参謀たちの集い
茶房『葵』です。
カエデです。あ、どもども。
こんな場所で私がなにをしているかと言えば、なんとなく察しはつきますよね? はい、密談です。
様々なプレイヤーがこうした場所で情報交換をするものですが、私たち陸奥屋まほろば連合が情報交換する場合は、決まって奥の間。いわゆるVIPルームが用意されます。
本日のお相手は、近況を敏感に察知したチーム『迷走戦隊マヨウンジャー』の知恵袋、ホロホロさんです。
ホロホロさん、できるだけ穏便な姿勢を崩さないようにしていますが、それでも最近の動向はかなり気になっている様子。そう、私たちの首を狙う白樺女子高校生徒会と、その一派。総裁である鬼将軍が、災害先生たちに命じて鍛えに鍛え抜いているあの集団のことでした。
「気持ちはわかるんだけど、今から新規加入して夏至までにどれだけ強くなれるものか……」
ホロホロさん、遠回しに生徒会ズが私たちの脅威足り得るかどうかを探ってくる。
「あちらが半年稽古を積めば、こちらも半年稽古を積むことになりますから、正直言うと力量の差は埋まりません」
「な〜んて、油断するようなカエデさんじゃないですよね?」
見た目は小学生なのに、見るところは見ているのよねホロホロさん。
「もちろん油断なんかするつもりはありませんけど、六人から始まって今は……えっと、マン研と吹奏楽部が加盟して、五〇人になったか。それでもウチの三分の一、これから人数が増えたとしても、遅参のメンバーはそれだけ練度が低いということになります」
「そういった遅参新参でも、たったひとりのカリスマが猛将に引き上げることもありますよね?」
う、実は私もその辺りが気がかり。なにしろ陸奥屋まほろば連合が公式イベントで一応無敗の冠を授かっているのは、何も先生方のおかげ、ばかりではない。
なんだかんだ言って鬼将軍が兵ひとりひとりの士気を高めているところが大きい。リュウ先生は私たちを守ってくれる。私たちは一兵卒の楯となれる。だけど一兵卒たちは私たちの壁となってくれて、私たちはリュウ先生の親衛隊であることも事実。
そして兵ひとりひとりを屈強の猛者たらしめているのが、玉虫色に光り輝く鬼将軍のおかしなカリスマなのだ。そのことを証明したのが、先の年末イベント。万里軍との一戦だろう。
実に三倍もの兵力差がありながら軍としてまとまりが無く、士気旺盛な我が軍が蹂躙したというあの惨事だ。
「ズバリお聞きします、カエデさん。あの生徒会長さんにそれだけのカリスマはあるでしょうか?」
「それを将器の無い私に訊きますか、ホロホロさん?」
「私にも無いから訊いているんです」
カエデちゃん、長考……ポクポクポクポクポク……チーン!
「そもさん!」
「せ、切羽!」
「私たち参謀とかけて、人気者とときます!」
「そのココロは?」
「ファン(不安)がつきものでしょう。ホロホロさん、なまけ者な縁側の猫でも、猛虎に変じることがあります。凡才も窮地に立てば諸葛亮孔明に勝る知恵を働かせるもの。私たちはいつも憂いを帯びてそのときに備えるしかできません」
「ん〜〜そうとしか答えようがありませんよね〜〜」
「すみません、投げっぱなしな回答で」
「いえいえ、こちらこそおかしなことを訊いてすみませんでした」
頭さげさげ、私なんかに恐縮しつつ、ホロホロさんは帰って行きました。すると、奥座敷のその奥から私に声がかかります。
「やはり、気にかけている方は気にかけているものですわね」
襖が開き、参謀長の出雲鏡花さん。
「ホントのことを言えば、私も気がかりなんですよ参謀長」
私が訴えかけると、参謀長はコロコロと上品に笑い。
「わたくしどもには不安がつきものですわ♪」
もう、私の言った言葉で上げ足をとるんだから。
「実際のところ、あの会長さんにどれだけのカリスマがありますかしら?」
鏡花さんはそっと襖の陰に視線をやる。暗い場所に、輝く目がふたつ。
「計れんな、それが若さとか可能性という奴さ」
忍者の声だ。
「ずいぶんと買ってらっしゃいますのね、忍者さんは」
「先の稽古で若い三先生方はな、女の子さんズに梶〇一〇を仕込んでやがった」
「〇原〇騎? ……存じ上げませんわね」
「裏なりの青瓢箪には縁の無い世界さ。だがな、その作家はかつて日本中の少年を『その気』にさせちまった実績がある」
「つまり、猫を猛虎にしてしまったと?」
「猛虎どころか白虎にも麒麟にもなったよ。人の心に火を着けたのさ」
ここで参謀長はため息。
「先生方も罪作りですわね……」
「仕方ないさ、あのくらいになると自由すぎる生き方をするもんだ」
「もう少し参謀職の苦労を理解していただきたいものですわ」
同感です。
「ちなみにな」
忍者は不穏なことを口にする。
「その作家先生の代表作に『あしたのジョー』ってのがあるんだが、『よど号ハイジャック事件』の犯行声明文の中に『我々はあしたのジョーである』と締められていたのは有名な話だ」
忍者のいらない一言で、参謀長の顔から血の気が引いてしまった。
「高級参謀?」
あ、私のことか。
「なんでしょう?」
「実際のところいかがかしら? 女子校生たちはわたくしどもの脅威足り得るでしょうか?」
あぁ、その辺りを気にしてるんですね?
