一般プレイヤーヒナ雄の苦悩
なんと今回から新キャラ登場です。
僕は大学生、僕は『王国の刃』プレイヤー。ゲーム世界での名前はヒナ雄。そして武道や格闘技の経験は皆無。そんな僕が脳筋ゲームで有名な『王国の刃』を始めたのは、ゲームにはちょっとばっかし自信があったから。
身体能力が高いとか格闘経験のある者が有利とされるこのゲーム。そこに集う脳筋プレイヤーたちを、経験と技でキリキリ舞いさせてやりたい、って言ったらなんとなくわかってくれるかな?
それがこのゲームを始めたきっかけ。だけど現実はそう甘くない。力まかせかよ!?
というくらいに容赦なく襲いかかってくる脳筋プレイヤーたち。初心者の頃は、本当に苦労したものだった。あまりの苦労に、思わず「このクソゲーム!」とか、「脳筋にシバかれても面白くもなんともないわ!」と叫ぶこともたびたび。
だけど、とあるクランの動画を見て、すぐに考えが変わる。白百合剣士団という、三人の女の子たち。この娘たちは、攻撃を出せば当たる。当たれば一発でクリティカル。敵の防具を手早く破壊して、あっさりとキルを取ってしまう。正直に打ち明けると、僕はこのとき初めて「クリティカル」というものを実際に見たのだ。
ゲーム雑誌での紹介や、実況動画なんかで知っていることは知っていた。だけど僕の周りのプレイヤーは、「お前らそういう趣味でもあんのかよ!?」ってくらいに野郎同士でおしくらまんじゅうの団子状態。クリティカルなんてハナから諦めているような連中ばかりだった。
「だけど、こんな華奢な女の子にもクリティカルって取れるんだ……」
僕の中で、『王国の刃』が変わった。クリティカルっていうのは条件さえ揃えば、誰でも取れるものなのだ。じゃあ、クリティカルって何? 僕は所属クラン『鬼死団』の拠点、練習場のカカシの前にで考え込む。当時新兵クラスの僕、カカシには普通の鎧を着せて、まずはごく当たり前のことから始めてみる。
僕の得物、長柄のメイスにスパイクを生やしたもの。初心者には安定安心の標準武器だ。蒲の穂に似た先端部分には、放射状に縦八列のトゲが並んでいた。このうちの一列を選んで、鎧に垂直に刺さるように水平に軽くスイング。……それだけではクリティカルにはならない。だけど僕としては初めて、鎧の耐久ゲージの三分の一を削ることができた。
行ける……! たったそれだけのことで、僕の打撃力が飛躍的に上がったのだ。じゃあ……子供のころに遊んだ野球の真似事。ホームランならぬ「葬らん」を目指してフルスイング!
ドン! 今まで聞いたことの無い打撃音、普通の鎧の胸部装甲が弾け飛んだ。そして初めて見る、僕が生み出したクリティカルの文字。
強く、正確に。ただそれだけでも、クリティカルは生み出せるものなのだ!
発見の喜びに勇んで出かけた六人制。もちろん同じクランのメンバーたちと一緒に。……だけど、勝利することはできたんだけど、思うほどポイント差は開かなかった。動いている相手に垂直に当てるフルスイングなんて、そうそう機会があるものじゃないんだ。
そこで僕は考えた。ポン太はちょっと考えた。ゲームで覚えた「工夫と研究」のうち、工夫に励んでみた。二人一組。とりあえずタンク役が足止めしてくれてる敵を狙う。できれば開始直後の鍔迫り合い、そこで敵の脇腹を叩いてみた。これは嬉しいクリティカル。敵の腹部装甲は吹っ飛び、脇腹がむき出しになった。
だけど僕の活躍はそこまで。展開してきた敵の二列目。これが襲いかかってきて、いきなり必殺技を出してくれたのだ。後退、惜しくもむき出しな脇腹への追撃ならず。
だけど必殺技直後の敵に、一発お見舞いする。これは良かった、小手を吹き飛ばすクリティカル。そこへ僕から必殺技のお返し。
だけど敵も必死。前腕を奪うことはできたけど、後退されて取り逃がしてしまった。
うん、難しい。キルを取るどころか、クリティカルひとつ奪うのも難しい。
うんうんと頭を悩ませる日々。そんなときは白百合剣士団の動画を見て心慰めよう。
兜からあふれる金髪も美しい、赤と白の鎧。プレイヤーネームはシャルローネさんか。ぜひとも彼女の動きを参考にしよう。
……って、参考にならねぇよ。いわゆる剣道の横面打ち? つまり兜に垂直に命中してないのに、彼女はあっさりクリティカル。敵の兜を吹っ飛ばしてしまったのだ。
確かに彼女もフルスイング。思い切りよく攻撃していた。だけどあれって『滑り判定』になるんじゃないの?
疑問に思ったらやってみる。あれこれ考えるよりも、まずは実践だ。
カカシの兜に僕も横面打ち。五回試した、ことごとく失敗。諦めかけた五回目の打撃で、ようやくクリティカル。……だけど、なにが理由でクリティカル判定になったのか?
