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春宵月夜

いつもとは少しだけ雰囲気を変えて。

槍道という武道は、まだ普及が遅れている。全国的には普及しているかもしれないけど、それは都道府県庁所在都市の話。剣道の普及には及んでいないし、第二都市第三都市にまでは手が及んでいない。


都会でも道場や練習場の数は限られている。だから私は電車に乗って練習場へ通い、電車で部屋まで帰ってくる。部屋はもちろんオートロックの学生用マンション。そして駅からの道程は、女性としては不安なところ。



だけど私にはボディーガードがいる。夜道に鳴るカランコロン、いつものようにちょっと早足。だけど、まだ追いついては来ない。


私は背が高くて、自慢じゃないけど平均よりも脚が長い。おまけに靴はスニーカー。カランコロンの主は、不名誉なこと言っちゃうけど脚は短い。



そして近づいてくる、独特の男性くささと、汗の匂い。街灯は十分に道を照らしているんだけど、それでもこの気配は頼もしい。


赤信号、私のマンションまで、あと通りを越えるだけ。ようやく追いついたカランコロンの下駄の音。



「あんた、夜道に女ひとりは物騒だぜ」



私の肩より低い場所から、男らしい声。



「だけどこの時間は、頼もしいボディーガードが後ろから来てくれるから」



すると、ちょっとだけ不機嫌そうな口調で。



「あんた、剣道か薙刀やってんのか?」

「槍です、槍道っていうんです」

「俺だって毎晩この時間に歩いてる訳じゃねぇんだ。武道やってたって、生兵法ってやつだ。ホントに気をつけろよ?」


「毎週火曜日の稽古の日が、遅くなるだけですから」

「まあ、その日は俺もウェイトトレーニングの日だからな。でも、夜道にゃ気をつけろ」

「はい、わかりました♪」



信号が青になり、背の低い下駄の人は私を追い越してゆく。彼の行く先は、この先の小さなビル。藤岡運輸の持ちビルで、一階が会社兼車庫。二階が事務所、三階が宿舎兼柔道場。


カランコロンはまっすぐな性格そのままに、ビルに向かって遠ざかる。やっぱり気づいてないのかな、私のこと。高校時代は私、槍をやってること誰にも言ってなかったから。


気づいてないんだろうなぁ、っていうか地元にいた頃は、ほとんど口も聞いてなかったしね。もしかしたら、私のことなんか忘れちゃってるかも。



教室に入ってくると、すぐにわかっちゃうような男の子。身体は小さいはずなのに、学生服がはち切れそうなくらい胸板が厚くて、誰よりも大きな声。


私なんか眼中になかったかもね、教室の隅の方で小さなグループにしかいなかったし……。見上げると街路樹の桜。まだ蕾は綻びそうにない。







「この先の柔道場の方ですか?」



声をかけられたのは、いつだっけな? 背が高くて大荷物担いで、女の夜のひとり歩き。



「あぁ、そうだよ」



ぶっきらぼうに答えたけど、美人と可愛いの中間点。免疫乏しい俺は、正直ドギマギしていた。だから「どうしてわかるんだ?」とか、愛想もクソもないことを訊いちまった。


すると変わり者な女は、ニッコリ。



「耳ですよ、耳。柔道やってますって名刺がぶら下がってます♪」



どこか嬉しそう。こんなワイた耳を見て喜ぶなんて、相当に変わっている。学生時代から打ち込んでた柔道。でも一応高校では、寝技のあとで耳を冷やす時間はあった。だけど師匠のトコに住み込んで、シボられ抜く柔道にそんな隙は無い。


あっという間に耳はカリフラワー、柔道のクセに巻藁を叩いたりするモンだから、拳にもタコが出来上がる。鬼神館柔道に入門して、一ヶ月で改造人間の出来上がりだった。



そういうアンタは、剣道かい?

そんな軽口はきけなかった。言ったと思うけど、俺は女に免疫が無いからだ。でも、長物に吊った防具袋なんだろうな。そいつを見れば剣道か薙刀やってるのはわかる。わかるんだから、あえて訊かない。


女と話したさに話題を作るなんざ、軟派な奴のやることだ。今の俺には柔道しかない、恋や遊びの入り込む隙間は無ぇのさ。



それが最近では、師匠の薦めもあってなんとかって種類の『王国の刃』ってゲームに参加している。プレイヤーにできることはすべて再現可能、本当にゲーム世界にいるかのような臨場感ってのが売りなんだそうだ。


