そして新兵格、決勝戦
熱戦、再開。二本目の開始だ。技のヨーコか気迫のヒカルか?
しかしヒカルさんの人気はすごい。
会場に集まっているのはすべて『王国の刃』プレイヤーであり、後に動画配信もされるというのに、それでもこの一戦を観に来て応援し、会場を揺るがしている。
客を惹き付けるプレイヤー。人気の出るプレイヤーというのだろう。
そしてその打ち合いがファンを生み出すのだ。剣士としての私は、間合いを読んで技を読んで、そうした駆け引きを重視するだろう。
だが合戦に臨む私はまったくの正反対。討ち死にこそが本望という心構えで戦いに挑む。ヒカルさんもそうしたファイターだ。ガチガチのインファイターだ。
勝っても負けても、こうした選手は人気が出る。そのヒカルさんが、顔を晒した脇構え。防御ガン無視、攻撃一辺倒に構える。その構えが何を意味するか?
それを知っている王国の刃プレイヤーたちは、もうタマラず足を踏み鳴らした。
突撃、いや特攻だ。この戦い、生きて帰ることなど考えてはいない。ヒカルさんの覚悟が観客にも伝わったのだ。その、二本目。
ヨーコさんは中段、ヒカルさんの突撃を警戒している。ジリジリとした時間と、詰められる間合い。観客は先ほどまでの熱狂を忘れて、試合を見守る。
ヨーコさん誘う、ヒカルさんは乗らない。ヨーコさん誘う、まだ乗らない。誘う、乗らない。
我慢比べだ。
そしてリズムに乗りたいヨーコさんが、先に動く。轟く雷鳴のような一撃。
ヨーコさんは真っ二つ、撤退。自分の相撲という形で、ヒカルさんが二本目を取った。
どっと吐き出されるため息、それから歓喜の声。会場もまた、歓声が爆発した。
しかしまだ、まだ勝負の途中。ヒカルさんには緩みが無い。小さな唇は真一文字で崩れない。
「さくらさん!」
耳元で叫ぶように呼ぶ。そうしないと声が伝わらない。
「決勝はきっとこんな雰囲気だ! 絶対に飲まれるな!」
この雰囲気に飲まれていたずらに打ち合いを申し込めば、絶対に負ける。
そのように伝えた。ヒカルさんは会場を味方につける。彼女の対戦相手はすべてが悪役になってしまう。うちあわなければならない、そんな気分にさせられるだろう。
だが、彼女に勝つには飲まれてはいけない。自分のスタイルを貫くことが、勝利への手がかりなのだ。一対一で迎えるラバーマッチ、勝者を決する三本目。戦闘再開だ。
「ヒカル、中段だ!」
はっきりと、そう聞こえた。セコンドにつく、士郎さんの声だ。もう、特攻スタイルは通じない。そう踏んだのだろう。
いや、中段からも特攻はできる。身体を投げ出し、命をも投げ出す一撃、『突き技』だ。
ヒカルさんも師の声に応じて、中段。
切っ先をピシャリとヨーコさんに付ける。大きい、小柄なはずのヒカルさんが大きく見える。
実に堂々とした剣士の構えであった。ヨーコさん、さがる。ヒカルさん、押す。
本来なら遠間のヨーコさんが、先を取れずに押し込まれた。ヨーコさん、さらに後退。
ヒカルさんは『その瞬間』を生み出そうと、間をつめてゆく。
ヨーコさんから起死回生の一撃が飛んでくることなど、まったく恐れていない。
まったく褒められた戦法ではない。むしろ令和日本では笑われる戦い方かもしれない。しかし現実は、経歴で劣るヒカルさんが、ヨーコさんを押していた。
世界が恐怖する日本人という人種。畏怖されるサムライという種族。
その根幹となるのが、この気迫というものなのだ。
しかもこのサムライという種族、死を恐れないどころではない。
この場限りの生き死にのみではなく、たとえ死んだところで何度でもよみがえりなお国に尽くすなどという、令和を生きる私たちにとって、とんでもなくシビレることを言ってくれるのだ。
サムライ、そんな言葉を軽々しく使ってくれるな。いや、軽々しく使ってしまいたくなるほど、現代人の私たちにも海外の人々にとっても、刺戟的な単語なのである。
だから目の前の小さなサムライは、観客を惹き付けて止まないのだ。
その小さなサムライ、ヒカルさんは押す。ヨーコさんがさがる。押す、さがる。押す、さがる。そしてヨーコさんは場外へ、ここで彼女は薙刀を置いた。
投了である。
ヒカルさん、決勝戦進出。会場はまた、爆発するように沸いた。
