動き出す巨人
翌日王国の刃へインすると、告知が来ているとカエデさんが言った。運営からのお知らせである。
この度王国の刃運営では、プロゲーマー育成の企画を立ち上げることにいたしました。諸々の条件はこれから煮詰めていくとして、王国の刃でプロになってみたいというプレイヤーのみなさまは、どうぞ御期待ください
まあ、鬼将軍がなにかしたのだろう。とりあえずヒカルさんは、プロへの第一歩を踏み出したようである。
「本当に王国の刃でプロ企画が始まるみたいですね」
カエデさんの表情はシリアスだ。
「心配かにゃ、カエデちゃんは?」
耳と尻尾を生やしたシャルローネさんが訊く。
「上手く行くんでしょうか、この企画。日本中から古流の手の者が集まって、ファイトするんですよね? ヒカル、大丈夫なのかなぁ?」
「ヒカルさんの方は士郎さんに任せるとして、古流でプロになろうとする奴はロクなのが集まらないと私は見るね」
「そーなんですかー、リュウ先生?」
マミさんが訊いてくる。私はうなずいた。
「古流というのは秘密主義だ、奥伝相伝に達した者は絶対に出て来ない。つまり出てくる古流は中途半端で修行を中断したような輩さ」
そう、スター気取りで映画のような演出を入れた動画を公開したり、自分たちの技を世界配信するような連中を、私も動画サイトで嫌になるほど見てきた。
技を公開したのだ。手の内を晒しているのである。それがどれほど恐ろしいことなのか、彼らはまったく理解していない。
公式、あるいは技術紹介などを目的としての公開ならば構わないだろう。しかしヒット数稼ぎや目立ちたいだけの目的で技を披露して喜んでいる姿は、申し訳無いが失笑を禁じ得なかったものである。
カエデさんがフフッと笑う。
「どうしたんじゃい、カエデさん?」
「さすが仕事の早いかなめさん。もう事前情報が入りました」
どうやら美人秘書のかなめさんからのメールのようだ。
「まず運営が実行委員会を兼任して、委員会の認定したジムをプレイヤーたちに作らせるそうです。ジムは選手の管理育成の義務を持ち、不正ツールなどに流れないよう教育しなければなりません。また、動画サイトなどへ投稿する際にも不適切な発言などしないよう、管理しなければならない、と」
「プレイヤーがジム経営か……そんな厄介引き受けるものだろうか?」
私の懸念である。
「公式が発行する認定証。これだけでも目がくらむプレイヤーはいると思いますよ?
ハッタリが効くというか、カッコイイじゃないですか」
「それに闘うのは選手だから、ジムオーナーは後ろでふんぞり返ってればいい! とか考えるかもな!」
カエデさんの感覚を、トヨムも共有しているようだ。
「もちろん公式の認定証が発行されるわけですから、認定試験も開催されるようです。あ、不正ツールを使用『している』者は試験を受けられないそうですね」
使用『している』者? では試験が近くなってきたらツールを外して、試験が終わったらまたツールを入れれば良いのではないか?
「それに関しては委員会がジム代表、関係者、選手の動画を徹底的にチェックするそうです。場合によっては法的措置も辞さない構えだとか」
法的措置だとさ、恐い話だ。
「ジム代表には小隊リーダー、もしくは選手の所属する小隊と同盟を結んだ中隊、大隊のリーダーが選出されるべし、だそうです」
そうなると鬼将軍……は運営サイドだから公平性に欠ける。また陸奥屋とまほろばで連合を組み、天宮緋影を代表とするか、あるいはヒカルさんをチームまほろばに編入するか、といったところか。
「試合はどうなるんじゃろ? 六人制なのかピンで闘うのか? そもそもプロならファイトマネーがどこから出るもんか、気になるのう」
「それは書かれてませんが、お金の話は大人にまかせませんかセキトリさん?」
そうだ、かねのことならばそれこそ鬼将軍。なんとかしてしまうだろう。それよりも今セキトリが言った、単独試合と六人制。どちらでファイトマネーが支払われるのか?
それによってはヒカルさんはプロチームを結成しなくてはならなくなる。その他にも、賞金トーナメントの収入がファイトマネーになるだけ、とかねんかんの試合数をこなしてファイトマネーを得るのか?
