サル、ブタ、カッパとフジオカ先生
熱を帯びているなぁ、いつもの講習会なんだけど。
プロじゃない一般プレイヤーたち、特に各隊の小隊長クラス。それに先生方まで。あ、どーもどーも、少しずつお父さんの借金を返し始めている、プロ選手のヒカルです。別名サルです。
私たちプロ選手に対しては、いつも厳しい先生方ではありますけど、最近は熱心さがひとしおという感じです。聞いたところでは、最近白樺女子校という学生さんたちが学園の存亡を賭けて、『王国の刃』にインしてきたとかなんとか。
ウチの四先生方を倒した上で陸奥屋まほろば連合に勝利し、世界的な有名人になって学園を存続させるつもりとかなんとか。しかもそのための稽古を、ウチの講習会でつけてもらっているというのだから、なんともかんともな話になっています。
「実際にはどんなモンなんでしょうか、八戒さん?」
「ブヒ、できるできないという話なら、無理だと判断するのが普通でしょうねカッパさん」
ヨーコさんに話を振ったら、さくらさんにお鉢が回りました。
「常識的には不可能というのに一票かな? おサルさん」
「常識的には?」
「そうだね、常識的にはと限定させてもらうね」
「ほうほう、となれば非常識に考えると逆転もあり得ると?」ヨーコさんが変な角度から食いつきました。「勝負は水物だからねぇ、すべての戦う者には勝利を得る権利があるってところ?」
「うーん、さくらさんの言葉は深いなぁ……」
「感心してるフリだけで、ヒカルちゃん理解できてないでしょ?」
「はい! お勉強が得意な方ではありませんから!」
ヨーコさんのツッコミに勢いよく返事。さくらさんはクスクスと笑っている。
「槍の先生の言葉なんだけどね、結局のところ勝負は勝つか負けるかしか無い。そして絶対王者と呼ばれるような優位にあっても、どんなアクシデントに巻き込まれるかわかったモノじゃないってとこかな?」
「それ意外にも何か根拠がありそうですなぁ、さくら先生には」
ニタニタといやらしい笑みで、ヨーコさんが問い詰めます。
「いつもは誰か付きっきりになる、私たちプロ選手の稽古なのに、先日から素振り空突きばかりで放ったらかし。で、先生方が若先生たち相手に、荒稽古ばっかり。なんだか、稽古にすがりついてるというか、余裕がないっていうか……」
「う〜〜ん……勝てば悪者、負ければ敗北ですからねーー……」
私が呟くと、さくらさんはまた頬を緩めました。
「そんなに簡単なお話じゃないんだよ、ヒカルさん。なんていうのかなぁ、『心を持つ者との戦い』っていうのは、ツライものなんだよ?」
ますます訳がわかりません。
「ハイ、さくら先生! そのひと言で私も訳がわからなくなりました!」
「フフッ、ヨーコさんもヒカルさんも、それでいいんだよ」
「なんとなく理解したフリして言うと、私がお父さんの借金を返すためにプロ選手をしている。その事情をさくらさんは知っていた。だけど年末の賞金マッチでは、容赦なく私を打ちのめした、っていうところ?」
「ウンウン、大体そんなところ」
「だけどそれだと、先生方が稽古にすがる理由になってませんよー?」
「そこが『心を持つ者との戦い』の難しさっていうトコかな?」
ウン! ますます迷宮入りです! 謎は深まるばかりとなりました!
「その点、参謀さんたちはなにひとつ迷い無く、稽古に励んでいる。どうなるか分からないよ、次のイベントは」
「じゃあさじゃあさ、さくら先生はどっちに賭ける?」
「リアルマネーかな?」
「そ、もしもリアルマネーを賭けるなら!」
「陸奥屋まほろば連合の勝利。あの人数ではウチを突破することはできないから」
「なーんだ、つまんないのー」
「リアルマネーを賭ける話だからだよ。そういう条件なら、少額を安全パイに賭ける」
「じゃあお金を賭けないなら?」
私も訊いてみます。
「ギリギリまでベットはしないなぁ。最後の最後まで様子を見るかも」
ということは……。思わず生唾をゴクリ。
「で、結局ウチに賭けるかも♪」
ガックリ、思わずずっこけそうになっちゃいました。
「まあね、それくらい迷いに迷ってっていうことだから。白樺女子校軍にも勝機はあるかもね」
「もしも、もしも白樺女子校軍に勝機を見い出すとすれば、ポイントはどこになるでしょう!?」
ずっこけていたヨーコさん、カムバック。
「今のままの士気を保った上で、人数が増えること。最低でもウチの倍は欲しいかな?」
さくらさんがそう言った途端、出入り口の戸が勢いよく開かれました。
「白樺女子校柔道部、ソフトボール部、書道部美術部! ただいま参上っ! 生徒会長、手勢に加えてくださいっ!」
うわっ、また人数が増えました! さくらさんが言った通りになりつつあります!
