万里とカエデ
失った男 万里視点
どこに行ったんだよ、仲間たちは!
あちこち散り散りになって、A陣地にいない連中が三〇〇人越え。インすらしてない奴らが百人以上。正確な人数は把握できてないけど、敵陣攻略の人数は、もう五〇人を下回ってそうだ。
なんでこんなことになった、どうしてこうなったんだ!?
軍を形成したときなんて、五〇〇人いたんだぞ、五〇〇人。五〇〇人って言ったら『王国の刃』イベント史上、最大を誇る集団だったはずだ。歴史に残るような人数だったんだぞ!
それがどうして五〇人も残っていないんだ!?
「万里さん、まずは死に帰りの人数をまとめましょう!」
おう、そうだな。やっぱり俺を最後まで支えてくれるのは、幸♡兼定だ。そして誰かがやっていた、死に帰りの人数をまとめる作戦。今はもう、これくらいしか策が残っていない。
「よし、人数集まったな! A陣地めがけて突撃するぞ!」
「おーーっ!」
返事をしたのは幸♡兼定だけ。他のメンバーたちはみんな、渋い顔をしている。
「どうしたんだよ、みんな。行こうぜ!」
「行って、どうするんだよ……?」
古くからの付き合いがある他所チームのリーダーが言った。
「ロクな作戦無し、装備も普通、工夫も作戦も無い。ただ行ってヤラれるだけ。A陣地に行ってどうするこうするが、全然無いじゃんか……」
「そ、それは……二人一組の戦法だよ……」
「それをしてるのは敵じゃんか! ハッキリ言うぞ万里! 敵のネームドプレイヤーなんかは、もう相手してくれてないんだ!
俺たちを殺してるのは、新兵格や熟練格の下っぱ連中ばっかなんだよ!」
「……万里、言いたくは無いけど、このままじゃお前……『王国の刃』史上最大の人数を引き連れて、三分の一以下の人数に負けた男にしかならないぞ?」
別のフレンドまで、キツイことを言ってくる。が、批難の声はおさまらない。
「そもそもお前に協力して、俺たちに何か見返りがあるのか?」
「み、陸奥屋とまほろばに、仕返しできるだろ……」
「その見込みが無いから、みんな離れていったんだよ! わからんのか!?」
「じゃあどうしろって言うんだよ! どうしたいって言うんだよ! お前たちは責任持てるのか!?」
「その責任を持つのが将軍だべや。なんで最初から無策だったのよ?」
「作戦なんてみんなで立てるものだろ? お前たち誰か一人でも作戦立てようって言ったか?」
「だからお前が責任者だって言ってるだろ? 俺たちはお前が『陸奥屋まほろば連合を倒したい』って言うから協力してるだけだぞ?」
「……三倍の人数なら、勝てると思ったんだよ」
「普通ならな、それに飛車角落ちだ。ネームドプレイヤーもひと握りしかいない。準備さえしておけば、負ける戦さじゃあなかったはずだ」
「負けるのか、俺は……?」
「勝てる要素がどこにある?」
「これから作戦を立てて……」
「人数がいるうちなら良かったんだけどな」
「みなさん、万里さんを責めないでください!」
幸♡兼定だ。やっぱこんなときでも、俺の味方をしてくれる……。
「みんなで一丸となって攻め込めば、相手も新兵熟練格! きっとA陣地まで到達できるはずです!」
「やっぱりな……その程度の作戦か……」
みんな肩を落としていた。うなだれたり、わざとらしいため息を吐く奴もいる。そして付き合いの古いフレンドが、勝手なことを言い出した。
「悪いが、俺たちは降りるぜ。気に入らなければ、フレンドや同盟の解消はそっちでしてくれ。じゃあな……」
十二人が背中を向けて去って行った。どうする? と顔を見合わせていた連中も、一人が辞めると言い出したら、俺のチームのメンバーまでゾロゾロと去って行った。
残ったのは、幸♡兼定だけだった。
「行かないのか……?」
「私は万里さんを信じてますから♡」
「俺はカエデを欲しがってるんだぜ?」
「それでも万里さんを信じてますから♡」
幸♡兼定は武器を構えた。俺もそうする。
「よし、行くぞ!」
「はい♡」
裏切りたいなら裏切れ、手の平を返したいなら返せ! 俺は最後の最後まで、カエデを諦めないぞ!