それが分からない。
だったら調べてみよう。「工夫と研究」のうちの研究だ。手始めに『王国の刃 クリティカル』で検索。いま一番人気のゲームなのに、検証記事は少なかった。その少ない記事を片っ端から読んでみても、いわゆる推察のみ。〜〜だと思う。〜〜なのではないか?
そんな不明確な記事ばかりである。ちなみにそれらの記事は、僕の悩みとまったく同じ場所で思考停止。斜めに兜を打ってもクリティカルが取れる秘密には、憶測でしか語られていない。ついでに言うと、彼らの憶測は「思い切りよく叩けばクリティカルが取れるのでは?」というものであった。
ウンウンでもね、それはもう僕が試してるんだ……。
詰まった。完全な手詰まりだ。どうしようか……。webから答えを見出すこと叶わず、さりとて自分の考えは及ばず……。そんなときは、こうしたことに詳しい人間に訊くのが一番だ。ということで、僕はまず参考動画を作成。鎧に垂直にトゲを当てた動画。それをフルスイングしてクリティカルを出した動画。そしてシャルローネさんが、横面打ちでクリティカルを取った動画。横面打ちに七回挑んですべて失敗する僕の動画。それらを編集して、無駄なくらい顔が広い友人「出雲鏡花」に送りつける。
待つことしばし。電話がかかってきた。
「どうされましたの、へっぽこプレイヤー。貴方はゲームくらいしか能が無いのに、それですら危うい現在、その存在価値は内股の白癬菌レベルですわよ?」
同じ大学に通う彼女は外面ばかり良いくせに、僕にだけは毒を吐いてくるという、なかなかにデキた友人だ。
「そのイヌキヌタムスマンが出雲鏡花に頼みたい。こうした話に強い人間を、誰か知らないか?」
「コースは松竹梅とございますが、どのコースになさいます? 梅はほとんど的外れ、知ったかぶりのロクでなし。竹は正しい言葉でわかりやすく説明してくださいますけど、正解率はイマイチ」
「松はどうなんだよ?」
「貴方、それを訊きますの?」
「どんな奴だよ?」
「我が出雲グループにとって不都合な人間を、過去に六人ほど……」
「わーっ! わーっ! いいから! もう竹でいいから! それでなんとかしてください、お願いします!」
「では報酬は?」
「亀屋製麺のキツネうどん大盛りでどうだ?」
「わたくし少食ですの」
こいつは大企業出雲グループのお嬢さまのクセに、庶民の味覚が好みというポンコツお嬢さまだった。
「じゃあ大人気弁当屋ホットシェフのカツ丼弁当」
「脂っこいものは胃もたれしますので……」
面倒くさい女だなぁ。
「じゃあ回転寿司食べ放題でどうだ?」
「手を打ちますわ。ちなみにわたくしがご意見をうかがいますのは、貴方も御存知の方でしてよ?」
なぬ? 僕と出雲鏡花の共通の知り合い?
「武士に話を訊いてみますわ♪」
しまった! その手があったか!!
ちなみに武士というのはちょっと頭がアレな古武道経験者で、出雲鏡花から紹介された知人である。何度か電話で直接会話もしたことがあるのだが、なんでそれを忘れてたかな、僕。最近武士兄さんと電話してないしな。
「ということで、また後日。ちゃお♪ 回転寿司を楽しみにしてますわね♪」
数日後、出雲鏡花からメール。
「電話しますわよ、よろしくって?」
すぐに返信は打たない。僕から電話してやるんだ。コール一回、この国の毒婦はすぐに電話に出た。
「答えは出たか?」
「即答でしたわ。ですが、貴方のようなヘタレに、この技術が可能かどうか……」
「なんでもいい、教えてくれ」
「せっかちな殿方は嫌われますわよ」
「お前に嫌われても人生の損失は無い、早く言え」
「でしたら伝言しますわ。『ヒナ雄、お前刃筋が立ってねぇよ』ですわ」
「刃筋が立ってない? なんだそりゃ?」
「伝えましたわ、ではこれにて。回転寿司、最近では値上がりしてますわね♪」
ガチャン! ツーツーツー……。
「あのアマ……肝心なこと伝えずに電話切りやがった……」
切られたスマホの通話。僕は黄昏れるしかできない。
あぁいいさ、だったら自分で調べるまでよ! えっと刃筋が立ってない、だったな……。検索検索……。
あった。なんと合気道がたくさん引っかかる。どれ、視聴視聴……。
うん、全然わからん。ってことで、日本刀の使い方も上がっていたのでそちらも拝見。
ほう? こちらは分かりやすい。要するに、刃が真っ直ぐ肉体に斬り込んでいくと、刃筋が立っているということになる。僕の失敗動画は、確かにコンタクトの瞬間から得物が一直線に食い込んでいない。シャルローネさんのスパイクは、トゲの鋭角な方向に、ブレることなく打ち込まれている。
じゃあ、これを実践してみよう。スパイクの尖った方向にメイスを打ち込んでみる。軽く、ゆっくりと。ゲスッ! おどろくほどトゲが兜にくいこんだ。耐久ゲージも驚くほど減っていた。
じゃあ今度は勢いをつけてフルスイング! これで一発クリティカルだ!
ゲスッ……。ダメだ、こんどは正確さが足りない。どうすりゃいいんだ、刃筋を立てるって……。