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次戦へ

決勝リーグの本戦は三本勝負、先に二本を取った者の勝利だ。


その一本をさくらさんが先制した。順調な滑り出しである。しかしヨーコさんはまったく気にしていない様子。開始線の位置に戻り、ぴょんぴょんと跳ねている。


リズムを作っているのだ。試合前のぴょんぴょんジャンプは、リズムを作り肩の力を抜いてくれる。無駄な力みを抜いてくれる効果がある、とむかしテレビで観たことがある。とある合気道家の著書でも、ランニングなどは身体にリズムを生みやすく、肩を脱力する効果が望めるとあった。



駆け足もまた、ジャンプの連続である。ということでヨーコさん、いよいよ本気モードのようだ。二本目、初めの号令で戦闘再開。


ヨーコさんは八相、そして音もなく出てきた。疾い。バターのように滑らかな足取りは、地面を蹴ることなく影のようにシュルリと進んでくる。今度はさくらさんの槍が巻き取られた。



正中線ガラ空きの懐へ、ヨーコさんが飛び込む。それも薙刀を短く持って、ほとんど剣の間合い。そのまま切っ先がさくらさんののど元へグサリ。一本である。……これで一対一のイーブン。次の三本目で勝負が決する。



お互い得意の手を用いてのイーブン。


常識的に言えば、後発のヨーコさんが有利に見えるだろう。なにしろさくらさんの得意技を封じての一本なのだから。一般的な視点ではそうだ。



しかしこれがさくらさんの罠ならば?自分の手が通じるとなれば、ヨーコさんは同じ手で来るだろう。いや、それしかして来ない。


三本目を確実に取るために、二本目を捨てる。その策略はありそうだ。



「ありゃ、さくらが一本取られたぞ? なんにもできないまんまに」



トヨムが危惧している。それほどまでにヨーコさんの一本は、見事に決まっていたのだ。



「きっとさくらさんは大丈夫です、小隊長……」



そう言うカエデさんも、すべては信じきれていないようだ。表情が固い。というか、カエデさんの策じゃなかったのかい?



「そんな恐ろしい作戦、立てたりしませんよ!」



さいですか……。



「リュウ先生はどう見ますかいのう?」

「勝負は終わってみないとわからない。そういうところかな?」


「つまりはどちらにも勝機はある、と……」



その通りだ、シャルローネさん。勝敗は戦っているふたりが決めること、外野があれこれ言っても始まらない。その、三本目が始まる。



……ニョロリン、という擬音が似合うか?はたまたヘニョリン、というテンション急降下な擬音か?さくらさんは槍の切っ先を垂らしてしまった。


下段、というにはあまりにもやる気が乏しい。ノーガード戦法というか、ノーガード戦法というのはある意味好戦的な姿勢。


防御ゼロに攻撃百という戦法とも言える。そのはずなのに、さくらさんからは覇気がまるで感じられない。



それに対してヨーコさんは、覇気の塊。剣道か北辰一刀流のように、薙刀の切っ先を震わせてさくらさんの本命の手を誘う。


チョイ、チョイ。軽く手を出すが、さくらさんは無反応。



「おいおい、どうしちゃったんだいさくらの奴……」



トヨムは不安を声にする。



「シッ……見ていろ、トヨム。お前ならどう躱すかな」

「さくらを? ヨーコを?」

「……………………」



言おうかどうか、迷った。だが、言うことにした。



「……さくらさんだ」



日輪のような輝きを放つヨーコさん。月光の煌めきはさくらさん。


対照的なふたりだが、さくらさんが出た。下から槍で斬り上げた。若いメンバーたちは声を揃えて「え?」と言う。


「む!」と唸ったのはトヨムとシャルローネさんだけ。



私には見えていたが、カエデさんやセキトリ、マミさんには見えなかった一撃。


トヨムとシャルローネさんは感じ取っていた下からの斬り上げ。これでさくらさんは二本目を先取。薙刀の難敵に勝利した。


気負うことなく殺気も見せず、まさに月光か月影のひと太刀であった。



「ま、私は食わない手だが」

「アタイは状況次第かな? でも一度見たからには、もらう訳にはいかないよ」



そうかなトヨム? 私の見立てではお前はさくらさんの手に掛かりやすい。



「私はヨーコさんタイプだから、さくらさんに殺られちゃいそうですね〜」



シャルローネさんは謙虚に言う。ただ、トヨムに厳しい意見をしたがシャルローネさんとふたり。匂いで反応するかもしれない。


特にトヨム。こと勝負となれば、野獣のように鼻が効く。できればその嗅覚、色恋にも活かしてもらいたいと切に願うのだが……。



「で、リュウ先生や。そろそろ解説をばしてくれんかいのぅ?」



そうだ、野獣でもなければ狂剣士の弟子でもない三人には、少し解説が必要だろう。



「まずはさくらさんが得意技で一本を先制。その得意技を封じて、今度はヨーコさんが一本。ヨーコさんも君たちも、ヨーコさん有利と感じただろう?

