ナタ
今日もまた、パーフェクト勝利。まったく問題は無かった。みな連携を取り、防具を剥いではキルを取り、キルを取っては防具を剥いでの勝利であった。もちろんそのことに異論は無い。
しかしあまりにも苦労なく勝ちすぎている。そう考えるのは、あまりに欲張りすぎだろうか?
「あんたゲームに何を求めてんのさ?」
そういった声も聞こえてきそうだが、あまりにも安直な勝利というのは人を歪ませる。その安直な勝利を求めて、人は不正行為に走っている。そして不正に走っている者に限って、自分たちが勝てなかったら相手チームを不正者とののしるのである。
トヨム小隊の子供たちがそんな輩と一緒などとは言わないが、それでも困難がすくなすぎる。
どうにかライバルとでも言うべき相手がいないものか? 陸奥屋に出稽古には行っているが、彼らは子供たちにとって目標であってライバルではない。ともに競い合って、抜きつ抜かれつを演じられるような、そんなライバルが欲しい。
そんな折、トヨムがおかしな物を見つけてきた。
「旦那、運営が新しい武器を実装したよ!」
トヨムが持っているのは、ナタである。そう、あの薪割りをしたり枝払いするような、あのナタである。
「どれ? 貸してくれ」
手に取ってみる。手に馴染む柄であった。そして実際に振ってみた。
「?」
「どしたの、旦那?」
「トヨム……これは……」
ナタ。ごく普通に手に入る道具。そして比較的手にしたことのある道具でもある。つまり、誰もが使うことのできる道具であった。そしてこの道具は、全力で振れば物打ちを飛ばすのと同じ振り方になる道具でもある。
「トヨム、うちでもコイツを採用しよう」
「へ? これ持って闘うのか?」
「いや、そうだなぁ、これを稽古に取り入れてみようと思うんだ」
「おう! 新しい稽古だな!?」
「拳で闘うトヨムには、すぐには役に立たない技術かもしれんが将来必ずモノになる技術だから、我慢してくれ」
「かまわないさ、アタイのわがままで素手でやらしてもらってんだ。我慢なんかじゃないよ」
ということで、白百合剣士団のお嬢さん方も交えて薪割りトレーニングの開始である。まずは丸台の上に薪を置いて、それを真っ向唐竹割りとばかり、正面から割るのである。本来ならば上手にいかないのが普通なのだが、ウチのメンバーは軽々と割ってしまう。だから私はもっと課題を厳しくしなければならない。
「可能な限り真ん中を狙って、等分に割るんだ。狙った場所を一発で、それが目標だ」
一番器用に割るのがトヨム。次にシャルローネさん、そしてカエデさん。ちなみにあふれる馬力を制御するのに苦労しているのがセキトリである。
「ほら、セキトリ。まずは脱力。それから事を始めるんだ」
「お、おう!」
「マミさんも、チーンで打つんだよ、チーンで」
得物が変わっただけで下手になる。これは手の内や正しい打ち、そういったものがしっかり身についていないせいだ。だからこそ、この薪割りトレーニングを行っている。いかなる得物を手にしようとも、理はひとつ。原理道理は同じなのだ。
「よし、こんどは左手で薪割りだ」
みんな同じように真ん中から薪割りできるようになると、今度は左手だ。左手の薪割りでは、まともに割れたのはトヨムひとり。他は的を外したり薪そのものに命中しなかったり。それでも脱力をうながして、まずは命中させることから。ひとつひとつ、物打ちから打つという稽古を、一からやり直し。
これは完成の域に達したものを一度解体して、今一度構築するという稽古過程だ。練り直しとか練り上げと言えば分かりやすいだろうか? こういった稽古に寄り道することで、より純度の高い打ち、斬りになるのだ。
そして。
「どうだいシャルローネさん、ナタの間合いが掴めてきたかい?」
「はぁ、結構近間ですよね……」
「そう、ナタの敵は近間だ。せいぜいがそのリーチにプラスアルファ程度。間合いさえ読み間違えなければ、君たちの勝ちだ! カッコ・トヨムは除外」
「え〜〜っ! アタイは除外かよ!」
「そうだな、トヨムは敵がナタを振り上げたら、真っ直ぐ飛び込んでワンツーだ。この稽古を終えたら、またパンチ力が上がってるぞ?」
