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四家会談

私と士郎さんによる動画が配信されて、数日後。

私、リュウは茶房『葵』にあった。緑柳師範の呼びかけで、災害認定三人と候補者で顔を突き合わせたのだ。

改めて面子を紹介するならば、主催者である緑柳師範、士郎師範代。鬼神館柔道から災害候補のフジオカ先生、そして私。リュウである。

「ちょっとした騒ぎだったな、えぇオイ」

緑柳師範が茶をすする。ちょっとした騒ぎというのは、例のプロライセンスの大ブームであった。私たちトヨム小隊はもちろん、鬼神館柔道も鬼組も、ついついライセンスを取得してしまったほどのムーブメントであった。

「それっくれぇ金ってのぁ魅力的ってことよ。恥じるこたぁねぇよ」

カッカッカッと師範は笑う。

「おう、フジの字。お前ぇのとこは賄いをどうしてんのよ?」

リアルでの懐事情だ。

「講道館からこっそりと助成金は受けてますが、足りない分は私の懐から……」

「オイラぁ柔には詳しくねぇけどよ、そもそもあの若ぇ連中、何者よ?」

「はばかりながら内弟子でして、ウチの会社の手伝いを食い扶持代わりにさせたりしてます」

フジオカ先生は会社経営者のようだ。


「士郎坊ンとこぁ自営業だったな?」

「はい、総裁の援助をいただき、私は稽古三昧です」

「それが剣士ってモンよ。リュウの字は役所勤めだったな?」

「はい、禄を食み、みなさまの温もりで生かしていただいてます」

士郎さんが剣術道場の道場主なら、私はお城勤めの武家というところか。しかしもしも立場が逆、つまり士郎さんが勤め人で私がフリーの剣士であっても、実力は士郎さんと伯仲だっただろう。稽古をしなければ強くはなれない。だが環境に甘えていては腕は上がらないのである。

で、師範の収入はどうなのか?

「オイラかい? オイラぁ弟を口車に乗せてよ、会社だけ立ち上げて弟が社長、オイラぁ会長。たいして仕事もせずに賃金貰ってんのよ」

剣客とは商売なりと言うものの、その実態は決して豊かではない懐事情が垣間見える。

「だからよ、これで食っていけるってなったらそっちになびくのが人情ってモンよ。何度も経験したぜ、金が無いがために剣を手放すのか? ってのをよ」

緑柳師範ほどの方でも、金の呪縛からは逃れられなかったのか。


「よく覚えておけ、理想を貫くなら人を集めろ。数は力になる、そして数は金だ。金で集まるし数で金も集まる。お前さん方が理想を説いて、シコシコ人数を育てているうちに、敵ぁ金で人数集めちまうし人数で金を集めちまうのよ」

現実論だ。だがもしかしたら、緑柳師範は業界でトップに立てる機会があったのではないだろうか?

それが金に頓着が無かったが故に、後塵を拝する羽目になったのではないか?

だから今になって『王国の刃』という舞台で、師範を貶めた連中に復讐しているのではないかと、そんな妄想を思い描いてしまう。

「で、師範。結局のところプロにはどれだけ残ったのでしょう?」

フジオカ先生が訊く。緑柳師範は総裁のボディーガードのような面がある。裏事情を知りたければ緑柳師範である。

「そうさなぁ……新兵格は、タイマンの勝ち抜き戦やるにゃちと寂しい程度。熟練格は三人制試合で勝ち抜き戦が寂しいくれぇ、豪傑格は六人制試合でそんくれぇ。英雄、無双格はハナっからプロ志望は皆無って奴よ、不正者だらけだからな。まったくお前ぇらも、えれぇ爆弾放ってくれたモンよ」

「すみませんでした、私が至らぬばかりに」

私が頭を下げると、緑柳師範は少しだけ顔をしかめた。


「リュウの字が悪いんじゃねぇ、オイラたち大人がダラシねぇのさ。だからあんなあんなことになっちまったのよ」

「師範、それだけ大人も苦しいんですよ」

士郎さんが助け船を出す。そう、懐具合の暖かな大人など、いないのだ。

「苦しいといえば、フジ。お前さんとこの連中なら、客を呼べそうなのがゴロゴロしてたろ? なんで辞めちまったんだい?」

そうだ、ウチもそうだろうし鬼組もそうだろうが、フジオカ先生のところの若い連中なら面白いファイトを期待できそうだった。良い興行が打てそうだったのに、何故?

