テストマッチ
さくらさんが手槍をしごく。牽制だろう、ヒカルさんに思い通りなことはさせない、という意思表示だ。それに対してヒカルさんはヌッと顔を突きだす。突いて来い、突けるものなら突いて来い。そう言っているのだろうか?
しかしヒカルさん、それは武道の有段者相手に悪手だぞ?
少なくとも競技でその技を日々研究し、磨いている武道は簡単ではない。なにをされたか分からぬうちに、蜂の巣のように穴だらけにされるてしまう。
しかし、それんな私の読みはハズレた。流々と槍をしごくさくらさん。その槍のことごとくを、ヒカルさんは避けてみせたのだ。どのような身体能力をしているのか?
トヨム並の動きである。いや、その能力はトヨムと匹敵、あるいはそれ以上である。
だとしたら、ヒカルさんは剣を手にして草薙流を学ぶトヨムとも言える。
これは、面白いな。
思わず笑みがこぼれてしまう。事実、士郎さんがそう教えたのかヒカルさんは、常に半身を切って避けている。さくらさんの槍をだ。二合、三合、本来ならばこれは切り結んでいる描写の単語なのだろうが、雰囲気で受け取っていただきたい。
槍の有段者が素人同然の小娘に、その切っ先を躱されているのだ。
そこに違和感でも感じたか、危険を察知したものか。さくらさんの槍が止まった。ふたたび様子でもうかがうように、短く小さくしごいている。
ヒカルさんはダラリと木剣を提げたノーガード戦法。カカトを浮かし、軽く身体を上下に揺すっていた。しかし正中線は維持している。つまり、いつでも行ける体勢だ。
有利はどっちだ? 有段者のさくらさんか? それとも身体能力のヒカルさんか?
いや、ここはブレずにさくらさん有利としておこう。きっとヒカルさんは、さくらさんの打ち終わりか先の先を取るカウンターを狙っているに違いない。そういった相討ち上等な思考でないと勝てない相手と、ヒカルさんは見ているのだろう。
私は、お父さんの借金をどうにかしないといけないんだ……。
そんな、禍々しい殺気をヒカルさんが放っている。これは良くないことだ。真に勝利を目指すならば、勝ちたいなどという雑念は振り払わなければならないものだ。
その点、さくらさんの殺気は清く澄んでいる。ヒカルさんの存在すら消えて、水鏡のようですらあった。ちょっとヤル娘なのかな?
ヨーコさんは段位でいけば二段三段クラスと私は見ていた。しかしさくらさんは四段クラスだろうか? 少なくとも精神的にはその境地にまで来ていると見えた。
四段五段のポジションは、鬼組で言えばフィー先生、キョウちゃん♡それにユキさん辺り。まほろばなら白銀輝夜にポニーテールの御門芙蓉。ボブ子さんの比良坂瑠璃といったところ。若手の実力者といった面々が揃っている。
危機察知能力、勝負の機微、そういったものを読むに長けているのかな? だとしたら幼少期から武を仕込まれていたのかもしれない。
さて、草薙流のヒカルさん。……どうする?
どうするもなにも、私にはこれしかありません。そう答えるかのように、ヒカルさんは左霞の構えに入った。ヒカルさんも澄んだ。このひと太刀にすべてを賭ける、とばかりに。
ヒカルさんが間を詰める。さくらさんは退かない。霞の太刀と青眼の槍、その切っ先が交わった。正中線争いが始まる。「道を開けろ」「そっちこそ、そこをどけ」。
互いの正中線という本丸を目指して、両軍が鎬を削るような攻防を展開していた。
しかしそこは未熟なヒカルさん、とにかく攻めの一辺倒だった。さくらさんの方が芸が多彩である。とにかく前進してくるヒカル軍の兵士たちを、あるいはいなし、あるいは躱して翻弄する。
ここでヒカルさんはひらめくんだろうな。「槍の切っ先に付き合うから邪魔されるんだ! ここはもう、一点突破しかない!」なんて。
だからヒカルさんはグイッと前に出た。その手指を打たれる、欠損発生だ。しかしそれでも、と思ったところで喉を貫かれる。勝負あり!
熟練者と発展途上の差が出た。私は一本を宣した。
撤退したヒカルさんが復活してきた。そのときを見計らったように、フィー先生が訊いてくる。
「いかがでしょう、両先生。この二人の入団は?」
私としては、まったく問題無い。それは士郎さんも同じようである。そして士郎さんはなにか考え込んでいた。そしてそこは私も同じであった。では何を考え込んでいるのか?
