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サルブタカッパはさすがプロ

シャルローネさんは左へ左へ、つまりカエデさんの背後へ背後へと回り込む。


つまりカエデさんの槍先から離れるように離れるように。カエデさんはそれを追いかけるような序盤の展開。これは敵とのお見合いの時間を短縮したいという、トヨムの悩みを何ひとつ解決していないということになる。


しかしシャルローネさんの解を私は見てみたい。



「ん〜〜、コリゃ難しいですねぇ。リュウ先生……」



早くもギブアップ寸前だ。



「でもでも小隊長は、この無駄な時間をなんとかしたいんですよね? そんじゃま!」



ギュンッ!いきなりシャルローネさんが踏み込んだ。まるでF−1の加速である。それも頭を振りながらだ。ギュンギュンと一歩二歩と間を詰めて行き、あと一歩でボックスをカエデさんにはめ込めるというとき……。


ヒョイ、カエデさんは一歩後退。あと一歩の間合いを二歩にしてしまった。シャルローネさんはやり直し。また頭を振ってダッシュを……というところで、顔面にズブリと槍を突き込まれてしまった。


シャルローネさん、撤退。そして復活。



「えっと、緑柳師範の言葉をヒントにせよ。でしたよね? そうなると得物を弾かず巻け、だったから……こっかな?」



違う、そうじゃない。シャルローネさんはまたもや頭を振り始める。もちろんそれはそれで構わない。

だが、私としてはそうではないと言わざるを得ない。カエデさんに狙いをつけさせないという意味では正解だ。


しかし頭を振りながらどのように巻いてゆくのか ?敵の攻撃を無効にするというのか? シャルローネさんもトヨムも、ボクシングにこだわりすぎている。自分がボクサーでもないのに。


私が教えているのはボクシングではなく、古流だということも頭に無いのだろう。だから左手で槍を掴もうとし、小手を斬られ小手を打たれ。



「みなさん何を練習してるんですか? 槍の餌食になる練習のようにしか見えませんが……」



2MB所属プロ選手、さくらさんだ。ヒカルさんとヨーコさんも一緒だ。



「長得物相手に、無傷で間を詰める練習さ。それもタイムロス無しにね」

「それは困っちゃうかなぁ〜〜♪

そんな技を覚えられたら薙刀も槍も役に立たなくなっちゃうよー?」



ヨーコさんが唇を尖らせる。



「いや、姉さん方。私にとってはすごく参考になりますから、是非!」



年末リーグ戦でヨーコさんは下したが、さくらさんには苦杯をなめさせられたヒカルさんは見学の位置を決め込んでいる。今年の年末にはリベンジを誓っている、という顔だ。



「だけどリュウ先生、お世辞にも上手く行っているという感じはしないんですけど……」

「ヒカルさんと違って、トヨムもシャルローネさんも無手だからね。その上私が『ヒットマンスタイルが有効だよ』なんておかしなアドバイスをしたものだから、迷宮に入り込んでいるのさ」



そう返してはおいたのだけれど、ヒカルさんのお尻にシッポが生えていた。

ネコ耳も生えている。

そして猫じゃらしの揺らめきに心奪われたネコのように、今にも参加しそうな態勢にはいっていた。



「やってみるかい、ヒカルさん?」

「ハイ! 是非とも!」



即答だもんなぁ。よろしい、その要望リクエストに応えようじゃないか。



「マミさん、手槍を持って。ヒカルさんは剣を置いて、フィンガーグローブを嵌めて」



トンファーではなく、手槍を持ったマミさんに耳打ち。



「……右手右足を前に構えて。ヒカルさんが飛び込んできそうな気配をかんじたら、迷いなく突くんだ」



ちょうどシャルローネさんを苦労させているサウスポースタイル。それをマミさんにリクエストしたのだ。



「ほえ〜〜、カエデさんがシャルローネさんをイジメているように、マミさんもヒカルさんをいたぶるんですか〜〜?」

「そうでなければ成長が無い」



一方ヒカルさんは、みんなが稽古しているヒットマンスタイルに構えて拳を伸ばし、剣の無い間合いに戸惑っていた。



「うひ〜〜、さくらさんヨーコさん。得物持たないと間合いがすごく短いですよ?」

「その間合いをどう詰めるのか、期待してるよ♪」

「ヒカルちゃんの、ちょっといいトコ見てみたいっとコリャ♪」



カッパはヒカルさんのハードルを勝手に上げて、ブタの妖怪はまったくの他人事。ヒカルさんもチームメイトに恵まれたものだ。では、ヒカルさんとマミさんの立ち合い稽古……始めっ!

