強敵誕生……か?
唐突に通信が入ってきた。拠点にいるプロ選手三人娘である。
「ヒカルでーす!」
「ヨーコさんでーす♪」
「三波春夫でございます」
ボケ役はさくらさんか。
「フジオカ先生たちのミニイベントチャレンジ、私たちも参考にさせてもらいまーす♪」
プロ選手からも注目される、災害認定フジオカ先生。そして鬼神館柔道の面々である。
「あーーっ!? リュウ先生っ!! 若い女の子いつも以上にはべらせてるーーっ!!」
いつも以上というのは、小隊メンバーに加えて生徒会ズが現場観戦しているからだ。ヨーコさんが「ハーレムじゃーーっ!! ハーレムじゃーーっ!!」とはしゃいでいる。
そこで私はダンディな横顔で答えてやった。
「それがだね、ヨーコさん。ただのお嬢さん方じゃないんだぜ。次の夏イベントでは緑柳師範に士郎さん、私もフジオカ先生も総ナメにしようって言う戦乙女たちなんだ」
「あ、士郎先生から聞いてます」
ヒカルさんの声は、なぜか冷たく苦い。
「最近のリュウ先生は自分たちの首を狙う女の子たちを、欲望のおもむくまま飼いならして躾して、ウヒョウヒョと喜んでいるドMだって。さくらさん、ドMってなんですか?」
おう士郎、お前あとで体育館裏な。純真無垢、お父さんの借金を返済するためにプロ選手になった、汚れなき良い娘にナニ吹き込んどんじゃい、ワレ。
だが、私の怒りもよそに不逞の輩どもは、フジオカ先生になだれ込むような勢いで襲いかかった。
斬!
古伝フジオカ流、まずはひと太刀で賊を斬って捨てた。
「手向かい致すは斬って捨てると申したぞ!」
鬼のフジオカが睨みを効かせる。それだけで賊は十五倍の数でありながら気圧された。そこへナンブ・リュウゾウ、無言の突き技を三つ。バタバタと不逞の群れは崩れ落ちる。
「やいやい! 強ぇえのは師匠だけじゃねぇぞ! 手槍を持てば、このナンブ・リュウゾウ! タダじゃねぇぜ!」
だから黙って突いておけよ、お前ぇーあーよー。
「ふむふむ、合戦の名乗りは大切なんですね?」
そんなことは無いからね、副会長2さん。あれは勢いだけで生きているナンブ・リュウゾウの悪いクセだ。マネすれば君もレベル猿に陥る。
「よーし! 人生はいきおいだーーっ! やっちゃえおサルさーーんっ!!」
ヨーコさん、煽らないの。
「やっぱり戦いには勢いは大事なんですね、メモメモ……」
書記さんたち! 間違ってないけど間違ってる!
あぁクソッ、もうツッコミが追いつかない!そう思っていたら、窓をドガシャーンとぶち破って、センパイたちが飛び込んできた。
「おぉっ! まさに怒涛の展開っ! やっぱ勝負事ってのは派手じゃないとねぇ♪」
おい会長っ、お前そっち側か!? そっち側の人間なのかっ!?
鬼神館柔道センパイ集団逃走経路であるはずの窓際を、いきなりデスゾーンに変えてしまった。賊の集団は避難経路が死亡地帯に変わったことで、混乱しているようだ。
その機に乗じるフジオカ先生、斬った。また斬った、さらに斬る。敵はまるで藁のカカシだ。
私の頭の中ではTVドラマ水戸黄門の大立ち回りのBGMが再生される。
「ん〜〜ここで流れるBGMは、ドリフの『盆回り』かな〜?」
ヒカルさん、アンタ年はいくつさ!?
「そういえば昔、公開された途端に打ち切りになった、『チャンバラグラフィティー 斬る』という映画がありまして……」
さくらさん、どんな映画だよそれ!?
「公開即打ち切りなら、『ザ・力道山』というのもなかなか味わいが……」
ヨーコさん! アンタ黙って!!
「レトロブームで成功したのはゴジラだけ……だけどブルース・リーのリターン・オブ・ザ・ドラゴンは失敗ではない、と……」
書記! そこの書記! ネットが知識の宝庫だからって、やり過ぎだろ!
あれよあれよと言う間に賊は数を減らした。まるで抵抗ができないのだ。逆に言えば、鬼神館柔道の槍さばきとフジオカ先生の太刀が抜群と評価できる。
「そーれやっちゃえやっちゃえ!」
会長、私はお楽しみのために君たちを連れてきた訳じゃないぞ?
ちゃんと勉強して帰りなさい。
「戦さは勢いだっ! まだまだとっちめてやれーーっ!!」
だから! 間違いではないが偏ってるから!
