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アゲイン プロ

今日の勝った。圧倒の勝利である。いま現在私は木刀すら手にしていない柔術殺法で六人制試合に出場しとぃるが、そんな状態でもトヨム小隊を脅かす者は存在しなかった。

勝利報告……は天宮緋影にするべきかもしれない。だが私は終生のライバルにドヤ顔をしたくて観客席に登っていった。

陸奥屋一党鬼組、当主草薙士郎。奴はすでに六人制試合を圧勝で終え、観客席で私たちの試合を観戦していたのだ。が……。

鬼組メンバーたちの前でヒザを着いている者たちがいた。なにかを訴えているのか?

いや、願い出ているようだ。いずれも革鎧、いずれも女の子。長身、大型アバターが二人、中型二人、小型が二人とバランスが良さそうで、さらに得物も長短とバランスを取っているようだ。

「おう、リュウさん帰ってきたか。ちょっとこの娘たちの話を聞いてやってくれよ」

なにごとだ? 私はメンバーたちと顔を見合わせた。

私たちの顔を見た女の子たちは、怪物にでも鉢合わせしたような顔をする。

「リュウだ……」

「災害認定、『怒涛のリュウ』だ……」

「旦那、いつの間にそんなふたつ名がついたの?」

「聞くなトヨム、私だって知らない」

トヨムが首を突っ込んでくると、そこにも『褐色のゼロ戦』という呼び名がつき、セキトリには浮沈戦艦、マミさんには甘い瞳の殺し屋、シャルローネさんには血まみれケツバットと何やら売り名のようなものがつけられている。


そしてカエデさん。

「……………………」

これにはリアクションが薄かった。カエデさん大勝利といったところか。彼女の仕事は縁の下の力持ち、あるいは影の立役者。その活躍が目立たないのが勲章なのである。

で、この六人の女の子たち。

「どうしたんだい? そこの栗塚旭顔の『オジサン』にいじめられたのかい?」

「どうしてそうなる。それと『オジサン』を強調すんな」

士郎さんからの苦情である。しかしそれを差し置いて、短い赤毛の一番小さな娘が前に出た。気の強そうな目をしている。

「私たち、チームA−6は王国の刃でプロゲーマーを目指してるんです! ですから最強チームの鬼組に技術の習得と同盟参加をお願いしてたんです!」

えらい鼻息だ。そしてまっすぐ射るように見詰めてくる。……そんなところはトヨムに似ていた。

とはいえ。

「あのね、お嬢さん。あぁ、ヒカルさん、っていうのか」

私は簡易プロフィールを見せてもらった。ちなみに階級は初心者丸出しの新兵格である。

「ヒカルさん、この王国の刃というゲームは、現実でできることはすべてできる、っていうゲームだからプロ志向には向いてないゲームなんだ」


「?」

理解していないようだ。

「もっとわかりやすく言えば、王国の刃でプロを目指すよりもスポーツ選手のプロを目指したり、オリンピックの金メダルを目指す方が現実的なんだよ?」

「私、お金を稼がなきゃいけないんです! お父さんの会社が傾いちゃって、どうしてもお金が必要なんです!」

「それはお父さんの責任でお父さんが頑張るべきだ。そして君の仕事は、不自由な生活に文句を言わず、お父さんが安らげる家庭を用意しておくこと。ゲームでお金を稼ぐことじゃない」

正論である。だがしかし、ヒカルさんは頑として言うことをきかない。私の師匠ならばここで、「これから教えを請う者の言うことがきけんのか、バカモン!」と怒鳴るところだろうが、私にはそこまでできない。

「仕方ない、トヨム」

「あいよ」

トヨムが一歩前へ出る。

「前屈してくれ」

「わかったよ、旦那」

トヨムは前屈をする。大変に筋肉が柔らかいトヨム。頭頂部は床まであと何センチ、というところまで身体を折り曲げた。もしかしたら以前言ったかもしれない。実はトヨムはバレリーナ体型、手脚が細くて長い。その長い脚で頭頂部が床へ届きそうになっている。さらに……。

「もう一丁見せてやれ」

「あいよ」


トヨムは反動無しで、その場で後ろ宙返り。バック宙を三回見せた。

「とまあ、これだけの身体能力を持っていても、王国の刃では中堅クラスなんだ。悪いことは言わないから……」

ヒカルさんは身体を折り曲げた。そして脳天で床を三回叩く。さらには反動をつけないバック宙、これを五回決めてみせる。ちなみにヒカルさんは日本人少女平均の体型。トヨムと比べれば体型はトヨムに軍配が上がる。しかし、反動無しでのバック宙をさらにこなすとは。

「わかったけどヒカルさん」

今度は士郎さんだ。

「お父さんがピンチなのはわかるけど、それなのになんでゲーム筺体は持ってるんだ?」

「はい! これはお父さんの会社が順調だったときに買ってもらったんです!」

「では王国の刃で、どうやってお金を稼ぐんだ?」

「はい! プロゲーマーになって!」

「だからそのプロゲーマーにとって、王国の刃は鬼門なんだよ。指先でコントローラーを操作するんじゃない。仮想空間で人間を相手に戦うんだ。だからこのゲームにはプロはいないし、オフィシャルも存在しない」

「駄目でしょうか?」

ヒカルさん、しょんぼり。そんな少女を放っておけないお人好しが、小隊にはいる。

「ね、旦那? なんとかできない?」

「さてなぁ、なにしろ金銭のからむ話だからなぁ。私個人ではなんともできないよ……」

そっか、とトヨムは肩を落とす。


「いえいえ小隊長? もしかしたらなんとかなるかもしれませんよー?」

マミさんの甘ったるい声。そしてカエデさんは音速のキータッチでメールを送る。

待つことしばし。

「返信キタ━━━━(゜∀゜)━━━━っっ!!」

カエデさんが叫ぶ。そしてシャルローネさんがメール文を読み上げた。

「突然のことですので対応はおそくなりますが、運営の母体となるGGG社の株はミチノックでも保有しています。総裁……ではなく会長にも打診しておきますので、いましばらくのご猶予を

御剣かなめ」

「ねねね、トヨムさん! それって見込み有りってこと!?」

息せき切ってヒカルさんが訊く。ということはこの娘、社会構造というものを良く理解していないってことか?

