ヒカルさんのデビュー戦、その後……
ヒカルさん、見事なKO勝利。会場は沸きに沸いた。まあ、小柄な女の子が屈強な男をいてこましたのだ。しかも十分に可愛らしい女の子。ファンが付くのも当然だろう。
私たちとしては義理はすでに果たしているので、もう帰っても良いのだが、それでも気になることはある。第二試合は六人制だ。試合場が六メートル四方では足りない。どうなることかと思っていたら、会場が興行テーマ曲とともに変形したのだ。
そして入場してくる合計十二人の選手たち。シックスメン・タッグマッチというのは聞いたことがあるが、十二人というのはこれまた……。いやいや、違う違う。これはプロレスやボクシングの試合ではない。言わばバスケットボールなど球技の試合に近いものなのだ。集団の動きを見て楽しむものなのである。
そしてこの十二人の中に、やはり女性プレイヤーは複数存在していた。声援は主に彼女たちへと注がれている。やはり女性の力は偉大であった。
ゴング。試合展開も中々に上手なもので、壁役が敵の突進を押さえ、ヒットマンたちがサイドに展開。そして道化師役が背後に回り込もうとする。アメリカンフットボールなどは、芸術的とも思えるほど選手たちが見事な展開の攻防を見せてくれるが、プロチームの展開と攻防もそれに通じるものがある。
「普段の私たちもこうありたいものだ」
「やってるじゃん、旦那。しかもアタイたちは二対一を作ったりして、さらに高級品だよ?」
「それもそうだが、やはりフェアなプレイは見ていて気持ちが良い」
「あーー……普段は不正者ばっかだもんね……」
しかし。
それにしても六人制ともなればコートが広くなるので、選手が小さく見える。もしもこの中にヒカルさんが混ざったとしたら、ほとんど何をしてるのか分からなくなるだろう。
いつのことだったか、テレビ論で聞いたことがある。剣道、アメフト、フェンシングなどの番組は人気が出にくいと。逆にプロレスやボクシング、野球ではバッターやピッチャーの人気が出るそうだ。
その違いは何か? 顔を露出しているかどうかにあるそうだ。
何が言いたいかというと、六人制試合では選手の顔がわかりにくい。これはプロ競技配信動画として、どのように人気へとつなげるのか?
私が心配するべきことではないが、つい気になってしまう。
六人制試合は美しい流れで中盤以降、青コーナーチームが圧倒して六分間の試合を終了した。
上手上手、と私は拍手を送った。
「そろそろ行こうか」
士郎さんが立ち上がる。どこへと訊くと、ヒカルさんの控え室だという。初陣の勝利を祝福するということだ。これを忘れていたのは、私もうっかり八兵衛だ。
ということで陸奥屋まほろば連合、いまや一大勢力となった私たちは控え室へと大移動。
スケバン少女が先立って、道案内をしてくれる。そして子供っぽく、「先生!ここここ!」とドアを指さした。
「陸奥屋一党まほろば連合! 整列っ!」
歴戦の鬼軍曹が号令をかける。するとワチャワチャと全員が整列した。左右にきれいな整列を拵えている。軍曹は挙手、注目の敬礼。私と士郎さんに「ヨロシっ!」と報告。通路の壁紙にピッタリと伸ばした背中をつけて、人間の通路が形成されていた。私と士郎さんはその中を歩く。先導は海賊のキャプテンだ。
ドアのすぐそば、右にトヨム小隊、左に鬼組。キャプテンはノックを三回。天宮緋影の「どなたでしょう?」という声に「士郎先生、リュウ先生をお招きしました!」と申告。「どうぞ」という声を待って、キャプテンはドアノブを捻る。
ヒカルさんは試合装束そのまま、直立不動で私たちを待っていた。
「士郎先生、リュウ先生! 今日の試合で勝ちました! 両先生のおかげです!」
ビッと折り目正しく、十五度だけ上体を折り曲げる。慇懃無礼極まりない、九十度の礼ではない。九十度の礼は、天皇陛下と戦没者に捧げる礼である。近年随所でこの礼を見かけるが、これは簡単にとるべき礼ではない。と、第一話に出てきた伊藤に聞いたことがある。
「よくやったぞ、ヒカル! というお褒めの言葉はリュウさんから貰え! 私からは説教だ、説教! 激闘王選手から先制のクリティカルを奪ったのはヨシ!
