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ヒカルさんのいない三日間

ミスター鬼神館柔道、フジオカ先生に稽古をつけていただく。もちろん素手のフジオカ先生だ。私の柔術が近代格闘技にどれだけ通用するか?

若手たちには通用した。しかしフジオカ先生には、若手たちには見せなかった目突きを繰り出しても、軽くさばかれてしまった。

難しいぞ、フジオカ先生。

というのがこれまでの流れ。だが、焦るな私。フジオカ先生といえ神の子ではない、同じ人間だ。大体にして正面対正面で目を突かせてくださいと言って、はいどうぞとはならない。うん、これは私がバカ正直すぎた。ということで左右に動いてフジオカ先生を振る。もちろん今度は目突きなど考えない。それ以外の技で行っているときに目突きを出すから効果的なのだ。

左右に振りながらジャブのように裏拳をスイスイ繰り出す。これもフジオカ先生はさばいてくれた。

つまりフジオカ先生は、初手に打撃を持っていくと必ず処理してくれる、ということだ。

軽くて速くて数の出る打撃を嫌がっているのか? はたまた打撃を定石として処理しているのか? どちらにしても、だ。

右の裏拳を飛ばす。フジオカ先生がさばきに来る。その右手を右で取った。人は身体のどこかを掴まれると、本能的に動きを止める。フジオカ先生も一瞬動きを止めた。そこへ素早い金的蹴り。フジオカ先生、これをヒザでガード。


そんな手は飽き飽きしてるよ、とばかりの余裕のガードだ。だがこの手はどうかな?

足を下ろさず、足刀に返して恥骨を蹴る。フジオカ先生、これは反応しきれず動きを止めた。なぜならこの蹴りは予備動作の少ない、軽い牽制の蹴りだったからだ。

そこで左の目突き! もらった! そう思った瞬間、腕を取り返されて一本背負い。この立合いをロストした。

いやいや、これでは終われんでしょ!?

私はすぐに一手御指南を、と申し出る。目突き金蹴りは不発に終わった。だが私にはまだ関節蹴りがある。目突きを出すぞ、出すぞという気持ちで前進。間合いで目突き、フジオカ先生は反応。そのヒザへ関節蹴り。フジオカ先生、後退。同じことをあと二度繰り返し、三度目には本物の目突き。

アッと言ったところで金的蹴り。すかさず髪を掴んで顔にヒジ。そこでフジオカ先生、撤退。

よみがえったフジオカ先生を見て、「あ、これ来る気だな?」とすぐにわかる。

が、しかしここでタイムアウト。もう一手を体験したかったところだが、ほかに稽古したい項目もある。

フジオカ先生の剣に私の柔をぶつけるのだ。


「リュウ先生」

フジオカ先生のアドバイスが入る。

「今の組み討ちで気づいたのですが、柳心を忘れないでください。どうにもリュウ先生は熱くなるきらいがある」

む、それは事実だ。組み討ちとなるとどうも剣を執ったときのようにはいかなくなる。私の中に柔術への苦手意識、あるいは「柔は上手くないんだよな」という劣等感があるのかもしれない。

しかし、今度は古流柔術が得手とする対武器稽古だ。

これは水を得た魚のようなものだった。一見するとフジオカ先生の剣をスイスイと躱す超達人の私なのだが、実はまったく違う。剣の理を知り柔の理がそれに合っているなら、この程度のことはお茶の子さいさいという奴である。

別の言い方をすれば、古流柔術はこのために生まれてきたのである。そして私は剣のすべてを知っているのである。あ、文面通りに読まないように。地球上ありとあらゆる剣を知っている、という文字面通りの意味ではない。フジオカ先生の手をすべて読めるという意味だ。

話が横に逸れた。

柳心無双流柔術である。まずは轟然と振り下ろされるフジオカ先生の剣、これを足で躱す。柳に風、とすり抜ける。後退するのではない、フジオカ先生が斬ったときには「それ以上斬れない」、「二の手を出しにくい場所」に動いているのだ。


その小手に手刀をピシリ、あるいは寸止めで貫手を喉にグサリ。一本拳で眼球いただき、となるのである。ときには投げ技も見せた。剣を取るその力を活かし、関節技を極めて投げる、崩す。低い場所へ引きずりこみ、蹴り技も試したりした。

無双流の蹴りは帯より高い場所は蹴らない。

それは流派の教えであり、守らなければならないことなのだが、だからといって私がハイキックを出せない訳ではない。これも他のプレイヤーたちに誤読してもらえると助かる。

とにかく得物を手にした相手には、無双流柔術、威力を発揮する。敵も無手の場合、やはりそこの特化した稽古をしている者はあなどれない。

「さすがリュウ先生、柔においても手練れですな」

「いえいえフジオカ先生、無手と無手となればさすがにこうはいきません」

この辺りを士郎さんなどはどう考えているのか?