カエデさえ手に入れば、汚名なんて覆せる。カエデさえ手に入れば、俺は最強の将軍になれる! カエデさえ手に入れば、また人が集まってくる!
プロ選手の育成も上手くやってくれて、金だって入ってくるようになる! 待ってろカエデ! いまその牢獄から助け出してやるからな!
「いえいえ、そんな仕事押しつけられても無理ですから」
「カエデさん? どなたにツッコミを入れてますの?」
そんなこんなで陸奥屋まほろば連合本陣 カエデ視点
ハイどーもー♪ 本陣でお姫さま扱いされている、今回まったくのゴクツブシ。カエデちゃんですよ〜♪
ウィンドウのマップ情報で変化を拾っては、机上の図面で嬉々として駒を動かす鏡花さんに報告するしか仕事がありません!
もしも私の仕事を無理矢理つまみ上げるなら、鏡花さんからの質問、『万里さんたちは何を考えてますの?』に返答する程度でしかありません。もしくはこっそりと鏡花さんに内緒話の耳打ちをするくらいでしょうか?
あるいは総大将鬼将軍さんのアゴに出来上がった梅干しを眺めながら、「不甲斐ない!」「それでも男子かっ!」という愚痴を聞き流すくらいしか仕事がありません!
ということで、先ほど鏡花さんに上げた報告は「万幸軍、東軍拠点前で集結中!」というものでしたが、おりょりょ?
万幸軍、最後の砦とも言える五〇人未満が二人を残して、明後日の方向に駆け出しちゃいました。
……なにが起こったのか、手に取るようにわかりすぎる自分がイヤです。きっと幸♡兼定さんが、『良いオンナ』ぶった発言をして、その実『万幸の剣』を崩壊に追い込んだのではないかと。
自分が良い子になるためには、世界がどうなろうと構わない破滅型の人ですからねぇ、幸♡兼定さんは……。
そして自分が大物振るためには、平気で現実から目を逸らすどころか、最初からモノを見る目の無い万里さん。幸♡兼定さんの一言が部隊にトドメを刺したことにも気づかず、彼女がイイ女に錯覚してるんじゃないかと思います。
「どうなさいましたの、カエデさん? マップからの情報が途絶えてますわよ?」
「あ、はい。ですが鏡花参謀長、事態が急変しました」
私がそう言うと、鏡花さんのオデコが艶っと輝きました。……どこまで他人の不幸が好物なんですか、鏡花さん……。
「吉報を期待してますわよ、カエデさん?」
「はい、報告します。万幸軍、万里と幸♡兼定をのぞき、すべて離散しました」
わお! 少女マンガです、昭和の少女マンガみたいに、鏡花さんが花を背負いました!
もちろん大矢参謀とヤハラ参謀が、宝塚のトップスターがそうするように、鏡花さんに花を背負わせたのですが。ただ、鏡花さん?
背負わされた花の重みでよろけるのは、いかがなものかと……。どこまで行っても、ガッカリお嬢さまでしかありませんね。ウチの小隊長の大元気を、少しでも分けてあげられたらな、としか思えません。
「かかか、カエデさん? それはどういうことですの!?」
「申し上げた通り、万幸軍は万里さんと幸♡兼定さんだけになりました。わずかに残っていた他のメンバーは、すべて他の陣地へ移動を始めています」
あ、鏡花さんのオデコが発光して、ハレーションを起こしています。眩しくて目を開けていられません。
「何が何が何が? 何が起こっていますの、カエデさん!?」
近い近い近い、食いつき過ぎですってば、鏡花参謀長! もう唇でも奪われそうな勢いで、参謀長が接近してました。
「極めて私感的、かつ偏見に満ちた憶測で語るのでしたら、幸♡兼定さん辺りが無能なクセにいらないことをホザいたおかげで、万幸軍が崩壊したのかと……」
「あらあら、それは残念なことですわね」
肩を小刻みに震わせて、唇で笑いを噛み殺しながら言っても、説得力の無いセリフですよ鏡花さん?
「それで、カエデさん? 万里さんと幸♡兼定さんは、まだ健在ですの?」
「はい、二人だけの軍隊でこちらに向かって走ってきてます」
「それではイベント最中ではありますが、部隊を再編。六人制新兵チームをメインに、ゴクツブシ……ではなくヒナ雄さんのチームをサブに。このチームで万幸風を迎撃しますわ。残る手は士郎先生方のお手伝い、敵の英雄格。無敵甲冑軍団へと差し向けます!
