鬼神館柔道の討ち入り
ミニイベントばかりではよろしくない。
なにしろ生徒会のお嬢さんたちが、我々連合軍の首を狙っているのだ。稽古をつけてやらなければならない。そして、少しだけ稽古を進めてやろう。
構え中段から、その場で突きを二十本。左右を入れ替えて二十本。前後の足踏みで二十本。前に前に出て二十本、さがってさがって二十本。ここまではいつもの稽古で経験済み。
ここから先が新しい稽古。私もふくめてトヨム小隊全員が木槍を構える。一対一で生徒会ズと切っ先を向けあった。
「トヨム小隊メンバーは、後輩を導くように」
まずは注意書き程度に。
「最初に私たちが切っ先でみんなの正中線を狙う。みんなは私たちの槍を除けて、正中線を狙うように」
始めっ。……地味だろう、なにしろ私たちは抵抗せず正中線を明け渡しているからだ。やめの号令で私たちは一人ずつ右へズレる。それを六人分済ませて、いよいよ本番だ。まず手始めに抵抗をする。その上で、生徒会ズの正中線をトンと突く。その上で小隊メンバーはニヤリと笑って言ってやるのだ。
「君たちが突いて終われるように、工夫するんだ」
まずは彼女たちが槍を押し退けて攻めてくる。それに逆らわず、押し退けられた勢いで相手の槍周りを一周。一周を終えたら正中線を奪いにかかる。奪ったならば即座に突く。
「正中線を奪われてから奪い返すのでは遅い。奪われる前に防ぐ、攻めるだ」
私たちの槍にこすり付けるようにして槍を突く。それが正解なのだが、一度押し退ける動きを経験しているとその発想が湧かなくなる。
ならば最初から正解を教えて練習させれば良いだろうに、と思うだろうが、それでは私たちの槍を押し退けるという基本が身につかない。
手段や方法を増やすのが、現在の目的。手段が馴染んできたら、次は最初に覚えた手と新たな手を熟成させる稽古。そしてまた新たな手を植えつける。
少しずつ少しずつ、手数を増やしては熟成を繰り返し、そして手段のみならず基本基礎的な技に磨きがかかってゆく。それが稽古というものなのだが、しかし……。
「くっ!」
「ぬぅっ!」
「あぁっ!!」
今日のところはここで足踏み。まだ次の一歩へは踏み出せない。小隊メンバーをさがらせる。上手な者たちとばかり稽古させていては、「自分が駄目ダメ」というコンプレックスを植えつけてしまいかねない。
ときにはこのようにして、同じレベル同士でも稽古をさせるのが良い。そして小隊メンバーは小隊メンバーだけで稽古を積ませるのだ。
「ほぅ……」
「はぁ……」
生徒会ズは目を奪われ心奪われていた。小隊メンバーによる手槍の攻防、そのこなれ振りと鮮やかさにである。
しかし実際のところ小隊メンバーたちは、ごく基本的基礎的な技でしか攻防していない。だから私は訊く。
「小隊長たちの攻防で、キミたちに教えていない技はあるかな?」
「……いえ、ありません」
副会長2さんだ。
「ウチのメンバーには基本的に剣術をメインに教えているんだけど、要領は剣も槍も同じ。同じ柳心無双流だからね。肝どころは同じなのさ」
「足さばきがかなり自由自在な気もしますが」
そう、小隊メンバーたちは前後左右に動いている。生徒会ズには、まだ前後のうごきしか教えていない。
「左右の動きはまだマネをしないように。前後の動きをしっかりと身体へ染み込ませないと、左右の動きは活きてこない。ただの逃げ技にしかならなくなる。だから今の段階では、前後の動きでしっかりと骨太な攻防ができるようにならなくちゃね」
そのためには……。
「学業を疎かにしろ、とは口が裂けても言えない。しかし、ログアウトしてからの生身での稽古というものが重要になってくる。というか、武術家というものは、二十四時間武術家であるから武術家なのだ」
寝て起きて、立って居て歩いて。それらすべてが即座に『武』であること。もちろんその領域には私も達してはいない。
それを体現できている者がいるとすれば、それは緑柳翁だけであろう。私には仕事があるし、士郎さんには子供がいる。フジオカ先生も鬼神館という組織の運営がある。不純物だらけの日常だ。
それらをすべて排して純粋な『武』と向き合える環境は、緑柳翁にしかない。齢七十を越えているであろう老人にして、ようやく『武』に入門したところか?
