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令和柳心無双流柔術

トヨムが目の前で頭を振っている。私はゆっくりと両腕を広げた。さあおいで、の構えである。もちろん身はシュッと立った形である。

「なんだい旦那?」

また回文ではあるが、そこは気にしない。

「アタイのこと抱きしめてくれるのかい?」

「そういうのは、雨の摩天楼を見下ろしながらだ。さあ、私だけの柳心を見せてやる。かかって来い」

大人な発言をしてみたが、トヨムは無反応。

「じゃあ、遠慮なくいかせてもらう……」

「よ」という語尾を置き去りに、トヨムは目の前から消えた。インファイター特有の現象である。接近戦で急に横へ動かれると、相手を見失いやすい。しかし、私はトヨムの動いた方向を見取っている。右腕を下げて、円を描くようにしてすくい上げる。このタイミング、この場所へ、そうでなくてはならない。なぜならば……。

「うひょっ!? 取られた!?」

トヨムはいつもその時、その場所にいるからだ。私の右手は見事にトヨムの左腕をすくい上げ、得意なレバーブローを空振りさせていた。

もう一度、間を取る。トヨムは頭を振って振って振って……今度は直進!

しかしそれは読んでいた。あらかじめ左へ逃げる準備はしておいたのだ。ジャブが私の頬をかすめる。そしてワンツーの準備をしていただろうに、右手をフックに切り替えてきた。それも足さばきと同時に、左手で押し流す……トヨム、空振り。

「なんだい、急にミスショットが増えたねぇ」

トヨムはすでに気づいているようだ。柳心……すなわちなにが起きても柳に風。すべてをサラリと受け流して生きる飄々とした心の有り様。

「悪いね、旦那。アタイも全開で行かせてもらうよ」


トヨムの目の色が変わった。これはキラーか、飢えたオオカミか?

という眼差しだ。おそらく私の柳心は、トヨムにとって一番相性が悪く嫌いなものなのだろう。気に入らなければ噛み付いてやれ、相手を屈服させるんだ!

おそらく餓えた経験のない現代の若者には、チンピラにしか見えないだろう。しかし平等も安息も、約束されていない者はいるのである。闘って勝ち取らなければ、明日の食事を確保できない者もいるのだ。

例えば自営業だ。彼らは私のような公務員には想像もできない努力で、今日の糧を得ているだろう。だがしかし、当たれば私のような存在など、鼻息で吹き飛ばせるような収入が狙える。

彼らは日々闘っている。苛烈な競争の中で、今日も生き延びている。そして私のような公務員が禄を食めるように、決まった時期に納税してくださるのだ。

そして私の目の前で、小さなオオカミが牙を剥く。しかし予備動作が見えた、胴回し回転蹴り。いわゆるフライングニールキックだ。見えた以上は私も対応をする。大きな瓶を抱えるような円相の構え。その柔らかく、内側から膨らむような力をトヨムにぶつける。

ボイン……という感覚の力はトヨムの身体を弾き飛ばした。トヨムは着地に失敗。大きくダメージを被る。一瞬動かなくなったのは、軽い脳震盪をおこしたためだろう。しかしそれでも、小さなオオカミは立ち上がる。


「あぁ、わかったよ。その腕が曲者なんだな。……だったら、これだ!」

弾丸タックル。柔道で言う諸手刈りだ。しかしトヨム、柳の木というものはたくましく、地面にしっかり音を張っているものなのだよ。

耳を押しつけて私を倒そうとするが、左足を左に、右足を右に踏ん張るアイソメトリックトレーニングの要領でビクともしない。そしてお返しとばかり、柳の枝の右腕でトヨムの身体をすくって投げる。ゴロンゴロンと転がるトヨム。

「ナニクソッ! チッキショーッ!」

立ち上がったところで終戦の銅鑼。今回の稽古はここでおしまい。円を描き、すべてを受け流す。これが私のひらめいた、柳心鞭の腕である。しかしご満悦の私は過去をふと思い出す。

これと似た技を、昔師匠に食らっていたような……。

お恥ずかしい、自分でひらめいて『さすが私、天才じゃね?』などと思っていたら、実はすでに授かっていた技だったというオチ。さすがにオジサン、テンションが下がっちゃった。


いけませんいけません、こんな姿をメンバーに見られてはならんのです。ということでちょっとだけ時間を巻き戻し。士郎さんの稽古をさもさもリアルタイムで見ているかのように、実況させていただこう。

相手は忍者、トヨム同様にすばしっこい。これに士郎さんはチョコチョコとした細かい足さばきで間合を詰めたり離したり。相変わらず腰を落とした構えだ。フジオカアドバイスの前は巌のごとく硬い守り鉄壁のガードだったが、今度は違う。ヒョイヒョイとした軽い前さばき。これで忍者の攻撃をペチペチと撃ち落としてゆく。

そして以前が巌とするならば、今は重たい餅のように見える。もちろん具体的に何がどう、という話ではない。なにかこう、士郎さんの中に高密度でありながら柔らかな、そんなものが見え隠れしていた。

その餅が発揮された。腕である。

忍者の突き出してきた拳に貼り付いたのである。それは、一瞬だけ。しかし士郎さんは何かを確信したか、ニヤリと笑いを顔に出す。対する忍者は嫌を顔に表していた。

その嫌を体現するように、高速の突きと蹴りを連打。見事なコンビネーションではあるが、クリーンヒットは無い。間合を調整しながら、士郎さんが前さばきで撃ち落としている。

