カエデさん、やんちゃする 前編
今回のお題は実在友人出雲鏡花とともにネタを繰り温めてきたもので、ろくでなしエピソードとなっております。半分以上は本編と関わりのない冗談エピソードですがどうぞ最後までお楽しみください。
うむ、動きが良い。柔術の稽古に励む合間チームジャスティスや情熱の嵐など、いわゆる若手の試合を観戦していたが、思いの外良い連携が取れているのを感じた。
そして個人個人がいきいきと躍動している。
やはりゲーム世界、楽しむことが上達の近道なのだろうと思う。まだまだワンショットワンキルをするには至らないが(いや、あんなモノはできてはいけないのだが)、それでも取りたい場面でクリティカル判定を取り、確実に鎧を剥いでいる。いまだに続いている陸奥屋まほろばの合同講習会。よそのチームにも技術は伝えているのだが、やはり我々連合軍は一日の長がある。というか、よそのチームでクリティカルを取れるプレイヤーはまだ出会っていない。
そんなに難しいことは教えていないはずだが、しかしそれでも出てこないものは出てこない。
「その点、カエデさんはどう思うかな?」
観戦は私ひとりではない。トヨム小隊全体でしている。
「ん〜〜……稽古を楽しむかどうか? そういった部分は大きいんじゃないかなって思いますね」
「みんなはゲームに来ちょる、ワシらは戦いに来ちょる。そういった意識の違いもあるやもしれんのう」
セキトリの意見はわかりやすい。そうだ、私たちは戦いに来ている。人数こそ限られてルールも決まってはいるものの、私も戦いに来ているという意識である。
「そーなりますとーせっかくゲームで遊びに来ているのにー、稽古なんてしたくはありませんよねー?」
「いやいやマミさん、稽古までいかない練習程度の講習内容だぞ?」
「遊びに練習だなんて、みなさんやりたくありませんよ? 普通は楽して勝ちたいものなんですーリュウ先生?」
あ、そっか。遊ぶためにゲームへインしているのに、練習や努力など誰もしたくないか。じゃあ何故『王国の刃』をプレイしているのか?
簡単に言ってしまえば、武器でぶん殴って日頃の憂さを晴らしたいのだろう。
そこで勝てないものだから、不正ツールを用いるのだろうな。
「まあ、なんにしろ若手がいきいきと活躍しているんだ。ケッコーケッコー」
「ギク」
「? どうしたんだいカエデさん?」
「い、いえ、なんでもありません……」
「あーそっかー、旦那は若手の研究会を知らないのかー♪」
トヨムが秘密をもらすと、カエデさんは慌て始める。大汗のエフェクトまでじっとり流れて、まるでマンガである。
「若手の研究会か、それでみんなが伸び伸びプレイできてるなら、良いことじゃないか」
「そそそそーですよねー……」
しかしなんでまた、そこまで動揺するものやら。
その秘密の一旦に、何故か私は触れることになってしまう。
月曜日のインは現実での稽古が終わってから。しかしこの日は私の個人的事情で稽古は休み。そして帰宅が遅くなってしまったので、自分稽古も休んでゲームにインをした。
カエデさんがいた。斬馬刀のような大振りな刀を布で磨いて、ひとりでニヤニヤしていた。普段の片手剣、西洋剣ではない。
『カエデさんの武器庫』といえば仲間内では有名であって、彼女はさまざまな武器を所持研究をしている。だから斬馬刀や野太刀のひと振りふた振り持っていてもおかしくは無い。おかしくは無いのに、カエデさんはその大業物を見られてあからさまに動揺していた。
「リュリュリュっっリュウ先生っ! なななんでここにっ!?」
「いや、私はトヨム小隊のメンバーで、ここはトヨム小隊の拠点だからだけど……どうしたんだい、そんなに慌てて?」
「あ、いえっ、そんな…別にっ!!」
カエデさんは斬馬刀を後ろに隠すが、椅子に座った彼女がその刀身を隠せる訳が無い。
「業物のようだったけど、私は見ない方が良かったかな?」
「いえ、はい……別に、その……ゴニョゴニョ……」
カエデさんの動揺は斬馬刀にあり。そう踏んだのだが、これ以上女の子をイジメる趣味は無い。私はジェントルマンなのだ、変態趣味は持っていない。しかし運命を司る神というのは、彼女に試練を与えるのだ。まるで試される大地であるかのように。
「カエデちゃ〜ん、今日も斬馬刀で居合ごっこしよー♪ って、ぉわぉうっ! リュリュウ先生!?」
シャルローネさん、イン。
ここまで聞いてしまっては、私も知らぬ振りはできない。というか、あの長い刀で居合!? 無理だろどう考えても!
ここで私なりに、居合を少し説明させていただく。これまでに御紹介した部分もあろうが、重複はお許しいただきたい。
まず居合って何? という部分。ものすごく簡単に説明すると、居合とは鞘から刀をサッと抜いてパッと斬ってサッと鞘に納める武術だ。
第二に、居合をやって何がお得なの?