トヨムも、ヨーコさんを推していたシャルローネさんも、みんな飛び上がって喜んでいる。天を仰いで大きく息を吐いたのは、カエデさんだ。
「ブハッ……ものすごい試合でしたけど、あのヒカルさんに勝たないとならないんですよね……」
試合の余韻、そして自分の使命が入り混じっている。
「おそらく決勝戦は、さらに会場がヒートアップするだろうね。そこに飲まれるな、とは伝えておいた」
「会場の雰囲気かぁ……ものすごく敵に回ってくれそうですねぇ……」
「それにしてもプロ向きの娘だな、ヒカルさんという娘は。勝っても負けても客は熱くなる」
ここでまた、十分間のインターバルがアナウンスされた。観客席は雑談に満ちる。
おそらく決勝戦の勝敗予想で賑わっているのだろう。
鬼神館柔道たちは試合場を去る。鬼組サイドは居残る。そして私たちは試合場へ陣取った。
男前のサムライが、こちらに目を向けている。士郎さんだ。だから私も受けて立った。
どよめく、ざわめく、試合場が私と士郎さんの視殺戦に動揺している。
不安と期待、様々な動揺が観客席から伝わってきた。
インターバルの間、私たちはまばたきひとつせず視線を交わし合っていた。十分間もまばたきしないだなんて、ウソのように聞こえるかもしれないが、私や士郎さんにとっては造作もないことである。剣士にはそれができるのだよ、読者諸君。
おっといけない、この場の主役は私でも士郎さんでもない。若き雌獅子ふたり。
ヒカルさんとさくらさんである。オヤジ二人は身を引いて、二人を前面に出した。
ざわめく会場がドンッと歓声で爆発する。年末プロリーグ新兵格、決勝に駒を進めた二人の登場だ。
鬼組は一列の隊列を組んで、若者たちがヒカルさんを先導した。最後尾のヒカルさんが試合場へ挑むとき、メンバーのひとりひとりが肩を叩く。
最後に士郎さんと向き合い、無言の士郎さんがうなずくとその弟子もうなずいた。ヒカルさん、登壇!
私たちは試合壇の下に横一列。センターは小隊長のトヨムが、腕を組んでヒカルさんを睨む。
そして不敵な表情で親指差し、背後のさくらさんをさした。『勝てると思ってんのか? やれると思ってんなら、やってみろよ』。
そんな態度だった。そしてさくらさんに道をゆずる。
手槍片手に、稽古着姿。革鎧に手甲すね当て、鉢巻きタスキのさくらさんもまた、登壇。正装した白人男性が試合場に登り、マイクを手にすると甲高い声でMCを務めた。
「レディース&ジェントルメン! ヒアウィーゴー……」
英語には疎いので、以下は聞き取れない。しかし協賛企業の数々、そしてミチノック・コーポレーションの名前、そしてヤングライオンズ・チャンピオンシップ……ファイナル! という単語は聞き取れた。
その間にも会場の証明がひとつ、またひとつと落ちて世界的MCのみがピンスポットの中。そしてMCの溜めが入る。さあ、読者諸兄も溜めて溜めて……。
「ナウ、イ〜〜ッツ……ショウターーイムッ!!」
さあ、世紀の決戦が始まるぞ!
後世にも語り継ぐ価値のある、グレーテスト・ファイトの開幕だ!
英語が堪能でもないのに、和訳などおこがましいが、それでもここからMCの言葉は日本語で。
「赤、小さな身体にあふれる闘魂。これまでの戦績は五十八戦無敗、2MB所属草薙神党流剣士……陸奥屋一党鬼組、ヒカルーーっ!」
怒涛の歓声、ヒカルコール。やはり人気者だ。飲まれるなよ、さくらさん。
「白、流れる黒髪の戦女神。これまでの戦績は同じく、五十八戦無敗。2MB所属柳心無双流に学ぶ……まほろば、さくらーーっ!」
こちらも声援では負けていない。そしてさくらコールも頼もしい。会場の人気は二分。観客は声を枯らして二人を応援する。鳴り物まで入ってるじゃないか。
ドン・ドン・ヒ・カ・ル!
ドン・ドン・さ・く・ら!
ミスターMCが両者を中央に呼び、正々堂々と決勝に相応しい戦いをしてください、と注意を与えて退く。開戦太鼓がドンと鳴る。みんなの見たい物が、いよいよ始まった!
大歓声だ。しかしさくらさんが手槍を中段に構えると、二人の一挙手一投足を見逃すまいと、会場は静まり返った。応じるヒカルさんも中段。観客が一斉に、ゴクリと固唾を呑む音まで聞こえてきそうだった。