「ブックマッチ……」

フジオカ先生は深く、静かに、そして苦々しく言った。

私たち大人はその一言ですべてを察する。台本試合ブックマッチ、つまり八百長が原因なのである。

くれぐれも御注意を、私は注射相撲やプロレスを否定しているのではない。むしろ推奨しているのだ。


日の下開山まで登りつめた天下の横綱に、褌担ぎのようなガチンコ相撲をとっては欲しくない。それに観客はなんだかんだで、横綱を観るために国技館へ足を運んでいるのだ。それが負傷欠場などというのは、あってはならないことである。横綱たる者、場所をしっかり勤め上げ、後輩を指導し、そして勝つのが仕事である。品性に欠けたガチンコ相撲で怪我をさせてはならないのだ。

注射(白星の買い付け)だって、若い衆に小遣い銭を与えているようなものだ。

「おう、これでみんなして遊んで来い」

「おう、これで旨いモン食って、しっかり身体作れ」

むしろこうでなくてはならない。

それを小隊のみんなにしてやれない、そんな私の方がだらしないのだ。

「秒殺」という言葉が生まれたのは、あるプロレス格闘技団体からだ。その団体では一度技が極まれば、ロープブレイクの暇さえなく試合が決していた。客は固唾を呑んで試合の行方を見守り、勝敗が決したときには大歓声で盛り上がったものだが、その結果はどうだ?

怪我人続出である。


だが、それは大相撲やプロのリングでの話。鬼神館柔道はそうではない。ブックマッチをやってはいけない団体なのだ。生活や収入のために闘っているのではない、この国に生まれた男子のすべてが、胸を張って生きられるように。そのために闘っているのである。

人はパンのみにて生くるに非ず。

これは人間ならば道徳心や正義感をもって生きるべきだ、という言葉だろう。

だがあえてこの国の男子には曲がった解釈をしてやろう。誇りを胸に持て、太陽を睨みつけて生きるのだ。それが若者であり、男というものだ。これをセクハラだというのなら、君はうつむきながら生きていけ。私は一向にかまわないし、責任は持たない。

話を戻そう、鬼神館柔道にブックマッチの文字は無い! だからフジオカ先生はプロ化を蹴ったのだ。人間らしく、ちょっぴり心は揺らいだが。

「とはいえ、興行を打つには心細い人数ですな」

「なに言ってやがんだ、士郎坊。会場に人を集める興行じゃねぇ、好きなときに好きな試合だけ見られる試合なんだぜ。人数なんぞ関係ねぇや」

「おっと、こいつぁうっかりだ」

「いえいえ師範、士郎さんの言い分ももっともです。ヒカルさんをいつまでもピンの試合しかさせられない、というのも問題でしょう?」


そう、ヒカルさんに限って言えば試合数を少しでもこなして、収入を上げたいのである。そのためには三人制試合、六人制試合と露出を多くしていきたいところだ。

「まずは三人制試合だよな。ウチの大将、それなりに仕込んでるぜ。そのうち六人制試合もできるようにするだろうよ」

「というか、試合場に行けばプロ同士でチーム編成してくれて、試合をブッキングしてくれるのでは?」

「おう、そうそう。ここは現実世界じゃねぇ。ゲーム世界だからな。試合の組み合わせは自動的にしてくれんだったな」

「根本を突く話ですが……」

フジオカ先生が口を開いた。

「プロ選手はアマチュアと闘えるのでしょうか?」

「闘えねぇから助っ人を呼ぶのさ、ヒカルのためにな。そういう仕組みをカッキリ決めるみてぇだぜ。当然イベントにも出られねぇさ」

私も訊いてみよう。

「そのものズバリをうかがいますが、旗揚げ戦はいつでしょうか?」

「今度の金曜日、午後七時から。プロ連中に声をかけてな、この日ばかりは試合をボクシングプロレス方式。第一試合から開催する。王国の刃プレイヤーは生の試合を無料で観戦できるぜ」

「人気ファイターになりたければ、打ち合いでしょうか?」

士郎さんが訊く。師範に代わって、私が答える。


「ある世界チャンピオンが言ってましたよ。打ち合いをしないと人気が出ない。世界チャンピオンになっても飯が食えない」

「だとしたら赤毛のお嬢ちゃんは大丈夫だな、怖いもの知らずでガンガン行きやがる」

「こっちはドキドキハラハラです」

士郎さんが言う。

「士郎さん、私もですよ」

関わりある者としては、ヒカルさんはそんな選手だ。

「どんな選手が当たりますかね?」

フジオカ先生が言う。

「アバターは大型、得物は長大。絶対にそんな相手だろう」

士郎さんが断定する。なにしろ公式配信のプロテストでクリティカルを出しているのだ。そんな選手でなければ相手をしてくれないだろう。

「ちなみにな、大将の声掛けで企業が動き出してよ。熟練格や豪傑格も合同でするみてぇだぜ」

王国の刃がいよいよプロ選手を抱えて船出する。正直ヒカルさん以外では関わりが無いと思っていたが、果たしてなにか関わりがこれが生じてくるのだろうか?


そして本編、私たちトヨム小隊も英雄格となった。そのデビュー戦である。


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