それにはこう答えよう。居合は剣術界の早撃ちガンマンだ。まったくそんな素振りを見せないところから、いきなり抜いちゃう斬っちゃう殺っちゃう。しかも殺っちゃった後は素知らぬ顔。実にクールで格好いい。以前紹介したかもしれないが、清河八郎、坂本龍馬を斬ったとされる幕府見廻組与頭、佐々木只三郎。その暗殺技には清河でも龍馬でも居合を用いている。
お得な理由マニアック編。本編におけるヒナ雄くんがクリティカルショットを研究する場面で、刃筋を立てるという技術を知るエピソード。これがクリティカルを生むことを知り練習をして遂には長ナタなる武器を開発してしまった。刃筋を立てるというのがどういうことなのかは、ヒナ雄くんのエピソードに譲るとして、刀は刃を斬る部分に向けて構えるのである。
あからさまに言ってしまうと、構えでどこを斬ってくるかがわかるのだ。
で、居合。刀が鞘の内にあるので、どこを斬ってくるか分からない。というかそもそも構えてすらいない。居合といえば読者諸兄のイメージでは抜き付けは横一文字のイメージがあるだろうが、時代劇などでは抜いたと思ったらあっちこっち斬っている。
そう、居合の抜き付け、初太刀というのは変幻自在なのだ。その秘密は左手にある。鯉口から切っ先が抜ける瞬間まで、居合は斬る場所を変更できるのだ。斬る場所の変更は、左手で鞘を旋回させるだけだから。
刀は刃を上に向けた状態で腰に落としている。抜くときに左手で九十度左へ旋回させれば、横薙ぎの太刀となる。左手で百八十度旋回させれば下からの斬り上げとなる。重複するが、その変更は切っ先が鯉口から離れる瞬間まで可能であるし、敵からすればどこを斬られるかわからない。
…………なんでしょう? アレを教えてくれとおっしゃるかな?
鞘の内で刀身が加速する……。それを解説してくれと?
あくまで私見であることをお断りさせて頂いて。稽古の段階もあるが、私は居合を教えるときに序破急と教えている。鯉口を切るときはゆっくりと、徐々に速度を上げて……最終的に切っ先が鯉口を離れる瞬間が一番速度が上がっている。ね、刀身が加速してるよね?
まだ納得いかない? では。私の納めている無双流。この居合では鞘引きを用いている。
刀を鞘から抜く、だけでなく刀から鞘を抜くのでもある。故に刀が抜ける時間は半分。刀を鞘から抜くだけの動作の倍の速度になっている。おわかりいただけたであろうか?
まだ? なになに、黒田鉄山先生はものすごい速度で抜いている?
これは私の体験談を語らせてもらおう。居合の稽古が進んで自信を持った頃の話。私は序破急を考えずにビッシビシと抜いていた。するとどうだ、形が崩れ技が崩れてしまったではないか。それ以来私は誓ったものだ。稽古では序破急を守って正しい技を身につける。黒田鉄山先生のような瞬速の居合は、勝負の一瞬だけ、と。
まあ、ここまでがおおむねの居合というもの。
お、そうそう。某アルセーヌ氏の孫が大活躍する大人気大泥棒アニメ。その中でなんでも斬っちゃう居合の達人が登場しているが、居合は刀を腰に落としておこなうのが普通だ。あのように両手で刀を持つのは大変に珍しい。おそらくは映画『座頭市』の影響かと思われる。あえて「あのような技は存在しない!」などとは言わない。なにしろ腰を振って刀身を抜き出し、刀を手にすることなく斬る技が実在するくらいだから。
ここでひとつ、確認しておかなければならないことがある。
シャルローネさんは居合ごっこと言った。緑柳師範の弟子が口にしたのだから、おそらく腰に刀を落とした技だろう。
しかし、それではあの斬馬刀は抜けない。絶対に抜けない。長い刀は佐々木小次郎の物干し竿が有名だが、あれは背負っていた。ちなみに背負いの長刀、柄を下に向けてないと抜けないものらしい。
物干し竿よりも長そうな斬馬刀、あれでは絶対に抜けない。私は断言する。そもそも斬馬刀は太刀持ちがいてそこから抜くものだろう。居合のできる刀ではない。
それで居合ごっこをやるとか言うのだから、カエデさんとしては確かにバツが悪いだろう。
「あの……カエデさん……?」
「何も見なかった、何も聞かなかった……という訳には……行きません、よね?」
「すまないなカエデさん、居合と言われて何も知りませんでした、とは私も言えないんだ」
カエデさんの表情がどんよりと曇った。
「もしかして、トヨムが言ってた若手の研究会が関係してるのかな?」
コクコク。精気のない顔でうなずく。
「そこで抜いてるのかい? その斬馬刀を……」
コクコク……。
好奇心ではない、研究心が湧き上がる。
「見せてもらっても、いいよね?」
ビクンっ!! 死んでしまいそうな痙攣を起こしたが、カエデさんはうなずいた。