真剣に真剣
必死必殺、その心こそが大切なのだ。
よく言われることだが、人間というものはその気にさえなれば、大抵のことができるのだ。そしてひとつ弾みがついてしまえば、見る見る変身してゆく。
「突きに勢いと伸びが出てきたな」
そのような評価ができる頃だった。七人の娘さん方が現れたのは。例によって例のごとく、講習会の場にてのこと。
「頼もーーっ!!」
何やら時代錯誤な挨拶であった。まるで道場破りか一手御指南の所望か、というところだ。
「ホイ、何事ですろう?」
ちょっと龍馬さんの見栄えを気にして、下手な土佐言葉で応対する。そのときは私が、四先生の中で一番出入り口に近かったのだ。
白い稽古着に稽古袴のお嬢さんズ。剣道の防具をつけて面小手を小脇に抱え、竹刀を提げている。ネームを確認すると、白樺女子高校剣道部とチーム名が記されていた。
彼女たちは和服に仙台平の袴姿な私に、少なからず動揺していた。
「なんぞ御用ですかな、お嬢さん方?」
「は、はいっ!! こちらで白樺女子高校生徒会のみなさんが御指導うけているとうかがって、参上しました!」
ショートカットでハキハキとした娘が言う。
「おう、それならホレ、あちらの奥で稽古しとるよ」
指をさすと彼女らは、「会長っ!」とひと声。
会長さんも、「あら、剣道部のみんな」と気軽に答える。
「どうしたの? こんなところに」
「会長が無茶なマネするから、私たちは助太刀に来たんです!」
よく会長の野望を嗅ぎつけたものだ。もしかすると、現実世界でも話題になっているのかもしれない、生徒会ズの無謀は。
「ハハ……これくらいの無茶をやらなきゃ、学園が存続できないでしょ?」
「だからといって、素人の生徒会さんたちだけで強豪を討ち果たすだなんて、無茶が過ぎます!」
まあ、普通に考えたらその通りだ。
「で!? その討ち果たすべき猛者って、どんな奴なんですか!? まずは下調べが必要です!」
「キャプテン? ……貴女たちを案内してくれたおサムライさん。あの先生がそうよ?」
「へ?」
ショートカットの主将さんは、目を白黒させた。
「えっと、倒すべき猛者が同じ道場にいて、みるからに会長はその指導を受けていて……」
「そ、お願いしたのよ! 先生方を倒したいから、武術を教えてって♪」
主将さんは一言。
「……ほわっつはっぷん?」
……どうにかこうにか、このおかしな関係を理解してくれたようだ、剣道部主将さんも。まあ、このおかしな関係の主催者が会長さんならば、面白がって片棒を担いでいるのが、我らが自慢の変質者『鬼将軍』なのだ。常人が混乱をきたすのも仕方がない。
「ですが会長、あのおサムライさん。本当にそんな猛者なんですか?」
ボソボソと小さな声で話しているが、私には丸聴こえである。
「本音を言うなら、素人の私たちには目利きはできないわ。だけどWeb上では達人で達人でどうしようもないって評判なのよ」
「柳心無双流……草薙神党流……床山八伝流……鬼神館柔道……聞いたことが無いですねぇ……」
その通り、名を売るべき幕末の動乱期。私たちの流派は著名な剣士を輩出していない。故に無名なのだ。しかし年若いお嬢さん方に、そんな道理が理解できるはずも無し。
まして鬼神館柔道など、畑違いも良いところだ。
「実際のところ、どれほどの腕前なんでしょうか?」
私や士郎さんを疑っているのではない、それは分かる。しかしなまじ剣士であるが故に、確認だけは取っておきたいのだろう。
「その気持ちはよくわかる。ということで竹刀を貸してはもらえんかな?」
主将から得物を借り受けた。まずは竹刀を目よりも掲げ、一礼。それから右手で片手取り。その頃になると、あちこちで響いていた稽古の気合いは静まり返って、私に注目が集まっていた。私は西洋甲冑を着込んだカカシの前に立つ。
無造作に竹刀を横一閃。カカシは一撃で消滅した。
次のカカシ、これも片手で袈裟がけに一撃。もちろんワンショットワンキルだ。
今度は片手突きを胴へ。当たり前のように、三連続のワンショットワンキル。それもフルプレートアーマーのカカシに対して、片手振りでだ。
「お見事っ!」
道場からは拍手が湧いた。しかし剣道部のお嬢さん方には、これがどれだけ凄いことなのか理解ができていないようだった。
「ありがとうございました」
竹刀に一礼、主将に返す。そして訊いてみる。
「挑戦してみますかな?」