そして士郎さんが前に出ると、忍者は素早く後ろへ飛び退く。


草薙士郎の秘術は未公開ではあるが、忍者はそれを肌で感じている。もちろん私も、その存在を確信していた。だが、銅鑼。

そう、ここまでの解説は、すべてトヨム小隊拠点へ戻り、動画を確認したものと考えていただきたい。リアルタイムで私は、まだトヨムに相手してもらうことで一生懸命だったのだ。

私は柳の腕、士郎さんは餅の腕とどこか共通点のある技を出している。まあ、そこが柔というものなのだろう。

「どうだい士郎さん、フジオカアドバイスから何か掴めたかい?」

「あぁ、大収穫だ。そっちは?」

「もちろん私もさ。これはフジオカさんを先生と持ち上げんとならんなぁ」

しかしフジオカ氏は腕を組んで仁王さまのような顔で立っていた。

「鬼神館柔道! 順番にかかって来いっ!」

フジオカ先生、我慢の限界のようである。一番手ナンブ・リュウゾウ。これがフジオカ先生の襟へと手を伸ばせば。

「キエエェェッ!」

リュウゾウの手も届かぬうちに袖を取り、斬って捨てるような大外刈り。それでは終わらないのが鬼神館柔道。今度は小兵のナンブ・リュウゾウより低く入り、豪快無双の一本背負い。あらゆる技でナンブ・リュウゾウを投げ飛ばすのだが、その間に口走っていた言葉が本音なのであろう。

「強いのは私だっ! 私が強ければいいのだっ!」

引き立て稽古もへったくれも無い。この荒稽古には私たちの急激な上達に対するジェラシーが混ざっていたのだ。というか、ジェラシーそのものか?


現代の若者はどう思うか分からないが、強いとされる男など、みんなこんなもんだ。

自分が強ければそれでいい。サイテーとも評価されそうなこうした感情、思考が無ければ逆に強くはなれない。かく言う私も、草薙士郎という男にかなりの嫉妬心を抱いている。嫉妬心があるから今日もまた稽古に励むのだ。

「見たか、ユキ。父さんの技を」

「ごめんキョウちゃん、私はリュウ先生の方を見てた」

「そうか、俺は見ていたから後で教えてやる」

草薙の兄妹はワザの研究に余念がない。そして我らトヨム小隊は。

「ん〜〜士郎先生のスタイルは小隊長にマミ、セキトリさん向きかな?」

「そうするとリュウ先生の方はカエデにシャルローネさん向きじゃろうかのう?」

もう習うつもりでいるのか?

気の早い連中だ。しかしその前に剣だ。無双流の初伝くらいしか教えていないのだから、もっと剣を磨きなさい。無手のトヨムもだ。拳なら拳、ひとつ技をしっかりと納めなさい。あれもこれもというのは何もかもが中途半端にしかならない。


ということで、柔を併合した剣術などをひとつ。木刀を提げ、改めて道場に立つ。

「キョウちゃん♡、頼めるかな?」

「じゃあ俺はシャルローネさんだ、お相手願いたい」

士郎さんも木刀を提げていた。さらにはフジオカ先生。

「ではユキさん、私の相手を頼めるかな?」

ズシャリという擬音が聞こえてきそうな重々しい構えを取る。

まずは私から。背筋を伸ばしてスラリと構えた、下段だ。豪剣実直なキョウちゃん♡を誘う。

圧をかけてきたキョウちゃん♡だが、號っ!

とばかり打ち込んでくる。やはり草薙神党流、気迫で相手を圧倒してくる。が、そのひと太刀を巻いた。そしてヒョイと受け流す。

猛然とかかって来ただけあって、見事なまでに技にかかる。円、そして球。それを制空圏とするのが柳心無双流。丸く丸く角を立てずに、ときに受け流しときに弾き返す。

そして柳の枝は、堅牢な防御の隙間から忍び込み、必殺の刃を首筋に這わせる。


士郎さんの太刀は粘る。軽快なはずのシャルローネさんに吸い付くや、どこまでも離れない。

押せば吸い込み、退けば離れない。本当に餅のように粘る。そして鍔迫り合い、草薙ワールドへとシャルローネさんを引きずり込む。だが鍔迫り合いでありながら、気迫で相手を圧倒した。まるで寝技である。相手が精も根も尽き果てるまで鍔迫り合い。気迫を相手に乗っけるような、どこまでもどこまでも暑苦しい戦法。やはり熱い餅を抱えさせられるような、逃れられない戦いである。

そしていつかは三途の川を渡らされるのである。遂に草薙流の精髄が顕になったか。もちろん私も無双流の真髄を披露しているのだが。

フジオカ先生の剣は、その猛然とした風貌に似合わず疾い。瞬速の剣だ、そして技がある。

あのユキさんが、ポンポンと打ち込まれる。ユキさんといえば軟剣にして難剣であるはずなのだが、疾さがモノを言っていた。そして一撃必殺を狙わないのがフジオカ流だ。右から左、上から下と二の太刀三の太刀を繰り出してゆく。それがまた疾いのである。


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