しかしそこから相手が考える暇も与えず、攻めて攻めて攻め抜かねばならんだろう!」
「はい! 肝に銘じておきます!」
「しかしとりあえずは初勝利だ! これに驕ることなく、よく励むように!」
「はいっ! 士郎先生!」
で、次は私。リュウ先生、ウチの選手になにかお言葉を、とばかり鬼将軍が私に視線を送ってくる。
「コホン、私は説教が苦手でね。士郎さんのように檄は飛ばせないけど。今日の勝者は驕るなかれ、奢れば明日の敗者なりけり、さ。稽古相手はいくらでもいるから、ドンドン鍛えていけばいい。とりあえず今日は、おめでとう!」
「ハイッ! ありがとうございました、リュウ先生!」
実に素直な受け答えだ。そう、とりあえず今日のところはおめでとう、だ。
「だけど、次の試合はいつなんだい?」
「はい! 今日出場しなかった新兵格の選手と、このあとすぐに三連戦です!」
えらく押し押しだな、と思ったがここはゲーム世界。ドンドンファイトしてドンドン動画をアップして、ドンドン広告を貼ってもらうことができる世界である。
「しかしよく相手も試合を承諾してくれるな」
「そこはね士郎先生、はばかりながら私の力さ」
ヒカルさんのファイトがアップされれば、すぐに鬼将軍が広告を貼る。広告料が山分けならば、相手選手も収入になる。ヒカルさんは選手としても人気者になるだろう。が、しかし。
「それでは人気者になっても、ヒカルさんの収入は想像ほどは上がらないのでは?」
そう、試合の数はこなせるだろうが、一本試合をしていくら、の収入でしかない。人気に見合った報酬が得られないではないか。
「そこはですね、リュウ先生。動画を閲覧していただければわかります」
鬼将軍はインテリ眼鏡を輝かせて、ニヤリと不敵に笑った。
翌日のイン、それと同時にトヨムが私の視界へアップで迫ってきた。
「旦那、昨日のヒカルの試合がオススメ付きで上がってるよ!」
フンスフンスと鼻息荒く、それが顔にかかってくすぐったい。まるでワンコの攻勢のようだ。トヨムに犬シッポが生えていたら、ちぎれるくらいにブンブンと振られていることだろう。
「わかった、わかったからトヨム! 近いから顔! 顔が近い!」
ワンコの「かまえーかまえーかまってくれー!」攻撃にも近い、圧倒的な接近を引き剥がしてカエデさんに救いの眼差しを向ける。
「えっと、これから左記もヒカルの動画はアップされるでしょうから、操作になれるためリュウ先生にはご自身のウィンドウを開いていただいて……」
なるほど、だがそれにはトヨム犬が邪魔すぎる。外無双で足を払い、転倒した喉元へエルボードロップ。トヨムは死んだ。
さて、それではウィンドウを開き、カエデさんの説明に従い『王国の刃オフィシャルサイト』をタップ。公式配信動画をチョイスしてタップ。プロ競技配信を選択してタップ。すると『公式プロ試合が開幕しました!』のメッセージが入り、プロ選手たちの顔アイコンが並んだ。階級別である。私はカエデさんのススメで、ヒカルさんアイコンをタップ。
すると四試合が表示された。カエデさんの指示により、興行第一試合、ヒカルさんのデビュー戦をチョイスした。
すると対戦相手のアイコン、ヒカルさんのアイコン、そしてニュートラルの文字。
「ここはぜひとも、ヒカルアイコンをタップしてください!」
カエデさんまで鼻息が荒い。指示された通り、ヒカルさんアイコンをタップ。すると再生回数六万越えの表示とともに、ヒカルたんかわうい♡
の文字が並ぶコメント欄と動画画面が現れた。
画面のヒカルさんはまずペコリと一礼。
「はじめましての方ははじめまして! そうでない方もはじめまして! 王国の刃新人プロプレイヤーヒカルです!」
音量はかなり高い。
「今日はプロ試合第一試合を任されて闘った、私のデビュー戦を配信します!」
ここでコメント欄を見てみる。いま現在でもコメントは増えている。そして……おひねりシステムが機能していた。つまりヒカルさんに対するおひねりが次々と放り込まれているのである。
一投の金額はわずかに十円。それでいながらこの動画だけで三万円を稼いでいた。
「総裁が動画を閲覧していただければわかる、と言ったのはこのことか……」
動画の公開が六時間前、それなのにもうすでに万単位の再生回数になっている。デビュー戦からヒカルさん、いきなりの人気者である。
動画の内容そのものは、私たちが会場で観たそのまま。しかしヒカルさん中心に編集されている。つまりヒカルさんのファンが観るファン専用動画、と言える。
そしてヒカルさん自信の言葉で試合は解説され、思わず引き込まれてしまいそうになった。ちなみにニュートラル動画を選択すると、私と士郎さんのおっさんコンビによる解説音声が入っているらしい。カエデさんがそれとなく教えてくれたが、そちらの再生回数は伸びがイマイチだそうである。対戦相手であった激闘王選手中心の動画再生回数は……君たちも人の子ならば、他人の傷口をいじくるような真似はよしてあげようじゃないか……。それが人道というものである。