間を詰めてゆくのはヒカルさん。それを許すまいと、マミさんは牽制の突き。む? それをヒカルさん、左で弾いた。


新兵でキャリアも浅いが、やはりプロかと観察を続ける。トヨムもシャルローネさんも、槍のリーチばかり気にして頭を振ることに一生懸命だった。しかしヒカルさんは、後手を選んでいる。


マミさんに『突かせた』のだ。ボクシングにこだわっていないのが見て取れる。突いてきた槍を避ける、突いてきた槍を避ける。そしてジリジリと間を詰めていた。が、ここまで。マミさんの槍に晒していた脇腹を貫かれて、撤退。



「う〜〜ん、やっぱりあとひと足ふた足が足りないんだよな〜〜……」

「そう簡単に間合いの壁を突破されては困るからね♪」



槍の勝ちで、さくらさんも嬉しそう。



「だが、発想は悪くなかった。ヒカルさんにだけ模範技を見せてあげよう」



私はグローブを着けて、さくらさんに目配せ。さくらさんは少し緊張したように手槍(本身)を執る。私は左手足を前に、さくらさんは右手足を前に。


私の構えは、鼠径部(脚のつけ根)に手を添えるだけのもの、ガードも何もない。



「いいのかな、アレ?」



ヒカルさんの声。



「そうは思うけど、さくらちゃんが出られないから、魔法がかかってるんだろうねー?」



そう、古流の、というよりは勝負の機微という魔法をかけている。つまり私は、さくらさんの失中につけこむ考えだったのだ。それを察したさくらさんは、迂闊に前へは出られない、ということだ


。迂闊な一手を誘うように、ジリッと前へ出てみる。さくらさんはまばたきも忘れて、「その瞬間」を待っていた。ミリの単位を計るようにして、また出る。それでも来ない。槍の切っ先は、あと握り拳ひとつ分の間しか無い。


ではもうひと足、というところで、さくらさんが来た。


しかしその突きは、先刻より察しがついていた。私はさくらさんの槍を見ていたのではない。肩口、あるいは上半身に漂う気配。そうしたものを観察していたのだ。そしていかに彼女が月影のような突きを放とうとも、それはヒカルさんを仕留めるレベル。私には通じない。


私は槍そのものは相手にせず、まずは外側へ出た。衣服を刃がかすめるような、ギリギリの見切りでだ。刃は私をかすめるのみで、すでに後方。私のそばには、長い柄しかない。それを胸で押すようにして、正中線を制覇する立ち位置を占めた。鼠径部に添えた手から、私は左の裏拳をポンと出した。



「アダッ」



面白い声を出して、さくらさんはまばたき。眉間に拳を入れたのだ。


その隙は逃さない。右腕でさくらさんの右腕を巻き込みヒジ関節を極めてやる。



「どうする?」



訊くとさくらさんは「参りました」と答えた。



「まあ、腕でさくらさんの右腕を巻き込んでいるので勘違いしそうだが、これが敵の得物を巻き込むという技法さ」



そう、手槍の柄を押し退けるのが、巻き込みの目的である。単純に槍を体で押し退けただけだが、結果や効果は同じである。


ついでに言うならば、私はさくらさんの槍をコントロールすることができる状態にあった。私が身体で槍を押し退けた時点で、さくらさんは槍のコントロールを失っていたのだ。


あの体勢ならば、私は槍を奪うこともできたのだから。しかしそれをするとヒカルさんたちは『槍を取ることがコントロールすること』と勘違いしてしまう。だから槍を奪うことなく制覇したのだ。



たい……」



ヒカルさんはそう呟いて、思考の海へと深く潜り込んでいった。おそらく士郎さんから、その類いの手を授けられていたのかもしれない。ここはひとりにしてあげよう。だが、猪八戒はうるさい。



「ハイハーーイ、リュウ先生! 薙刀を持っても槍を制することができますかーー!!??」



無手でできることを、得物持ちでできない訳が無い。



「では私の動きを参考に、ヨーコさんの思うように動いてごらん」



生徒の発想するところに任せる。これは私がトヨム小隊で学んだ方針だ。さくらさんをさがらせて、私が槍を持つ。ヨーコさんはもちろん本身の薙刀。


そして右上に得物を構えていた。左前の構えである。私は心臓を狙って槍を繰り出す。ヨーコさんは構えそのまま、ただ左右を入れ替えながら前に出てきて、薙刀の長柄で槍を押し退ける。


そこから手の内を効かせて、刃を私の肩口へ。……上々の出来であった


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