動画をアップしなければならないのか? まったく手探りの状態である。
「ところでー、小隊長はプロは目指さないんですかー?」
マミさんがトヨムに訊く。
「アタイかい? アタイは遊びをお金にするってのは、どうもなぁ……」
チラッと私を見てくる。おそらく気がねしているのだろう。私だってそうだ、緑柳がプロでもないのに私がプロを名乗る訳にはいかない。それにプロともなれば、士郎さんとも決着をつけなければならなくなる。彼と私の間柄は、公衆の面前で披露するものではないと、私はおもっている。ごくごくプライベートなものだ、だからプロにはなりたくない。
「だがトヨム、何事も経験だ。それにライセンスくらい取っておいても損は無いだろ? あとは契約の問題だけだ」
要するに、やりたくない試合をこなさなければならない、という契約はしなければ良いこと。ランカーを目指して変な奴と闘ったり、一日何試合をこなさなければならないというノルマを排除すれば良い話である。
「なるほど、ライセンスだけ持ってるってのも手か……ん、やってみよっか!」
「そうじゃのう、プロやライセンスがどんなもんか、まだ何も決定しとらんのじゃ。今から『取らない』宣言も無いからのう、ワシも挑戦してみるかい」
セキトリも参加。白百合剣士団の三人娘も軽い気持ちでライセンス挑戦だ。
となると、私。プロライセンスを持つだけなら持ってみるか、という気分になる。そうだ、ライセンスだけ持っておいて『公務員はアルバイト禁止』を理由に契約しなければ良いのだ。
プロライセンス情報はかなめさんの手により、陸奥屋一党とまほろばにあまねく通達されたようだった。それが証拠、フィー先生名義で鬼組としての確認メールがカエデさんに届く。
『フィーでーす♪ トヨム小隊では全員プロ試験を受けるんですかー?』
「小隊長、返信しても良いですか?」
「あぁ、ライセンス取得だけは全員で挑戦するってな」
オッケーと言って、カエデさんはメール作成。そして返信。すると二件のメールが届く。
一件はフィー先生からの返信。「ウチも全員参加でーす♪」というもの。
そしてもう一件は。陸奥屋一党とまほろばが、プロ育成ジム認定を目指して連合を組むことが決定したそうだ。
ジムの名は2MB。
陸奥屋・まほろば部屋という意味らしい。部屋ってお前、相撲部屋かよ? と心の中でだけツッコミを入れておく。
そして鬼組とトヨム小隊の全員がプロテストを受ける意向を確認すると、それがまたたく間に2MB勢力間に広まってしまった。さらに言えば、どこの小隊もプロテスト受験を狙っているらしい。まったく、プロという響きは人を魅了しすぎである。そして我々の連合においては、リュウと士郎がプロテストを受験するからといって、尻込みする者はいないようである。
もっとも、それでヒカルさんの手助けになればという気持ちも、週刊少年漫画誌のページの隙間にこぼれ落ちたポテトチップスの欠片くらいはあるかもしれない。あると良いのだが。
ということで、今回の話の発端となったヒカルさん。まずはみんなでチームまほろばの拠点である本殿へと会いにゆく。
士郎さんがあの娘を独占するかと思いきや、運営などの都合上まほろばに所属することになったらしい。これも鬼将軍、御剣かなめの手配らしい。本殿大道場では、さっそくプロ志望の連中が得意の得物を交えていた。トヨムたちウチのメンバーも、それぞれ稽古相手を求めて散ってゆく。
で、件のヒカルさんは?
……いた。道場の片隅で西洋式両刃剣を構え、中段からの打込みをしている。稽古はご存知藁人形、ダミー武蔵先生だ。構え中段、手の内は斬る手をしていて、教わった通りなのだろう、構えたかたちからそのまま振りかぶり藁人形を打っている。
いろは打ち。
無双流ではそのように呼んでいる。初心者のための最初の稽古だ。まだ斬る、打つには早い。初心者にはこれから教えよと教えられたものだ。……もっとも、私は初めて木刀を振った瞬間から、「斬ってなーい!」「斬れてなーい!」「斬る気がなーい!」と言われたものだが。
そう、私はいろは打ちの稽古はしたことが無かったのだ。そんな生やさしいものはすっ飛ばされて、いきなり斬ることを意識させられたのである。手の内さえ教わっていなかったのに、である。
それで授かったのが、「左手の小指一本で斬りなさい!」である。無茶苦茶な話もあったものである。だが、師の教えは正しいと今でも思う。素人丸出しの私に、一番はじめに最高級の贈り物をしてくれたのだ。そしてその贈り物は、いまでも研究を続けるべきテーマだったのだ。
免許皆伝、宗家となったいまでも、である。
だが、士郎さんがご執心である以上、私はヒカルさんに何も指導できない。それが武侠の掟なのである。
頑張れヒカルさん。私は心の中で励ますばかりであった。
だが、ふと気になる。チームまほろばの上位集団がことごとく不在なのだ。
「チームまほろばはジムオーナー資格試験(仮)のために、お出かけらしいですよ?」
教えてくれたのは、迷走戦隊マヨウンジャーの知恵袋、ホロホロさんだ。(仮)とはいえ、あっという間にジムライセンス発行というところまで話は進んでいるようだ。そして当然のように陸奥屋本店メンバーたちも不在だった。
本格的に事態が進行している証拠だ。ふむ、ここで事態の進行をつぶさに描写してもらいたいと思うのは読者心理だろうが、それを私の口から詳らかにするのはよそう。大人の事情、大人の世界というのは鬼将軍と御剣かなめにまかせておけば良いのだ。私はただ剣一筋にあれば良い。
ということで、いろは打ちに励むヒカルさんだ。今は一心不乱に士郎さんからの教えを頑なに守っている。
良い、その在り方。しかし良い故に欲張りたくなる。何かひとつアドバイスをしたくなる。そんな私の肩を掴む者がいた。
士郎さんであった。