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引き抜き

ヒカルさん視点が続いてましたが、いよいよ私リュウの視点です。

どこかで見た若い者、どこかで見た女の子。そしてヒカルさん三連戦の折、唯一ヒカルさんが一本を献上できなかったプロ選手、武王くん。まあ、女の子と武王くんは悪くない。ただ一緒にいるだけなのだから。

しかしジムオーナーであるはずの万里とか言う若いのが、あれこれとカエデさんに話しかけている。

以下はヒカルさんのことをまだまだ、と言ったカエデさんに対して「カエデのとこだからな」とぬかした若い者、という前提でお聞きいただきたい。そして彼が、陸奥屋まほろばが集結しているこの場に座していることも考慮のうえで。

「やっぱプロの育成って大変でよぉ」

「そりゃあそうでしょうね、プロですから」

「カエデのとこのヒカルって選手、ホント調子良さそうじゃん。なんか秘訣でもあるのか?」

ほう? われらが秘伝……主に士郎さんがヒカルさんの指導をしているので草薙流の秘伝になるが……を盗むつもりかい?

「ヒカル本人が熱心だし、指導にあたっている先生もただ者じゃないし。でも万里さんも幸♡兼定さんもウチの講習会に参加しているから、内容はほとんど同じですよ?」


ようやく思い出した。この若いの、カエデさんの昔のチームメイトだったか。そういえばこの若いのも武王くんも、基本的な素振りからしてなっていなかったな。

「迷ったときは講習会に来るといいですよ? 誰でも参加OKな講習会ですから」

「だけどその講習会に参加してるカエデ、強くないじゃん」

なるほど、物の価値がわからん男なのか、彼は。だが物の価値が分からないという無知は罪である。特に物の価値を知っている者たちの間では。それが罪である証拠に、陸奥屋一党まほろばを問わず、その場にいるすべての者たちが殺気立っていた。ただ一人を除いては。

その一人とは、当事者のカエデさんであった。カエデさんはクスクスと笑う。

「えぇ、そうですね。私は強くありませんよ?」

「だからさぁ、カエデが苦労してんじゃないかと思ってさ……」

思って、なんだというのかね?

「前にも言いましたが、私はいま所属しているチームで良くしてもらってますが、なにか?」

「お荷物に見られてんじゃねーの? なんだかんだで……」

「で? 本題は?」

「ウチに帰って来ねぇか? 実はプロジム開いてからこっち、メンバーが増えて手が回らないのさ。カエデにウチに来て欲しいんだ」


「それは『引き抜き』と解釈してもよろしいでしょうか?」

「引き抜きなんかじゃねーよ! カエデが苦労してんじゃないかと思ってさ……」

何と言い繕おうと、やっていることは引き抜き行為だ。

そのときスックと立ち上がる男がいた。鬼将軍だ。

「そこなる男……万里とか言ったな? その方、同志カエデが欲しいのか?」

「だ、誰だよ、アンタ……」

男はマントを翻した。お得意のスタイルだ。

「私の名は鬼将軍! 陸奥屋一党の総裁だっ!」

気後れしている。若造は鬼将軍を相手に気後れしていた。

「そ、それがどうしたよ?」

「我々にとって同志カエデは代えがたいメンバーである!

それを引き抜こうとは我々に対する挑戦と見た!そして我々陸奥屋一党とまほろばは、同志カエデのために立ち上がる!」

「なに言ってんだ、おっさん……」

「そのケンカ買った! 総裁はそう言っているんです」

カエデさんはお茶でもすすっているかのように気軽に言った。

「ケンカって、俺、そんな積りじゃぁ……」

「そんな積りじゃなくっても、相手がどのように捕らえるかを考慮しながら発言しないといけませんよ?

私は前のゲームのときに、万里さんのそう言いませんでしたっけ?」

「あらあら、そちらの万里さまは陸奥屋一党とまほろばの連合軍を合わせても、足りないくらいにお味方がいらっしゃるようで」


出た。

出雲鏡花だ。

「わたくしどもが同盟や講習会参加者をひっかき集めても、百五十人に達するかどうか?

というのに、そちらさまはお友だちを合わせれば二百人を越えておりますわね♪」

すでにそんなことまで調べている。

「これを引き下がっては男子とは言えませんわね。カエデさんという景品がかかっているというのに」

いつの間にかカエデさんを賭けた戦いということにしてしまっている。なにしろカエデさん本人が、「え!?