そのゲームで『普段はなかなか抜くことができない真剣技コロシわざ』を、たっぷりと抜くのが目的だった。


そこには女の子たちもいて、それなりに会話したり接したりしてるから、ちょっとだけ免疫ができたんだろう。その夜は俺の方から声をかけた。



「あんた、夜道に女ひとりは物騒だぜ」



毎週火曜日はウェイトトレーニングの日。駅の向こうの市民体育館の『マッチョ部屋』で、バッチリ筋トレをキメるのを習慣にしている。


それが定刻で、駅から出てくるのをみかけたのさ。俺は背が低くて脚が短い。女は背が高くて脚が長い。つかず離れずの距離を保ち、最後の信号機で追いついちまった。


だから長い髪をかけた遠くの耳に話しかけたんだ。それなのにコイツ、俺をボディーガード呼ばわりしてどこ吹く風だ。案外ちゃっかりしたモンだ。


改めて注意をうながして、俺は先の宿舎を目指す。下駄をつっかけた足も、もう冷たさを感じない季節。高校三年生には、そろそろ卒業の季節。



「……似てるよな、あの女」



ちょっとだけ、高校時代を思い出してみた。







タイミングが合えば、力って必要ないのでしょうね。そして闇雲に突っかかって行く者ほど、そのタイミングは読みやすいのでしょう。


中学からの友人、愛すべき熱血漢おばかさん。ナンブ・リュウゾウは木製の手槍で突かれ、苦もなく転がされた。



常人ならば床板に、背中から叩きつけられるくらいな見事さで、完全に両足が浮いてしまっていた。


しかしそこは柔道一直線、背中を丸めて後ろへスルスルと。猫のようなしなやかさで衝撃を吸収している。



「なんのっ! もう一丁!」



すぐに立ち上がってもふらつかないのは、稽古の賜物というところでしょうか。ふたたび槍の専門家、プロ選手のさくらさんに稽古を申し込みます。


柔道バカ王ナンブ・リュウゾウ、なにを思ったか最近では、柔だけでなく武器術にも興味を示している。


確かに、以前からサカモト先生(ナンブ・リュウゾウによる呼称。正しくはリュウ先生)によって、手槍を仕込まれてはいました。トヨム小隊の参謀、カエデさんにも武器を進められていました。そしてここは王国の刃、武器で殴り合うのが普通の世界。


とはいえ、寄りにもよって何故さくらさんに稽古を願い出るのか? 答えは簡単、それがナンブ・リュウゾウだからなのです。



「俺か? 俺は鬼神館柔道に行くぜ」



高校三年、進路をいよいよ決定する時期。ナンブ・リュウゾウは当たり前のように言った。



「親? 反対してたぜ、そんな正規でもない柔道やってどうするんだ? ってな」



親の心配どこ吹く風。



「住み込みで仕事しながら、柔道できるってんだ」



なにも考えていない、極楽とんぼ。



「いわゆる裏柔道ってのか? 反則技までビッシビシ、禁じ手無しのなんでも有りってヤツよ」



階級は軽量級、県大会まで駒を進めるかどうかという程度の、微妙な腕前。



「それでもな、そこに通じる道はあるんだ。だったら行くのが男だろ?」



目的地までまっしぐら、脇目も振らずまぶたを閉じて突っ走る。それがナンブ・リュウゾウという少年だった。



「そういう八原は進学か?」

「えぇ、東京の国公立ですよ」

「お前にしちゃ、控え目な偏差値の学校に行くんだな?」


「鶏口となるも牛後となるなかれ、リュウゾウとは正反対の生き方さ」

「それもまたヨシ!」



快男児はカラカラと笑った。卒業の文字が、いよいよ近づいてくる。地元に残る者は地元で新生活が始まり、旅立つ者は旅の出先で新生活をスタートさせる。


若者は、まだ見ぬ新世界に血湧き肉躍る思いを隠せないでいた。私は私で、自分の思い描く進路を切り拓き、レールを敷いて無事故を計画する。


そして……。



「……………………」



顔を上げると、教室の隅で小さなグループを作っていた女子のひとりが、慌てて視線を外していた。その視線は、私に向けられたものではない。そのことに気づいてはいたが、このバカには教えてやらない。


そんなことは自分で気づきやがれ、というところだ。もちろん、ちょっとした意地悪心、嫉妬心もあった。


このバカに嫉妬していたのではない。いつも教室の隅にいる、背の高い女子に嫉妬していたのだ。


つまり、「コレは私のオモチャだ。乙女の恋心なんぞには、くれてやらん」という気持ち。


あのときの同級生が、なんと槍を習っていた。しかも王国の刃でプロ選手になるほどの腕前ときた。そして恐ろしいことに、私とナンブ・リュウゾウが所属する『陸奥屋まほろば連合』に加盟したのだ。


背が高くスタイルがよろしい、艶を放つ黒髪に美女と可愛いの中間点という見てくれ。


私はすぐに気がついた、東郷さくらだと。しかしナンブ・リュウゾウは、他の女の子のバストに鼻の下を伸ばしきっていた。


バカだろお前、ナンブ・リュウゾウ。そして芸術的なまでに間の悪い男だ。そしてそんなところがさすがだぜ、ナンブ・リュウゾウ。見習いたいとかあやかりたいという気持ちは、これっぽっちも湧かないけどな。


そのバカが、気づいていないがかつての同級生に転がされているのだ。愉快痛快ここに極まる、というものでしかない。







「忍者よ」



白銀輝夜が声をかけてきた。


合同稽古という名の講習会、というか剣術バカ一代なこの女が、稽古中に私語とは珍しい。



「どうにもこう、雰囲気が甘ったるいというか、締まっていない気がしないか?」



私は一応、プロ選手のヒカルがユキっぺに稽古つけてもらっているところをみてやっている、という名目になっている。だから二人から目を離さない振りをして応えなければならなかった。



「春だからじゃないのか?」

「春がそんなに嬉しいものか?」

「私は雪国住まいだからな、春の訪れは格別だ」

「風流とは、忍者には似合わんな……」



フッと頬を緩める白銀輝夜だが、私はひとつ嫌味をいれてやる。



「春夏秋冬、季節の移り変わりによって使う技が変わるからな。気象条件や環境まで利用して闘うのが忍者だ」

「直心影流がそうだったかな? 季節によって呼吸法が変わったり、稽古の要点が変化すると聞く」

「ま、私の術はそこまでご立派なものじゃないけどな」



昭和に生まれた『なんちゃってポーズ』をキメてやる。しかし白銀輝夜はニコリともしない。



「して、雪国忍者としてはどう見るかな?」

「ヒカルの出来かい?」

「いや、この季節の変わり目だ」



去年はそれほどでもなかったが、今年は白銀輝夜も季節を感じているようだ。


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