すっかり武俠小説
まだまだリュウ視点
良いんだ、泰然流。その技術、闘志、剣に取り組む姿勢。だが若い、免許皆伝では印可には勝てない。印可は総伝には勝てない。それを証明するかのように、泰然流の斬りをすり上げて脳天を打ち据えた。
ここまで来るとまた別の面を指摘したくなる。殺気が過ぎる。先程翁との対戦でも述べたが、殺気は手を読みやすい。殺気や気迫だけで押し通そうとする姿勢は間違いではないが、泰然流には殺気を隠すような稽古段階は無かったのだろうか?
そのような疑問を抱えて三人目。士郎さんが立つ。
気合、気迫においては色男四人衆の中で群を抜いている。神道流系統の使い手だ。立ち上がるだけで迫力を感じる。私まで圧倒されそうな威圧感だ。
対する泰然流は、フム……これは毛色が違うな。私が望む方向性、殺気を抑えた優男だ。ただし、腰の得物は真剣実刀。
「これはまた、すごい圧ですね……」
言葉遣いも声も、どこか女性的な印象である。明らかに士郎さんの圧力を受け流しにかかっている。柔よく剛を制すを狙っているな。そこは見て取れた。しかし士郎さん、剛よく柔を断つで押し通すのだろうか。
グググッという音が聞こえてきそうな迫力で、士郎さんは相対した。泰然流の優男は、士郎さんの圧力を受け流しきれていない。
「じゃあ、始めるぞ……」
ヌラリと木刀を抜いた。木刀なのに切っ先が殺気に濡れて重たい。ゴクリと生唾を飲んで、泰然流剣士も刀を抜く。
「飲まれたな」
私が呟くと、緑柳翁も「士郎相手に殺気を含みよったのう」と同意してくれる。そう、釣られるようにして泰然流剣士も、殺気を含んでしまったのである。この辺りが勝負の機微、あるいは免許皆伝と宗家の違いだろうか。
まずは小手。士郎さんはこれを奪った。回復ポーションの使用を許す。小技で取った小手ではない。気迫で押して動けぬようにして、豪快に奪った小手だった。
一本を奪われて、若い剣士も冷静さを取り戻したようだ。殺気勝負を捨てて、気配を消しにかかる。そのうえで前に出てきた。
しかし草薙士郎は城そのもの。堂々と構えて受けて立つ姿勢だ。
若者が出る。しかし士郎さん、ここでも小技。敵の太刀を巻いて横に出る。そこからしっかりとした胴打ち。手加減をしているようだ、泰然流は皮一枚で生き残る。士郎さんはまたもポーションの使用を認める。
若者は無理をしない。ポーションを使用しダメージ深い胴を回復。欠損部位が生じた際にはヴァイブレーションが走る。では胴のようなバイタルエリアはどうなのか?
勝手な想像で申し訳ないが、おそらく剣に力が入らなくなるのではないかと思う。
今度は泰然流くん、刀を鞘に納めていた。居合勝負のようである。
対する士郎さんも木刀を腰に落とした。そしていつもの気迫殺気を音もなく消す。両者が居合、当然のことだがこうなると強い方が勝つ。
両者、影のように歩み寄った。そして、あと一足というところで歩みを止めた。
さあ、どちらから行く?
私なら『泰然流くんから仕掛ける』にベットする。おそらく士郎さんが誘う、餌を撒くなどで泰然流くんを動かすのではないかと考えるからだ。
しかし士郎さんが平然と前に出た。誘いも誘い、まったくの無防備でだ。私はベットしたチップを失うことになった。
士郎さんは気合や気迫というよりもクソ度胸。ヤルならヤッてみろ、あるいは相打ち上等の覚悟。これは若者にとってはキビシいのではないだろうか?
威圧感とは違う気配に、泰然流くんは戸惑いを隠せない。ジリッと自ら後退してしまった。それだけではない、うかつに抜かされてしまった。こうした心理作戦や駆け引き。そこが免許皆伝と宗家の格の違いなのである。
もしかすると緑柳翁も私たちを評するかもしれない。
「オイラとお前ぇさん方に差なんざほとんど無ぇよ。あるのは経験の差だぜ」
などと。
袴の衣擦れの音だけを残して、士郎さんは超近接間合い。もうそれ当身か掴むかで良いんじゃね?
というような間合い。それでも士郎さんは木刀を抜く。以前お話ししたかと思うが、居合は便所の個室のような狭い空間で抜いて斬って納めてこそ一人前。そのことを士郎さんは体現するようだ。刀身二尺五寸の木刀を縦に抜き、泰然流くんの背後に回り込む。その際に生じるわずかな間合い、それを活かして木刀を振り下ろす。背後から、肩口へ。
急所への十分な一撃。ついに泰然流くんは撤退となった。
血振り、納刀。まあこんなところかと呟いて、士郎さんは戻ってくる。
いよいよ私の出番となった。
「もうみんな一周、死人部屋に入ってると思うけど、誰がくる?」
一応声だけは掛けておいた。すると案の定というか、烈道陸くん、「俺が」と言って立ち上がる。
「ほい、また君かい? ちょっと欲張りすぎじゃないのかな?」
「いえ、問題ありません」
どうやら彼の言うとおり。誰も異議申し立てはしなかった。もしかしたら泰然流チームのリーダーか、あるいは一番の使い手なのかもしれない。そして烈道陸くん、今度は刀が鞘の内。
私は付き合わないを選択。ズルリと木刀を抜いてあげた。これには陸くん、ギョッと目を剥いて驚いている。
ここでおさらい。居合というのは剣の切っ先が鯉口から離れる、その瞬間までどこを斬ってくるかわからない。対して剣術というのは、刃の向きを見れば狙ってくる場所がわかる。
簡単なたし算引き算だけで語るなら、居合は俄然有利かもしれない。しかしそこは鞘の打ち。やはり抜いた者には抜いているだけの利というものがあるのだ。
「ほうほう、居合で来なさるかい? それじゃあコレなどはどうだい?」
ス……と踏み込んで柄のそばをヒョイと斬り上げる。斬り上げた木刀は、やはり柄のそば、同じコースを辿って斬りおろす。つまり、柄に手をかけさせない戦法だ。それも気配無く、影無く音も無く。片手の振り抜きだけでいともたやすく、居合封じ。あるんだけどね、泰然流意外の居合では、こうした場合の対処が。
田宮流だったかな?