「士郎先生も苦労しているようです。なにしろ初伝技のみで闘わないといけませんからね」

案外真面目な男だ。私などは古流をベースにした令和無双流柔術にしているのに。

やはり時代に合わせた工夫というものは、どうしても必要になってくる。もちろん令和無双流を「これが伝統と歴史に裏付けされた無双流柔術でござい」とは言わない。言うべきでもない。しかし「工夫」というものは必要だ。そして敵の「研究」、これも重要である。古流がすべてのシチュエーションを賄っているのではない。足りない部分を人が補うのだ。

ただ私は、ジャーマンスープレックスや胴回し蹴りを使わないだけの話である。


「ん〜〜、どうしてもこうなるんだよなー」

トヨムが丸杖を手に唸っていた。棒術杖術について悩んでいるようだ。どうしたと訊いてみると、トヨムは孫悟空のように杖をブンブン回し始めた。

「旦那が以前杖を使ったとき、こんな使い方はしなかっただろ? アタイが持つとどうしてもね、映画やドラマみたいになっちゃうんだ」

どれ、と手にして打ってみる、突いてみる。受けてみせた。

「とまあ、こんな感じだが。どうだ?」

「どうだ? って言われてもねぇ」

「それはトヨムが剣術をやってないからさ。私の杖術は剣術が元になっている。というか、杖を使って剣術をしているだけさ」

「どゆこと?」

木刀を抜く。杖のときと同じ打ち、突き、受けをやってみせる。動きはまったく同じ、違うのは得物だけ。

「なるほど、わかりやすい」

「それよりどうした? 急に得物だなんて」

「ほら、ヒカルがすごいだろ? アタイも先輩として追い抜かれないようにってね」

ヒカルさんの存在は気になるようだ。たしかに背格好も近い。意識するなというのが無理だろう。

「あいつ、強くなるよ」


その意見には私も賛成だ。だが。

「だがそれに抜かれるようなトヨムでもないだろ?」

へへ、まあね。トヨムは笑う。後から入ってきたヒカルさんに抜かれまい、と努力をするトヨム。そしてトヨムのファイトスタイルならばトンファー辺りが妥当だろうとは思うが、そこへ杖を持ってくるところが本気で抜かれたくないという意思の現れなのだろう。

つまり、杖は剣より長く、槍よりも勝手が良い。そして薙刀以上に用途が多い。だが刃がついていないではないか?

殺傷を目的とする『王国の刃』では劣る武器ではないだろうか? そのように懸念する読者諸兄のお気持ちは察するに余りある。

だがそれを押してなお、杖は用途が多いのだ。俗に『打てば剣、薙げば薙刀、突けば槍』などという。杖ひと振りでこれだけの役割を果たすとされている。

それくらい『なんでもできる』のが杖なのだ。

ここで少しクエスチョン。

棒術と杖術、何が違うのでしょうか?

答え、長さがちがう。杖というのは、富士登山などの経験があればご存知かもしれない。六根清浄を唱えながら着いて歩く、あれが杖である。長さは四尺あまり。棒というのはかなり長い、それこそ自分の身長よりも長く、槍のように長いものもある。

