練習に継ぐ練習、稽古に継ぐ稽古
「あ〜〜さくらさん? とっても真面目な方なんですねぇ〜〜?」
軽い足さばき、柔軟な身のこなし。そして得物のメイスは体側にピタリとつけて、さくらさんから見えないようにしている。シャルローネさんの動きを言葉で表現するなら、フラフラクネクネ。とにかく掴み所がない。
ただし、酔八仙拳と同じ。フラフラな動きは反動を溜め込んだ、いわゆる蓄勁の動作が透けて見える。シャルローネさんは、常に一撃必殺を意識しながら揺らめいていた。
「おいおいシャルローネ、それじゃあパツキンツインテールボインボインの役はできてないぞ? まんまシャルローネの動きじゃん」
「おっと、いけないいけない♪」
トヨムのアドバイスで、シャルローネさんは構えを取り直す。
「それじゃあさくらさん、シャルローネさんが見様見真似でナンチャッテ薙刀やりますよ〜♪」
ということで構えは八相。狙いは袈裟かな……もっとも、通常の薙刀ならば、の話だが……。
案の定、メイスの繭玉とは正反対。石突がシュルリと伸びてきた。狙いは水月への突き。その毒蛇のように滑らかな動きを、さくらさんは後退でかわす。
しかしメイスの繭玉が頭上から降ってくる。これも後退して躱す。……予想外の攻撃をされると、誰でもそうなのだがさくらさんの場合、真っ直ぐ後退する傾向が顕著だ。
それはよろしくない。仕方のないこととはいっても、火の玉娘のヒカルさん。ぃやっふ〜〜♪
と陽気なヨーコさん相手となると、調子に乗って攻め込んで来るに違いない。
「さがるときにも牽制だ、さくらさん! 手を出しながらさがりなさい!」
と、これはこの場だけのアドバイス。さがりながらの攻撃、一般的なプレイヤーには有効だろうが、ヒカルさんやヨーコさんレベルでは通用しない。
むしろ喜んでカウンターを取りにくるだろう。とはいえ、逃げパンチ程度でも手を出しておけば、横に回り込むことも楽になる。
事実、さくらさんが槍をしごき始めると、シャルローネさんの足は止まった。いわゆる逃げジャブのような、距離を保つためだけの攻撃であってもだ。
そのくらい『長い』『真っ直ぐ』といった攻撃は面倒くさいものなのだ。口はばったいが私もさくらさんくらいの槍ならば、木刀ひと振りで仕留められる。しかしここから上の使い手ならば槍を使うだろうし、それ以上の術者なら鉄砲弓矢、投石を使わなければならない。
ま、その辺りは別の話として。次のアドバイスだ。
「さくらさん、うるさい牽制を出せるなら、今度は横へ逃げてみなさい。横の動きに馴れるまではシャルローネさん、緩めの攻めで相手してやってくれるかい?」
ほ〜〜い♪ とシャルローネさんは良い返事。
そしてさくらさんはうるさいジャブのような牽制を繰り出す。シャルローネさんはそれに付き合ったり付き合わずに出てみたり。さくらさんは足に横の動きを加え始める。それからシャルローネさんの動きをコントロールし始めた。
うん、今までとはさくらさんのが違う。どうやら彼女も日本武道の悪いクセ。『一撃必殺病』を患っていたようだ。
いや、一撃必殺病も悪いものではない。究極的に武道が目指すものは、『狙った場所を一発で仕留める』ことが目標なのだ。
現に剣道八段審査の規定が、モロにそれだと聞いたことがある。
だがそれは八段先生、あるいは範士の称号を得た者の目標。卵の殻をお尻に乗せたひよっ子なら、まずは攻撃を伴った積極性。これをしっかりと身につけておく必要がある。
そう、一方的な展開という場面を避けるのだ。そして積極的な足使い、どっしりと構えてピタリと狙うなど、免許皆伝でもおこがましい。若くて元気のあるうちは、どんどん技を繰り出してどんどん動き回る方が良い。
これまで語ってきた古流の定義とは、ずいぶんと趣きの異なることを言っているかもしれないが、まずは筋力と速度。なんだかんだで攻めの姿勢。そこでコツを掴んだ上での『いかに楽して効率をあげるか?』という話である。
話が逸れた。長い槍でシャルローネさんを牽制。稽古場のほぼ中央に彼女を釘付けにして、さくらさんが突き技をくれながら周囲を回るという展開。
シャルローネさんもさくらさんの攻撃を防御、反撃に移ろうとしたときにはさくらさんを見失っているというところ。こうした場合、ボクシングならばシャルローネさん側は強引にでも先に動いて、さくらさんに追いかけさせるという状況を作りたいだろう。
しかし武器武道、あるいはイッポンという制度の試合というものは、人を防御に走らせる。この場合、シャルローネさんもさくらさんに、一撃キルを取られてしまう気配というものを感じているかもしれない。
だから「ミスは許されない」と考え方が守りに入ってしまうのだ。だがシャルローネさん、思い出して欲しい。これはあくまで王国の刃というゲームであって、現実世界での立ち合いとは違うのだ。
「ダンナ……そろそろシャルローネに、我流の動きを許してもイッかな?」
トヨムが言う。
「だがそれじゃ、さくらさんの稽古にならんぞ?」
「これだけできてりゃ、この稽古はここまででイんじゃない? 次のステップに移った方が効率良さそうだよ?」
トヨムの言うのももっともだ。それでは……。
「シャルローネさん、もう自由に動いてかまわないよ」
「はいな♪」
能天気な返事が聞こえた、と思ったらさくらさんはシャルローネさんの影を突かされた。
紙一重、見切りを使ってシャルローネさんが突き技をかわしたのだ。数々繰り出されたさくらさんの突き、そのためさくらさんの技は間合いと呼吸の情報をすべて盗まれたのである。
一の突きだけではない、二の突き三の突きもすべて躱される。
「さくらさん、シャルローネさんが出て来るぞ! 牽制しながら横の動き横の動き!」
が、さくらさんが動こうとするその先に、すでにシャルローネさんが待ち構えている。
そして積極的に間合いを詰めてきたシャルローネさんは、鋭く胴を狙ってきた。
さくらさん、これは槍を立てて防ぐ。つまり、長いリーチを折りたたんでしまった。反撃の手を捨てた、亀の状態とでも呼ぼうか。
防戦一方という状況になりそうだ。だが、やりようということもできる。亀の状態というのは、「攻めるときは攻める。守るときは守る」の鉄則に叶っている。
問題はそのことにさくらさんが気づいているかどうかだ。さくらさん、槍を立てて軽快に足さばき。水平に構えると長得物はクソ重たいが、立てて運べば案外軽いものだ。
その槍の柄で、さくらさん防御防御、また防御。シャルローネさんの攻めの手は止まらない。
どうする、さくらさん?