だから私は、カエデさんの策略だと感じたのさ」


「二本目を捨ててでも、確実に三本目を取る。という策ですよね?」

「そう、さくらさんはカエデさんのアドバイス無く、それをやってのけた。ノーモーションの一撃、月影の太刀によほど自信があったんだろうね」



二本目を安々と取ったヨーコさんは、実際調子に乗った。それに対してさくらさんは難解なノーガード戦法。


しかしノーガード戦法こそ、ノーモーションの一撃を入れるには最適な解だったのだ。緊張無く切っ先をタラリンと垂らす構え。それでヨーコさんを誘ったのだ。


日輪の技を引き出し、その1ミリのような隙を突くために。



「ヤダなぁ、私のライバルみたい……」



カエデさんはそう呟く。



「いやいやカエデさん、さくらさんは脳ミソまで筋肉になるほど鍛えたこちら側の人種だ。私が保証する。だからカエデさんに教えを請うかもしれないけれど、ライバルにはなり得ないよ」


「だけど勝負度胸があって、実技に活かせるだなんて、嫉妬しちゃうなぁ……」

「コンプレックスをよく活かす者は、どの道においても上手になる。カエデさんはカエデさんの道を征けば良いだろうさ」


「師匠に逆らう訳じゃありませんが、私はまだ納得できません」

「それを割り切ることができたなら、人間なんて必要ないさ。世の中はロボットだけで事足りる。人間は矛盾やゆらぎがあるからこそ、社会を形成できるんだ。カエデさんが納得できないとか、不満を感じるという今の感情を大切に育てていくと良い。人は少しずつしか、大人にはなれないんだよ」



それでもまだ、野菊のような秀才は納得できないようだ。だから良い。納得したところから人は老いてゆくのだから。



「ですがですが〜、さくらさんは次にヒカルさんと戦うんですよね〜? こちらの勝敗予想は、いかがなものなんですか〜〜?」



勝者、さくらさん。敗者、ヨーコさん。試合場中央に呼び出されて、運営監視のもとコイントス。表裏を選択して、ヨーコさんが先にヒカルさんと闘うこととなった。


さくらさんは後発、ヒカルさんと対決する。さて、連戦となるヨーコさんの不利とならぬよう、十分間のインターバルが差し込まれる。


私とカエデさんはさくらさんのために本陣に残っている。シャルローネさんとマミさんはヒカルさんサイドへ。セキトリとトヨムはヨーコさんサイドへ偵察に赴く。



「さて、カエデさん」



私が口を開くと、カエデさんは嫌そうな顔をした。



「何故でしょうね、リュウ先生」

「あの、リュウ先生にカエデさん? この方は誰でしょう?」



さくらさんが指差すのは、藍色の装束に覆面頭巾。どこからどう見ても忍者であった。



「遅かったな、忍者」



そう、鬼組の忍者があからさまな偵察に来ているのだ。



「まあ、百回の偵察より一回の試合観戦だ。さくらの出来栄えは士郎さんに分析されてるさ」



というかこの忍者、忍びのクセに全然忍んでいないのが定番となっている。



「ヨーコさんの方はどうしている?」

「フライングカット、カツンジャーのto beカトーを行かせた」



なるほど、それで何を聞き出したいのやら。



「なに、今さらジタバタしても始まらん。さくらとリュウ先生、それにカエデがどうしているかを見に来ただけさ」



なるほど、士郎さんらしい。というか、ともすればこれはフィー先生の策略かもしれない。そのフィー先生が、厳ついカメラを担いできた。


ヒザが生まれたての子鹿のようにプルプル震えている。このヒト、本当に薙刀の達人なのだろうか?そして忍者はマイクを握りしめた。



「放送席、放送席。こちらはさくらサイドリポーター、忍者です」トヨムやシャルローネさんと同じことを始めやがった。芸の無い忍者である。


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