「よし、俺が鍛えてやる! 白樺女子校軍に混ざれ!」
お相手はフジオカ先生、柔道の達人ではありますが、剣も槍も、武芸百般をこなすグレーテストです。
人間は迷い、ときに苦しむ。俺はフジオカ、鬼神館柔道の顧問だ。鋼の肉体、カミソリのような技を鍛えて磨いても、心を持つ人間である。正直なところを言えば、何ひとつ悪くない若者たちの志を挫くのは心苦しい。
しかし俺たち、『災害と呼ばれる者は言わば食客だ。そう呼ばれるに相応しい働きをしなければならない。腕を見込まれての食客なのである。
だから俺は心を鬼にする。何故俺たちに挑むという選択をしたのだ?
何故ほかを当たらなかったのだと。俺たちを選び、俺たちに挑むからには、代金は安くないのだぞと。そのように厳しく己を戒めて、指導員たちへキビシく当たる。
それが人間を斬る太刀か? ぬるいぬるい。もっとキビシく攻めて来い、キビシく!
そのような太刀では、心を持つ者は斬ることができんぞ。そう、俺も士郎先生もリュウ先生も。緑柳師範に至るまで、己によりキビシく向き合わなければ『人間』は斬ることができないものだ。
今までの戦いは『悪』との戦いだった。しかし今度の戦いは何も悪くない者たちとの戦いだ。それも、夢や希望、目標を立てて挑んでくる若者たち。
邪などひとつも無い、後ろめたさのひとつも無い若者たちだ。もしも彼女たちに悪いところがあるならば、文字通り『相手が悪かった』というところだ。
それでも『情け』という言葉は引っかかる。
相手はド素人、しかも夢や希望を胸に、なにひとつ後ろめたいことなく向かってくる。別にタイトルを取って慢心しているでなし、柔道母国日本の金看板に泥を塗った訳でなし。
だがしかし、それでも俺たちはやらなければならない。
「おう、久しぶりに六人制試合に出てみるか?」
情けのしがらみを振り払うように、弟子たちに言う。
「そうだな、先生! 先生が災害認定されてからこっち、遠慮がちな行動ばっかだったからな!」
景気の良い返事はご存知、愛されるべき人物『ナンブ・リュウゾウ』だった。
「で、得物はどうする?」
「ヘヘッ……」
リュウゾウは柔道着の袖をまくり上げ、たくましい腕っぷしと素手を見せつけてきた。
「腕が鳴って仕方ねぇんだ。得意の柔道でいこうぜ、師匠」
「他の者はどうだ?」
「「「異論なし!」」」
「よし、それじゃあ得物は自慢のケンカ柔道といくか!」
「応っ!」
若い連中の言葉は、俺の心に火を着けてくれる。
そんな訳で、六人制試合。はみ出してきそうな戦気で全身を満たし、試合場に並ぶ。
「先生はどうします? 災害認定されてるから、控えてますか?」
「いや、一番強そうな奴を、一回だけ投げる」
それだけあれば、自分の調子は計ることができる。
さあ、試合開始だ、銅鑼が鳴る。先陣は若い連中が切って飛び出してゆく。
まるでよく訓練された猟犬のようだ。敵はいずれも得物を手にしていた。槍や薙刀の長得物が四、剣が二。
槍衾というにはいささか寂しいが、先手は向こうが取ってきた。それを若い連中はスルリとかわしてゆく。躱した場所に、薙刀がふってきた。
なるほど豪傑格、不正ツールを使用していないチームは連携ができていた。しかし若い連中とはいえ、鬼神館柔道の精鋭だ。それも難なく躱す。
そのときには、薙刀に襲われていない者がキレイに関節蹴りや当て身を入れていた。当て身と思えば、すでに掴んでいる。
掴んでいると思えば、すでに必殺の一本背負いで脳天真っ逆さま。と思ったら、足の裏で顔面を押し込んでいた。頸椎をヘシ折るための工夫だ。
もちろん王国の刃でも必殺の一撃である。まずは二人、息を継ぐ間もなくまた二人が撤退。
鬼神館柔道の技は、基本的に『壊し技』か『殺し技』だ。つまり、みな技が斬れている。迷いもためらいも無い。
「師匠、あいつなんてどうッスか!?」
ナンブ・リュウゾウが指さした相手。うむ、あれがこの試合の目玉だろう。……ズシャリ……紙一枚の隙間を空けた一歩。俺は決意の一歩をふみだした。