万里視点 短い更新です
雰囲気のある男だった。削げ落ちた頬、長い髪、輝きを消した三白眼。着流しの和服、腰に落とした刀。
どれを取っても申し分ない雰囲気、これぞ強者。そんな気配を万里は感じ取っていた。だから万幸の剣軍勢に引き入れたのだ。ゲーム内通貨を使い、18禁サービスで接待までして。
事実、万里の軍勢の中で首藤に勝てる者はいなかった。長得物を手にしても、実戦経験豊富な者が立っても、三分と保たなかったのである。誰ひとりとして。
カエデが欲しい。また一緒に戦いたい。そしてカエデなら、傾いているチームも『ヴァルキリージム』も立て直してくれるに違いない。
そして今度こそ男らしい自分をアピールして、カエデと……。
首藤はそのために雇った助っ人だ。実際にどれほどの腕なのか、万里自身が見てみたいと懇願した。もしかすると、ウチにも災害認定のメンバーが加入したのかもしれないんだ。
上手くすればこの男をプロのリングに押し上げて、自分のところにも広告収入が転がり込んでくるかもしれないじゃないか。
そんな夢を思い描いて、個人戦に首藤を出場させた。首藤は万里にとって、初めての豪傑格プレイヤーだった。折よく、対戦相手は柔道の小男。カエデの所属する陸奥屋まほろば連合のメンバーである。
こんな強者を、俺はスカウトできるんだ、どうだカエデ! スゴイだろ!
そんなアピールもしたかった。が、首藤が間合いを詰められない。それどころか早々に一本を献上してしまっている。
ウソだ、古流の使い手は強いんじゃないのか? 誰でもやってるような柔道なんぞ、コテンコテンに切り刻めるのが剣術じゃないのか!?
だが目の前の光景はどうだ。逆に首藤がコテンコテンにやられてしまっている。
「万里さん……」
幸♡兼定が不安そうな声を出す。
「いや、まだだ。これからさ、古武道の力は……」
そのとき首藤は間合を外して、ようやく抜刀した。そうだ、ここからが本当の見せ場なんだ。行け、首藤! ここでキメてくれ!
首藤、八相からの斬撃。狙うは柔道屋の前手。
しかし、空振り。敵はいつの間にか構えをスイッチしていた。柔道屋の槍が首藤の胸に吸い込まれる……。試合終了。
結局首藤は、良いところをひとつも見せられず、柔道屋に負けた。
いや、今日はたまたまだ。古武道の力はこんなものじゃない。おそらくこれは古武道が負けたんじゃなく、柔道屋が特別に強かっただけだ。俺がわざわざ接待までしてスカウトした強者が、弱い訳がない。
万里は現実逃避した。だが、その日以来、首藤の姿は見かけなくなってしまった。
幸♡兼定の提案で、メンバー募集をする。古武道経験者、募集。
今度こそ慎重に、そして目を皿のようにして吟味する。しかし首藤ほどの者は、なかなか現れない。というか、募集に応じる者すら現れない。
戦績の良い者たちに声をかけて回った。古武道経験者なら、なおさら好待遇を用意した。
ケンモホロロであった。自分のチームを持っている者が大半だったのだ。
無所属の野良を発見したときは小躍りしたものだが、「お前とつるむ気にはならん」とあっさり断られてしまった。
どうしてこんなことに……。というか、何故陸奥屋まほろば連合には使い手が揃っているんだ?
あんな柔道屋も含めて……。理解ができない。やがて首藤のことは嘲笑の対象になった。格好ばかりで何もできない奴と。そしてその何もできない奴にコテンパンにされた記憶は、どこかへと流れ去っていった。
プロ選手も成績が振るわない。所属チームも白星に恵まれない。その理由を、自分ではなく他人のせいにした。他人のせいと言っても、あの柔道屋のように「相手が悪かった」というのではなく、味方を罵る方向に向かったのである。
「なりたての熟練格は、まだ動きが悪いよね」
「俺が囲まれたとき、どうして助けに来てくれなかったのさ?」
読者諸兄にとって、こんな言葉では罵りのうちには入らないだろうが、状況を考慮しない発言だったのは確かだった。
メンバーたちの士気が落ちているのがわかる。だから大きなことを言って吹かした。イベントに向けて大切な時期だというのに、インしないメンバーが現れ始める。軍勢はガタガタと言ってよい状態である。
こんなときカエデならどうした? カエデさえいたなら、なんとかしてくれるはずなのに。
そんなことばかり考えて過ごす。つまり、現実的な対処は何ひとつできなかった。
そして迎える、年末の大型イベント。
プロ選手たちによる最強決定戦。
まだ層の薄い新兵格。ここは総当たりのリーグ戦がおこなわれた。が、ここでも惨敗。
白星ひとつあげることなく敗北。唯一のプロ選手は、ここで引退してしまう。
嫌な情報が入った。
掲示板に、自分たちのことが書かれていたのだ。
最弱チーム、万幸の剣。
誰がそんなことを言い出したのか? 問い詰めようとしても、そこは匿名掲示板。目的が達成されることは無い。ただ、ここで奇跡は起こっていた。
これだけ結果を出せず、惨憺たる有り様にも関わらず、同盟だけは五〇〇人を維持できていたのだ。どの同盟も、脱退は口にしていない。万里の吹かしが効いていたのだ。
別な言い方をすれば、強い人と強そうな人の区別がつかない万里同様、同盟関係者もまた『偉い人』と『偉そうなだけの人』、あるいは『期待できる人』と『期待できそうな人』の区別がついていなかったのだ。それはひっくり返して考えると、同じような人間しか、万里の元には集まっていなかったとも言える。
悲劇でしかない。無能に担ぎ上げられた無能など。それでいて「俺にはまだこれだけの味方がいる!」などと烏合の衆を喜んで抱えているのだから。
結論を述べるならば、最弱チームが自分と同じような連中を集めて悦にひたっているだけでしかない。
それでも万里は挑んで来た。
二〇二二年末、というか師走二十三日。
三日間に渡る冬イベントの開幕である。