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さくらさんを修正

「さて、ここまでほとんど出番の無かったカエデさん。さくらさんの出来をどう見る?」



私はデスクでウィンドウを開いたカエデさんに訊いてみる。その傍らにはセキトリとマミさん。ともにカエデさんのウィンドウを覗き込んでいた。



「う〜〜ん……さくらさんも小隊長も手の出しようが無い仕上がりなんですけど、今の練習試合。ヒカルさんのことどっか行っちゃってたでしょ?」



鋭い指摘に、トヨムもさくらさんもテヘヘと頭を掻く。本当のことを言うと、私も少しヒカルさんのことを飛ばしていた。



「仕方ないなぁ、もう。シャルローネ、ちょっとお願いできる?」

「ほいほ〜い、なにかなカエデちゃん?」


「もう一度さくらさんの練習相手してくれる? できればシャルローネの思う、小隊長の闘い方をしながら」

「小隊長のモノマネかにゃ?」


「そーそー、そんな感じでお願い」

「ぅおーっし! そんじゃまさくらさん、お願いしまーす♪」

「あ、シャルローネ。仮想ヒカルさんだから、袋竹刀使ってね?」



ふむ、床山八伝流の太刀か。普段は緑柳翁のシゴキしか受けていないので、シャルローネさんの太刀筋には興味を感じる。



シャルローネさんが袋竹刀を手にする。そこから床山八伝流の何かが覗けるかと思ったが、我らが愛すべき天才少女はまず竹刀を振りかぶり、大きくのけぞるストレッチを始めた。



「小隊長のマネっ子ともなれば、人類の限界をちょこーーっと越えなくちゃだぁねー」



なにやら物騒なことを口走っている。



「はてさて、このシャルローネさんごときに、天才小隊長の代役が務まるでしょうかなーーっと……」



そう言いながら開始線に立つ。首をコキコキ、肩をクルクル。とにかく身体を動かしているが、トヨムへの変身が完了したようだ。



「じゃっ、始めましょうか!!」



ゴング、練習試合開始。と、ビュン! いきなり間合いをゼロにした。いや、さくらさんを通り過ぎる。パン! と小手を鳴らす音が後からついてきたかのような踏み込みだ。


さくらさん呆然、セキトリやマミさんも開いた口が塞がらないようだ。とはいえ、私からすれば所詮はトヨムの模造品イミテーション。本物の速度に比べて七割八割、といったところだ。

だが、まだこれでいい。これは稽古なのだから。しかしコーチは鬼女のようにキビシイ。



「ん〜〜……私の想定するヒカルさんは、もう少し速いんだけどなーー……。さくらさん、これくらいは対処してくださいね?」

「えっ!? ヒカルさんって、こんなに速いんですか!?」


「いやいや、ホンモノはもっと速くなってさくらさんの前に立ちますよ? なにしろ鬼の師範代、士郎先生に鍛えられてるんですから」

「ん、まあそうだろうね。士郎さんのことだ、突撃一貫一撃必殺を狙ってくるだろうな。となるとさくらさん、どうする?」



先ほどまでトヨムとの攻防に酔っていたことは棚の上に置いて、私はシレッとカエデサイドにつく。



「そんなに速いヒカルさんに、のろまな私が勝てるんでしょうか?」

「おいおい、さくらさんにはさくらさんの良いところがあるんだよ? 今トヨムとの稽古で、存分に見せてくれたじゃないか」



さくらさんが見せたクラッシック音楽の攻撃、あれこそがスピードスターの天敵と私は見ている。



「あぁ、あの突きですか」



さくらさんも思い当たったようだ。頭は振るわ、ステップは刻むわと、好き放題自由すぎるシャルローネさんを、さくらさんは静かに切っ先を向ける。

おそらくさくらさんの出時を見失ったのだろう、シャルローネさんに迷いが見えた。その隙にさくらさんは乗じる、グッと大きく前に出た。



シュルリ……静かに槍をシゴく。シャルローネさん、不利を知る。強引にステップを刻み、頭や身体を振った。行くぞ行くぞとフェイントをかけるが、さくらさんは乗らない。動きの少ない、つまり狙いやすい胴へ牽制の突き技を見せている。



「ん〜〜……コリは困りましたなぁ……」



そうつぶやくと、シャルローネさんはロケットダッシュ。危険地帯から一気に脱出。横の動きである。ともすればシャルローネさんを見失いかねない動きだ。しかしそれに対するさくらさんの行動が良い。一歩二歩と後退したのだ。……上手い!