その答えはシフトである。
三人の選手がどのような役割を果たすか? 試合場において、チーム内において。有り体に言えば誰をリーダーとして誰を参謀にするか?
そして誰が壁役で誰がヒットマン、誰を道化師役とするか?
それを決めかねているのは、データが不足しているからだ。
「どうだろう士郎さん、もう何戦かさせてみないかい?」
「おう、俺も丁度それを考えていたんだ。新兵格のどこかのチームから三人出してもらって、ちょっとやってみようや」
私たちの会話を理解できていなかったフィー先生、プクッと頬を膨らませる。
「また二人で会話して! 私は二人の入団とプロテスト受験はどうかって訊いてるんですよ!?」
「やあ、ゴメンゴメン。もちろん二人とも入団オーケイ、すぐにでもプロテストを受けさせようじゃないか」
さすがの士郎さんもフィー先生にはかなわないようだ。懸命になだめにかかる。
さて、新兵格から無名の三人が選び出された。私たちのリクエストで、チーム内で壁役道化師役、ヒットマン役を務めている三人である。
対するはもちろんこの三人。ヨーコさんさくらさん、ヒカルさんである。今度は士郎さんが必要の無い審判役。私は検分役ということで全体を眺めさせていただく。
「始めっ!!」
士郎さんの鋭い掛け声で試合開始。新兵格の三人は壁役とヒットマンが前に出た。あちらは道化師を隠し玉にポイントを奪う作戦のようだ。ではこちらは?
ヒカルさんたちは三人で二人にかかっていった。なるほど、それは面白い。まずはさくらさんが手槍で胴の防具を破壊、ヒカルさんがほぼ同時にキルを奪った。パツキンツインテールボインボインのヨーコさんは、防御に専念。敵のヒットマンを足止めしている。小回りの効くヒカルさんがこれの応援に向う。するとさくらさんは道化師の足止めにまわる。
といった具合に、三人の役割がそれぞれに代わって連携をとっていたのだ。初めて組むチームなのに。
テストマッチが終わり、さくらさんとヨーコさんに訊いてみる。二人はあっけらかんと答えてくれた。
「動画を観て参考にしたんですよ。主に『嗚呼!!花のトヨム小隊』の動画をね♪」
「キルをとるゲームなのに、キルを取らないのも仕事のうちという発想がすごかったです」
「そーそー、カエデさんってプレイヤー。動きも軽快で必要な場所には必ず現れて!」
そのカエデさんが、ヨーコさんの背後で照れテレと両手dw頬を押さえている。まあ、まんざらでもなさそうな顔だ。
「他に気になったプレイヤーは?」
迂闊に訊いてしまう。
「はい、やはりカエデさんと同じような動きをするフィー先生と、神出鬼没の忍者さんです!」
フィー先生はまだしも、忍者と同じ扱いをされてカエデさんは肩を落とす。その顔は、かなり嫌そうだ。気持ちはわかるぞカエデさん、私も鬼将軍と同じ扱いをされたらきっと嫌な顔をするだろう。
「ということで士郎さん、ヨーコさんとさくらさんはポジションとか配置とか、固定しない方が良いと思うんだけど」
「そうだな、三人制試合は入れ代わりが激しい。あまりカチカチに固めない方がいいだろうな」
「じゃあ、見知らぬ連中と組まされる六人制試合では?」
「出場選手たちと合議の上でポジションを決めれば良いさ」
「なー旦那?」
トヨムが見上げてきた。
「慢心する訳じゃないけどさー、アタイこの三人と闘ったら、どーだろーなー?」
おやおや、ウチの小隊長の食指を動かすとは。君たち三人、やるじゃないか。
「えっ!? トヨムお姉さまが相手してくれるんですかっ!?」
ヒカルさんが瞳を輝かせる。それは恩人であるお姉さまが胸を貸してくれるからなのか、コテンパンに良いところ無く伸されたストリートファイトの報復の機会が訪れたからなのか?
私には分からない。
「トヨム小隊長って、あの素早くて攻撃力の高い小隊長さんだよね? わっ、楽しみ〜〜♪」
ヨーコさんは素直にはしゃいでいるが、さくらさんは違う。
「ヨーコさん、小隊長が出てきたってことは私たちに勝つ自信があるからですよ? 気をつけて……」
浮かれる二人とは正反対、さくらさんだけは警戒の目を向けていた。