「ズバリ申し上げます。私たちの脅威となるには、期間の制限と人数があまりにキビシイです。算数のたし算引き算で言うなら、天地がひっくり返らない限り脅威はあり得ません」
鏡花さん、少しだけ安堵の気配。
「それを聞いて安心しましたわ、まああちらが稽古するならば、わたくしどもも同等あるいはそれ以上に稽古をしていますから、追いつき追い越すことはありませんわね。簡単なたし算引き算ですわ」
「ただ、世の中にはどのようなイレギュラーが存在するかわかりません」
「そのイレギュラーを見越して計画するのが、わたくしども参謀の務めですわ」
まあ、参謀でも予測が立てられないからイレギュラーって言うんですけど。
「ところでカエデ。お前はイレギュラーに対してどう対処するんだ?」
忍者が訊いてきた。
「まずは最新の情報から、発生し得るイレギュラーを予測するかな? その上で準備を整えるわね」
「予測不可能なイレギュラーが発生したら?」
「ウチには鬼将軍がいるわ。頼りになるリーダーに丸投げしちゃうかな?」
「お鏡、ウチには有能な参謀がいるな」
どういう意味合いかは分からないけど、忍者はお腹を抱えて笑いだした。
その場はそれでお開き、とりあえず各隊の参謀たちが『敵を育成している』という今回の異常なシチュエーションに動揺しているようだ、という現状に参謀長自らが「だってトップが鬼将軍ですから」という一文を送りつけることで決着。
それでも気になるというのであれば、白樺女子高校軍団の練度に注意すべしと締めた。
そして私、カエデは『それでも気になる』側の人間だ。白樺女子高チームがまとめて独自稽古をしている、彼女らの拠点を覗いてゆくことにする。
大型の稽古場に入り乱れる、女の子の群れ。木刀を手にしているのは剣道部員だろうか。薙刀を振るっているのは薙刀部だろう。それ以外は……みんな木槍を手にしていた。
第一項目、自分の得手とする得物を選んでいる。評価は〇。素人がかっこいいからと言って、木刀や薙刀を持っても戦力になるには時間がかかる。この辺りは達人先生方の教えの賜物だろう。
そしてみんな、一心不乱にカカシへの打ち込み突き込みを繰り返している。これも評価は〇。基本重視、基礎の徹底。なにしろ一日ニ時間、三日間で六時間の長丁場を闘い抜くのだ。精神的にも肉体的にもものすごい負担になる。
その長丁場を闘い抜くには、基本基礎で練り上げた地力がモノを言う。
ここまでは高評価、では減点要素は?
二対一などの戦術が不徹底。もっとも、これは本戦まで残り一ヶ月という段階で追い込めば良い話。
第二に、個々の戦闘手段が単調。
簡単に言ってしまえば、今の段階では誰も彼も『勢いにまかせて突っ込んでいるだけ』でしかない。個人の技量が低すぎるという評価でしかない。ただし、イベントは集団戦。一が十になり十が百になってファランクス陣などを取れば、一定の戦力にはなる。
ただし、ファランクス陣が崩されたときに備えて、どれだけの準備ができるかとなれば絶望的としか言えないだろう。
……う〜〜ん、なにか気に入らないなぁ。私は何を見落としているんだろう?
現時点では陸奥屋まほろば連合に死角は無い。圧勝が約束されている、これは絶対。
だからこそ困るんだ。そう、なにをしても勝てるという状況だと、軍師はかえって策の立て方に困ってしまう。
あちらが望んでいるんだ、四先生を前面に押し立てて蹂躙してやれば良い。うん、まったくその通り。正直に言うならば、白樺女子高軍の遥かに及ばぬ人数と練度を誇る我が軍。
それが四先生に立ち向かっても、勝利は難しいと思う。だから彼女たちには申し訳ないけど、白樺女子高軍の勝利は無い。だけど何かが引っかかってしまうのよねぇ……。