熱意や勢いさえあれば、世の中を押し渡れると考えているのだろうか?

「ヒカル、油断は禁物だ。アタイも短い人生でそれは嫌というほど思い知らされてる」

ヒカルさんからすれば、トヨムは程よい人生の先輩ということか。丁度いいお姉さまなのかもしれない。

だが、レスポンスは意外な形で返ってきた。某SF銀河鉄道アニメ映画の、宇宙海賊登場のBGM。それを背負う形で、奴が現れた。堂々の登場である。

「人は、夢見なければ生きてゆけぬ。胸にときめきを秘めていなければ、困難に立ち向かえない。少女よ、君の胸にときめきはあるかっ!?」

鬼のように厳しい眼差し、そして圧倒的な存在感。陸奥屋一党代表、鬼将軍である!


睨むような鬼将軍の目。それを真っ向から受けて睨み返す少女ヒカル。だが私は見逃さない、少女のヒザが震えていることを。だが私は何故か心の中で、「頑張れ! 怯むな睨み返せ!」と応援してしまっている。

「女の子の夢は無限だよ! お父さんの借金を返すためなら、私絶対に負けない!」

「ならばトヨムと立ち合え! それができないというなら、二度と私の前に姿を現すな!」

厳しい。年端も行かないであろう女の子に、アイデアを提供してくれた、憧れのお姉さまを討てというのか!

だが私は口を挟まない。なぜなら金を出すのは鬼将軍。私はしがない公務員でしかないからだ。

「過酷な試練だろうがヒカルさん、人には決断しなければならない時がある。決断したならば、相手が泣こうが命乞いしようが、斬って捨てなければならない時がある。それが、今なんだ」

「トヨムさん! 御恩はありますがやらなければなりません! いざ、勝負……」

いや、ヒカルさん。王国の刃は試合場意外でのファイトはできないから。……いや、ここも試合場なのか?(作者注 もちろん観客席は試合場にカウントされません。ですがヒカル対トヨムのファイトの勢いを削ぐことはできませんので、今回はこの場で闘うことにさせていただきます。話を面白くするための演出のようなものですので、この場はお許しください)。

「遅いよヒカル……」

剣を構えたヒカルさんだが、トヨムの右を食らって撤退。

ヒカルさん復活、今度は脇構えで叫びながら突っ込んで来る。トヨム、余裕のカウンター。ヒカルさんは撤退。復活ヒカルさん、今度は突きの構えのまま走ってくる。もちろんトヨムはカウンター。おいおいトヨム、少しは手心というものを……。という言葉は飲み込んだ。


トヨムの瞳が燃えていた。餓えた野獣のように刃の輝きを放っている。

そうだ、トヨムも不遇。小柄な体格ゆえに公式の場で闘えず、本来なら実家は貧しい。金が欲しけりゃまずアタイを倒してみな。そんな気になるのは確かだ。三度、五度、十度。トヨムは容赦なくヒカルさんを撤退させた。二十回にもなると、さすがにヒカルさんも手が無くなってくる。トヨムは足払いで転がして、寝技に持ち込む。

「そら! この程度の寝技は外してみろ! そうでないとゲームでお金儲けなんかできやしないぞ!」

そう言ってヒカルさんの髪を掴み、既設の座席の脚にヒカルさんの顔を打ちつける。

チクショー! チクショー! と憧れのお姉さまを罵りながら、ヒカルさんはもがき苦しんだ。

が、遂に撤退。面倒くさくなったトヨムが、ヒカルさんの首筋にヒジを入れて折ってしまったのだ。

もう凶気の眼差しでヒカルさんは突っ込んでくる。しかし直線的だ。トヨムはケロリと躱して座椅子をもぎ取った。その椅子でヒカルさんをブン殴る!

もうどこが王国の刃なのか? という死闘だ。


どうしてもという思いが強いのだろう、ヒカルさんはまだかかってくる。トヨムは何もしない。何もしないで一歩前に出る。頭突きだ。一発撤退である。

鬼将軍は目配せ、復活してきたヒカルさんを士郎さんが止める。そこへ殴りかかろうとしたトヨムは、私が止めた。

「善き哉その闘魂、天晴であるぞ、同志ヒカル。それではあれこれの手続き、陸奥屋ならぬミチノックが引き受けよう」

マントを翻し、鬼将軍は去ってゆく。

あれこれの手続きと言っていたが、面倒はかなり多い。そもそもが、プロとはなんぞや? 何をもってしてプロというのか?

そこから始まるだろう。以前お話したボクシングを例に取ればわかるだろう。まずはライセンスだ。誰がプロと認定するのか?

彼女をプロと認定する組織から始めなければならない。そしてプロというからにはファイトマネーが出なければならない。誰がそれを出すのか?

そしてそのような金銭のやり取りを、王国の刃運営が認めるのか?

何もかもが初めての試みである。

そしてトヨムは。

「よかったな、ヒカル。ウチの大将が動くから、もう安心だぞ」

さきほどまで死闘を繰り広げていた相手の肩を、力強く抱きしめていた。


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