プロ興行、旗揚げ戦
陸奥屋本店発のメールが届く。
金曜日午後七時より、同志ヒカルのプロ試合が行われる。陸奥屋一党ならびにまほろば諸君は可能な限り観戦に赴くように。もちろん料金は無料である。
ついにプロ興行が始まる。もちろんアマチュアではあるが、士郎さんがメインで指導した少女だ。これはリアルマネーを支払ってでも観戦する価値がある。ということで、小隊メンバーとともに試合会場へ。指定された席を探していると、同盟チームのほとんどすべてがリングサイド席に陣取っていた。
「あ、リュウ先生。こちらへどうぞ」
カツンジャーのスケバン少女が、士郎さんのとなりへと招いてくれる。周囲は鬼組の面々が囲んでおり、トヨム小隊もそれに隣り合うようにして陣取った。一回席はひな壇が組まれていて、前の席の頭が邪魔になるということもない。
「ずいぶんと豪華な設備だな」
「現実世界じゃないからね、どんな施設でもキーボードとマウスで作り上げることができるのさ」
私たちは試合場を見下ろすような形で観戦するスタイル。円形試合場を囲むフェンス。そこにはセコンドが詰めるようだ。今は無人である。そして会場には協賛企業のロゴマークが随所に見られる。
「集まったんだな、スポンサー企業……」
「登録者一千万人を越える人気ゲームで、プロ試合を旗揚げするんだ。そりゃあ集まるさ。見ろよ、オリンピックにも金を出した企業まで来てるんだぜ」
もしかしたら私たちは、とんでもないことに参加しているのではないだろうか?
「で? ヒカルさんは何試合目に出るんだい?」
「新兵格だから一応前座試合、というか第一試合で登場さ。一対一の試合形式でね」
すぐそばで忍者が笑った。
「ウチの大将もよくやるよ、期待の新星を旗揚げ興行第一試合に持ってくるんだからな」
忍者は鬼将軍の派手な演出を喜んでいたが、私は逆に総裁の本気を感じ取っていた。この興行、なんとしても成功させるのだ、と。そのために好戦的、かつクリティカルの取れるヒカルさんを第一試合に持ってきたのだ。
「で? 対戦相手は?」
「大型アバターの大斧使い。当然フルプレートアーマー、運営の発表では身長一八〇センチ、体重九〇キロ。アマチュア戦績は二十四戦してクリティカルが九回」
これはカエデさんが答えてくれた。
「ちなみに試合経験は六人制のチーム戦だけ。一対一の試合形式は初めてのようですね」
「経験も体格もすべて相手が上か」
トヨムが唸った。
「だがな、トヨム。ヒカルさんが知られているのはクリティカルを取れる選手だってところだけだ。向こうにはヒカルさんの情報はほとんど無い」
「ちなみにですね両先生方、全然興味は無いでしょうが第二試合は豪傑格の六人制試合、第三試合は熟練格の三人制試合。あとはシングルマッチが続いて最後にもう一度、豪傑格の六人制試合が行われるそうですよ」
フィー先生だ。どの試合でもどの選手でも、クリティカルくらいは取れる選手だそうで、中々に派手な興行になりそうだと言う。
「おりょ? コイツらみんなウチの講習会経験者じゃないかい? 先生方の撒いた種が、意外なとこで芽を吹いちょるのう」
セキトリは大きな腹を揺すって、愉快痛快と笑っている。
「もしかしたら次の講習会、プロ志望者であふれ返るかもな。そうすりゃセキトリも俺も先輩だぜ」
巨漢のダイスケくんもとなりで笑いだした。大男ふたりの豪快な笑い声は、場の緊張感をほぐしてくれる。
そうこうしているうちにマスターオブセレモニー、興行の支配人として身なりを整えた白人が姿を現した。世界的に有名なMCで、日本にもボクシングの世界タイトルマッチなどでお目にかかったことのある男だ。つまりこの旗揚げ戦、世界に通じる一大イベントということになる。
『紳士淑女のみなさま、大変お待たせいたしました』
文字テロップが視界に流れる。
『記念すべきVRMMOゲーム『王国の刃』プロ興行旗揚げ戦、その第一試合が始まります! まずは赤コーナーより、アマチュア戦績ゼロ、ピカピカの新人! 2MB所属ヒカル選手の入場です!』
既存の曲ではない、この日この選手のために作られた、ヒカルさんのための入場曲である。そうなるとリングコスチュームも相当派手なものに……。
ならなかったーーっ!
赤いニットのハイネック、スリムなデニムパンツ。ただの平服ただの普段着、ただ足元は白い革ブーツのように見せたカカトの無い地下足袋を着用。そして平服の上から真っ白な革の胸あて、蛇腹に折った革胴、そしてスカートのような垂れをつけているだけ。そのヒカルさんが肩に両刃の剣を担ぎ、居合腰で頭を揺らさず入場してきた。
会場はいきなりヒートアップ、会場が割れんばかりの大歓声。そしてフェンス外には、鬼将軍を筆頭にまほろばの面々が陣取っている。
「いきなりすごい人気だな、ヒカル!」
怒鳴るようにトヨムが言う。
「それだけ公式配信の動画がインパクトあったってことさ!」
忍者の返事も怒鳴り声だ。第一試合、旗揚げ戦だというのにヒカルコールの大合唱。この異様とも思える会場の雰囲気に、ヒカルさんは……飲まれていない!
まっすぐ青コーナーを睨みつけて、まったく動じる素振りもみせないでいる。プロ向きの選手なのか? それとも必死の思いなのか?