私が景品!?」と驚いているくらいだ。そして鬼将軍もノッている。

「同志カエデを賭けた合戦か、これは負けられんな」

「ですが鬼将軍さま? このままでは勝負になりませんわよ。なにしろこちらには災害認定が三人、候補が一人いるのですから」

「では、どうするというのかね? 災害認定と候補の四人だけでも、二百人などステーキ皿の油が跳ねているうちに終わってしまうぞ」

まあ、効率よく刈って六十秒……というところか。

「そうですわね……飛車角落ちという言葉がございますわ。四先生方にはよそで遊んでいただく、というのはいかがでしょう?」

「い、いや。俺たちは一言も承諾してないんだけど……」

「ケンカを売ってきたのはそちらだろう、すでに会話のログは掲示板に公開しているぞ」

鬼将軍が睨みつける。そのかたわらで、優秀な美人秘書の御剣かなめが、すでにキーボードを叩いていた。

「総裁、運営に打診したところ、万里氏の連合と私たちの陣営を分けてもらえると返答がありました」

そう、すでに大きな流れはできているのである。

「では次の冬イベント、我々は陣地Aを占領する! 同志カエデを奪いたくば……私の首を落としてみよ!」


「だから、俺はそんな積りなんて無いって……」

「そんな積りがなければ、人を死なせても良いのかね? そんな積りがなければ、引き抜きをしても良いというのかな?

もしも私がそちらのメンバーに引き抜きをかけたら、これ幸いとばかり声を大きくするのではないのかな?」

「お、俺がそんなことするって証拠、あるのかよ?」

「証拠は貴様の存在である!」

一喝、この万里という若者まだ鬼将軍と会話をしようとしている。なんと愚かな……。

「意味わかんねーよ、おっさん!」

「たわけっ! 悪事を働いておいて言い逃れしようとする者など、最初から信用などされぬわっ!」

そうだ、悪気なく引き抜き行為をするということは、善悪の判断ができないということ。そのような者の弁など、誰も信用しない。

「あらあら、掲示板ではずいぶんと万里さんが人気者になってますわね♪」

出雲鏡花がウィンドウを開いて嬉々としている。万里もウィンドウを開いて顔を青くした。

まあ、見ずともわかる。


どうせ『ここで陸奥屋に挑まねぇと男じゃねぇ』とか、『お膳立てしてもらって、なにたじろいでんのよ?』とか『飛車角落ちだったらあいつらに勝てんじゃね?』とか、散々にあおられているのだろう。

やるのか? やらないのか? 普通ならばここでログアウトするか、王国の刃を辞めてしまうかのどちらかだろう。それが賢いやり方だ。しかし彼はバカだったようだ。

「いいよ! やってやるよ、だけど俺たちが勝ったら、カエデは俺たちのモンだぞ!」

フサァ……鬼将軍は静かにマントをなびかせた。そしてカエデさんの元へ近づき、片膝ついてうやうやしく頭を垂れる。

「すまない、同志カエデ……。なにものにも代え難い同志を、賭けの対象にしてしまった。どうかこの愚かな巡礼を許していただきたい」

まるでどこかの貴賓か王族に対するように、心を込めて、まごころを込めて頭を垂れていた。

「うれしいな……私なんかが、総裁にそんな風に思われているだなんて……大した働きもできない、裏でモゾモゾしてるだけの私に、片膝ついてくれるだなんて……」

「もしよければ、その手に口づけを……」

「はい……」


カエデさんは夢見るように手を差し出してしまう。しかしそこに私の馬場キック。鬼将軍を蹴り飛ばす。

「調子に乗るな、この阿呆がクソ」

未成年者の手に口づけ、まあ他の者がするならば可愛らしいものだがしかし、この男がするとキザったらしくてよろしくない。

しかしそこは悪魔の申し子鬼将軍、馬場キックの勢いで前転ゴロリと一回転。スチャッと片膝の体勢を取り直し「もしよろしければ、その手に口づけを……」と。目の前にはナンブ・リュウゾウしかいないのに……。

しかしナンブ・リュウゾウ、まんざらでもない様子で手を差し伸べる。これは私も留め立てはしない。そして野郎同士による不愉快な場面……終了。

「さて、これで年末イベントは陸奥屋まほろば連合と万里軍の合戦と相成ったわけだが……」

そう、一方的にそんなことになってしまった。

「数ではあちらが有利! 皆の者、気を引き締めてかかれ!」

「ラッセーラーーッ!」

まほろば陸奥屋を問わず気勢を上げるが、カエデさんだけは夢から醒めていた。

「あの、リュウ先生……?」

「なにかね?」

「リュウゾウさんって、試合してるはずじゃあなかったですか?」

カエデさん、考えるな。鬼将軍を相手に、考えたら負けだ。事実、考えようとした万里が上がらなくても良いリングに、引きずり出されただろう。


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