シャルローネさんが上の手ならば、さくらさんの対処も上の手だ。シャルローネさんはさくらさんの目で追いつけないように逃げたのだ。それを追いつくには、目で追いかけるのではない。


視界を広くするのだ。ほんの一歩二歩を退くだけで、視界は広く開ける。逃亡したシャルローネさんを容易に発見することができるのだ。



「わかるかトヨム? これがトヨム殺しの最良の手なんだぞ」



私が言うと、トヨムは腕を組んでムウと唸った。



「どうやってこれを破ろうかな……」



もう対処方法を考えている。つまりシャルローネさんの困難を、我が身のことと受け止めているのだ。



「何を悩んだ振りしてるんだ? トヨムならここは追いかけ回して押し込んで、多少強引でも相手をさがらせるだろ」

「それがね、ダンナ。さくらの奴、それをやりにくいんだよ……」



私の言った通り、シャルローネさんは頭を振り細かくステップを刻んで、強引に前へ出てきた。チョンチョンチョーン、キルを取る気のない突き技。

細かく速くまとまった数の突きがシャルローネさんを襲った。今度はさくらさんが横運動をする番だった。

三つの突きのうち、ふたつはいなせた。しかしシャルローネさん、ひとつは被弾。


カスダメだが、ダメージはダメージ。追い回すシャルローネさん、いなすさくらさん。しかしキラー本能はシャルローネさんが上。単純にさくらさんを追い回すだけでなく、稽古場の壁へ壁へと押し込んでゆく。つまりさくらさんの退路を狭めているのだ。



先に逝くのは、俺かお前か?



そんな勝負の覚悟がシャルローネさんの攻めに見える。別な言い方をすれば、この一戦の鍵はこの攻防にあるのだ。だが覚悟はさくらさんにもある。足を止めた。いわゆる打ち合いに応じたのだ。危険である。だがここはやらなければ、壁際に追い詰められてジリ貧だ。



壁際に追い込まれれば、シャルローネペースの打ち合いに巻き込まれてしまう。それならば退路のある今のここで、勝負に出た方が良い。

そのせいでトヨムスタイルのシャルローネさん、追い詰め切れなかったことが災いする。



「あーーやだやだ、このパターンはシャルローネ、絶対に不利じゃんかよ」



そう、この打ち合いはさくらさんが申し込んだもの。つまりさくらさんペースなのだ。



「トヨムならこの展開、どう処理する?」



訊いてみる。すると答えは簡単だった。



「押されてやるよ、そしてさくらをアタイの間合いに引きずり込むかな? ただし、それまでにキルをとられるかも、だけどね」



主導権争い。この王国の刃において、私にはとんと縁のないものだった。去年の冬イベント、そのあとで士郎さんと立ち合ったとき。それ以来久しいものである。まあ、私のことなどどうでもよろしい。トヨムの言葉を拾ってみよう。

トヨムは押された振りをして自分の間合いに引きずり込む、と言った。そして割と重要なことだが、それでも自分がキルを取られるかもしれない、とも言った。対人ゲームという世界にはこれがある。相手は人間だ、攻略法や必勝法は存在しない。



トヨムの言う引きずり込む戦法というのは、実力差がある場合に有効だ。しかし実力が拮抗した相手では、キルを取られることもある。


そしてさくらさんは実力者だと、トヨムは言っているのだ。そしてこの場はさくらさんに軍配。シャルローネさんを撤退させることに成功した。ノーモーションの軽い突き技を散らして散らして、前に出ようとするシャルローネさんにカウンターで一撃死させたのだ。



「う〜〜ん、元気者のヒカルさんを相手に勝つには、こういった戦法でしょうかねぇ……」



デスクから見守っていたカエデさん。思慮深い雰囲気で呟いた。



「そうだね、さくらさんは場数を踏んでいる、ヒカルさんはバトル初心者。そうなると相手の元気に付き合うことは無いな」



動きを封じる、足を封じる。そのためにはキルを取れない軽い突き、これをコンパクトにまとめて速く。そこから相手に隙を作らせるのだ。


……思い出せば令和御前試合、ここで参加者たちは、みな一撃必殺に偏った闘い方だった。闘魂で相手を凌駕する。このひと太刀に命をかけて。そのような闘いが多かった気がする。しかし私たちは歩み続けている。いまではこれだけ戦略的に勝負を捕らえるようになってきた。


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