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士魂一途

鯉口は刀の鍔を左手の親指で押し出し、右手は拝み手。下から差し込むようにして柄を取る。


主将さんは私が教えた通りに剣を抜く。ゆっくりと、覚悟を決めて。



「まずは中段に構えて」

「は、ハイ!」



どうかな、真剣は重たいだろう?



「はい、すごく重たいです」

「それが人の命の重さだ」



ゾクリ……という音が聞こえてきそうだった。それくらい主将さんは緊張感に包まれている。



「切っ先で敵を捕らえたまま振りかぶり……決して逃がすな……振りかぶったなら、間髪入れず斬る!」

「エイッ!」



パンッと短い音を立てて、フルプレートアーマーの兜が消滅した。いや、刀の重さに負けたのだろう。胸の辺りまで切っ先は下がり、左手は死んだ握りになっていた。


その左手をポンと叩いて「手が死んでいる」と教えてやる。手の内を覚えればこのようなことは無くなり、すみやかに二の太刀へと繋げるのだが、しばらくは放っておこう。それよりも今は……。



「どうだね、真剣で斬った感想は?」

「すごく、重たかったです」



それも手の内で解決できる問題だ。そしてこの辺りのことは以前にも宣言しているが、詳らかにはしないことにさせていただく。



「そもそもが君、なぜこんな世界に来たのかね?」



改めて、主将さんに訊いてみる。



「はい、大人の一方的な都合で学園が閉鎖されるとか、そのようなことには簡単には従えないともうしますか……」

「違うだろ? 本当の理由を言ってみなさい」



私は目を細めて凄味を効かせた。グッと詰まるようにして、それから主将さんは告白する。



「みっちゃんは、小学校からのお友達で……いつもみんなの中心にいて、私などにも気さくに声をかけてくれたりして……」



思い詰めるような表情だ。みっちゃんというのは会長さんのことだろう。



「生徒会に入ってからは全然一緒にいられないし、私も剣道部の主将になったりで、でもそんなみっちゃんがみんなのためにって、じゃあ、私にも何かできないかって……」



もう、日本語になっていない。しかし、その思いは伝わる。そう、こんなときこそ会長さんが彼女の肩に手をかけるのだ。



「頼りにしてるわよ、剣士さま♪」



これで悪ガキのようにニカッと笑って親指を立てるのだから、大した人たらしである。そしてこうしたはなしに涙腺お緩める者がいた。



「その意気やヨシ! 大変に天晴である! この白銀輝夜、稽古の一助を務めさせていただくぞ!」



まほろばの女子剣士、白銀輝夜が滝のような感涙をあふれさせながら立ち上がった。


では早速と、白銀輝夜は剣のこととなれば速い。



「得物は竹刀よりも木刀がよろしい。面小手の防具も無しで立ち合おうか、どうせ怪我もせぬし死にもせぬ」



さっさと開始線に立ち、白樫の木刀を構えてしまった。



「おねがいします!」



と主将さん。こちらは赤樫の木刀で切っ先を交える。



「先にも申した通り、ゲーム世界では死にもせねば怪我もせぬ。存分に打ち込んで参られよ」

「では、御免っ!」



主将さん、先制の小手打ち。白銀輝夜、これを微動だにせずもらう。

その結果、左手欠損の負傷。回復ポーションで小手を再生する。二本目、今度は胴打ちを許す。


防具を身につけていなかったが、かろうじて撤退を免れる。大ダメージをまたもや回復させて、三本目。主将は面を狙っている。それがはっきりと感じ取れた。ヤッと鋭く飛び出したが、すでに小手を奪われている。



「小手を回復させて、もう一本参りましょう」



そう言った白銀輝夜に、「ダメダメ、独り占めはダメですよ?」とユキさんが声をかける。その腰には、すでに木刀が差されていた。



「主将さん、次は私がお相手します。輝夜さんは次の方と太刀を交えてください」



白銀輝夜が小手と胴を許したのは、主将さんの実力を計るためであった。そしてユキさんはその力量を、傍らからじっくりと拝見していた。よって……。


一本目、初太刀で主将さん撤退。二本目、ユキさんは下段。主将さんの攻撃を見切って見切って、欠損を狙わぬポン打ちを小手に。



「まだまだ二本目は継続中ですよ、元気出していきましょう!」



今度は主将さんが深々と面打ちに来たところを、カウンターで袈裟ねらい。これも寸止めでダメージは入れない。が、主将さんには先に入れられたことが分かっている。



「こらこらユキっぺ、新兵さんをいたぶるな」



次の相手として、忍者が隣にならんでいた。主将さんも気づいているかもしれない。この稽古は次々と新手の現れる無限ループなのではと。もちろんこうした稽古方法は剣道にも普通に存在する。今さら驚くようなことではない。