「よし! アタイ頑張る!」
この道具が強力な打ちと同じと語ったが、このことに気づいている者が、王国の刃プレイヤーの中に何人いるだろうか? とりあえずシャルローネさんが左手割りになれて、カエデさんも上手く割れるようになった。シャルローネさんには長柄の斧を渡し、薪割りを続けるように言う。そしてカエデさんには手斧を渡す。
「今度の得物の方が少し難易度が高い。でもいままでの要領で頑張って」
長柄の斧、そして手斧で真っ二つに薪を割る。どちらでも、そしていかなる得物でも薪は割れると証明しておいた。
「なあ旦那、アタイはどうする?」
なにごとでもあっさりと取得してしまうトヨムは、同じ訓練には飽きてしまっている。ならば……。もう一丁長柄の斧を。
「これでな、左右の手を入れ替えながら薪を割るんだ。これは徴兵回避でタイトルを剥奪されたモハメド・アリが、若いチャンピオンジョージ・フォアマンに挑戦するときにやったトレーニングだ」
「お、由緒ある稽古だね!」
子供と同じ、ずっと続く稽古には飽きてしまう。しかしそれでいい。トヨムという人間は、人の何倍もの速度で要領を得てしまう。そんな能力があるのだから。
「みんな、トヨムより覚えが遅いからって腐るんじゃないぞ? あれはそういう生き物、ある意味人間じゃないんだ」
「アタイ動物扱い?」
「そうじゃない、天才って意味だ。お前の才能には舌を巻く。だが、私の領域に達するには、凡人と同じく訓練稽古を積まなければたどり着けない。もっともっと稽古しろ」
「アタイが……旦那の領域へ……?」
「信じられないか?」
「うん……そこまで行けるの? ……アタイ……」
「世界の頂点まで登れるかもしれん。生きることを諦めなければな」
天才を羨むなかれ。天才とは諸刃の剣なのだ。アレができるという人間は、コレができない。なんとも人間というものは不器用なもので、なにかひとつ秀でているという者は、他の部分……具体的にいうならば、人間としてダメダメなケースが多い。
だから天才などにはなるものではない。憧れるものでもない。君の目の前で華々しく活躍する者を見よ。華々しい活躍意外は、何もできはしないのだ。そして師の立場からすれば、天才を抱えることは不安でしかない。コレ以外は何もできないポンコツ人間なのだから。心配で心配で仕方ないのである。
人として生まれ人として死にたいのなら、君よ天才などになるなかれ。天才は人として死ぬことはできない。畳の上では死ねないものなのだ。
そして六人制の試合。
おかしな奴はいるものだ……。私は思った。得物としてナタを持つ者に出くわしたのだ。
セキトリやダイスケくんを超える巨体。それでいながら甲冑は身に着けず。暗い色の衣服のみ。ただ、アイスホッケーのマスクを着けて「コホー……コホー……」と呼吸音をもらしている。
「旦那、アタイあれ知ってるぞ……」
「言うなトヨム、著作権に引っかかる。いまならまだアイスホッケーのマスクを着けた大男で済む」
「じゃあリュウ先生、伊福部マーチを脳内再生することで、事態を回避してみませんか?」
「それはそれでまた問題がありそうだが……水爆大怪獣のテーマを脳内再生すると、必要以上にマッチするんだが……」
「そりゃそうですよ〜♪ だってあの方、謎の殺人鬼なんですから〜。無差別に人を殺めるなら、迷惑度数はゴ〇ラとどっこいですよ〜♪」
「あ、〇のなかにはリの字を入れておいてください!」
カエデさん、ナイスフォロー! とにかく様々な大人の事情をふくみながら、本日の一戦開幕である。
「ん、旦那の言うとおりだった」
「確かに、ナタというのは意外な武器じゃったのう」
「ですが〜……いかに殺人鬼でも、公式の試合に出て来てはいけませんね〜〜♪」
「案外簡単に沈んだよね」
その殺人鬼を沈めたのは、カエデさんである。というか、わざとクリティカルを入れない攻撃で、滅多打ちの最期であった。その不死身、天晴であったぞ。センスは悪いけどな。
「結局ナタって私たちの稽古道具にしかなってませんねぇ」
ナタの有効性に気づく者との出合いは、まだ先のようだ。