どちらにしても良い集中ができている。入場から観察しているが、まばたきひとつ見せないでいた。
リングインと同時にヒカルコールは爆発するような声援へと変わった。
対する青コーナーからは、兜を小脇に抱えたイケメン男が入場。デカいくせにイケメン。私の中で納得できない感情が湧き上がる。プレイヤーネームを激闘王とするこの選手、体格から察するにアメフト選手辺りだろうか。鎧に隠された筋肉がうかがえる男だった。
プロレスやボクシングならば存在するレフェリーが、この試合場にはいない。その代わり運営が用意したチェッカーが両選手に光を当てて不正ツールの有無を確認する。
MCのMr.レノンが、今回の試合ルールを説明する。
試合は五分間の一回戦。基本的には『王国の刃』単独制試合に準ずるが、一本勝負ということでどちらかが一度撤退した時点で勝敗が決するというプロルール。時間内に決着がつかなかった場合は、どちらがより得点したかスコアにより勝者を決めるというものだ。
「それでなぁ、リュウさんや?」
「なんだい士郎さん?」
「ここから先は俺たちの会話、配信動画に載せたいと総裁のお達しなんだ」
「私たちの会話が世界配信ですか、私も偉くなったもんだ」
「報酬はリアルマネーの取っぱらい。申告無用のお米ゴッチャンだ」
「ゲフンゲフン! よく聞こえなかったな、ああ繰り返さなくてもいい。お米ゴッチャンだな?」
「気合いれて解説しようぜ」
本当は競馬で勝っても申告の必要があると聞いたことがあるが、まあそこはそれ。
試合に集中していこう。
両選手の不正チェックとルール確認、選手コールが終了。それぞれのコーナーに戻り、激闘王くんは兜をかぶった。両者ともに気合十分で、カウントダウンが始まった。
3……2……1……世界ゲーム史に残るプロ興行のゴングが、いま鳴った!
激闘王、大斧を担いで突進。ヒカルも脇構え、頭から突撃した。大斧を振り下ろす激闘王、しかしヒカルはすでにサイドへ回っている。かなりギリギリで躱していた。つまり、ヒカルの間合いである。
エフェクト一閃、まずはふとももの防具を破壊した!
先制打、オープニングヒットはヒカル。しかし空振りの体勢から激闘王がショルダータックル。どうにか剣の棟で受け止めるヒカルだが、大きく吹き飛ばされた。せっかくの間合いが外されてしまう。
追撃したかったヒカルだが、間合いを空けられて試合は振り出しである。
「いまの展開、どう思う?」
私が訊く。
「失格にして合格。ボクサーじゃないんだから、顔から突っ込むなんてのはいただけない。ちゃんと剣の陰に隠れないとな。だが、中段なんぞに構えてチマチマやるのはダメだ。命を的にできるって点は合格」
「吶喊精神の神党流らしいな、無双流なら中段で突撃させるかな? だが、士郎さんの考えも正解だ」
「それにしても間合いを取られた、ヒカルはどう出るかな?」
「新兵格なんて手数を出してナンボだ。それにプロで稼ぎたいなら、ガンガン行かないと」
私の声が聞こえたか、まずガンと出たのは激闘王くん。大斧を横薙ぎにブン回してきた。ヒカルは剣の棟で受ける。しかし力で敵う訳がない。裏面の棟に額をくっつけるようにして、剣の陰に隠れる。結果、巨大な刃を受け流すことに成功。激闘王くんの小手を打ち据えた。激闘王の打ち終わりを上手く捕らえている。今度はヒカルから間合いを取る。
「なにをやっとるヒカル!」
士郎さんは憤った。
「自分から出んか、自分から!」
「厳しいな、師匠」
「この試合、序盤戦が大事なんだぞ! 相手が自分の利に気づく前に叩きのめしてしまえ! セコンドへ伝令! ヒカルにどんどん責めさせろ!」
同感だ。激闘王の大斧、弱点は打ち終わりである。空振り受け流しをくらうと、隙だらけになってしまう。そう、大斧の使い方を変えなければ……。
しかし激闘王は気づいてしまった。大斧を返して取る。つまり、石突をヒカルに向けて構えたのだ。これで重たい刃を振り回さずに済む、激闘王の回転力は劇的にアップしてしまう。
チッと士郎さんはあからさまに舌打ち。
「足し算引き算の計算なら、ヒカルのアドバンテージはガッツリ落ちた」
「士郎さん、闘いは算数じゃない。まだまだこれからさ」
嘘だ。闘いであろうとなんであろうと、簡単な計算から物事は始まる。ただ闘いというものは、計算を度返しできる可能性がある、というだけだ。
ヒカル、ここで霞に構えた。切っ先を敵に向けたまま、ふたつの拳を耳にあてがうような構え。そこから腰をグッと低く作り、今度は自分から出た。
激闘王、突き。ヒカルは剣の棟でこれを逸らす。剣体一致、ひとつの固まりとなっているので力負けしていない。激闘王の突きはもう一度、ヒカルはこれを逸らしながらそのまま突撃。
身体ごとぶつかるような突きを、激闘王の腹に決める。火花が飛び散るような派手なエフェクト、激闘王の胴がぶっ飛んだ。
ヒカル、激闘王の内懐で片ヒザ。低い場所で両刃剣を頭上旋回。激闘王の腹を叩き斬った。
勝負あり!
物打の走った一撃は、防具無しの腹には鋭すぎた。地鳴りが起こった。会場全体が揺れる。そして観客は総立ち。耳鳴りを起こしそうな大歓声が起こった。
『勝者、2MB所属! 【紅の衝撃】ヒカル!』
Mr.レノンが宣言した。
『ただ今の試合は二十五秒、ヒカル選手のKO(KILL OUT)勝利で決着がつきました!』