しかし柄が丸い竹刀と、刀状の木刀。勝手の違いに戸惑いはあるようだ。そしてヒカルさんさくらさんヨーコさんといった、プロ選手たちも稽古の列に混ざり込んでいた。


得物が槍に薙刀、西洋剣だというのにだ。いや、それで良い。主将さんたちはこれから様々な得物と闘わなければならないのだから。



「そら、見ていないでみんなも並ぼうじゃないか」



小隊メンバーに声をかける。



「いいのかい、アタイなんかも」



ふたつの拳を武器としているトヨムが言う。



「構わないさ、主将さんたちも経験が必要だ」



事実、鬼神館柔道の面々なども大喜びで剣道部と生徒会ズの後ろに並び始めた。こちらは挑戦者サイドだ。挑む者たちは増殖する。ならば……。


士郎さん、フジオカ先生たちと目配せ。胸を貸す側に並んだ。すでに鬼組からキョウちゃん、フィー先生。まほろばから比良坂瑠璃、御門芙蓉が並んでいる。いわゆるネームドプレイヤーの群れだ。


当然のように剣道部メンバー、そして戦闘レベルの低い者たちは撤退を繰り返して苦労しているようだ。特に長得物の薙刀や槍、メイスなどとの異種試合という状況で経験値の低さを露呈している。



「長得物は弾くな、巻け巻け! 巻いて避けるものぞ!」



緑柳師範の檄が飛ぶ。そうだ、相手の得物を巻いてコントロールしてしまえば、長短などは関係なくなる。少なくとも剣道部メンバーは立ち合いの経験値が高い。


やろうと思えばそれができるはずだ。積極的に自分から前に出て、能動的に自分から仕掛けてゆく。まずこの娘たちが身につけるべきことは、それでしかない。


さあ、無駄な思考はここまでだ。一人分ずれて、いよいよ私の前に主将さんが現れた。先にフジオカ先生と立ち合い、肩で息をしている。


これまで連戦しているのだ、ボロボロなのも無理はない。しかし眼差しにはまだまだ力があふれていた。蹲踞、得物の切っ先を交えて……。



「始めっ!」


師範の号令で厳しく立つ。いきなり飛び込んできた。面打ち狙いである。しかしそれより速く、私の木刀が脳天を打ち据える。主将さん、復活。


立ち合ったまま、切っ先を合わせた。闘志はいささかも衰えていないようだ。



「さあ、どんどん打ち込んで来いっ!」



手数を出して来る主将さん。若いということは良い、挫けること、恐れることを知らない。その手の出どころを読みながら、私はすべてを受け切る。


ここでひと呼吸。そうはさせないぞ。



「休んでいては強くなれんぞ! 手を止めずどんどん打ち込め!」



より効果的に、より要領良く。そのような指導方針の方が成長は早いのではないか? もちろんその通りだろう。だから私は休ませない。


一に地力の養成だ。気力体力集中力、これらを養うにはまず自分をいじめ抜くこと。いわゆる『追い込み』というところか?これを通ると通らないとで、力量には雲泥の差がつく。


いやいやリュウ先生、そうじゃなくって。素早く木刀を振るコツとか、突破されない防御術とか。必ず当たるコンビネーションとか、必殺技とかですよ?


……ある。そうしたものもある。


しかしそれを当てるには、相手を弱らせておいた方が確実ではないかな? 酷い話をすれば、敵を背後から斬れば棒っ切れかなにかのように簡単に斬れるだろう。


だがその為には相手の背後に回らなければならない。敵を弱らせておけば、背後にも回りやすい。背後に回る秘術くらいあるんじゃないの?


それもまた、ある。


あるがそれを身につけるにはヘトヘトになるまで稽古を積み重ねなければならない。回数をこなさなくても決まるのが秘術じゃないの? その通り。だが二〜三回やっただけの技と、千回万回こなした技とでは結果がまったく違ってくる。


そして教えられただけの技と、経験を積み重ねて得た技ではなにもかもが違ってくる。私が打ち込むと、主将さんはカンカンと音を立てて受ける。しかし彼女の攻撃を受ける私の木刀は、シュッシュッと木刀同士がこすれる音しかしない。


そして肩口におひとつ進呈。主将さんはまたもや撤退してゆく。また攻めて来なさい。士魂というものは一途にならねば掴めぬものなのだ。


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