このままでは大晦日に引き分けておきながら負け扱いされた井岡一翔と同じになるぞ?
が、チャンピオンに足りなかったのは相手を弱らせる一撃。しかしさくらさんには一撃で敵を屠る槍がある。
飛閃一条、立っていた槍は口訣を帯びたようにゆらめき、スルリとシャルローネさんの胸に吸い込まれた。シャルローネさん、撤退。
ほんの一瞬の隙、それをさくらさんは探っていたのだろう。流れる水のようなひと突きであった。
「よっし、それじゃまたアタイが相手するよ!」
と出てきたのはトヨム。相変わらず強い奴は大好物のようだ。しかし今度は無手、というかいつものオープンフィンガーグローブ。
バトルスタイルも元通りな様子。本来ならば「これはさくらさんの稽古だぞ」とたしなめるところだが、さくらさん自身それを拒否しない。
ということで練習試合さくらさんVSトヨム(フリースタイル)、レディー……GO!
まずはトヨムが最短距離で間を詰める。一直線な動きなのでさくらさんも槍で狙いをつけやすい。
しかしさくらさんの間合いになる直前、細かな足さばきと頭の横運動でトヨムが狙いを外した。
トヨムの目が良い。さくらさんの間合いを正確に測る目を持っている。
そしてさくらさんがどこを狙っているのか? それを捕らえる目も鋭い。さらに、激しい動きながら、さくらさんの動きをしっかり見ている。
さあ、行くぞ行くぞ。トヨムはプレッシャーをかけていた。
それに対してさくらさん。こちらも冷静だ。アウトボクサーでありながら攻撃性を身につけた寺地拳四朗チャンピオンのように、グッと前に出てきたのだ。
さて、ここで問題。長得物のさくらさんが前に出ると、トヨムに槍をくぐられてしまう。しかしさくらさんはそれを許していない。どういうことか?
さくらさんは長得物の槍を短く持ち替えたのだ。槍でありながら、これで攻撃の回転も上がる。上手い手だと言えた。
しかしそれはトヨムも見て取っている。丁寧に丁寧にさくらさんの狙いを外して外して、入口を探していた。
と、ここでトヨムは変化を見せる。硬いガードのクラウチングスタイル……いわゆるピーカーブースタイルを捨てて、前手を垂らしたヒットマンスタイルになったのだ。
ヒュン……ッ! 風のようにトヨムが出た。左! 伸び伸びとした左は電光石火。
しかしさくらさんも槍を立てて、正中線を防御。トヨムの左をきっちり処理した。
一撃離脱、トヨムはすでに槍の間合いから外れて彼方にある。
間合いの短い者が、自分の間合いを捨てて距離を取る。これはどういうことか? 速度で翻弄できる、トヨムはそのように判断したのだろう。
立てた槍を中段に構えたさくらさん、当然のようにトヨムの接近は許したくない。ふたたび長く大きく槍を構えていた。
遠間から中間を制するさくらさん、その距離を一気に無にするトヨム。少なくとも、二人は噛み合っているようだった。
右の拳をクルクル回すトヨム。それでリズムを作っている。対するさくらさんは黙って構えていた。
もしもトヨムをロックンロールと例えるなら、さくらさんはクラッシック音楽だ。いつ始まっていつ終わるのか?
いつの間にか始まっていつの間にか終わっているオーケストラの演奏、そのように例えることができる。
リズムに乗ったトヨムの動きを、クラッシック音楽が簡単に捕らえてしまえばお話としては面白い。しかしなかなかそうはいかないのが現実だ。
トヨムは身体能力の粋を尽くして間を詰めようとする。そして討ち取られることをまったく恐れていない。だからいつ始まるかわからないクラッシック音楽のように、出時出どころが掴めないのだ。