「はい、ぜひ!」
若いというのは羨ましい。失敗を怖れず挑戦する意欲がある。ということで、主将さんのチャレンジ。
「……エイッ!」
打ちが軽い。というか、剣道の良さを活かせていない。なんとか物打は走っているのだが、それだけだ。この結果に納得いかないのか、もう一度。
「エイッ!」
力み過ぎ、手の内が的確でないから命中した竹刀がバウンドして跳ね返される。そもそもが彼女の打ちは『打ち』で留まってしまっている。『打ち込み』になっていないのだ。
「もっと物打を飛ばして、もう一丁!」
励ましてやる。
「エイッ!」
今までで一番良い打ちだ。しかし悲しいかな得物が竹刀。それでは十分なダメージを鉄兜には入れられない。
「こちらの木刀を使ってみなさい。両手を使って、一番得意な打ち込みをするんだ」
腰から抜いて、主将さんに与える。主将さんは素直に中段を取り、踏み込んで面の一撃。
「エイッ!」
鉄兜にダメージ、しかし破壊には至らない。やはり『打ち』に留まっているせいだ。『斬る』には至っていないのである。
そう、主将さんの打ちは鉄兜を叩いているだけ。そこからヘソまで斬り下げるという意識に乏しいのだ。
この辺りは小隊メンバーたちも経験済みである。インパクトだけで終わらずフォロースルー。これが武具防具に対する『破壊力』につながる。だが、なかなか結果につながらず、主将さんも焦れてきたようだ。
ズイ……袋に包まれた真剣実刀を差し出す。御存知胴田貫である。先だっての表記では同田貫とあったかもしれないが、私の中では胴田貫だ。
「使ってみるかい? 物打を飛ばして、カカシのヘソまで斬り降ろすんだ」
真剣。
経験の無い方は知らないかもしれないが、その切っ先、その刃を向けられただけで、身をよじって逃げたくなる迫力が刀にはある。たとえそのきらめきが死角にあっても、身体はその殺気を感じて逃れようとする。
何が言いたいかというと、袋に包まれ鞘の内にあり、バーチャル空間の刀であっても、少女は緊張感にゴクリと喉を鳴らした。
「お借りします!」
私が竹刀にしたように、主将さんは刀を捧げ持った。そして慣れていない一礼。そこからまごついた。
「角帯の二枚目と三枚目の間に、鞘を差し込むんだよ」
「角帯?」
を? 私たち古流の人間からすれば、袴の下、稽古着の上に締める角帯は武装のひとつとしているのだが、彼女にはそうした意識が無いらしい。
いや、それはそれで構わない。剣道連盟は『人斬り』を量産したい訳では無いのだから。しかし剣道と真剣の扱いが離反しているのがよくわかる事案だ。
いや、だからこそ剣道連盟の中に居合道が生まれたのだが。そして年若いお嬢さんに、そこまで剣を突き詰めよとは私にも言えない。
「角帯の話はまた今度。袴の下に差し込みなさい」
「はい」
それらしく雰囲気満点に真剣を腰に落としたが、またもや事案発生。私も腰に木刀を差しているが、この木刀が床とほぼ水平。しかし主将さんの胴田貫は、柄頭が天井を向いていて大変に格好悪い。角帯で固定できていない、というのもあるが『居合腰』ができていない、というのも理由のひとつ。
居合腰に関しては連載初期の頃に宣言した通り。明言は避けさせていただく。
その定義が流派や団体によって、著しく違うことがあるからだ。
「失礼」
そう断って、腰の差料『胴田貫』を無理矢理水平に直す。
「剣を腰に帯びるのは、始めてだね?」
「は、はい……」
申し訳なさそうに、主将さんは面を伏せた。
「それは当然のことさ、令和日本でこんな物騒なものを帯びる人間など、どうかしている」
世の居合愛好家のみなさん、ここはこう言わせていただきたい。なにしろ私の技量を疑っていた少女は、もうここには無く、ただただ謙虚に教えを請う若い剣士がいるばかりなのだから。
「左手で鞘を掴むと同時、右手は拝み手で下から差し込むように柄を取る」
取ったら間髪入れず、抜きの動作に移る。右手は鞘から刀を抜き、左手は刀から鞘を抜く。
「そうやって剣を抜くんだ。覚悟を決めてね」
「……覚悟?」
「そう、剣は斬るもの。斬れば斬られた者のすべてを奪う。そうすれば遺族から罵りの言葉を浴びせられるかもしれない、生きている間ずっと。時代が時代なら敵討ちの追手がかかるかもしれない。おちおち眠ることもできず、怯えながら余生を過ごすことになるかもしれない。そうした覚悟を決めて、刀を抜くんだ」