ちょっと見ない間になんでこんなイノシシになったものやら……。



「まずは士郎先生から習ったことを思い出してみようか。中段の構えから」



立たせてみれば、なんのどうして。立派にシュッと構えるではないか。



「よし、それでは斬りおろしてみよう」



仮想敵の脳天からヘソまで斬るのを、斬りおろしと私は称している。ヒカルさんは物打ちから剣を走らせ、刃筋も正しく斬りおろしていた。



「次は斬りつけ」



斬りつけは面を斬る技。切っ先は上段で止まる。これも問題は無い。右袈裟、左袈裟。胴、逆胴、喉への突き、胸への突き、腹への突き、すべてよろしい。士郎さんが最初に命じた基本技を、毎日こなしているようだ。



「では、小手を斬ってきなさい」



私が相手になる。向かい合ったその瞬間、ヒカルさんは野良犬の構えに戻ってしまった。



「こら、アホタレ」



木刀でヒカルさんの小手をペシリ。ダメージにならないような打ちで済ませる。



「士郎先生からせっかく古流を習っているんだ。我流は忘れなさい」



野良犬の構えは本能的な構えのようだ。これを修整するのは、先が長くなりそうだ。


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