「ですがリュウ先生、観ていて痛快。面白い戦いだということは変わりません。プロとしては前に出る、打ち合うという姿勢は見習いたいです」
「それはそうなんだけどさくらさん、この生徒会ズは私や士郎さんを倒さないといけないんだ。こんなイノシシ武者など、私たちからすれば美味しい御馳走でしかないんだ」
「リュウ先生はなんにも分かってませんね〜〜♪ 彼女たちは普通のオンナノコなんですよ? 戦いなんかよりおしゃれやスイーツが日常なんです」
「どういうことだい、ヨーコさん?」
「まずは勢い、ヒカルちゃんがこれだけ成功してるじゃないですか♪」
なんだい? まるで私が女心をまるで理解していないみたいじゃないか。
「剣は達人、恋は素人♪ リュウ先生らしいですねー♪」
フッ……女の子には夢中になれなくってね……。
「ヨーコさん、独身の先生に……言い方っ!」
いや、さくらさん……その気づかいの方が、オジサン傷ついちゃうかな?
「ん〜〜……私たちに足りないのは、まず勢いですね……」
副会長1さんが絞り出すように言う。
「どうすればあのような勢い、気迫が身につくでしょうか?」
「ん?」
気づかうように私をチラリと見るトヨム。私はうなずいた。
「そうだな、まずは声。そこに気合いを入れる。ダンナから聞いた道歌だけど、エイ! とかけ声をかけたらば、その姿は摩利支天尊のごとし、ってのもあるくらい気合いは大事なんだ」
「大きな声かーー……」
なるほど、普通のオンナノコには難しいか。ならば……。
「しかし含み気合いというものもある。一刀流などが良い例だ。声そのもので勢いがつくことは間違いない。大切なのは」
私は同田貫をヌラリと抜いて見せた。
「斬る、という信念さ」
刀を鞘に納める。生徒会ズを見た。一様に檻から抜け出た猛獣を見たような顔をしている。
「具体的にはですねー」
場を取りなすように、剣士である私の殺気になれたマミさんが繋ぐ。
「拠点の稽古場にカカシさんが立ってますよねー? あれに全身で、体当たりするように槍を突き込むと良いですよー?」
「そうすれば声も出るかもな」
トヨムはケロリと笑う。
「声を出すなら良い方法がありますね」
生徒会ズにあまり関わって来なかったカエデさんが言う。
「声が出る人と一緒に稽古する。そうすると声が出やすいと思いますよ?」
「それじゃったら、まだまだ合同稽古じゃのう」
ということで、死屍累々。ミニイベントの現場から撤収。
トヨム小隊拠点、稽古場に戻る。全員で稽古用の木槍を手にする。
カカシに向かって、木槍を立てて蹲踞。まずはお手本で小隊長のトヨムから。
「いいか、よく見てろよ……」
蹲踞のまま槍を構えた。チラリと私を見る。ならば私から声を出してやろう。
「トヨム小隊長っ! 突撃ーーっ!!」
甲高いかけ声、気合いも十分に乗った声である。そのまま体当たり、いや、一応突きは入れている。そしてその一撃でカカシは消滅した。
「さ、やってみな」
カカシをリセットして、トヨムが言う。まずは書記3さんからだ。
「えーーいっ!」
精一杯のかけ声だろうが、人を斬るには足りない。だがここはホメて伸ばすべきであろう。事実として、カカシは消滅していないのだが。
「今の気合い、ヨシッ! 次っ!」
セキトリである。蹲踞になれたセキトリは、それだけで迫力があった。
力士の突撃は格別だ。私でさえほれぼれしてしまう。そして当たりは砲弾の炸裂だ。ものすごい音を立てて、カカシは吹き飛ぶ。おーーっ、というどよめきが起きた。
「ネクスト! レッツゴー♪」
「次は私よ」
会長が立ち上がった。うむ、トヨムとセキトリに刺激されたのだろう。眼差しが熱く燃え上がり、気迫も十分に乗っている。蹲踞の姿勢から……。
「会長……っ突撃ーーっ!」
「ヤーーッ!!」
セキトリが砲弾なら、会長は弾丸だ。突き技も忘れて全力でカカシに突っ込む。が、木槍ではなく全身で体当たりだった。カカシは消えない。しかし私は評価する。
「その意気やヨシ!! 抜群の攻めである!」
そう、小手先の技などではなく、全力で飛び込むこと。それこそが一番大切なことなのだ。私は柳心無双流、草薙神党流ではない。気迫よりも技を重視する。
そんな私でも、この闘志闘魂はあっぱれと評価したい。なぜならこの娘は『本気で学園の存続』を願っている。それが証明されたからだ。
「次っ! 学園を存続させる勇者は誰かっ!?」
私が気合いを入れると、書記3さんが立ち上がる。
「もう一度、私がっ! もうショッパい突きは見せません!」
「待った! 私が先よ!」
「いやいや、ここは副会長の私に譲りなさい!」
次々と立候補してくるものだから、トヨム小隊の出番が無い。
「さあ、火が着いちゃったよダンナ。これからどんだけ化けんだろうね?」
トヨムは強敵誕生の予感に胸が踊っているようだった。