最終日にキルを取られるはどというマヌケをなさらないよう、気を引き締めてくださいまし!」
あ〜あ、とうとう万里さんまともに相手されなくなっちゃった。いや、ネームドプレイヤーたちが泰然流と遊び始めたときから、ほとんど相手にされてなかったんだけど……。
復習:どうしてこのようになってしまったか?
1 初動の反省
どう考えても、初動は最悪だった。激戦区であるA陣地に大人数で突入、まったく身動きが取れない状態を作ってしまった。これは私たちからすればもっけの幸い、フレンドリーファイアが無いのを良いことに、狼牙棒部隊を突入させ一気に数を減らすことができた。
2 死に帰りを上手く活かせていなかった
ファーストコンタクトで死に帰った者を上手に使えていなかった。指揮官、作戦の不在。途中から死に帰りをまとめるという行動を取っていたようだけど、時既に遅し。そしてまとまった数で何をする?
という作戦も無し。本来ならば死に帰りたちだけで狼牙棒部隊を背後から襲うという常套手段さえ、万幸軍は取ることができていない。そのために虎の子の芙蓉さんたちを、ディフェンスに配置してたのに。カムバック勢はパラパラとしか襲ってこないという情けない事態に。
3 ひいては完全な準備不足
上記二点において彼我の軍を比較してみると、万幸軍の準備不足が垣間見えてくる。もうイベント経験も複数回に及んでいるであろうに、勝つための準備をまったくしていなかったのではないか?
と疑わしくなってしまう。しかしこれは過去の経験から、万里、幸♡兼定両氏ならあり得るという極めて絶望的な結論にしか至らないので、私の精神衛生上の理由から敢えて触れないことにしたい。
そもそもが、この王国の刃というゲームにおいて、勝ち筋をどのように見ているのか?
という大疑問が生じてしまう。キルの数や甲冑に与えたダメージポイントで勝敗を決するという、基本的な部分さえ理解していないように思えてならないのだ。ここで読者諸兄に誤解しないでいただきたいのだが、キル数やダメージポイントというのは当たり前のようでありながら、決して侮ることのできないものなのだ。キルの数を伸ばすにはどうすれば良いか?
判定勝ちするには、どうしなければならないのか? という工夫につながるからである。
私たちは甲冑にダメージを与えるため、垂直に打つ、物打ちを効かせるといった基本を押さえ、その上で二対一の状況を作り出すことに専念している。そう考えると、キルを取る、甲冑を破壊するという基本は出発点となり、ゆめゆめ怠ることのできない大基本となるのです。
もう簡単に一言で片付けましょうか。
「また考え無しの行動だったんだろうなぁ……あの二人……」
敗れ去る者、万里
どうしてなんだ、前に進めない。A陣地が見えてきているっていうのに、必ず邪魔者が現れる。邪魔者の向こう側には、やたらと背もたれの高い椅子に腰掛けたカエデが、お姫さま扱いをされているカエデが見えるっていうのに。どうしても邪魔をされてしまう。攻撃を仕掛けると避けられる、そのくせ邪魔者の攻撃はペチペチと当たる。フルプレートアーマー、全身顔面まで鉄で覆われた甲冑だけど、ダメージは確実に入ってくる。
俺は熟練格プレイヤー、そして邪魔者は新兵格。俺がの肩をが格上なのに、ダメージを被っているのは俺の方。カスダメでしかないけど、一方的に攻撃されている。その理由は簡単、新兵格は三人掛かりで俺を邪魔しているからだ。
クソッ、カエデが見ているのに。カエデはもう眼の前なのに、どうしてもこの新兵三人を越えられない。
こいつらのイヤラシイ攻撃は、俺の脚や小手に集中している。つまり、キルを取れないのが分かっているものだから、軽いペチペチ攻撃しかできないのだ。
それでもダメージはダメージ。ついに小手が耐えきれなくなってしまった。防具破損、右腕のヒジかさ先が剥き出しになってしまった。そこへクリティカルヒット、右腕が部位欠損。もう武器が使えない。そこへ待ってましたとばかり、三人揃って必殺技を打ってくる。
今度はボディと兜が破壊される。そして、俺は死人部屋へと送られた。三人掛かりとはいえ、新兵格によって……。