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打たれたならば立ち上がれ! だがまた打たれてしまう!

る〜る〜るるる〜……♪ ら〜ら〜るら〜〜……♪


目標は、高く遠くに据えるもの。そして悲しく歌うもの。


作詞作曲、歌、剣道部主将による敗残兵のスキャットでした。地域によっては『思い上がるもはなはだしい、愚か者たちの歌』とも呼ばれております。



それを聴くのは現実に打ちひしがれた白樺女子校軍の面々。もちろんすっかり悄気げてしまった顔を、負け犬のように伏せながらです。私たちと同じ新兵格、違いはほんの半年ほどのキャリアだけ。


先輩相手とはいえ、せめてひと太刀くらいはと意気込んで挑んだ練習試合。薙刀部も生徒会チームも、ソフトボール部や柔道部、その他文化系のチームもすべて、ペロリンチョと平らげられてしまいました。


パーフェクトゲーム、惨敗です。良いところなんてひとつも無かった完璧な敗北。負けオブ負けーズ、敗者の中の敗者という奴です。


なにしろクリティカルを奪うどころか、木刀で触れることさえできなかったんですから。



「……まさか、こんなに実力差があったなんて」

「吹奏楽部はいいわよ、戦闘は不慣れなんだから。私たち薙刀部なんて得物に差が無いのに、触ることさえできなかったのよ」

「しみるなぁ……心の傷が、やたらとしみるわよ……」



少しは伸びていた天狗の鼻、それがポッキリと音を立ててへし折られてしまった。せっかくついた自信が、ただの慢心でしかなかっただなんて……。


これまでの稽古に、どんな意味があったんだろう? 耐えきれずに、やはりジッと手を見る……。



「いやぁ〜〜、完膚なきまでに叩きのめされちゃったわね!」



アッハッハッと笑うのは、みっちゃんこと生徒会長。



「だけどすっごく良かったところもあるわよ♪」



何かを提案するみたいに、人差し指を立てて可愛らしくウインク。



「みんな最後まであきらめず、声を出して前に出た。これってスゴイことじゃない?」



思わず私も立ち上がる。



「そうだよみんな、気持ちでは全然負けてなかったし、手も良く出ていたよ! 次は当てる、触る。新しい目標ができたじゃない! 下を向いている暇なんて無いよ!」



正直に言うと、みんなを励ます言葉が虚しすぎて薄ら寒い。



だけどそれは、みっちゃんの方が辛いはずだ。だから私が支えてあげなくてどうする。試合内容は、本当に一方的だった。どれだけ突っかかっても、標的にした相手は右に左にヒラリヒラリ。あっと思って狙いを修整していると、その隙に横からペチペチと打たれてしまった。


ペチペチ攻撃をくれた相手も、ヒョロリといなくなっては別なメンバーをペチペチ打って、またヒョロリといなくなる。


ムキになって木刀を振り回す私たちは、まるで風車か独楽のようにキリキリ舞いだった。それを踏まえてみっちゃんが言う。



「先輩たちが良いプレゼントをしてくれたってモノじゃない♪ 『王国の刃』では、こうやって勝つんだぞってね♪」

「おーおー、まだヘコんじゃいないみたいだな」



声をかけてくれたのは、トヨム小隊長。



「もっとお通夜みたいな顔かと思ってたけど、ヨイではないかヨイではないか♪」

「これでもメチャクチャヘコんでるんですよ、私たち。少しは慰めの言葉があっても良いんじゃないかと、私は思うんですけど」



みっちゃんの言葉に、小隊長どのはニンマリ。



「ヨシヨシ、それじゃあありがたいお言葉を、アタイからくれてやろうじゃないか♪

今日は拠点に戻ってから、相手チームの戦法を研究するだろうけど、あのペチペチ攻撃は真似するな」



え!? あれもまた、勝ち筋の手なんじゃ……?



「あんまり言いたくないんだけどさ、ペチペチ攻撃スルリと逃げるって戦法はこの先見込みの無い連中でも、戦力として使うための戦法なんだ。あんな戦法では……」



小隊長は視線を移す。そこにはすでに、指導員格の若先生たちに稽古をつけているリュウ先生の姿が。



「あんな戦法では、ダンナは倒せないからな。ひとりずつ丁寧に、夕食の焼き魚から小骨を抜き取るみたいにして、各個撃破されるのがオチさ」

「そんな、それじゃあ私たちは……」


「情けない顔するなよ、剣道部主将ともあろう者が。ダンナたち大先生四人を倒すための手は、もう授かってるだろ?