鯉口だけ切って、腰の捻りだけで鞘から刀を飛ばす技があるんだ。実在するんだ。そうした他流派の研究が浅いところも、免許皆伝止まりなのかな?
だけど宗家である私は、かなり意地悪く剣で彼に質問する。
「この場面での対処法、有るかな? 無いかな? どっちだい?」
免許皆伝で喜んでいる彼らが、なんだか可愛らしく、かつ愛しく思えてきた。
カッ……!
私の木刀を刀の柄で止めてきた。それが泰然流の対処法かどうかは知らない。とにかく烈道陸くんは私の嫌がらせを柄で受け止め、刀の鞘ぐるみ操作して弾き飛ばそうとしてきた。
うん、そうだね。私の木刀は邪魔くさいから打ち払いたいよね。ならばこの場かた太刀を避けてあげよう。
……切っ先は君を狙ったままだがな。
ようやく私の邪魔くさい木刀がいなくなり、サッと拝み手を柄に差そうとした烈道陸くん。しかし私の切っ先が狙っている。一瞬で危険を察知したようだ。そこからの判断が素晴らしい。
左手で執っていた鞘ぐるみ、帯に沿って刀を後ろ腰の辺りまで引いたのだ。とりあえずこれで柄は安全圏。
ただし、烈道陸くんの右腕と本体は危険にさらされている。どうする?
という私に返答するように、烈道陸は背中を見せた。あ、今度は鞘で私の太刀を弾くつもりか。そうなると柄に手は届いているんだね?
案の定、我慢しきれない中学男子のように、遠慮咀嚼もなく烈道陸は抜いてきた。
読者諸兄は背中を向けた者が抜く太刀はどこを斬ってくるかわからない、と思うだろうが冷静になっていただきたい。鞘の向きで刃を推察すれば、どこを斬ってくるかは正面を向いているときよりも読みやすい。
「うん、良い技だね」
私がそう言ったときには烈道陸、刀を落としていた。カウンターで小手を打ったのだ。手首欠損、ヴァイブレーションが走っているだろう。見た目にも右手に黒いモヤがかかっている。
「回復ポーションをつかうと良い。もう少し遊ぼうじゃないか」
「無用っ!」
「良いから使いなさい!」
少し怒気を含んで命じると、烈道陸くんは渋々といった風に従った。
右小手が回復するまでの数秒、私はひとつアドバイス。
「君たち泰然流の技は、良くできている。さすが免許皆伝だ。しかし稽古の途中で方向性を誤ったか、殺気や気迫が勝ちすぎている。それではたやすく手を読まれるぞ。己を殺し、技を活かすことを考えるんだ」
烈道陸、回復。
「今度は抜いた状態で立ち合うかい?」
木刀を中段に構える。烈道陸も素直に応じてきた。ともに中段、間合いは一足一刀。烈道陸はグッと殺気をのし掛けてくる。しかし私は殺気を返したりしない。
間合いを盗むようにして、つまりこっそりと烈道陸は攻め込んできた。そうそう、その調子。何をするにも相手を刺激せずに、だ。
切っ先で私に圧をかけながら、押してくる。先ほどまでの不細工な殺気などよりは、はるかに良い。だが、そんな手は食わない。こちらも間合いを盗んで後退、小手への一手を外す。その上でこちらから木刀で小手に触れる、ペトリ。
「遊ぼう遊ぼう、もっと遊ぼうじゃないか。さ、今度はどう来る?」
「……………………」
烈道陸は苦い顔をするかと思ったが、この難局を打破することに気持ちが傾いたようだ。なぞなぞに取り組む小学生のように、ただ純粋にただ熱心に思考を巡らせている。
命懸けだから面白ぇ!
剣術をそのようにとらえていた時期が、私にもあった。しかし古流武術はそれだけではない。それまでできなかった技ができるようになり、それまで理解の及ばなかった理が解明できるようになる。たったそれだけのことでも幸せになれる。人が幸せになるための道しるべともなり得るのだ。
たったそれだけのことなら、他のことでもできるじゃん。そう思った読者諸兄、まったくの正解です。何事からでも人は幸せになれる理合を導き出すことができるのだ。そのもっとも縁遠いと思われる『生粋の殺人技術』である剣術。そこからでさえ、人は幸せになるための理を探ることができるのだ。
だから、強いだけじゃつまらない。金メダルを追いかけるだけじゃ面白くない。人を斬ることだけで終わっては、もったいないじゃないか。そうは思わないかい、烈道陸くん?
不細工な殺気は、もうすでにない。ただ技にのみ集中して、静かに突いてきた。私も静かに後退、そして角度を変えて袈裟へひと太刀。烈道陸は撤退していった。
今夜は素敵なクリスマスイブ。リュウ先生たちのように、私に予定なんぞはありません。