で、そのような槍や棒が斬られた、折られたというときに用いるのが杖術という流派が多い。

もちろんこれは私個人の解釈によるところが大きいので、読者諸兄は御自身で調べてみるのも面白いだろう。


だが、我らが流派の杖術をそのままトヨムに教えたところで、トヨムの自由闊達な動きを縛るだけだし一人前になるのに時間もかかる。

そこで私は、トヨムに要点をひとつだけ与えた。

「杖の下に隠れろ、杖に陰に隠れろ」

打つ、突くなどの攻撃面は、トヨムが勝手に工夫するだろう。だから私は押しつけない。トヨムをもっと伸ばすときに、少しだけアドバイスをすれば良い。

それが証拠に。

「おー、マミ! ちょっと相手してくれ!」

面白いことを知った子供のように、早速稽古相手を捕まえに行ってしまった。

そして六人制試合、杖持ちのトヨムの様子とプレイヤーたちの変化についてお知らせしたい。

まずはトヨムの杖、中途半端という失礼な言い方を許されるなら、長さが中途半端だ。槍や薙刀、メイスといった長物の敵が襲いかかる。なにしろ刃を持たぬ棒っ切れだ、舐めた態度に出てくるのも仕方ない。

しかしフルプレートアーマーのドンスケに過ぎない敵勢、トヨムは初手からヒットを狙わずまずは杖に隠れて防御から後退。そこへセキトリの強い当たり。体当たりでまとめてひっくり返した。


直撃を食らった敵は撤退。巻き添えを食った連中は、フレンドリーファイアの判定でダメージ無しだが、起き上がるのに手間取っている。そこへカエデさんの突き。防具が破壊され、トヨムが杖を叩き込む。撤退。

残る三人の敵はシャルローネさんとマミさんで相手をしていた。

うむ、トンファーのマミさんは間合いが短い。二人の敵が襲っている。ということで仲間はずれな私が背後からヒザかっくん。一人ズッコケさせてマミさんを一対一の状態にする。セキトリとトヨムで撤退させた二人が復活、これはトヨム一人で応戦。ちなみにこのときの私は、ヒザかっくんでコケた敵の小手を取り、極めるぞ極めるぞと圧をかけながら転がして遊んでいた。

さて、二対一のトヨムを実況しよう。

槍とメイスが相手なので、間合いの上では不利だ。しかしそこはインファイターのトヨム。敵の正面に立っては移動、移動しては正面。とにかくちょこまかと動き回っている。

ヒット&ラン、ラン&ヒット。……ではない。行くときは行く、行かないときは行かない、である。援軍到着を待っているのだ。一人撤退させたシャルローネさんと、まだノーキルのカエデさんが到着してから、トヨムは攻勢に出た。遠間では杖を長く持ってフルスイング、近間では杖を短く持って突き技。そのパターンで兜と胴を破壊した。この変化がトヨムの工夫なのだ。

そこでシャルローネさんがテイク・キル。カエデさんも久しぶりのキルを取った。


このようにして、浸透勁こそ使えないもののトヨムは杖を手にしても活躍した。

良い。十分な合格点と私は評価する。それだけ武器術というものは、実は難しいものなのである。

そして敵プレイヤーたちの変化についてもお知らせしよう。

これまで頻繁にお目にかかった『必殺技』というやつが、すっかり鳴りを潜めてしまってた。対戦相手チームのほぼすべてがプロライセンス取得者。つまり動画サイトに試合結果をアップして広告収入を期待。そのためには必殺技でしかキルを取れないザコ、と思われないようにしているのだと、カエデさんが解説してくれた。

もちろんそこには動画視聴者にウケる闘いをしなければ、という涙ぐましい努力もある。だから私はそうしたプレイヤーを嘲笑うことは無い。なにしろ就職活動に勤しむ彼らは、契約欲しさに不正行為は卒業したのだから。王国の刃という世界では歓迎すべき兆候だった。

ただ、不正者無双格の連中も『プロに勝った動画』を上げる。

一部視聴者にはそうした悪趣味な作品はウケたようだが、結局不正を指摘され論破され、王国の刃から自然と淘汰されることとなった。


そして遂に、私たちは経験値が貯まり豪傑格から英雄格へ昇進。人が少なくなった英雄格で鬼組、まほろばと対戦を始める。しかし英雄はまだいた。

不正に手を染めず、実力で英雄格に残り続けていたのだ。もちろん彼らもトヨム小隊で撃破。徐々に上位クラスは少なくなっていったが、プロ化のおかげで下からの突上げも猛烈だった。

追いつけ追い越せ! 頑張れ頑張れ! 王国の刃というゲームが、正常化されてゆくのを感じる。

しかし、私たちにはまだ『新人育成』という目標がある。トヨムの杖もまだまだだ。

道は遥かにけわしいのである。


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