今日からはひとりひとりが、『自分が災害先生を倒すんだ!』って気になって稽古するのさ。楽な稽古じゃあ、ダンナは斬られてくれないぞ?」



それはわかるんですけど、小隊長……。



「わかったよ、じゃあとっておきの話するぞ」



小隊長の目が、ものすごく厳しい色になる。



「ダンナはよく大昔の話をするんだけど、日露戦争でも第二次世界大戦でも、銃剣突撃をして戦ったのは、兵役についただけの人。隣近所で普通に暮らしていたオッチャンやアンちゃんでしかなかったんだって」



ごく普通に暮らしていた私たち。そんな私たちに突撃練習ばかりさせているのは……。



「お前たちひとりひとりが、ダンナを倒すんだって気にならないと勝てない。そのために必要なものは、もうわかるよな?」

「気合い……根性……精神力……」



よくわかってるじゃないか、小隊長はいつも通りの笑顔を見せてくれた。いえ、異論はありません。それこそが勝利への最短距離なんでしょう。


わかっています、頭は理解をしています。ですが私の心が、というかゴーストの部分が納得していません。




帝国陸軍という現代教育においては忌み名とされている、史上空前にして絶後の愚策。そのようなものは策と呼べなければ作戦でもないとされる愚行。


それを例えに出して、『他に策なんて無いぞ』と言わんばかりの姿勢。



そうだね、現代社会はネット社会。情報社会と言い換えても良い。つまりひとりひとりが様々な情報を得て、知識を仕入れることのできる世の中だ。


なにが言いたいかというと、現代社会は一億総軍師の時代なんだ。そんな現代日本において、昭和の禁忌タブーを実行しろと。おかしな例えをすれば、「陸奥屋まほろば連合に勝利するために、君はなにをするか!?」という問いかけに「自分は災害リュウ先生を必ず葬ります!」と答えるのに似ている。


さらに言うならば、「それで勝てると思っているか! リュウ先生を五回殺せ!」と返ってくる狂気。さらに戦争という地獄は続く。「はい!

リュウ先生を十回葬ります!」と宣言しなければならないのだ。



「……地獄だ」



誰かが呟いた。ゴクリ、と私も喉を鳴らす。トヨム小隊長はそんな地獄を何度もくぐり抜けて来たかのように、ニッコリと笑う。



「あぁ、地獄だから面白いんだ」



そして、それ以外に道は無い。策を練る?

それを遂行するだけの力量は無い。一億いる日本中の軍師さまよ、この地獄を通過せずに目的を達成する術があるというのなら、どうか知恵を授けていただきたい。


もちろん私たちが現在練り上げている、突撃という愚行をしないというのが前提だ。『突撃』、それこそが愚行の出発点なのだから。トヨム小隊長という人は、笑顔で殺気を放つ。



「こっから先は、剣道部も吹奏楽部も無い。エースにまかせて自分はサポート、なんて考えも捨てろ。ひとりひとりがこのアタイの」



と言って細い首をピシャピシャ叩いた。



「首を取るつもりで鍛え抜くんだ」



ゾワリと背中を、冷たいものが走る。緊張感、恐怖、そういったものに耐えきれず、文化系の面々を見た。まだ、その気にはなっていない顔だ。体育会系の顔に目をやった。

やはり、「それは剣道部、薙刀部の仕事だろう」という顔でしかない。


ダメだ、これでは勝てない……。ガックリと肩を落としていると、「さすが小隊長!」とみっちゃんが胸を張る。



「回りくどいこと言わないで、直球で大切なことを教えてくれるわね♪ ずいぶんと大盤振る舞いだけど、よろしいのかしら?」

「なにがだい?」



とぼける小隊長に、生徒会長は槍を地面にひと突き。



「必ずいただきますわよ、お姉さまと四先生方の御首みしるしを! なにしろ白樺女子校軍は……」



大きい、みっちゃんの背中が大きく見える。



「一兵残らずすべて! 精鋭ですから!」



売ったーーっ! せっかく味方してくれてる小隊長に、ケンカ売ったーーっ!!

だけど小隊長、ケンカ慣れしてるのか欠伸でもするような気楽さで「楽しみにしてるぞ、ゲンコツ生徒会長♪」と笑っている。



あ、やだなぁ。チビチビで痩せっぽちのクセに、去ってゆく小隊長の背中がみっちゃんよりも大きく見えてしまう。



クッ……しっかりしろ私! みっちゃんを手助けするために、ここへ来たんじゃないか! 私が気おくれしてどうするんだ!

……いや、違う。みっちゃんのヒザが小さく震えていた。……みっちゃんも、怖いんだ……。


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