というか翁からすれば、「ようやく青春の始まりよ♪」といったところであろう。お羨ましい。
さらにアドバイス。
「稽古というのは、ただいたずらに回数や日数、時間を費やしているだけでは意味が無い。この教えは何故こうなっているのか?何故こうしなければならないのか?それを考えながら稽古しなければ意味が無い」
「うへぇ、ものすごい濃密〜〜……」
「三ヶ月くらいで私たち、武侠映画の主人公になってるんじゃないの?」
ようやく生身の人間らしい反応が返ってきた。思わず私も吹き出してしまう。
「それ以上に大変なことなんだよ、私や士郎さんを倒すということは」
そして説教くさい稽古場面ばかりでは、読者諸兄も退屈であろう。捕物帖ファイナルステージである。まずは鬼神館柔道の活躍を先に生徒会ズと小隊メンバーで観戦させてもらおう。
ルールは宿屋の二階にたむろする不逞の輩三〇人。もちろん武装している連中なのだが、これを捕縛。手向かい致すにあたっては殺害もやむ無し、という新選組池田屋事件ルールである。
「こりゃあエキサイティングだねぇ♪」
ナンブ・リュウゾウなどは腕が鳴るとばかりに喜んでいるが、ルールには落とし穴があった。
「おい、リュウゾウ。賊を一人たりとも逃してはならんそうだぞ」
そう、三十分の一の確率であっても、取りこぼしは許されないのだ。
「ふむ、そうなるとだ……」
巨人フジオカが動いた。ウィンドウを開き事前配布された情報の確認だ。
「見ろ、この間取りを。いわゆる二間ぶち抜き、つまり窓がふたつある」
「それがどしたんですか、先生?」
愛されるべき若者、ナンブ・リュウゾウの質問はどこまでもお気楽だ。その質問には、センパイが答える。センパイの開いたウィンドウを指差しながらだ。
「これを見ろリュウゾウ、この区画の建物の配置図だ。宿屋と隣家が密接してるだろ? つまり賊はふたつの窓から隣家の屋根伝いに逃亡できるってことさ」
「ってこたぁ、隣家の屋根にも人数を配置するってんですか、センパイ?」
「そのとおりだ、リュウゾウ。そうなると当然のように突入部隊の人数が減る。賊は数を頼みに突入部隊へ襲いかかるかもしれんぞ」
「だったらセンパイ、出過ぎたマネだが先生の楯にはオレがなるぜ。センパイたちはベリグなタイミングで窓から突入してくれ」
愛されるべき森の石松、ナンブ・リュウゾウは自分の命なんぞ屁とも思っていない人種のようだ。だが、本音を言うならばこういう奴が厄介なのである。
金も地位も名誉もいらぬ。欲しいのはただひとつ、命の捨てどころにごわす。と言ったか言わないか大南洲、西郷隆盛。
案外ナンブ・リュウゾウという馬鹿は、それくらいの大きな仕事をする英雄豪傑になるやも知れぬ。
「おいおいリュウゾウ、お前が青っ鼻垂らしてる頃から、俺はフジオカ先生に学んでんだ。ここはセンパイに道を譲るってのが……」
言いかけたところを、フジオカ先生が制した。
「言うたかリュウゾウ? ならばこのフジオカ、貴様に首と腹を預けるぞ?」
おお、喜んでいる。炎の柔道家フジオカ先生が、弟子がナマ言っているのに対し、熱く激しく反応している。デカい口を効くに足るか否か、ナンブ・リュウゾウ! その実力この目で確かめるぞ! といった気迫である。
突入すべき入口はふたつ、逃亡のできる窓もふたつ。配置を考えなければいけない。
「私は今回、刀を腰に落としていこうと思っている」
フジオカ先生が言う。
「じゃあ俺もたまに手槍を担いでいくか」
ナンブ・リュウゾウも無理は考えない。なにしろ適切は五倍、それをひとりとして逃がせないのだ。
「そうさなぁ、俺たちもいたずらに柔をこだわっていては、いらぬしくじりを冒してしまいかねん。得物を手にするか」
ということで、鬼神館柔道珍しく武装解禁である。センパイたちもみな手槍を取った。私は生徒会ズの面々を呼びつけた。手槍戦闘観戦のためだ。
集まってきた女の子たちに、「参考にしなさい」とだけ言いつけておく。配置は結局、手前の入口にフジオカ先生、奥の入口はナンブ・リュウゾウ。他のセンパイたちは窓からの突入である。
全員柔道着の下には鎖を着込んだ。小手にも防具を。そして鉄を飲んだ鉢巻きである。
「いよいよ討ち入りだな」
戦さとなればナンブ・リュウゾウ、上機嫌である。そしていよいよファイナルステージの開始だ。まずは隣家屋上には四人のセンパイたち。その配置を確認してからフジオカ先生とナンブ・リュウゾウが踏み込む。
「御用改めである!」
フジオカ先生が言うと、店主が階段へと走った。危機を知らせるためだ。しかしナンブ・リュウゾウが速い。店主のスネに足払いをかけて転ばせてしまった。
フジオカ先生、二階へ。ナンブ・リュウゾウも駆け上がる。出入り口を固めたところで、お互いにうなずいた。
突入。
「御用改めである! おとなしく縛につけばそれでよし! 手向かい致すならば容赦はせぬぞ!」
不逞の輩は三〇人、捕方は二人。悪党どもは「なにっ!!」と言って剣を抜き、槍の鞘を払った。
フジオカ先生も抜く、佩刀は名刀『関孫六』である。以前にもウンチクをたれたかもしれないが、士郎さんの和泉守兼定とは親戚のような銘、文豪三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で切腹したときに介錯に使われた刀である。